表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/153

59 エルフの王


 戦場に巻き起こったのは、エルドアールヴを称える声の嵐。

 それは突然の参戦だった。

 だがしかし、それはある意味当然のことだった。


 グレアロス砦を襲う魔物の群れ。

 統率するは特級の魔物ウートベルガ。


 この絶望的な危機は、当然グレアロス砦の人間だけにはとどまらない。

 砦の背後にはグラデア王国の領土。

 そこには何十万もの人間が日々を暮らしている。

 仮に、グラデア王国が魔物の領域になってしまえば、他の大国もタダでは済まない。

 甚大な被害が出るのは間違いない。


 そう、つまりこれは、人類の命運を懸けた闘いだった。

 しかしそんな時、いつだって彼は闘ってきた。

 二千年にも及ぶ闘いを、常に勝ってきたのだ。

 だからこそ、人境レリティアは存続している。


 人類を守ってきた英雄エルドアールヴ。

 彼こそがこの戦場に相応しい。

 この闘いはつまるところ、エルドアールヴの英雄譚のひとつになる闘い。

 後の人々は言うだろう。

 人類の危機、グレアロス砦防衛戦は、エルドアールヴの登場によってその危機を脱したのだと。


 兵士たちの喝采が巻き起こる。

 エルドアールヴを称える喝采が。

 おとぎ話の英雄はここに在る。

 彼と共に闘おう。

 伝説の英雄と共に、轡を並べて闘おう。

 兵士たちの士気はすさまじいほどに上がっていた。



「なんでなのじゃああああああああああ――――――――――――ッ!!」



 エルドアールヴの肩に乗っているダークエルフの童女が叫んだ。


「わらわもおるじゃろうが! なんでお主だけ名前が呼ばれるのじゃ! 理不尽じゃぞ! このっ! このっ!」


 ガンガン、とエルドアールヴの頭を踏む童女。

 エルドアールヴがウートベルガと鍔迫り合いをしている最中なのにも関わらず、だ。


「……邪魔だ。エーデル」


 虫でも追い払うかのように、しっしっとエルドアールヴが童女を払おうとするが、


「ふん! お主なんかちょっと痛いめに遭えばよいわ! アホ―ッ!」


 ひらりっ、と軽快に彼の肩から舞い跳んだ。

 そして着地した先はというと、


「うむ! ここじゃここじゃ。ここがよいのじゃ。やはり思ったとおり、居心地がよい」


「うっ、え……!?」


 クロの肩の上だった。

 まるで自分の座席だと主張せんばかりに、ゆっくりと腰を下ろす。

 肩の上に、童女の感触が広がる。

 それにクロが動揺する。


「おい、動くでない。落ちるじゃろうが」


 すさまじくワガママだった。

 これは一体何が起こっているのか。

 動揺が激しくなっていくクロだったが、思わぬ声が背後からかかる。


「……ひさしい、な。エーデルヴァイン王……」


「クロ、マーガレッタさんが意識を……っ!」


 エリクシアは、毒をくらっていたマーガレッタに軽傷回復薬ポーションを飲ませていた。

 それが幸いしたのか、瀕死のマーガレッタが意識を取り戻していた。


「おお、ひさしぶりなのじゃ。スコールレイン卿」


 クロの肩の上。

 マーガレッタ・スコールレインに挨拶をするダークエルフの童女。


「けっこうな毒をくらっておるな。待っておるのじゃ、すぐにわらわが治してやろう。

 さあ! クロ・クロイツァー、ちょっとわらわをそっちに連れて行くのじゃ」


 言われるままに、クロがマーガレッタの傍に寄った。

 すると、童女の手から目映い光が発せられる。




「――『これなるは彼の地に在った奇跡の泉、その雫。極限まで高まった純水は、あらゆる不浄を取り払う』――」




 すさまじいエーテルの波動。

 それが粛々と形を成していく。

 魔法。

 エリクシアのそれとはまた別の、高位の魔法だった。




