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5 終・同期の語らい


「なるほど。それでシャルラッハさまのお御足を撫で回したと。下劣な欲望の思うがままに、あの麗しい美脚を穢したのですね。正直興奮します」


 アヴリルが金色の目をギラギラと光らせていた。

 しっぽはブンブンと勢いよく左右に振られている。


「ねぇ、話聞いてた? 聞いてくれてたらそんなセリフでないよね?」


 訓練場にいるのは4人。


 クロは必死に誤解をとこうと言い訳をしていた。

 ヴェイルはにやにやと笑っている。


「班長の強さの秘密を知りたかったんだ……」


 シャルラッハは訓練場に戻ってきていて、まだ赤い顔でアヴリルのそばにちょこんと座っていた。


「わたくしの、強さ?」


 あ、返事をくれた。

 さっきまで顔を伏せて押し黙ったままだったから、返事をくれたことがうれしい。


 このまま一気に話をおし進める。


「アヴリルさんの強さは理解できる。ウェアウルフっていう運動能力に特化した種族だから、まだ強さの理由はわかるんだ。あ、ただ種族の違いってだけでアヴリルさんの強さを決めてかかるのは失礼かもしれないけど……」


「大丈夫。気にしてませんよ。でもたしかに、ウェアウルフとヒュームの身体能力差は歴然ですからね。その代わり、ヒュームにはヒュームの良さもありますが」


 アヴリルが自分のしっぽをふさふさしながら言葉を返してくれた。


 こくりと相づちを打ってから話を続ける。


「でも班長は俺と同じヒュームだ。さっき触ってわかったけど、足だって別に筋肉がすごくついているわけでもない。種族の違いでもない、筋力の違いでもない。なにが班長の強さの源なのか、ぜんぜんわからなくて」


「なるほど」


「班長の強さは才能って聞く。よく他の騎士団の先輩たちも話してる。けど、才能なんてあやふやなものが理解できないんだ。その才能ってやつがなんなのか、俺は知りたい」


 ごくり、と一度のどを鳴らす。

 シャルラッハのほうを見る。


 もう顔の熱はなく、真剣な表情で自分の話を聞いてくれている。


「俺はオークを一対一で倒せるようになりたい。正規兵になりたい」


「……」


「だから、どうしたら強くなれるか教えてほしい」


「強く」


「そう。どうやったらあんな動きができる? どんな訓練をしたら、君みたいに強くなれるのか知りたい。こんなお願いをするのは筋違いだって分かってる。自分の強さの秘密をさらすなんて難しいと思う。でも、知りたいんだ。強く、なりたいんだ……」


 目をつむって下を向く。

 できるだけ、自分の激情は抑えられたと思う。


 答えてくれなくても構わないとも思う。

 それならそれで仕方がない。

 でも何か、僅かでもキッカケさえもらえれば――そんな想いだった。


 ほんの少しの静寂。




「まったく、知りたかったなら最初からそう言ってくださればよかったのに。クロ・クロイツァーの頼みなら、いつでも聴いてさしあげますわよ?」


 シャルラッハは、ふぅと息をついて笑みを見せた。


「実際に見ながらの方がわかりやすいですわね。では……」


 そして立ち上がる。


「こう、足にエーテルを溜めて、それをこう、爆発させるように――踏み込みますの!」


 ドンッと一瞬で訓練場を移動するシャルラッハ。

 何度見ても、すごい。


「…………」


「マジで速ェ……」


 ヴェイルが見たままの感想を口にした。

 直線で移動しているのはなんとなくわかるが、本当に目で追えない速さだ。


「どう? あんな感じでグッと溜めて、ドンっていくのですわ」


 ドヤッとした顔でシャルラッハが歩いて戻ってくる。

 本人はあれで説明したつもりなのだろうか。


「なに言ってっかぜんぜんわかんねェ……」


「ごめん。まずエーテルってなに」


 はじめて聞く単語だった。

 ヴェイルの方を見ても、首をブンブンと振るだけだ。


「え、えと。エーテルは…………エーテルですわよ?」


「エーテル……」


 戦闘に使う単語か何かだろうか。


 木こりの仕事ぐらいしかしたことがない自分には縁がなかった。

 もっと勉強しておけばよかった。


「シャルラッハさま、それでは伝わらないかと。私が補足しましょう」


「頼むアヴリル……マジでなに言ってんのかわかんねェ」


「お二人は、魔法という存在は知ってますよね?」


 こくりと頷く。


――魔法使い。


 エルフが得意とする自然現象を自由に操る術だ。

 エルフであるマリアベールも魔法を使いこなしていた。


 もちろんエルフだけじゃなく、資質さえあれば他の種族も使える。

 当然ヒュームの魔法使いだって存在する。


 しかし魔法を使うには魔力の存在が不可欠で、その魔力の総量が魔法使いの才能の有無になると聞いたことが――


「――そうか、才能……ッ!」


「はい。魔法に近いものなのですよ。シャルラッハさまがやっていることは」


「魔法……あの突進が、魔法なのか」


 イメージが違いすぎる。

 シャルラッハの突進は、どう見ても肉体技。


 魔法は詠唱で魔力を溜めて、火や水、風などを具現し操る遠距離攻撃というイメージが強い。


「魔法じゃないですわ! れっきとした戦技ですわ!」


「……アヴリル。頼む……」


「魔法とは似て非なるものです。『エーテル』とは生命力、あるいは精神力のこと。魔法使いはエーテルのことを『魔力』と呼んでいますね。我々騎士団の者なら、いわゆる『闘気』ですね。優秀な戦士はそれを使って、尋常の域を超えた技を使うのです」


