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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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50/153

50 正反対


 準特級の魔物、キュクロプスの撃破。

 東門付近で闘う兵たちは大いに沸いていた。

 兵たちの士気向上も相まってか、キュクロプスに連れられていた魔物の勢いは完全に押し止められていた。


 しかし、これで形勢逆転というワケにはいかない。

 兵に対してあまりにも魔物の数が多すぎる。

 これでもまだ魔物を殲滅するに足りない。

 元々確実に全滅する闘いだったのが、ほんのわずかに勝機の希望が見えた程度なのが現実だ。


「…………」


 キュクロプスの上から降りて、クロが少し考える。

 このままここで魔物と闘うか、否か。


「クロ! やりましたね」


 エリクシアが走ってくる。

 ひと仕事やり終えた表情をしている。


「助かったよ。魔法で援護してくれたから何とか倒せた」


「邪魔にならなくて良かったです」


 邪魔だなんてとんでもない。

 あのときキュクロプスが体勢を立て直していたら、次の攻撃は避けられなかったかもしれない。

 氷の魔法での足止めがなくあのまま闘い続けていたら、きっと周囲にも多大なる被害が出たに違いない。

 それぐらいにキュクロプスは強かった。


 自分の経験上で推測するなら、キュクロプスはハイオークのガルガよりも強い。

 ただし、には敵わないぐらいの位置付けになるだろう。


 ガルガのあの炎を纏う技は、尋常じゃなく戦力が向上する技だ。

 たしかヴォゼが『紅蓮』と言っていた戦技だ。


 当然、いままで闘ったなかで最も強かったのはヴォゼだが、アレはもはや別格の存在だ。

 いま思えば、あの怪物と出遭って、よく無事に帰ってこられたものだ。何度も死んだから決して無事とは言えないかもしれないが。


 戦技『紅蓮』は反則染みた技だから例外だとしても、それに追随するぐらいに強かったのがキュクロプスだ。

 まず間違いなく強敵だった。




「おい……あれ」


「ああ……」


 クロが先の闘いを振り返っていると、そんな兵士の声が聞こえた。

 ボソボソと何かを相談する声。

 そしてその意味するところをクロは分かっている。


「なんで悪魔が魔物を倒す手伝いを……」


「この魔物共は、悪魔が連れてきたんじゃなかったのか……?」


 これだけの大舞台。

 これほどの注目度。

 当然、エリクシアの姿はこの周囲の兵たちに見られている。

 いまは夜。

 彼女の背には、誰もが見ただけで理解できる『悪魔の写本ギガス・グリモア』が浮いている。

 無数の疑惑の眼がエリクシアを射貫く。


「…………」


 エリクシアはその小さな体をさらに縮こめる。

 クロは最大限に警戒する。

 キュクロプスが倒れた以上、周囲には下級の魔物しかいない。

 現状、エリクシアにとって最も危険なのは、魔物よりも『人』だ。


「……悪魔なら、やるしかない……」


「あ、ああ……」


 彼らにとって、倒さなければならない敵は魔物だけじゃない。

 兵士たちが迷いを消した……と言えば聞こえはいいが、実際には思考の放棄。

