58 双子よりも似ている存在
「……バカ、な……」
眼前で起こっている出来事に、クロは卒倒しそうになった。
まるで悪夢のようだ。
あまりにも理不尽に過ぎる。
「これが『増殖』だ」
「オレさまには絶対に勝てねェってのが分かったか?」
2体の黒い人影が「ケケケ」と笑う。
ウートベルガから、まったく同じ姿のウートベルガが現れたのだ。
感じるエーテルの波動も同規模のもの。
『分裂』ではなく『増殖』。
これこそが、ウートベルガの奥の手。
「…………ッッ」
唇を噛みしめる。
こんなもの、どうしろというのか。
倒しても倒しても増え続ける。
しかも、その1体1体の強さは『特級の魔物』である。
目の前にいる2体のウートベルガは、明らかに、空の上にいたウートベルガより力強い。
それもそのはず、クロが倒したウートベルガは弱っていた。
デオレッサの雷魔法とマーガレッタの斬空奥義。
その2つを連続で食らい、負傷していたからこそ、クロにも倒すコトができた。
策を練り、悪魔の力を借り、副団長の助勢を得て、『不死』の力を使い切り、『死力』を振り絞って、決死の思いでようやく届いた打倒だった。
それぐらいのコトをして、ようやく倒した特級の魔物だったのだ。
なのに、目の前にいるのは万全のウートベルガが2体。
その黒い影に漲るエーテルは尋常の域を超えている。
「……くッ……」
半月斧に魔法の付与はもはや無い。
十分に闘えるだけのエーテルも、クロにはもう残っていない。
度重なる魔法の行使でエリクシアの体も限界だ。
もうデオレッサも呼び出すコトはできない。
マーガレッタも毒で瀕死の状態。
ウートベルガを倒す要素が微塵も残っていない。
絶体絶命とはこのコトか。
「なぁ兄弟。クロ・クロイツァーの腕――」
ウートベルガが黒い指でこちらを示す。
「さっきまで、無かったよな? オレさまの見間違いか?」
「無かったなァ。人間ってのは腕が生えてくるモンだったっけか?」
2体のウートベルガ同士が会話している。
それぞれが自我を持っているというコトだ。
「グリモア詩編か」
「厄介だな」
すぐに結論に至る。
ギラギラと光っている赤い眼が、こちらを凝視する。
突き刺すような殺意だった。
「…………」
クロは息を呑む。
針のむしろに座っているような気分だった。
感情の昂ぶりとともに急速に再生した両腕。
おそらく、無意識にエーテルを腕に集中させたコトによって再生能力が高まったのだと思われる。
当然といえば当然か。
『不死』の副次効果である『治癒』と『再生』はエーテルを使う。
エーテルを操るコトによって、その進行を調整できるのは当たり前なのかもしれない。
期せずして、またひとつ『不死の災い』の使い方を学んだクロだったが、いまの状況を覆すようなものじゃない。
「『伯爵』と違って回復系の能力か」
「超回復、超再生ってとこだな、多分」
「面倒くせェなァ、詩編持ちってのは」
「気ィつけろよ、兄弟」
「ああ、コイツはオレさまを殺してやがる。警戒するに越したことはねェ」
いま、とてつもないコトを聞いた気がする。
平静を装えたかどうかは分からない。
わざわざウートベルガ同士で会話をして、こちらの反応を見ていたのだろう。
向こうは気づいた。自分にグリモアの災いの能力があると。
そしてそれはこちらも同じ。
いまの会話でいくつかの事実が分かった。
ひとつは自分が『不死』だとバレていないコト。
あれだけ派手に両腕を生やしたのだ。
『回復系』の詩編だと勘違いするのも当然だろう。
知らない者にとっては、『死なない』のと『腕を生やす』のではベクトルが違いすぎてコレらを繋げるコトはできるハズがない。
この勘違いがどう役に立つかは分からないが、間違ったままでいてもらった方がいい。空の上でウートベルガと闘ったときには奇襲に使えたし、他にももしかしたら何かできるコトがあるかもしれない。
