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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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56 天運のない少年


 土煙がはげしく舞い上がる。

 両腕を失ったクロは仰向けに倒れたまま『再生』と『治癒』を待つ。


「……いっ……」


 あるはずのない腕に痛みが走る。

 これが幻肢痛というやつだろうか。

 ウートベルガにやられた他の部分もひどい痛み方だ。

 腹や胸、そして額にも穴を穿たれている。


「……ッ、ぐぅぅ……ッッ」


 しばらくして、黒い霧がクロの体から立ち昇ってきた。

 ケガでズタズタになった神経が繋がっていくが、これがもうすさまじい激痛だ。

 傷口をナイフでぐりぐりされるほうがまだマシなぐらいに、キツい。


 戦闘中は必死だからか、耐えられないことはない。

 けれど、いまのように気を抜いたらもうダメだ。


「……ぐぅ……ッ……」


 あまりの痛みに勝手に涙が出てくる。

 痛いのはイヤだ。

 苦しいのもイヤだ。

 不死になってから、何度か死ぬほどの体験をした。

 だからこそ思う。

 痛いのも苦しいのも絶対にイヤだ。

 冗談じゃない。

 二度と味わいたくない。


「…………」


 だからこそ。

 こんな思いを、大切な誰かにさせてしまうのは、もっとイヤだ。

 そんな誰かを守るのが、騎士に連なる騎士団の役目。

 武器を持ち、悪人や魔物から民を守る。

 なんと誇らしい仕事だろうか。

 英雄への近道として選んだ職だが、クロは騎士団の在りようを心から気に入っていた。


「あ、いたいた。おにいちゃん、あそこにいるよーっ!」


 デオレッサの声が聞こえた。

 いまのはマーガレッタに言ったのだろう。土煙の向こうで、陥没した地面を下ってくる2人が見えた。


「だいじょうぶ? マーガレッタ」


「ああ、問題……ない」


 マーガレッタは足を引きながら、デオレッサの後ろに続く。

 息を荒くして、体はもう疲労困憊でフラフラの状態だ。


「ずいぶん……ひどい有様だな、同志クロイツァー」


「副団長こそ」


「……ふっ」


 空の上で闘っていたクロに助勢したマーガレッタ。

 すでに消耗していたなかでの『斬空』だった。

 ムリをしたのは目に見えて明らかだ。


「やっほー、おにいちゃん。どう? 倒せた?」


 てってって、と駆け寄ってくるデオレッサ。


「なんとか、うまくいったよ」


 近くの地面に視線を移す。

 そこには黒い水たまりがあるだけだ。

 しかし、デオレッサもマーガレッタもすぐに理解できたようだ。

 この水たまりが特級の死骸なのだと。


「おにいちゃんが仇をうってくれたよ、おかあさん」


 デオレッサは背後に浮かぶ『悪魔の写本ギガス・グリモア』をゆっくりと撫でる。

 そしてくるりと身をひるがえし、こちらへ向き直る。


「ありがとう、おにいちゃん。これでやっとわたしも眠れるよ。実はちょっと限界だったんだよー。グリモアから出てくるのも疲れるね」


 にこり、と笑う。

 無邪気な子供の笑みだ。


「こちらこそ、助かったよ」


 心の底からそう思う。

 エリクシアの召喚に応じて闘ってくれた。敵の援軍を殲滅し、ウートベルガの撃破に一役買った。

 正直、彼女らがいなかったら間違いなく全滅していた。


「また強い敵に遭ったら、『第四悪魔わたしたち』をんで。今回ははじめてだったから勝手が分からなかったケド、今度はうまく殺してあげる」