 アヴリルが指を立てる。


「ええと、例えば息。寒いなかでハァーと手を温めるようにして吐く息と、たんぽぽの綿毛を飛ばすためにフゥーと吹く息の違いはわかりますか?」


 クロとヴェイルは頷く。

 それを見たアヴリルは再び話し始めた。


「つまり、同じ息でも用途に合わせて指向性を持たせれば結果が変わります。湿気を含んだ息で温める。勢いをつけた息で吹き飛ばす。自分の意思である程度操作できますよね?」


 話の邪魔をしないよう、黙って頷いた。


「これがエーテルも同じことで、魔力なら熱したり冷たくする指向性を持たせて、火や水に変換して属性を持たせ、まったく効果の違う魔法として放ちます」


 アヴリルはポケットから1枚の硬貨を出して、


「そして闘気なら自らの体や武器に纏わせて、シャルラッハさまの『突進』や、私のような『怪力』を補佐するのです」


 人差し指と親指だけで、ぐにゃりと曲げてみせた。


 クロとヴェイルは思わず「おお」と声を出す。


「お二人はオークと一度闘いましたね?」


「うん。上官にいきなり山まで連れて行かれて……」


「死にかけたな」


「アレは一種の特訓なのですよ。闘気は命の危機にこそ、その真価を発揮します。お二人が一体どれほどの闘気を出せるか、おそらく上官が見極めていたのだと思います」


 そこでふと気づく。


「上官に、戦闘の才能が無いって言われたのは、たしかそのあとだった」


「ああ、たしかに……。つまり俺らにゃ、その闘気ってやつが無かったのか?」


「いいえ。多かれ少なかれ、闘気は誰にでもあるものです。生命力とも言われているぐらいですし。問題なのはその総量。どれほどの闘気がその者の体にあるかなのです。上官はおそらく、お二人には中級の魔物と闘えるほどの闘気が無い、という判断を下したのでしょう」


「それが、才能の無さ……ってこと」


「魔法使いで言えば、魔力が少なすぎて強ェ魔法が使えないって感じか。なるほどな……」


「はい。しかし誤解しないでいただきたいのですが、闘いを経験することで闘気の総量は増やせます。ただそれには、何年、何十年という特訓や、幾度もの修羅場をくぐらなければならないのです。闘気自体を操るのには才能はそこまで必要ないので、特訓次第でどうにかなります」