そしてもうひとつ。
つい言葉に出てしまったのか、片方が『伯爵』と言った。
ウートベルガの言い方だと、その伯爵はグリモア詩編の所持者と考えて間違いない。
「伯爵……デルトリア伯のことだな?」
向こうの出方を窺いながら、クロが言う。
この辺りで、伯爵と呼ばれる人間はたったひとりしかいない。
フリードリヒ・クラウゼヴィッツ伯爵。
通称『デルトリア伯』。
「おいおい、バレちまったぞ?」
「いいじゃねェか。どうせコイツは殺すんだ。バレようがバレまいが関係ねェ」
言いながら、ウートベルガは「ケケケ」と笑う。
「…………」
やはり、デルトリア伯のことだった。
勝利を確信している者は油断がでてしまうものだ。
カマをかけたら簡単に引っかかった。
つまり、この会話から推察するに、デルトリア伯とウートベルガが結託しているのは明白だ。
こんな凶暴な魔物と手を組むなんて、デルトリア伯はあまりにも危険すぎる。
そんな人物がグリモア詩編を持っているという事実。
「目的はグリモアか」
クロのその言葉で、あざ笑っていたウートベルガの2体がピタリと止まった。
緊迫の度合いが増した。
「……ほォ」
「兄弟。コイツ察しが良すぎる。こういうヤツは、すぐ殺したほうがいい」
「だな。オレさまがやろう」
「なら、オレさまは悪魔のほうを受け持つぜ」
「悪魔は殺すなよ?」
「分かってるって」
2体のウートベルガが姿勢を低くする。
いまにも飛びかかってきそうな雰囲気だ。
「クロ・クロイツァーの後ろに隠れても、グリモアがデカすぎて隠れきれてねェぞ、悪魔ッ!」
ウートベルガが2体とも肉薄してくる。
スライムとは思えない、とてつもないスピードだ。
「エリクシア、もっと後ろへッ!!」
「は、はいッ!」
後ろにいるエリクシアと、横たわるマーガレッタを庇うようにクロが前に出る。
半月斧をしっかりと握りしめて、迎撃の姿勢をとる。
――――が、
「な……」
「……に……?」
距離を半分ほど詰めたあたりで、ウートベルガが2体とも足を止めた。
そして、眼と口だけで凶悪な表情を表わしていたウートベルガたちの顔がみるみる内に変わっていく。
恐怖。
とまどい。
驚愕。
そんな、さまざまな感情が複雑に絡み合った表情に。
「……なぜ」
「こんなところに……」
さっきまでの威勢が完全に消え去って、後ずさりするウートベルガたち。
そのギラギラとした赤い眼は、明らかに、エリクシアの姿を見ていた。
そして、震える声で、こう言った。
「――エストヴァイエッタさま」
◇ ◇ ◇
魔境アトラリア『禁域』。
その果てに座する最強の魔物。
――『最古の六体』。
魔境序列第一位から第六位を冠する、六体の魔物。
その実力はもはや特級すら遙かに凌ぎ、最上級の魔物と呼ばれる怪物である。
その一柱、『エストヴァイエッタ』。
彼女のその姿は天を傾けるほど美しく、永劫に幼く麗しい。
魔境全土の魔物から神格化されており、崇拝の対象となっている。
彼女のために命を賭す魔物も多く、配下を名乗る魔物は二百億はくだらない。
ウートベルガもまた、その内の1体だった。
そんなとてつもない大物が、人境レリティアに出向いたのだと。
ウートベルガが一瞬でもそう思ってしまうほど、その『悪魔』は彼女に似ていた。
「他人のそら似……? まさか、双子か……?」
「そんなレベルじゃねェ……似すぎてるぞ」
ウートベルガたちの動揺は果てしなかった。
思わず後ずさり、さらに後ろに跳んで距離を取る。
「……だが、別人……か? どういうコトだッ、聞いてねェぞ!!」
「チクショウ、ヴォゼの野郎……ッ! 滝で何も言いやがらなかったぞッ!!」
思えば、この瞬間までウートベルガは悪魔の姿を視認していなかった。
