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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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63 裏・グレアロス砦防衛戦


 グレアロス砦の東門から、やや北側に位置する大通りの広場。

 この場所で、人類の命運を左右する、ふたつの戦いが始まっていた。

 悪魔の写本ギガス・グリモアを手中にせんと企んでいるデルトリア伯。

 その彼と真っ向から闘いを挑むのはクロ・クロイツァー。

 このふたりの闘いは、昨今の対人戦では珍しい、斧同士の闘いになっていた。


 そして、もうひとつの闘い。

 特級の魔物ウートベルガに対するは、見目麗しい5人の少女たち。

 グレアロス騎士団が誇るふたりの英雄候補、シャルラッハ・アルグリロットとアヴリル・グロードハット。

 エルフの里に君臨するダークエルフ、エーデルヴァイン・エルフィンロードと、その従者であるヴィオレッタ。

 そして、グリモアの悪魔エリクシア・ローゼンハート。

 前列にはシャルラッハとアヴリルが、残りの3人が後列に位置している。

 こちらの闘いはまだ動きはなく、睨み合いが続いていた。


「マズいですね。『才能殺し』のデルトリア伯。クロイツァー殿の心が折られる前に助勢しないと……」


 アヴリルが向こうの闘いを横目で見ながら言った。


「……アヴリル、『月酩げつめい』の獣化はどのぐらいできますの?」


 シャルラッハが細剣を構えて、ウートベルガを見据える。


「新月なうえに、ここまでに一度使っていますので、二割……が限界かと」


「そう。なら気合いで三割出しなさいな」


「えっ」


「その代わり、七割。わたくしが補いますわ」


「…………」


「不服かしら?」


 シャルラッハがその細い口端を歪めて、挑戦的な笑みを浮かべる。

 それを見て、アヴリルもまた牙を見せて笑う。


「かしこまりました。相手は特級、限界を超えてみせましょう」


 言って、アヴリルの右腕が軋みの音を奏でる。

 ビキビキビキッという音と共に、その腕が大きく変化していく。

 それはまるで巨大な狼の腕のように、灰色の毛皮を纏い、爪が鋭く巨大化する。


「おっ、来やがるか」


 それを眺めていたウートベルガが構える。

 いつでも来いと、待ち受ける姿勢だ。


「ふふ。随分と軽んじられている様子。アヴリル、あのスライムの目を覚まさせてあげなさいな」


「御意」


 大砲のような速度で、アヴリルがウートベルガに肉薄する。

 先の闘いで双頭狼オルトロスのグルドガに繰り出した戦技と同じものだ。

 極大な攻撃力で、獣のようにウートベルガを襲撃する。

 しかし、


「ケッケッ、軽い軽い」


「……ッ」


 強烈な威力で振り下ろされた、アヴリルの獣の腕。

 ウートベルガはそれを両腕で難なく受け止めていた。


「んん? なんだテメェ、グルドガの匂いがするじゃねェか」


「……お知り合いでしたか?」


 地面に押し込もうと力を込めるアヴリル。

