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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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49 反撃の烽火


「…………ッ」


 鈍く重い痛みがクロ・クロイツァーの体内をきしませる。

 半月斧バルディッシュを持つ指先は、人体の構造上、曲がってはいけない方向に曲がってしまっている。

 幸い、腕のほうは折れていないようだが、この痛みだ。おそらくは骨がヒビ割れているぐらいはしているだろう。


 キュクロプスの攻撃を受け止めたまではよかったが、その衝撃までは耐えきれなかったようだ。

 たった一撃でこの惨状。

『死力』で強くなったとはいえ、この巨人の攻撃は尋常なものじゃない。

 一発でもマトモに食らったら体がぐしゃぐしゃにつぶれてしまうだろう。

 いくら不死だからといっても、さすがにそんなのは真っ平ごめんだ。


 エルフの兵士――この人はたしかルシール班長だ。

 彼女を助ける形で参戦したが、キュクロプスの拳をこれ以上受け止め続けるのはもう限界に近い。

 そんなコトを考えていると、そのルシール班長は他の兵士が別の場所へ運んでくれていた。


 自分とキュクロプスの周囲に人はいない。

 これで遠慮なく闘える。


「く……ッ……おおおおおおおッ!!」


 折れた指に無理やり力をこめる。

 いまにもこちらをつぶしてこようとする巨大な拳を、全身の力を使って押し返す。

 体が悲鳴を上げる。

 これまでの鈍痛に加えて鋭痛、その他さまざまな種類の激痛が脳を刺激する。


「ぐぅうううッ……ッッ!!」


 奥歯が砕けそうな勢いで歯を食いしばる。

 キュクロプスの拳に、半月斧の刃が深く食い込んでいく。


「ギ……ァッ!?」


 急な痛みにおどろいたのか、キュクロプスが拳を引き、その流れのままに後ろに跳んだ。

 クロとキュクロプスの距離が大きく開く。


「キュクロプスを押しのけやがった!?」


「うおおおッ!?」


「マジかよ!?」


 おどろく兵士たちの声が聞こえてきた。

 周囲からは、自分がキュクロプスの拳をはね飛ばしたように見えたのだろう。

 その誤解を解く意味はないし、そんなヒマもない。


「ふう……」


 指や腕周りの痛んだ箇所に、グリモアの黒い霧が浮き上がっていく。

 不死の副次効果である『治癒』が働いている。

 見る見るうちに、折れた指が回復していく。


「……よし」


 ギュッと半月斧を握りしめ、戦闘体勢を維持。

 キュクロプスと対峙する。


「……さすが巨人、大きいな」


 見上げるほどの体躯。

 まるで塔だ。

 大きさでは水竜に劣るが、巨人のこれはまた別種の巨大さを感じる。


 理想は、ただの一発たりとも攻撃をもらわずキュクロプスを倒すこと。

 エーテルの消費は極力抑えることが大切だ。

 万が一にもエーテル切れなんて事態になったらシャレにならない。


 何度かケガと瀕死を繰り返して分かったことがある。

『治癒』と『再生』では消費するエーテル量が段違いだった。

 ある意味それも当然か。

 治癒は、自然治癒力という言葉もあるとおり、傷をふさいだり折れた骨が治ったりと、時間こそかかるが普通の人間にも備わっているものだ。


 しかし再生は明らかに違う。

 斬られた腕がまた元通り生えてくるなんてことは普通はない。

 そのせいか、再生のエーテル消費はとてつもない量になっている。


 物理法則を完全に無視しているグリモアの災いでも、おそらくは何らかの法則が適用されているのだろう。

 それが異次元のルールなのか、グリモアの気まぐれなのかは知るよしもないが、そうなっている以上、自分もキチンと把握して行動していかないといけない。


「…………」


 この闘いは一対一の決闘じゃない。

 これは集団戦だ。

 キュクロプスを倒したからといって闘いが終わるワケじゃない。


 この闘いで大事なことは、エーテル残量を十分に確保すること。

 つまり、再生を必要とする『欠損』は何としても防がなければならない。

 これまでのような無茶な闘いは避ける。

 防御し、回避し、次の闘いに備えながら闘うのがベストだ。

 そのために、自分がするべき行動は――ただひとつ。


 相手の攻撃を食らわず、自分の攻撃だけで戦闘を終わらせる。

 息をつかせる間もなく巨人を倒す。

 すなわち、大威力の速攻にて瞬殺する。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 自分の何倍もある巨人へと向かっていく。