この戦場で空の上にいたときも、数日前にヴォゼたちオークが森でエリクシアを追っていたときも、遠くて顔の確認はできていない。
さっきまでも、自分たちの兄弟を殺したクロ・クロイツァーにばかり気を取られていて、その後ろに隠れていた悪魔の顔を確認する余裕はなかった。
「……き、緊急共有案件だッ!!」
「オレさまが『同期』するッ!!」
片方がさらに後ろに下がり、もう片方のウートベルガは、
「魔物どもォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
来やがれェッ!!」
想像を絶するような大声で、吼えた。
「……魔物で時間を稼ぐ。見たもの余さずじっくり『同期』しろ」
ウートベルガは慎重な性格をしている。
それは『増殖』した個体であっても同じコト。
いかなる方法を使ったのか、兄弟を殺したクロ・クロイツァー。
この、とてつもない地面のクレーターを彼が作り出したという事実。
ウートベルガが必要以上に彼を怖れるのも当然の流れだった。
エーテルを消耗しすぎたのか、いまのクロ・クロイツァーは弱々しく見える。だがそれは、こちらを完全に殺すための罠なのではないか。
そんな警戒心がウートベルガの行動を縛ってしまっていた。
『同期』中は集中しないといけない。
そのため、どうしても無防備になってしまう。
情報の共有は絶対だ。
崇拝するエストヴァイエッタに関係するコトなら尚更だ。
万が一も失敗がないように。
手の内が見えないクロ・クロイツァーが、何かしてくるコトができないように。
周囲の魔物を呼んだのだ。
◇ ◇ ◇
「……何だ、何なんだ……」
ウートベルガの奇行に、とまどうクロ。
大音量の声からマーガレッタを庇おうと、クロは彼女の頭を抱きかかえていた。
「エリクシア、平気か?」
「は、はい……」
耳を押さえていたエリクシアが応える。
どうやらこっちも無事なようだ。
ホッとするのもつかの間。
ウートベルガの大声に反応して、1体、また1体と雪崩のようにクロたちがいるクレーターのなかに魔物が侵入してくる。
同時に、それらの魔物と闘っていた兵士らも同じように集まってきていた。
ものの数十秒で、クレーターのなかで敵味方が入り交じる乱戦がはじまった。
「…………」
どうする。
と自分自身に問うクロ。
まず周囲を確認。
ウートベルガは遠巻きにこちらをじっと見ている。
もう片方のウートベルガはそのさらに後方で、側頭部に手を当てて、何かを念じているような仕草で宙空を眺めていた。
辺りには乱戦で巻き上がった土煙。
視界はよくないが、まったく見えないほどではない。
「…………」
ウートベルガが魔物を呼んだのは、後ろで何かをしているもう片方のウートベルガを守るためだとクロは理解した。
しかしウートベルガの表情から察するに、兵士まで現れるとは考えていなかったのだろう。
「…………」
ずっとこの戦場で戦い続けていたグレアロスの兵士たち。
彼らがここまで進軍していたからこそ、この乱戦が実現した。
そうでなければ、クロたちは多数の魔物に襲われていた。その際に、瀕死のマーガレッタを守るコトは、満身創痍のクロたちにはできなかっただろう。
この大規模な闘いでは注目されるコトのない、兵士ひとりひとりの小さな闘いがいまここで花開き、副団長マーガレッタの命の芽を繋いだのだ。
「クロ、マーガレッタさんが……ッ」
「……ッ!」
エリクシアの声につられて、自分が抱えているマーガレッタを見る。
「……なんだ、さっき……の、大声……は……」
「意識が戻ったんですね……ッ」
ウートベルガの猛毒を浴びせられて、意識を飛ばしていたマーガレッタだったが、さきほどの音で目が覚めたらしい。
しかし、口や鼻、そして眼からは血が溢れ、痛ましい姿になっているコトには変わりない。