 どうして悪魔がキュクロプスに魔法を撃ったのか。

 もはやそんな単純なことも考えられないほどに、兵たちは困惑しきっていた。


「…………」


 兵たちがじりじりと距離を詰めてくる。

 クロは冷静に、彼らの動きを警戒する。


「…………」


 こうなることは分かっていた。

 魔物襲撃の知らせが出るまでは、彼らは悪魔であるエリクシアを追っていた。

 悪魔が人前に出れば狙われてしまうのは当たり前。


 それでも、エリクシアはグレアロス砦の人たちを助けたいと言ったのだ。

 たとえ、助けるハズの人たちに襲われることになったとしても。


 究極の献身。

 まるで聖女のようだ。

 そんな彼女を止めることなんてクロにはできなかった。


 そして、ここに来た以上、もう覚悟は済んでいる。

 魔物からも人からも、エリクシアを守る。

 そう決めたのだから。

 たとえ騎士団の兵が相手だろうが、守りきってみせるのだと。


「…………」


 もはや闘いは避けられない。

 自分たちがどんなに言い訳をしたとしても、彼らには届かないだろう。


 やむを得ない。

 クロが半月斧を強く握る。

 しかし、


「待て!」


 そんな一触即発の緊迫した空気のなか、ひとりの女性が兵士たちを止めた。

 ルシール班長だ。


「敵に向けるべき武器を、お前らはいったい誰に向けているのだ? その2人は、キュクロプスを倒してくれた恩人だぞ」


「しかしルシール班長! そこにいるのは悪魔ですよ!?」


「お前らはその眼でいったい何を見ていた」


「……ッ!?」


「お前らはグレアロス騎士団の兵士だろう? なら、自分のその眼で見たものを信じる度量ぐらい持て。心に従え。常識に縛られるな。

 ベルドレッド団長なら、きっとそう言うだろう」


「う……」


 自分たちが見たもの。

 それは、悪魔が魔物を倒す手助けをしていたという現実。

 事実そのおかげでキュクロプスは倒された。

 同時にそれは、自分たちの命を――そして、グレアロス砦を守ったという意味を持つ。


「…………」


 兵士たちの動きが止まる。

 ルシール班長の言葉に、自らの行動に疑問を感じてしまったのだろう。


 悪魔は倒さなければならない敵。

 その常識が、いまこの瞬間に砕け散った。

 他でもない、エリクシア自身の行動によって。

 それを、クロは誇らしく感じた。


「予備兵のクロイツァーだな?」


 ルシール班長が歩み寄ってくる。

 先ほどの会話の内容からして、エリクシアを擁護してくれたのは間違いない。


「そちらの娘にも、礼を言う。助かった」


 剣を持つエルフ。

 それだけでも特異な光景なのに、目下の自分と悪魔のエリクシアに対して頭を下げたルシール班長。

 クロとエリクシアはおどろいて言葉が出なかった。


「恥知らずなのを承知して、頼みたいことがある」


「……なんでしょう?」


 こんな自分たちをかばい、そして誠実に礼を尽くしてくれたルシール班長の頼み。

 訊かないワケにはいかない。


「特級と闘っている副団長を手伝ってほしい。キュクロプスを倒した2人の力を、どうか貸してほしい。この戦場で最も過酷で、しかし必ず勝たなければならないのが副団長の闘いなのだ。アタシらじゃ力を貸すどころか、むしろ足手まといになってしまう。でも、君たち2人なら……」