 彼我の距離を埋める途中、横から割り込んでくる魔物の群れ。

 コボルト、ゴブリン、その他さまざまな種類の魔物たちだ。

 巨人への攻撃の気配を察知したのか、徒党を組んで襲ってくる。


「邪魔だッ!!」


 走る速度は落とさない。

 半月斧を大きくひと薙ぎする。

 手加減はしない。

 する余裕もない。

 木の葉を散らすような勢いで、魔物たちを蹴散らしていく。


「――まず、ひと振り……ッ」


 ほんの数日前までは、自分では敵うハズのなかった魔物たち。

 以前に抱いていた魔物への怖れはもうこの心のなかには存在しない。


 ハイオークのガルガと闘い、ヴォゼと闘い、水竜をこの眼で見た。

 幾度も地面を這いつくばって、幾度も立ち上がり、そして幾度も死んだ。

 死闘と言っても過言ではないあの闘いは、あのすさまじい経験は、クロ・クロイツァーを急激に成長させるに余りあるものだった。


「――次いで、ふた振りッ!!」


 残った魔物を追撃の薙ぎ払いで倒す。

 いまさら下級や中級の魔物が何体来ようが、物の数にも入らない。

 向かってきた魔物のすべてを撃滅して、クロは巨人との距離を一気に詰める。


 しかし、キュクロプスもただ立っているだけじゃない。

 この巨人もまた、魔境アトラリアで闘い生き残ってきた強者だ。

 向かってくるクロを叩き伏せようと、その巨大な腕を振り上げる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 そして絶妙なタイミングで、大樹のような腕を振り下ろす。