 物騒なコトを言いながら同じように笑う。

 無垢な残忍さを兼ね備えた、デオレッサ。

 始原の魔法を扱う強大な魔物、水竜ヴォルトガノフ。

 第四悪魔デオレッサ・ヴォルトガノフは、これから先、クロたちを助けてくれると、そう言ってくれた。


「あ、そうだ。エリクシアも聞いてるから、ひとつアドバイスをあげる」


 どうやらエリクシアの意識はデオレッサのなかにあるらしい。

 その言葉にホッとしつつ、クロは耳を傾ける。


「これから先も悪魔を召喚するコトがあるだろうケド『第二悪魔』は喚んじゃダメ。絶対ね?」


「第二……?」


 デオレッサが第四悪魔。500年前の悪魔だ。

 氷の悪魔が第三。これが1000年前。

 悪魔は500年ごとに現れる。

 つまり第二悪魔は、1500年も前に実在したグリモアの所有者というコトだ。


「『第二悪魔』はとってもとっても怖い人。彼女は何もかもを憎んでる。人間も、魔物も、悪魔ですら憎んでる。召喚したら最後、エリクシアもグリモアも取り込まれちゃう」


「……取り込まれる?」


「『第二悪魔』は人の魂を食べるの。自由にさせちゃったら、まずエリクシアの魂が食べられて、殺される。その次はわたしたち。他の悪魔もぜんぶ食べちゃって、グリモアを支配する。そして、この世界を地獄に変える」


「…………」


「わたしは、もしエリクシアが死んだら世界を滅ぼす。その考えは変わらない。だからそうならないように、エリクシアとおにいちゃんを助けてあげる。グリモアの災いを消すことにも協力してあげる。

 でも『第二悪魔』はダメ。あの人は話も聞いてくれない。待ってもくれない。グリモアを消すことも許してくれない。歴代悪魔のなかで唯一、彼女はエリクシアの『敵』だよ」


 デオレッサは真剣な表情で言う。

 これは彼女のなかにいるだろうエリクシアにも言っている、最大級の忠告だ。


「いい? 喚んだら最後だよ。おにいちゃんは、誰もいなくなった世界でたった独り、永遠に生きていくなんてイヤだよね?」


「――――――――」


 ぞっとした。

 クロ・クロイツァーがもっとも怖れる不死の未来。

 孤独の地獄。

 そんなのは絶対にイヤだ。


「……デオレッサ。質問いい?」


「なあに?」


「グリモアを消す協力もしてくれるって言ったケド、そうなったら君らはどうなる? エリクシアを『聖域』って言うぐらいだ。君らはグリモアが消えるのは反対じゃないのか?」


 グリモアを消し去ることがエリクシアとクロの最終目的だ。

 しかし、デオレッサと水竜はグリモアのなかにいる。

 これまでのデオレッサの様子を見ると、いまの状況に満足していると分かる。

 グリモアが消えて困るのは『第二悪魔』よりも、むしろ彼女たちのほうじゃないのか。


「……説明がむずかしいんだけど。うーん……そうだなー。いま、わたしとおかあさんは魂の状態――つまり『意思あるエーテル』なのね? で、わたしたちはグリモアのなかで、お互いのエーテルを融合させた。もう二度とおかあさんと離れることはない。

 たとえグリモアが消えても、わたしたちはグリモアから解放されて、たぶん自然に還るだけ。わたしはそれでいい。おかあさんと一緒なら、どこに居たってそこが『聖域』になるもの。

 正直に言うと、エリクシアが死んでも、わたしたちには何の害もないよ」


「…………」


「でもエリクシアが死んだら、わたしたちはグリモアのエーテルを使って顕現するわ」


「……何の実害もないなら、どうして?」


「かんたんだよ。エリクシアは、わたしにとって『妹』みたいなものだもん。

 大事な人が殺されちゃったりなんかしたら誰だって怒るよね?」


 つまるところ、エリクシアが死ぬと世界を滅ぼすと言ったのは、そういうコトだ。

 