 くやしそうにルシール班長が言った。

 いまにも最前線に駆けつけて、副団長と共に闘いたいのだろう。

 しかし、戦力になれない現実がそこにある。


「ルシール班長、大丈夫です」


 無力のくやしさ。

 クロはそれを痛いほどよく知っている。

 いままで、自分は同じ思いをしてきたのだ。


「そのために、ここに来たんですから」


「……すまない、恩に着る……ッ」


 ルシール班長はもう一度、深く頭を下げた。

 そこまでしてもらわなくてもいいのに。

 元よりそのつもりでこの闘いに臨んだのだ。

 でも、おかげで気合いが入った。


「行こう、エリクシア」


「はい!」


 次の目的は戦場の最前線。

 魔物がひしめく敵陣の奥深く。

 相手は、この魔物の軍団を率いる大ボス。

 すなわち――特級の魔物。




 ◇ ◇ ◇




 ちょうどクロたちが向かった最前線とは正反対。

 グレアロス砦の東門に面する防壁の内部には、武器の貯蔵庫や、その他要塞には必要不可欠なものが収納されている部屋がいくつもある。

 現在、防壁内部では輸送部隊の兵たちがところせましと走り回っている。

 騒がしさで言えば外の戦場にも負けていない。


 そんな防壁内部のなかで唯一、誰も立ち寄らない部屋があった。

 正しくは、つい先ほど立ち入り禁止の命令が下った部屋だ。


 この非常事態にそんなことができるのは、このグレアロス砦の主である副団長マーガレッタと、もうひとり。


「くそ、どういうことだッ! どうしてこんなことに……ッ」


 部屋のなかには、外の状況が分かるよう小さな窓が設置されている。

 その窓をのぞいているのは真っ赤なマントを羽織ったヤサ男。

 このグレアロス砦がある領地を治める伯爵、フリードリヒ・クラウゼヴィッツ。

 通称『デルトリア伯』である。


「ヴォゼの失敗から続いて予想外のコトが起こりすぎている……ッ」


 このグレアロス砦に悪魔が出没したという情報が入り、秘密裏にここまでやって来た。

 あと少し、あと少しで悪魔を我が物にできたハズだった。


「どうしてくれるッ!? なんで魔物がこんなにッ!? これじゃあボクの計画が台無しじゃないか!」


「うるせェな、ちょっと黙ってろ」


 デルトリア伯に辛辣な言葉を吐いたのは、全身甲冑プレートアーマーの大男。

 部屋にある別の窓から戦場を眺めている。

 顔を含めた全身が鎧で隠されていて、どんな表情をしているのか計り知ることはできない。


「いいや、言わせてもらうね! 魔物の大群を連れてきたのはキサマの兄弟なんだろ!? どうにかしろよ!」


「…………」


 プレートアーマーの男――いや、魔物は無視している。

 デルトリア伯のヒステリックな声はさらに大きくなっていく。


「これじゃ秘密裏にコトを成し遂げるのができなくなる! ここまでコトがデカくなりすぎたら、グラデア四英雄が来てしまうかもしれないじゃないかッ!」


「…………」


 なおも無視。

 元よりこの魔物には、デルトリア伯に対する敬意など微塵たりとも持ち合わせていない。


「無視するなよッ! くそ、このままじゃシャルラッハ嬢まで死んでしまうじゃないか……ッ」


 部屋のなかを落ち着きなく動き回るデルトリア伯。

 その様子に耐えかねたのか、プレートアーマーの魔物が振り返る。


「黙ってろつってんだろ? いま兄弟としてんだから……」


「……なに?」


「金髪のガキだろ、分かってるよ。ギャアギャアわめくな。そのぐらいの都合はつけてやるっつってんだ」


「……できるのか? 悪魔もだぞ、アレにも死なれては本末転倒だ」


「うるせェな、分かってるって。眼に見える範囲で集中しねェと同期できねェんだからチィと待ってろやクソ坊ちゃん」


「…………」


 何とも口の悪い魔物だ。

 しかし、ここまで言われては信じるしかない。

 同期というのが何なのかはサッパリ分からないが、兄弟という魔物と意思疎通をしているというコトなのだろう……とデルトリア伯はひとり納得した。


「……最悪でも絶対に死なさず捕まえなくては……」


 ボソッとつぶやいたデルトリア伯のその言葉に、プレートアーマーの魔物は過剰に反応した。


「……アアン? ちょっと待てや伯爵さんよォ」


「なんだ?」


「テメェが眼ェつけてる金髪のガキの心配はどうした? 嫁にするって言ってなかったか?」


「それがどうした?」


 キョトンとしたデルトリア伯。


「テメェまさか、嫁にしたい女より悪魔を優先するってコトか?」


「……そうだが?」


 何かおかしなコトを言ったか? とデルトリア伯。

 そんな彼を見て、プレートアーマーの上からでも容易に分かるぐらいにゲンナリした様子の魔物。


「テメェの好いた女の命よりも、テメェはテメェの目的を優先するってコトだな?」


「そりゃそうだろう。女の代わりはいる。そりゃアレだけの女はそうそういないが、まったくいないワケでもない」


「……デルトリア伯よ、テメェと知り合ってから二ヶ月ぐらい経つか。オレさまと似たところがテメェにもあると思ってたが、どうやら勘違いだったみてェだな」


「なに……? 何の話だ」


「オレさまもテメェも邪道の部類だ。それでも根っこの部分は同じかと思ってたが、ぜんぜん違ってたってコトだ」


「……? キサマと似たところがあるなど、ボクは願い下げだぞ?」


「チッ……ああ、もういい。何でもねェ」


 この魔物が何が言いたいのか、デルトリア伯は理解できていない。


「テメェがいいならイイさ。オレさまには関係ねェ。

 つまり悪魔は絶対に確保するとして、最悪、このグレアロス砦の『全員』が死ぬコトになっても問題はねェってコトだな?」


「…………」


 デルトリア伯はほんの少しだけ考えて、


「ああ、それでいい」


 人とは思えない冷酷な判断を下した。


「……そうか。わかった」


 プレートアーマーの魔物は、素っ気ない声で返事をした。

 ほんの少しだけ、落胆した色を滲ませて。



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