 どうやら努力次第ということらしい。

 まだ、道は閉ざされていない。そのことに少しだけ安心した。




「つかなんで俺とクロイツァーにゃ闘気のこと知らされてないわけ? 嫌われてんの?」


「多分、上官も訓練で教える気はあったのだと思いますよ。でも……」


「ああ……アレのせいですわね」


「上官その他数名を、殺しかけてしまいましたからね。彼が」


「……ああ、なるほどな。ジズか」




 ジズ――同期5人のうちの最後の1人のことだ。

 騎士団の中でも、彼の存在はある種タブーと化している。




 みんなのテンションが一気に下がる。

 クロが3人の気を紛らわそうと、声を上げた。


「ま、まぁまぁ。今教えてもらえたんだし、聞けてよかったよ」


 ヴェイルが目を細めてじっと見てくる。


「そういやクロイツァー。お前さ、毎日ジズんとこ行ってるみたいじゃねェか」


「はい? 独房に? アレのところに行ってなにをしてますの?」


 ヴェイル、シャルラッハ、アヴリルが一斉にこちらを見てきた。

 心底から不思議そうな顔で。


「え、ただ単に話をしに行ってるだけだけど」


「は、話……ですの!?」


「いや、ジズだって同期だし、ずっと一人は可哀想かなって……」


「あり得ねェ……。ジズとコミュニケーションがとれるってこと自体がスゲェよ」


「え、あの人ちゃんとした会話ができるのですか?」


「クロイツァーとは〝マトモ〟に喋るらしいんだよ。気に入られてるみたいだぜ」


「へぇ……」


 じっと3人が見てくる。

 この話題はまずい。


「あのさ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」


 ちょっと居たたまれなくなって、話を無理やり戻す。


 なにしろ自分はジズと交流があって仲がいいけど、彼を庇うことはできない。

 そういう余地がないほどに、問題行動しかしてこなかった人間がジズだ。


 クロにとって、ジズの話題はあまりにも複雑なのだ。


「……そうだな。クロイツァーの言うとおり、話を戻そうか」


 ヴェイルが意をくみ取ってくれて、流れを作った。

 助かった。


 それに、さっきの話の中で本当に聞きたいことがあったのだ。




「訓練次第で強くなれるってアヴリルさん言ったじゃない?」


「はい」


「……才能の無い人が、オークを倒せるほどの闘気ってやつを手に入れられるものなの?」


「人の可能性は無限ですので」


「じゃあさ……それは、どれぐらいの時間がかかるか、分かったりする?」


「一概には言えませんが、お二人の闘気を見て、推測ぐらいのものですが、なんとなくは。……私の主観的なものになりますが聞きますか?」


 頷く。


「戦闘に確実なものはありませんし、今のお二人でも知恵と技術を最大限に利用すれば、オークを倒すことだけは可能といえば可能です。ですが、闘気を使って真っ向から闘うという意味ならば、騎士団のこれからの訓練を考慮して、おそらく……早くて3年」


「さ、3年……」


 正規兵になるのに、3年。

 途方もない時間のように感じた。


「ただ、それが無為に終わる可能性もありますわ」


 シャルラッハが真剣な顔をして付け加えた。


「どうして? 特訓や修羅場を経験すれば強くなれるのに?」


「修羅場っていうのは、命の危機が迫るということ。それを乗り越えるっていうのは並大抵のことじゃなく、大抵の人は――その前に死ぬから、ですわ」


「――――」


 現実をつきつけられた。

 しかし納得できた。


 オークと闘わされたときは死ぬかと思った。

 実際、一歩間違えていれば死んでいた。


 それが修羅場だ。


 しかも自分の力で乗り越えられていない。

 上官が倒してくれただけ。

 自分は恐怖でまったく動けなかったのだ。


 つまり、その状態でオークを倒せてはじめて修羅場を乗り越える、ということ。


 無理だ。


 さっきまで、それがトラウマとなって体が震えていたほどだ。

 またあんな死ぬほどの思いをしなければいけないなんて拷問だ。


 これから先、魔物と闘うための力――闘気を手に入れるために、何十年とあんな修羅場をくぐり抜け続けなければならないなんて、あり得ない。


――才能という壁を越えるには、死にもの狂いでなければならない。




「……俺には、無理だ」


 震えた声だった。

 ヴェイルが自分の赤髪をかきむしって頭を抱えた。


「あんな思いをまた何度も繰り返す? 冗談じゃねェ。笑うなら笑ってくれ……、俺には無理だ」


 どうしようもない恐怖がそこにある。


 当たり前だ。

 あれをまたやろうとするなんて、どう考えても頭がおかしいとしか言いようがない。


「それもひとつの選択です。むしろそれが正解だとすら思います。なにも恥じることなんてありません、ヴェイル殿」


「ええ。何かを諦めるのには勇気がいる。わたくしはそれを尊重しますわ。なにも正規兵のなり方がひとつだけではありませんので」


「……そうなのか?」


「物資運搬を取り仕切る輸送隊。税だけでは足りない兵の食料を作る農作隊や、それを料理する隊。さまざまな街で活動する諜報隊。地形を測量する隊。作戦の詳細を文書にする隊は、王都や他の騎士団へのやり取りもあるからむしろ重宝されるかしら。正規兵と言っても戦闘兵以外に色々ありますわ」


「予備兵や戦闘兵も、それらの隊の手伝いをしますが、当然専属のプロが取り仕切るのです。戦闘兵は騎士団として重要な顔で数も必要ですので、強い者の取りこぼしを防ぐために、まずこれの審査があるというだけです」


「そう。強い者だけでは、組織というものは動けないのですわ」


「……知らなかった」


「むしろいままで知らなかったのが問題ですわ。輸送隊なんてたまに手伝わされていたでしょう?」


「そういやそうだ……」


「どうしてちゃんと調べなかったのかしら?」


「…………はい。すみません……」


 めずらしくヴェイルが頭を下げた。

 自分も知らなかったけど、黙っていよう。


「そうか……そういう道も、あったのか」


「ヴェイル?」


「ああ、スッキリした。ありがとう。ちょっと色々調べてみるぜ」


「そう。それなら、よかったですわ。頭を抱えて悩むなんて、生意気なフランク・ヴェイルには似合わないですもの」


 シャルラッハが微笑む。

 ヴェイルも、憑きものが落ちたかのような笑顔になっていた。


 きっと、相当悩んでいたんだろう。


 正規兵と予備兵とじゃ、やはり何もかもが違いすぎる。

 正規兵への道が開けるのなら、それに越したことはない。


「生意気なのはお前だろ。俺のが年上なんだぜ?」


「立場はわたくしの方が上ですわ」


「班長は貴族だしね。生意気なのもしょうがない」


「まぁ! クロ・クロイツァーまでそんなことを思っていたんですの!?」


 シャルラッハがぷんぷんと頬を膨らませる。

 そして何気なく、言った。




「――クロ・クロイツァーはどうするんですの?」




 答えなんて、とっくに決まっている。

 英雄に憧れたその瞬間から。


 もう夢を諦めるには、遅すぎたのだ。



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