 籠手ガントレットをヘコませながら、しかし余裕でそれを耐えているウートベルガ。


「姿が見えねェと思ったら、テメェが殺してやがったのか。可哀想にナァ。百年もすれば特級になれる逸材だったのによォ」


「それはそれは、早めに潰せてよかったです――ねッ!!」


 会話の途中、アヴリルが突然しゃがみ込んだ。

 瞬間。


「ガッ!?」


 凄まじい速度の瞬撃がウートベルガを襲う。

 アヴリルの背後から突進してきたシャルラッハの剣閃。

 それは全身甲冑プレートアーマーの兜を『斬鉄』で両断し、中身のウートベルガに届いた。


 ほんの僅か。

 一瞬でもタイミングが狂えば仲間のアヴリルごと両断していたほどの、ギリギリの仕掛け。

 互いの信頼がなければあり得ない、完璧な連携攻撃だった。


 シャルラッハの攻撃を受けたウートベルガは、その巨体を回転させながら吹っ飛んでいった。


「……痛ェじゃねェか」


 しかし、ウートベルガはすぐに立ち上る。

 兜が壊れ、その黒い人影のような容貌が露わになっている。


「……ナメすぎてたな。テメェら中々やるじゃねェか」


 ギラギラと光る真っ赤な目をシャルラッハとアヴリルに向ける。


「……鉄より硬いスライムがいるとは、思いもしなかったですわ」


 シャルラッハは額に汗を流している。

 ウートベルガの防御力の高さに衝撃を受けていた。


「さすが特級……というところですね」


「まったく、困ったものですわ」


「あの鎧は防御のためではなく、見た目を隠すためだけに着ていたみたいですね」


「……あのスライム、たしか外では雲になっていた魔物ですわよね?」


「はい。毒をまき散らしていた魔物かと」


 敵の情報を確認し合うふたりに、背後から声がかかる。


「気をつけよ、そやつは特殊な分裂を使うのじゃ! 使われたら手がつけられぬぞ! わらわが毒を抑えておる間にさっさと倒さんかッ!」


 後方で解毒魔法を駆使しているエーデルである。

 この間にも空間を支配する静かな闘いが続いている。


「……まぁ、強敵ということですわね」


 エーデルの野次には答えず、シャルラッハはチラリともうひとつの闘いを盗み見る。


「クロ・クロイツァーの方は……?」


「……デルトリア伯も、クロイツァー殿と同じような斧で闘っていますね。かつて剣豪を潰したように、また『才能殺し』をするつもりですか……」


「…………」


 デルトリア伯、『才能殺し』フリードリヒ・クラウゼヴィッツ。

 その逸話は、彼が8歳の頃にまで遡る。


 南の英雄アルトゥール・クラウゼヴィッツは、自身が団長を務める騎士団の強化を名目に、当時名を馳せていたとある剣豪を剣術指南として自身の居城に招いていた。

 その訓練を見ていた幼いデルトリア伯は何を思ったか、剣術を指南していたその剣豪に決闘を挑んだのだ。


 英雄の父を持つ、生意気な貴族の子供を合法的に叩きのめす機会ができたと、その剣豪は決闘を受けた。

 アルトゥールの騎士団や家臣の面々も、ワガママ放題のデルトリア伯には常日頃から迷惑をかけられており、彼の存在を疎んでいたため、誰ひとりとしてその無謀な決闘を止めなかった。