息をするにも血が邪魔をして、時折「ゴフッ」という喀血混じりの咳を繰り返している。
「どうして、俺なんかを庇ったんですか……ッ」
あまりの痛々しい姿に、思わず口にしてしまった。
自分は『不死』だ。
毒なんて問題ない。
たしかに苦痛は感じるが、『治癒』で回復しながら普通に動くコトはできる。
それは戦場にまき散らされていた毒で体験済みだ。
エーテルの消耗は激しいが、死ぬコトはまずあり得ない。
なのに、マーガレッタは自分を庇った。
『不死者』を庇うなんて、まったく意味の無い行動だ。
そして、それを本人もまた、理解していた。
「……どうして、だろうな……。分からん。気がついたら……体が勝手に動いていた」
血混じりの呼吸で、ぜぃぜぃと音を立てながら話すマーガレッタ。
命の灯火がいまにも消えてしまいそうだった。
「……理屈ではないの、だろうな……。妹に似ている貴公を……どうしても、助けたかった……の、かもしれない……」
彼女の青い眼が、虚空を見つめる。
もう何も映していない。
「……すまない……、後は……頼ん…………」
その言葉を最後に、マーガレッタの呼吸が変わる。
激しく短く、浅い呼吸だったものが、ゆっくりに。
ひゅう、ひゅう、と弱々しく。
「待って……」
少しずつ、少しずつ。
命が、終わっていく。
マーガレッタ・スコールレインが死ぬ。
「……ダメだッ!!」
ノドが切れるほどに叫ぶ。
理不尽に過ぎる現実と闘うかのように。
「死なせない……ッ!」
させない。
諦めてたまるものか。
約束したのだ。
妹を見つけ出して連れてくるのだと。
「……エリクシアッ、何か、持ってないか!?」
「マーガレッタさんの懐に軽傷回復薬がありました!」
誰かが死ぬなんてイヤだ。
こんなコトにならないために、英雄になりたかったんだ。
「それでもいい、頼むッ! なんでもいい……副団長の命を繋いでくれッ!!」
「はい……ッ!」
エリクシアにマーガレッタを託す。
あとは自分に何ができるか。
この状況で、自分ができるコト。
それは――
「させるかッ!!」
――闘うコトだった。
ウートベルガの一撃を半月斧で防ぐ。
これまで警戒しているだけだったウートベルガだったが、さすがにこの回復行為は許せなかったらしい。
黒い手を巨大なかぎ爪状にして、攻撃してきていた。
「ぐぅぅうッ!!」
とてつもなく重い攻撃。
しかし、何とか受け止める。
「邪魔を……ッ、するな、ウートベルガ……ッ!!」
「どうせテメェら死ぬんだ。回復なんざしてんじゃねェッ!!」
ドンッ、と再び攻撃してくるウートベルガ。
それも歯を食いしばって耐える。
「ケケケ。なんだテメェ……やっぱりただ弱ってただけか。この状況でも力がまったく入ってねェ。エーテルも絞り滓。警戒して損したぜ」
「ぐッ……うぅッ……ッ!!」
ウートベルガがかぎ爪を押し込んでくる。
のけ反りながら、それを必死に耐える。
すぐ後ろにはエリクシアとマーガレッタがいる。
絶対に、ここを通すわけにはいかない。
「弱ェ弱ェ、テメェにゃ誰も助けるコトなんてできねェよ、クロ・クロイツァー。弱さは罪だ。なら、罰はちゃんと受けねェとな!」
「……くッ!」
ズドンッ、ズドンッ、と何度も何度も巨大な手を叩きつけてくるウートベルガ。
それを半月斧で耐え続ける。
再生したハズの腕はもう折れて、体全体で支え続ける。
「オラッ、オラッ!!」
叩かれる度に、ビキリビキリと骨がきしむ。
「しょせんは人間だ。テメェはオレさまにゃ勝てねェッ! なぁ……だからよォ、さっさと死んでくれやッ!!」
遠慮容赦のない攻撃。
策なんてもう思いつかない。
ただひたすら、振り下ろされる攻撃を耐えるだけ。
蹂躙されるとはこういうコトだ。
何もできず、ただ苛烈な暴力にさらされる。