 彼女たちならソレをできる力がある。

 水竜の『神雷』を連発されるだけでレリティアは壊滅する。

 導火線のつけられた爆弾だ。それも、世界規模の。

 子供が泣いて当たり散らす。それが原因で、世界が滅ぶ。

 人類にとっては災厄以外の何ものでもない。


「もういーい? わたし、ホントに眠いの……」


「ああ、もう大丈夫。おやすみ、デオレッサ」


 ああでも、だからこそ。

 彼女たちは信用できるのだと、クロは思った。


「おやすみ、おにいちゃん。エリクシア」


 デオレッサは、エリクシアを妹なのだと。

 大事な人と言い切ってくれたのだから。




 ◇ ◇ ◇




 ぱくぱくぱく。

 パンを頬張る。

 もぐもぐもぐ。

 咀嚼する。

 ひたすら胃に入れていく。


「ま、まだ食べますか……?」


「ふぉふ」


 エリクシアのとまどいを意に介さず、クロは追加のパンを要求する。

 口に入れたパンをごくんと丸呑みして、まるで鳥のヒナみたいに口を開いて待つ。

 両手はまだ『再生』していない。

 エリクシアの手から直接パンをもらっている。


 デオレッサが眠ると同時に、エリクシアが体の支配を取り戻した。

『第四悪魔』の魔法を使うコトで、まさかあんな風になるなんて思いもしていなかったエリクシアは復帰早々に頭を下げた。


 空にいた特級の雲――ウートベルガを倒すという目的は果たしている。

 デオレッサもちゃんと協力してくれた。

 だから気にする必要はないのだが、自分が一緒に闘えなかったというコトに責任を感じているらしい。

 そして何より、魔法の付与という名目があったものの、デオレッサがクロに対して攻撃したという事実にショックを受けている様子だった。


 デオレッサがエリクシアの体を使っている間、やはりエリクシアの意識はずっとあったらしい。

 デオレッサが何をしたか、何を話したか、すべて理解していた。

 だからこそデオレッサの行動を自分の行動のように思ってしまっている。

 難儀な性格をしている。


「本当によく食べるな。それだけエーテルを使っていたというコトだろうが……すさまじいな」


 マーガレッタが言う。

 彼女もまた疲労困憊の状態で、近くで体を休めている。


「食べても食べてもお腹が空くんです。胃のなかに入ったパンが一瞬で消化されて、エーテルになってるみたいな……」


 不死になってしばらく経って気づいたのが、闘うと異様に腹が減るというコトだった。

 治癒と再生の繰り返しでエーテルを消費し続けているのが原因なのだろうが、それにしてもヒドい。

 不死になる前はパンの3つか4つで満腹になっていたが、いま食べたパンでもう20個目だ。

 それでもまだ足りない。


「看守室から食料をもらっていてよかったです。2週間分はあったハズですが……ちょっと足りなかったみたいですね、なくなりそうです」


 再びカバンからパンを出して、エリクシアが食べさせてくれる。

 というか、そんなにもらっていたのかエリクシア。意外と遠慮がないコトにちょっとおどろく。


「はやく腕を『再生』させて、闘いに戻らないと……」


 この瞬間にも、グレアロスの兵士たちは魔物の残党と闘っている。

 ボスであるウートベルガを倒しても、その侵攻は止まらない。


 いまクロたちは、ウートベルガとの闘いでできたこのクレーターのなかで休息している。

 大地にできた穴は相当に広く、深い。

 形状はおわんのような形になっている。

 ふちが高く盛り上がり土の壁になっていて、穴の底であるココから戦場の様子を窺うことはできない。

 どうやらココは危険と思われているらしく、魔物や兵士が入ってくる気配はない。


「みんなが、まだ闘ってる……。俺も、はやく闘わないと……ッ」


「……クロ」


「いや、いまは休むべきだ同志クロイツァー。半端な状態で行っても足手まといになるだけだ」


 焦るクロを、マーガレッタが制す。

 優しい声だった。


「……でも」


「グレアロスの兵士を侮ってはいけない。あの特級を任せてくれたように、私たちも兵士らを信じようじゃないか。それが騎士団の仲間というものだろう?」


「…………副団長」


 まったくもって、その通りだ。

 戦場では身を支え合うのが常であり、それこそが騎士団の強さの根源だ。

 人の身で、強大な魔物と闘うための、人の知恵。

 それこそが、人類の強さ。


「ゆっくり休むのも、闘いの内だ」


「……はい」


 クロはおとなしく回復をはかる。

 急がず、しかし確実に。


 敵勢力の主力はつぶした。

 残る魔物の数はまだまだ多いとはいえ残党だ。

 援軍はデオレッサと水竜が消し飛ばした。


 本当なら、ムリして回復を急ぐ必要はない。

 クロ・クロイツァーは自分がどうして焦っていたのか、自分でも気づかない。

 自覚はない。

 けれど、クロの本能は知っていた。


 こんな程度であるハズがない、と。

 こんなにうまく行くハズがないのだと。


 クロ・クロイツァーは、この世の誰よりも闘いの才能がない。

 