 それまで剣を握ったこともなかったデルトリア伯。

 結果はおどろくべきことに、彼の圧勝だった。


 その決闘を見ていた人々は、信じられないものを見た。

 剣を一度振るごとに、見違えるほど強くなっていく小さな子供。

 たった数分で、剣豪と肩を並べるほどに技術を磨き、凶悪に成長し、そして完膚なきまでに叩きのめした。


 天才。

 彼をそう呼ばずして何と呼ぶだろうか。


 英雄の子の覚醒。

 未来の英雄の誕生である。

 しかし、誰ひとりとしてそれを喜ぶ者はいなかった。


 なぜなら、敗北したその剣豪に対して、デルトリア伯は嘲り嗤い、筆舌に尽くしがたい罵倒を繰り返し、剣豪の魂といえる剣を目の前で叩き折った。

 侮辱の極みに耐えられなくなった剣豪は、折られた剣で自害した。

 嘆き、苦しみ。

 絶望の断末魔を上げながら、命を絶った。

 その場にいたほとんどの人間が、あまりの光景に絶句し、涙するほどだったという。

 たったひとり、8歳の少年だったデルトリア伯だけが、剣豪の死を嘲笑した。


『見ろ、負け犬のゴミが死んだぞ』


 大嗤おおわらいしながらそう言ったデルトリア伯に、家来たちは戦慄した。

 この少年には人の心が無いのだと。

 人の形をして生まれてきた異形の怪物なのだと、恐怖した。


 デルトリア伯の才覚は剣術だけではなかった。

 格闘、槍術、馬術、勉学、果てには芸術に至るまで。

 一切の努力を必要とせず、気軽にはじめてすぐに達人の域に至る究極の才能を持っていた。

 そして「つまらない」と断じて簡単に捨てていく。

 かの剣豪にしたように、大勢の人の心を砕きながら。


 才能は天からの恵み。

『神に愛され過ぎた男』は、人に絶望を与えるためだけに動くのだ。


「…………」


 シャルラッハは思う。

 もし、この才能がデルトリア伯ではなく、誰でもいい、他の者にあったなら。

 もし、デルトリア伯の性格が歪んだものでなかったなら。

 何かひとつのことに集中し、それを極めていたのなら。

 グラデア王国はおろか、レリティアの歴史が変わっていたかもしれない。

 そう思わずにはいられない。

 それほどの才能を持っているのがデルトリア伯だ。

 この永いグラデア王国の歴史上で、最も優れた才能を持っているのがデルトリア伯だ。


 あまりにも惜しい。

 そして、あまりにも悔しい。

 どうしてあんな人間にあれほどの才能が与えられてしまったのか。それが本当に悔しくてたまらない。

 だからこそ、シャルラッハはデルトリア伯が嫌いでたまらない。


 同じく英雄の子として、彼だけは許せない。

 だからこそ、シャルラッハは決意する。

 ああは絶対にならないと。

 デルトリア伯と同じく『天才』と呼ばれ、次代の英雄と持てはやされても、シャルラッハは決しておごらない。

 人の心を無くしてまで、強くなる意味など無いのだから。




 ◇ ◇ ◇




「くッ、ハハッ!」


 デルトリア伯は嗤いをこらえられない。

 彼は今、クロ・クロイツァーと斧を交えて対決している最中だ。


 斧を使いはじめて10年と言っていた。

 クロ・クロイツァーの指を見ると、剣ダコのようなものができている。

 毎日、何百回あるいは何千回と斧を振っていたのだろう。

 マメが潰れ、血が噴き出し、痛みに耐えて疲労の限界を超えて。

 それを10年。

 総数にしておそらく数百万回に届くほどに、努力というものをしてきたのだろう。


「ハハッ!!」


 デルトリア伯は嘲笑あざわらう。

 なんだそれは、と。

 それほどまでに努力して――この程度なのか。

 おどろくべき才能の無さ。


「ハハハハハッ!!」


 これが嗤わずにいられようか。

 これほどに才能の無い人間をはじめて見た。

 なんだコイツは。

 なんなんだこの情けない生き物は。

 生まれてきたのが失敗ではないのか。

 侮蔑ぶべつの嗤いがこみ上げて来るのを止められない。


 たった数回。

 斧を振るったデルトリア伯の方が、もう彼の技術を越えている。

 弱い。

 あまりにも弱すぎる。

 彼のことをゴミとののしったが、それすらも生温い。

 この世に存在する価値すらない、とデルトリア伯は嗤う。


「1分だ」


 宣言した通り、たった1分。

 完全にクロ・クロイツァーの技術を追い抜いたことを確信する。


「ぐ……ッ」


 クロ・クロイツァーが膝をつく。

 挫折の瞬間。

 デルトリア伯が何度も見てきた光景。

 これまで心を折ってきた者の中で、ダントツだ。

 群を抜いて、このクロ・クロイツァーという人間は無才だった。


「く……そッ」


 クロ・クロイツァーが立ち上がろうと懸命にあがく。

 そこへ、


「頭が高い」


 容赦無く斧を振り下ろす。


「ぐぁ……ッ!!」


 デルトリア伯の斧が、クロの肩に深く抉り刺さる。

 致命傷はまだ与えない。

 簡単に殺してやるものか。

 じわじわとなぶり殺してやる。