「――『浄化の一滴デトックスドロップ』――」




 高音の水音。

 ヒーリング音というものだろうか。

 キィーンと聞き心地の良い音が聞こえた。

 それを発した一滴の水が、マーガレッタの体に落ちた。

 すると、


「……ふぅ、さすが大魔法の使い手。毒消し草入らず、だな」


 瀕死だったはずのマーガレッタがゆっくりと立ち上がった。


「マーガレッタさん!」


 彼女を心配し続けていたエリクシアは、思わず抱きついた。


「無事ですか!? 大丈夫ですか!? お体の具合は……」


「おっとっと。大丈夫だ、エリクシア。彼女の解毒魔法は、広いレリティアの中でも五指に入る力量なんだよ」


「ふふん! そうじゃろう、そうじゃろう! わらわを称えよ、わらわに感謝せよ」


 クロの肩の上で足を組むダークエルフの童女。

 その幼い体が頭に寄りかかってきて、クロはどうしていいか分からない。


「ただ、彼女は少し調子に乗りすぎる。あまり褒めるのはよくないから覚えておくといい」


「なんでじゃ! もっと褒めるのじゃ! わらわは褒められたいのじゃ!」


「はいはい、すごいすごい。すごいですね」


 マーガレッタが適当に褒めるが、童女はそれでも嬉しそうだった。


「あの、副団長。この子は……」


「む、貴公は知らないのか。勉強不足だな。実技をがんばっていたのは知っていたが、座学はまだまだか」


 急にバツが悪くなる。

 騎士団で予備兵をしていた頃は、たしかに座学はないがしろにして、魔物と闘う腕だけを鍛えようとしていた。

 結局、それでも強くなることはできなかったが。


「彼女はエルフの里、『エルフィンロード』の長だ。まぁ、いわゆる王と呼ばれる類いの立場だな」


 マーガレッタが言う。

 そして、本人が誇らしげに名乗りを上げた。


「わらわの名はエーデルヴァイン・エルフィンロードじゃ。

 エルフィンロードの始祖の直系なのじゃ。すごいのじゃぞ、褒めるがよい」


「私は立場的にグラデアの騎士だから一応はキチンと呼ぶが、貴公らは関係ない。そうだな、エルドアールヴに則って、気軽にエーデルと呼ぶといい。敬語もいらん」


「なんでじゃ!? わらわは王じゃぞ!」


「エーデル、ごめん。ちょっと下りてくれないか。重くはないけど、照れくさい」


 さっそく言うとおりにしたクロ。

 そしてここぞとばかりに自分の意見を言った。


「いやじゃ! 地面を歩くなどできぬ! ここがわらわの場所なのじゃ!」


「こうやって調子に乗るから敬語など必要ないだろう? さて、すまないが状況を説明してくれないか。毒に蝕まれている間、少々事態が変わっているようだ」


 マーガレッタに言われて、クロはこれまでのことを簡潔に説明した。

 ウートベルガが『増殖』して手に負えないこと。

 この場に魔物を呼び寄せられたこと。


 しかし、騎士団の兵士たちがすんでの所でそれを阻んだこと。

 今もこの場で闘い続けていること。

 そして、こうしてエルドアールヴが参戦してくれたことを。


「なるほど……それで、彼が……」


 マーガレッタがエルドアールヴを見る。

 少し離れたその場所で、ウートベルガと闘っている。

 すさまじい激突音をさせながら、激戦を繰り広げていた。


「さすがだな……。あのウートベルガと互角、いや、余裕で闘っている。敵の手の内を探っているのか。参考になる」


 たしかに、すごい。

 すごいとしか言いようがない。

 あのとてつもない怪力のウートベルガの攻撃を、片手の武器だけで余裕そうに受けている。

 一方のウートベルガは必死だ。

 黒い影にある赤い眼をギラギラ光らせて、裂けた口で咆吼しながら攻撃している。


「レベルが……いや、次元が違う……」


 クロは自分とエルドアールヴの力の差を思い知る。

 これが英雄。

 これが自分の憧れた、最強の戦士。