 ズドン……ッ、という豪快な衝撃音。


「……あっぶなッ」


 紙一重の間合いでそれを回避するクロ。

 ほんの一瞬でも反応が遅れていれば体がぺしゃんこだった。


「かすってもダメだな……」


 何という攻撃力か。

 おそろしいことこの上ない。

 これほどの威力があるのなら、攻城の切札になるのが理解できる。

 グレアロス砦の堅固な壁ですら、このキュクロプスの攻撃には耐えられまい。



「オオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオォ―――――ッッ!!!」



 避けられたことにイラついたのか、キュクロプスが豪快に吼える。

 音の衝撃がクロに直撃する。

 大気がビリビリと震え、突風が巻き上がる。


「……くっ」


 思わず砂埃を腕で防ぐ。

 そんなクロの隙を見て、先ほどの攻防と同じようにキュクロプスが後ろに下がり、体勢を立て直そうとする。

――が、


「悪いな、もう逃がさない」


 クロが言う。

 勝ちを確信した瞬間だった。



「――『氷姫の抱擁トライン・フロズ』ッ!!」



 美しい鈴音のような可憐な声が、血生臭い戦場に響き渡る。

 闇夜に舞うは白銀の髪。

 背後に従えるは翼のように広がった巨大な本。

 新雪のように白く儚い華奢な腕を、精一杯に伸ばすのは悪魔の少女。

 グリモアの魔法はここに顕現する。

 その威力、絶大極まりないものなり。


「ギ……ッ!?」


 キュクロプスが仰天する。

 下がろうとした足が動かない。当然だ。

 文字通り、氷漬けにされているのだから。


「ガアアアッ!?」


 転ぶこともできない。

 腰から足にかけて、キュクロプスの下半身のすべてが凍らされている。

 まるで波が押し寄せて、そのまま一瞬にして水が凍ってしまったかのような状態だ。


「お前は強いな、キュクロプス。

 マトモに闘ったら、十中八九お前が勝つんだと思う」


「――――ッ!?」


 キュクロプスの肩口、そこに立っているのはクロ・クロイツァー。

 キュクロプスが動転している間に、その腕から真っ直ぐ登り、肩まで辿り着いていた。


「でも、俺には仲間がいる。安心して背中を預けられる戦友パートナーがいる」


 巨人の肩から戦場を見下ろす。

 そこに、悪魔の少女エリクシアがいる。

 毅然とした表情で戦況を見守っている。

 ここで期待に応えられずして何が彼女の戦友か。



「戦技『薪割』――」



 半月斧を振りかぶる。

 どれほど強かろうが、動けない巨人などただの木偶でくにすぎない。

 相手が巨大なだけの樹なのだとしたら、クロ・クロイツァーにとって、これほど相性の良いものはない。


 起死回生の威力。

 一発逆転の底力。

 力を求め続けた最弱の少年が、意地の極地にて見出した破壊の絶技。

 いかな劣勢であろうが、これが決まれば勝利が確定する絶対の必殺技。

 それこそが、戦技『薪割』の真骨頂。


 いまここに至るまで、クロは二度、薙ぎ払う動作をした。

 ひとつの動作を愚直に繰り返し、その威力を高め続けるエーテル技。

 その上昇率は倍々どころの騒ぎではない。

 三重の衝撃ともなれば、魔法すらも凌駕する一撃となる。




「――『樵の一撃ランバージャック』ッ!!」




 全力で振り抜く。

 クロ・クロイツァー渾身の一撃が炸裂する。

 巨人の命を消し飛ばす、たしかな手応えが半月斧から伝わってくる。


 これこそまさしく木こりの仕事。

 自分よりも遙か何倍もある巨躯を打ち崩す、諦めを知らぬ『人の業』。

 これなるは森を開拓し、住処を増やしてきた人類の努力の結実。


 元来、自然は恵みであると同時に脅威でもあった。

 かつて人類の先祖は、目前に広がる何千何億、何兆本もの木々を前にし、いったい何を思ったのか、この強大な相手に立ち向かうことを選んだのだ。

 そうして自然と闘い、ときに共存したのが人類だ。


 動物は環境に適応するよう進化する。

 しかし人類は、環境を変えるために進化することを選んだ。

 道具を使い、知恵を練り、気の遠くなるほどの年月を使い、子々孫々の長きに渡り闘い続けてきた。

 自然という名の脅威に立ち向かった、これこそが人類の力――秘奥そのものだ。


「――――――――」


 ズン……とひとつ。

 塔のごとくそびえ立っていた絶大な暴威は、大の字になって地に倒れた。


「ハァ……ハァ……」


 土埃が晴れ、仰向けに倒れたキュクロプスの胸元に立つクロが荒い息を吐く。

 その姿を、東門の篝火が照らし上げる。


「…………」


「…………」


 戦場に静寂が広がる。

 周囲の兵士たち、そして魔物までもが呆然とする。

 自分たちの目の前でいったい何が起こったのか。

 その出来事を頭で理解するのに、幾ばくかの時間がかかった。

 そして、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 万雷の轟きにも似た大歓声が巻き上がる。

 巨人、墜つ。

 その事実を目の当たりにして、兵士たちが腕を天に掲げ、クロ・クロイツァーの栄光を讃える。

 もはやその勢いは天を穿つがごとく。

 士気の向上は尋常なものではない。

 絶望的な戦場は一転、新たな英雄を迎える兆しを見せていた。




 ◇ ◇ ◇




 キュクロプス撃破に沸く兵士たちのなかに、ひとり。

 たったひとりだけ、冷静に現状を見つめる少年がいた。


「……生きてたんだな、クロイツァー」


 フランク・ヴェイルだ。

 死んでいたと思っていた自分の親友、クロ・クロイツァー。

 思いもしなかった同期の生還。

 喜ばしいことに、あの訃報はどうやら間違っていたらしい。


「…………」


 しかし、ヴェイルのその顔に影が差す。

 クロに駆け寄ることはせず、くるりと背を向けた。


「…………」


 一度だけ振り返り、そして歩き出す。

 まるで、クロ・クロイツァーから離れたいというかのように。


「…………ッ」


 ヴェイルのその表情は、怒りの色に染まっていた。



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