 そう考えながら、クロの体に刺さった斧を力任せに引き寄せて、顔と顔を近づける。


「無様だな。クロ・クロイツァー」


 その絶望した表情をよく見るためだった。

 しかし、


「……ん?」


「く……ッ」


 デルトリア伯の予想とは違い、クロの目にはまだ光があった。

 この力量の差を感じ取り、それでもなお、『諦めていない』。


「……チッ!!」


 言い知れぬ妙な感覚に囚われるデルトリア伯。

 それをよく理解できないまま、クロの肩から斧を無理やり抜き取り、まだ希望を持っているその顔面を蹴り飛ばした。


「……ふん、諦めの悪い」


 斧についた血を払いながら、デルトリア伯はをぬぐった。

 その汗を発した理由が何なのか、無意識に知ることを拒絶したデルトリア伯は、自分への視線に気づく。


 近くで闘っているシャルラッハ・アルグリロットだ。

 あちらは戦闘を止めて、こちらの闘いを見守っている様子。


「チッ、ウートベルガめ。遊んでいるな……」


 小さく不満を漏らして、しかしデルトリア伯はニヤリと嗤った。


「見たかい? シャルラッハ嬢」


 ここまでの闘いを見たなら、彼女もきっと意見を変えるハズ。

 そう思いながら、デルトリア伯はシャルラッハに声をかけた。


「そこで倒れている男の惨めな姿を。君が味方するこの男の無様さをね! これで分かっただろう? 君に相応しいのは、このボクだってことを」


 自分と同じ英雄の娘、シャルラッハ・アルグリロット。

 同じ境遇で、同じような立場。

 まだデルトリア伯が16の少年だった頃、6年ほど前のこと。

 貴族の社交場に顔を出した時に、当時7歳だった彼女とはじめて出会った。

 幼いながらも気丈な雰囲気を纏っていた、10も歳の違うこの少女に、デルトリア伯は自分と同じものを感じ取った。

 容姿端麗で才気に溢れ、文武両道。

 他を寄せ付けない気品。

 歳を重ねるごとにそれが磨かれ、より強くなっていく。

 自分と共に歩むなら、こんな女がいい。

 デルトリア伯はそう考えていた。


 自分だけは彼女を分かってやれる。

 偉大な父親と比べられて過ごした幼少の日。

 それがどれほど屈辱的な日々だったのか。


 間違いない。

 彼女もまた自分と同じ。

 自分だけが、シャルラッハを分かっている。

 そして、彼女だけが、自分を分かってくれる。

 デルトリア伯はそう確信していた。

 ただ、デルトリア伯の考えは、普通の人間のそれとは違っていた。


――こんな都合の良い玩具はそうそういない――


 元来、人を人として見ないデルトリア伯は、シャルラッハのことをそう見ていた。

 惹かれてはいるが、大切なものではない。

 大切なのは自分だけで、他の一切は自分の道具。

 デルトリア伯はそういう人間だった。


「惨め? 無様ですって? どこにそんな人がいるのかしら」


――それを見透かされているとも知らずに。


「可哀想な人」


 シャルラッハがくすくすと笑う。


「……なに?」


「この三ヶ月。わたくしはずっとクロ・クロイツァーを見てきましたわ」


 シャルラッハが、血塗れで倒れ伏しているクロを見ながら言った。

 まるでそれは、憧れの存在を見るような目で。


「騎士団の日々。彼にとっては激動の日々。心折れるようなことが何度も起こったでしょう。心ない誰かに笑われ続ける屈辱の日々を過ごして、それでも、彼がずっと頑張っていたことをわたくしは知っている。足掻いて、ひたすらに足掻いて」


 クロを語るシャルラッハのそれはまるで、

 英雄の武勇を謳っているかのようで。


「デルトリア伯、なぜあなたの相手を彼に任せているのか分かるかしら?」


「……」


 言われてみればおかしなことが起こっている、とデルトリア伯が気づく。

 この戦場の図。

 デルトリア伯の相手がクロ・クロイツァー。

 シャルラッハとアヴリルの実力者、エーデルとその従者のヴィオレッタ。そして、エリクシア。その5人の相手が、ウートベルガ。

 明らかに、これはおかしい。

 それはなぜか。


「――あなた程度にはクロ・クロイツァーは倒せない」


 絶対の確信をもって、シャルラッハが宣言した。


「……ッ……キサマ……ッ」


 自分の認めた相手が、そんな世迷い言を放った。

 歯噛みするデルトリア伯だったが、自分に近づく気配を察し、そちらを見た。


「……ハァ……ハァッ……」


 いつの間にか立ち上がっていたクロ・クロイツァーだった。

 デルトリア伯の拷問にも似た闘いは、クロに数多くの傷をつけていた。

 ふらふらと足取りが重く、ゆっくり近づいている。

 体中から黒い霧をたゆたわせながら。


「くそ……『再生』か、厄介な『災い』だ」


 そして、デルトリア伯は気づく。


「……?」


 理解し難い現象に。


「…………」


 足下を見た。

 ほんの少し、土を擦った自分の靴跡を。


「…………ッ!!」


 それはまさに、退証だった。

 どうして。

 なぜ?