 そして、そんなクロの視線に気づいたのか。

 エルドアールヴが仮面越しにこちらを見た。


「……エーデル、何してる。解毒が終わったならさっさと離脱してくれ」


 仮面を被っているからか、正しい肉声とは言えないだろうが、それは少年のような声だった。


「お主に言われんでも分かっておるのじゃ! ギャアギャア喚くでないわ、みっともない!」


「…………」


――不死の英雄。

 ヴォゼの言ったことが本当なら、彼もまた不死者アンデッドだ。


「副団長」


「どうした」


「……彼は、エルドアールヴはジズじゃない、と思います」


「そのようだ。ジズ・クロイツバスターは、もっとずっと禍々まがまがしいエーテルを発していた」


 看守室で話していたこと。

 もしかしたら、ジズがエルドアールヴなんじゃないのか、という推測。

 それは見事に外れていたことが分かった。


「エリクシア、彼は……エルドアールヴは、グリモア詩編を持っているのか?」


 エリクシアなら、詩編を持っているのかどうか目視すれば分かると言っていたのを思い出す。


「……はい。でも、何か……ちょっと違うような……感じがします」


「違う感じ?」


「…………」


 エリクシアが言い淀む。

 自分でもよく分からない、といった感じだ。


「こらこら、そんなどうでもよいことは後にしておくのじゃ」


 ダークエルフの童女、エーデルが言う。


「今は逃げるのが先決じゃぞ。

 ああ、クロ・クロイツァーよ。お主がこれから言わんとすることは分かるのじゃ。『自分はここに残って闘う』とでも言うのじゃろうな」


「…………」


 まさかの先手を取られて口を閉ざす。


「逃げると言ったのは、むしろお主らのためなのじゃ」


「……? 俺らの?」


「見よ」


 エーデルが指し示す。

 魔物との闘いに勇んでいる兵士たちを。


「これまでの魔物との闘い、そしてエルドアールヴの参戦。

 やつらの戦意は今、すさまじいことになっておるのじゃ。そんな中で、そこのグリモアを浮かばせた娘を見たらどうなるか、想像できんとは言わせぬぞ?」


 言われて、気づく。

 それはマズい。

 非常にマズい。

 ここまで来る前、グレアロス砦内で起こったことは忘れることはできない。


 兵士たちはみな、エリクシアを殺そうと躍起になったではないか。

 そして、エリクシアはそれを覚悟してこの戦場に参戦した。

 しかしそれは、砦が危ないという理由だからこそできたこと。


「エルドアールヴがここに来た。ならば闘いの趨勢すうせいは決まっておるのじゃ。それはお主が一番分かっておることじゃないのかの? クロ・クロイツァー」


「……そういうことか」


 つまり彼女はこう言いたいわけだ。

 この闘いはもう終わった。

 エルドアールヴがウートベルガを打倒し、周囲にいる魔物も殲滅し、そうしてグレアロス騎士団側の勝利となって闘いが終わるのだと。


 クロはエルドアールヴの物語を何度も読んで知っている。

 彼の強さ、すさまじさを。

 それを実現できる力を、彼が持っていることを知っている。


 彼の闘い、そこにはもう、自分たちが存在する余地はない。

 彼が敵を倒してしまうのだから。

 むしろ、兵士たちの敵となる可能性の方が大きい。


「今、この状況で一番危ないのは、エリクシア」


「…………」


 エリクシアが身を縮める。

 これまで、助けようとしていた人たちが敵になる。

 彼女にとってそれは耐えがたい苦痛になる。


「同志クロイツァー、話は理解した。

 ちょうどそこに、兵が乗り過ごした馬がいる。あれに乗って、砦の中……看守室まで戻っていてくれ。この闘いが終わったら、私もすぐに行く」


 マーガレッタが乗り手のいない馬を指差して言った。


「同志クロイツァー、貴公、乗馬はできるか?」


「はい。練習は一応」