「……人、の…………」
「アアッ!?」
何度叩いても崩れないクロに、ウートベルガが苛立ちを抑えられなくなったころ。
フラフラの頭で、クロはつぶやくように繰り返した。
「……人の夢は、儚きか……」
もう体は血だらけで、頭も満足に働かない。
そんななかで、たったひとつ。
クロの根底を支えるものがあった。
「……断じて、否ッ……」
それはマーガレッタ・スコールレイン、奥義の詠唱だった。
クロはすぐ近くでソレを聞いた。
あの言葉を聞いて、背中を押されたような気がした。
胸が高揚し、心が躍った。
たとえ泡沫の夢だったとしても。
たとえ届かない星に手を伸ばすような愚行だったとしても。
その夢は決して、儚く散ってしまうものじゃない、と。
「――命を、諦めてたまるか。
ここでみんなを死なせて、何が『英雄』になりたいだッ!!」
クロが叫ぶ。
そう。英雄になりたいなどと大言壮語を吐くのなら。
ここで倒れるなんて意地でもできない。
祈っても神さまは助けてくれない。
人間を助けるコトができるのは、人間だけだから。
母親に捨てられて、絶望のなかにいた自分を助けてくれたマリアベールのように。
自分も、ただ、誰かを守りたかったのだ。
だから――憧れた。
「よくぞ言った、天晴れなのじゃ!
それでこそ『英雄』になるべくしてなる者じゃな!」
◇ ◇ ◇
それは、少女にしては幼すぎる声だった。
あまりにも戦場に似つかわしくない童女がそこにいた。
「……え? ……な……」
乱入があった。
クロを叩き潰そうと、ウートベルガが全力で攻撃を仕掛けた矢先。
体が潰れると、クロがその覚悟を決めた瞬間に。
ウートベルガの攻撃をいとも簡単に止めた乱入者がいた。
「うむ、うむ! やはりよい眼をしておる。お主、気に入ったぞ」
さっきまで目の前にいたウートベルガの代わりに、エルフの女の子がいた。
ただのエルフじゃない。
褐色のエルフだった。
あまりにも魔力が高いエルフは、ごく稀にその肌の色が変貌する。
すなわち、『ダークエルフ』。
「なんじゃ? ふふん、わらわの美しさに口も開けぬか?」
「戦闘中だ。少し黙っててくれ、エーデル」
そして。
そう。
そして、童女のダークエルフの他に、もうひとり。
このもうひとりこそが、ウートベルガの一撃を止めたのだ。
「なんじゃなんじゃ、特級の魔物ごときに焦っておるのか? そんな魔物、お主にとってはたいしたコトないじゃろ」
ダークエルフの童女は、この人物の肩に座っている。
「あ、あ……」
ああ、言葉が出てこない。
涙が止まらない。
信じられない。
ざわめきが起こった。
周囲で闘っていた兵士たちのものだ。
いま、クロとウートベルガの間に乱入した人物を見てのことだろう。
そしてそれは、徐々に歓喜の声に変わっていく。
「まさか……」
「ああ、来てくれたんだ……」
「……助かっ、たんだ……俺たち」
「ああ、ああ……」
以前、クロがそれを見たときは幻覚だと思った。
ガルガと闘おうと、英雄への一歩を踏み出すキッカケになった。
――この人に憧れたのだ。
つばの大きな帽子と一体になった仮面。
漆黒の外套は、夜の闇よりもなお黒い。
ウートベルガの一撃を受け止めたのは斧槍。
もう片方の手には大戦斧も健在だ。
その2つは柄を鎖でつないでいて、一対の武器になっている特殊なもの。
彼の名を知らない人間は、このレリティアに存在しない。
彼こそがこの世で最も強い、大英雄。
――この人のようになりたいと、希った。
だから誰もが彼の登場に歓喜する。
絶体絶命の闘いのなか、突如として見えた希望。
「――――エルドアールヴ」
最古の英雄。
エルフの里、『エルフィンロード』の守護神。
おとぎ話の主役が、そこにいた。
兵士たちの大歓声が、戦場に響き渡った。