 疑問から数瞬して、さっきから感じていた、言い知れぬ妙な感覚の正体を理解する。


「…………ッッ!!!!」


 それは怖れだった。

 何度倒しても立ち上がる。

 どれだけ傷つけても向かってくる。

 どれほど才能の差を見せつけても諦めない。

 いままで出会ったことの無かった、不可解極まる敵。

 クロ・クロイツァーに対する、恐怖だった。


「――――ッッ!!!!」


 そして、それを自覚した瞬間。

 デルトリア伯は爆発染みた勢いで、その恐怖を塗り替えるほどの『激怒』の咆吼を上げた。


「クロ・クロイツァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 道端の石よりも価値が無いと思っていた相手に。

 あろうことか恐怖を感じるなど、デルトリア伯にとって屈辱の極みに他ならない。

 憤激と同時、デルトリア伯が『災い』を解放する。

 黒い霧のエーテルが、大爆発を引き起こす勢いで高まっていく。




 ◇ ◇ ◇




 エリクシア・ローゼンハートは、それがとてつもなく危険な代物だということをすぐに理解した。

 デルトリア伯が斧を捨て、両手で災いの力を溜めている。

 あれはダメだ。

 あれは危険すぎる。

 あれはクロですら耐えられない。

 直感だった。

 グリモアの悪魔だからなのか、今、デルトリア伯がやろうとしていることを理解した。


――あれは『不死殺し』だ。


 デルトリア伯の両手の中で、黒い災いが渦を巻いて球体になっていく。

 それはまるで宙空に開いた穴のようだった。

 あまりにも不吉なそれを見て、エリクシアの全身が粟立つ。


「クロッ!!!」


 自分が助けなければ。

 自分が行かなければ。

 エリクシアはクロの元に走っていく。




 ◇ ◇ ◇




「……おいおい、なんだありゃ? 伯爵の野郎……あんな隠し技を持ってやがったのか」


 エリクシアが近くを通るが、ウートベルガは何もしない。

 エリクシアはそのままクロの元に駆けていく。


「何をやっとるんじゃ悪魔の娘ぇぇぇ!! そなたが行ってどうするのじゃ!? こやつらの狙いはそなたなのじゃぞ!?」


 毒を中和し続けていたエーデルが叫ぶ。

 が、もう遅い。


「アヴリル、行って! 悪魔ちゃんを任せますわ!

 ここはわたくしが!」


「はい!」


 エリクシアを追って、アヴリルが行こうとするが、


「おっと、テメェらは行かせねェぞ。悪魔はオレさまの担当じゃねェんで見逃したが、テメェらはダメだ」


「く……ッ!」


 ウートベルガが立ちはだかる。


「チッ……伯爵の野郎、ひとりでブチ切れやがって。悪魔はテメェで何とかしやがれよ?」




 ◇ ◇ ◇




「……クロ!」


 必然、ひとりでクロの元に駆け参じた形になったエリクシアだったが、


「……来るな!」


 クロはすでに、デルトリア伯の放った黒い球体の災いに囚われていた。

 クロの下半身は球体の中にあった。

 まるで宙空に浮いた穴の中に落ちていっているようだった。


 球体はどうやら、その中にクロを引きずり込んでいるらしい。

 土を半月斧で引っ掻いて、辛うじて上半身を耐えている。

 それももう限界のようだ。


「クロッ!!」


 この周囲の極小規模だけ、風が吹き荒んでいた。

 嵐のようなそれは、エリクシアの行く手を阻む。


「く……」


 エリクシアが手を伸ばす。

 あとちょっと、あとちょっとの距離なのだ。


「……クロッ!!」


 しかし無情にも、半月斧が食い込んでいる土の部分が脆くも崩れていく。

 クロの体が浮く。

 真っ黒な穴の中に、そのまま吸い込まれていって、


「クロ―――――――ッ!!!」


 バンッ、と。

 大きな音を立てて、シャボン玉が弾けるように、黒い穴は何事も無かったかのように消えていった。


「…………」


 そして、同じように。

 何事も無かったかのように、クロ・クロイツァーの姿も、消えていた。


「……ク……ロ?」


 エリクシアが周囲を見渡す。

 どこにもいない。


「……どこ?」


 気配を探る。

 グリモアの災いを宿したクロには、彼特有の気配がある。

 近くにいるなら目を瞑っていてもエリクシアには分かる。


「…………」


 しかし、その気配すら無い。

 デルトリア伯の災いは、その黒いエーテルの霧に触れた相手を『腐蝕』させていた。

 仮に、クロの肉体が粉々になったとしても、その不死の力で蘇るハズだ。

 それだけのエーテルはクロにはあった。

 なのに、復活しない。

 気配もない。


「……うそ……うそだ……」


 それはつまり。

『不死殺し』が達成されたことを意味していた。




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