「なら話は早い。すぐ行け」


 言われて、クロがエリクシアの手をとった。


「エリクシア、一緒に!」


「はい。すみません、クロ……」


「気にしないで、大丈夫だから」


「わらわも行くのじゃ。お主らだけでは心許こころもとないからの」


 クロの肩に乗っていたエーデルが言った。

 あまりにも体重が軽すぎて忘れていた。


「俺らといたら、危険かもしれないよ?」


「たわけが。誰に向かって言っておる。いいからさっさと馬を出すのじゃ」


 そうして。

 クロとエリクシア、エーデルの3人は戦場から抜け出した。

 向かう先は、グレアロス砦の中。




 ◇ ◇ ◇




 そんな3人を見つめる目があった。


「どうなさいますか、シャルラッハさま」


「決まってるじゃない。わたくしたちはそれぞれ倒すべき大物は倒したの。キュクロプスも倒されてるみたいだし、一応の仕事は終わってますわ」


 黄金の髪を靡かせるのはシャルラッハ・アルグリロット。

 もうひとりは、灰色の髪が特徴の人狼ウェアウルフのアヴリル・グロードハット。


「そして、わたくしたちは遊撃の任務がある」


「しかしエルドアールヴの登場で、もはや我々のすることは無さそうですね」


「そう。でも、わたくしたちは見つけてしまった。悪魔の写本ギガス・グリモアを持つ女のコ。そのコを守るように一緒にいる、クロ・クロイツァー」


 シャルラッハの碧眼は、ただ一点に注がれていた。

 クロが駆る馬に乗る、エリクシア・ローゼンハートに。


「エルフィンロードの王も一緒におられますが……」


「本当に困った人。魔法の実力だけは随一なのに、どうにも子供気分が抜けきらないみたい。まぁ、それは置いといて」


 シャルラッハが不敵に笑う。


「わたくしたちは遊撃。戦場の番外もまた任務の範囲にしてもいいでしょう。なら、この闘いの原因になったかもしれない悪魔を見逃すなんてことは、ないですわね」


「シャルラッハさまなら、そう言うと思いました」


「最悪の場合、クロ・クロイツァーが敵になる可能性もあるんだけど、どうする? アヴリル」


「きっと、私の考えとシャルラッハさまの考えは同じだと思います」


「そう。それじゃ、行きましょうか」


「御意に」


 シャルラッハとアヴリルは、クロの馬を追う。

 舞台はこれより、戦場から砦内に移っていく。




 ◇ ◇ ◇




 そして、さらに。

 クロたちを監視する目があった。


「動いたな。都合の良いことに、エルドアールヴから離れた」


 デルトリア伯である。

 今回の闘い、そのすべての首謀者だ。

 彼が狙うは、


悪魔の写本ギガス・グリモア、必ず手に入れる。そして、クロ・クロイツァー、お前に地獄を見せてやる」


 言いながら、戦場を監視していた部屋のドアに触れるが、そこで止まった。

 まだ戦場を見続けている相方に声をかける。


「何してる。行くぞ、ウートベルガ」


「あ? ああ、そうだな。『同期』も終わったし、行くか」


 全身甲冑プレートアーマーのウートベルガだ。

 ずん、と2エームはあろうかという体躯を立ち上がらせる。


「……そいつは頼んだぜ、兄弟。できればブッ殺してくれるとありがたい。そして、オレさまは悪魔の方を任された」


 戦場に残した自分自身に向けて、小さな声で言った。


「しかし、なんだって悪魔はあんなに似てるんだ?

 エストヴァイエッタさまに……」


 ウートベルガが零した言葉は、

 謎と共に部屋の闇に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 魔法は自然現象の再現って言ってなかったかな… この世界にはあらゆる毒を解毒する泉でもあるのかな…まさにファンタジー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