 それすなわち、生き残るための力。

 そのすべてがない。


 ここまで強くなったのは、ここまで生き残ってこられたのは、自らの努力、そして、狂っていると言っていいほどの執念のおかげだ。

 それすなわち――『死力』。

 決して、神に愛されたからではない。

 むしろ逆。

 悪魔に愛されたからこそ、届いた強さだ。

 すなわち――『不死』。

 何度も何度も死に、苦痛をもって蘇り、そうして彼は這い上がってきた。


 そう、クロ・クロイツァーは決して神に愛されない。

 誰しもが少なからず持つソレ、魔物ですら持つソレは、決してクロに味方しない。


――『天運』というものが、彼にはない。


 どうにもならない運のレベルで彼には才能がない。

 彼の歩みは、すべて地獄の覇道である。

 仮に、運命の女神というものがいるならば、それは間違いなくクロに敵対する。

 クロ・クロイツァーはそれを本能で理解わかっている。

 闘いはまだ、終わっていないというコトを。




 ◇ ◇ ◇




「……どうなってやがる」


 グレアロス砦、東門の防壁内部。

 その窓から双眼鏡で戦場をのぞく、全身甲冑プレートアーマーの魔物がつぶやく。


「どうした? 何か問題でもあったのか」


 そのすぐ近くのテーブルには、ワインを優雅にたしなむ貴族、デルトリア伯がいた。


「兄弟がられた」


「ハァ? 待て待て。キサマの兄弟とやらは『特級の魔物』だったんじゃないのか?」


「そうだ」


 プレートアーマーの魔物が答えた瞬間、デルトリア伯がワイングラスを床に叩きつける。


「そんなバカなコトがあるか! グレアロス砦に特級を倒せるような兵がいるワケないだろうがッ!!」


「うるせェな。隣でキャンキャンわめくんじゃねェ。実際に殺られたんだからしょうがねェだろうが」


 虫でも追っ払うかのような仕草をするプレートアーマーの魔物。

 その不遜な態度を我慢して、デルトリア伯は冷静になって問う。


「……誰だ、誰が、どういう手段で殺った?」


 特級の魔物を倒せるような人物。

 それは間違いなく、目的遂行の邪魔になる。


『悪魔』と『悪魔の写本ギガス・グリモア』の入手。

 それが、絶対に成し遂げなければならないデルトリア伯の目的だ。


「さぁ? オレさまはここから戦場を眺めてるだけだったからな。空にいた兄弟がまさか殺られるとは思わなかったもんでよ。向こうからの『同期』も特になかったし」


 あまりに責任の無いその言葉に、今度こそデルトリア伯が憤激した。


「キサマ……ッ!!」


「アァ? テメェ何オレさまの兜に手ェ乗っけちゃってんだコラ。あんまり調子に乗ってっとブッ殺すぞ?」


 座っていたプレートアーマーの魔物が立ち上がる。

 2エームもあろうかという体躯で、兜の上に打ちつけたデルトリア伯の手は自然と離れてしまう。

 すさまじい威圧感。

 しかし、デルトリア伯もひるまない。


「やれるものならやってみろ、魔物」


 ズズズズズ……と。

 デルトリア伯の体から黒い霧が溢れ、不気味に揺らめく。


「…………」


「…………」


 しばらくの静寂。

 一触即発の雰囲気のなか、プレートアーマーの魔物が言葉を出す。


「そうだな、殺し合う前に教えといてやるぜ。それでも闘るなら、相手になろうじゃねェの」


「……なに?」


「オレさまの兄弟をったのは『クロ・クロイツァー』ってヤツだろう。兄弟はソイツに随分と執心だったからな」


「……な、に……? なん……だと……」


「あァ、そういや覚えてるぜ。テメェが狙ってた金髪のガキにちょっかい出してたってヤツも、たしかそんな名前じゃなかったかァ~?」


 おちょくるように、プレートアーマーの魔物が言う。

 しかし普段ならそれで激怒するであろうデルトリア伯は、憎らしげな視線を戦場に這わせた。


 クロ・クロイツァーはいずれ処刑する予定だった。

 将来の嫁にならせる予定のシャルラッハ・アルグリロット。

 そんな彼女に近づく汚らしい羽虫だと、デルトリア伯は考えていた。

 虫けらのように考えていたソレが、ここにきて最大級の障壁となったことをデルトリア伯は悟る。


「……キサマを殺すのは中止だ」


「ケケケ」


「クロ・クロイツァーという下郎に、この世に生まれたコトを後悔させてやる」


「手伝うぜ、伯爵さんよ。ソイツ、どうやらオレさまにも因縁ができたみてェだ」


 デルトリア伯とプレートアーマーの魔物。

 これまで反目し合っていた1人と1体は、

 共通の敵ができたコトで、ついに足並みを合わせ始めた。



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