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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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48 居残りのクロイツァー


 グレアロス砦・東門前の闘いは乱戦の様相を呈していた。

 兵士陣形の奥深くにまで突出してきた魔物。

 それを撃退する兵士や傭兵。

 敵味方が入り交じる激戦である。


 月の無い夜半。

 戦場は炎に彩られていた。

 グレアロス砦の壁上にある篝火は、いつにも増して焚かれている。

 平時はアトラリア山脈から帰還する冒険者たちの灯台となり、道標になっているそれは、いまこの瞬間だけは戦場を照らす役割を担っていた。


 この炎はまさしく命の明かり。

 敵が見えなくてはどうにもならない。

 篝火は、魔物を視認するために必要な生命線のひとつだ。

 それもあってか、東門は死守しなければならない最重要の拠点だった。


 その東門を守るのは、看守長ガラハド。

 歴戦の勇士である彼こそが、ここを守るに相応しいと言えよう。


「ぬううんッ!!」


 そのガラハドが、片手斧ハンドアクスをトロールに叩きつける。

 しかしその攻撃は太くたくましい巨大な腕に遮られた。


「……チッ!!」


 舌打ちして後方に下がる。

 一瞬だけトロールから眼を離して周囲を見渡す。

 もう東門の周囲には相当な数の魔物がひしめいている。


「くそ……」


 前線だけでは抑えきれず、魔物が次から次へと門に集まってくる。

 ここが最後の防衛線。

 この東門だけは絶対に守り切らなければならない。

 魔物をこれ以上後ろに通してはならないし、東門を破壊されることを許してもいけない。


 幸い、その押し寄せてきたほとんどの魔物が下級だった。

 何とか兵士たちが押さえ込んでいる。

 予備兵たちも恐怖を押し殺し、隊列を組み、守りの闘いに徹している。


 ここにいる魔物で手強いのは、上級の魔物であるこのトロールのみ。

 ガラハドは、この東門の守護神とも言える存在だ。

 ガラハド以外にこのトロールを倒すことなんてできない。


「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 激烈な気合いでトロールの巨体に体当たり。

 トロールはたまらず尻餅をつく。

 その隙を見逃さないガラハドは、トロールの脳天にハンドアクスの一撃を食らわせた。

 断末魔の悲鳴を上げることもなく、トロールが絶命する。


「ハァ……ハァ……ッ」


 頭から流れる血をぬぐい、ガラハドが息をつく。

 ギリギリの攻防だった。

 ほんの少し運が足りなければ負けていた。


「歳は取りたくねェもんだな」


 愚痴りながら、しかしその戦意ある瞳に一切の陰りは無い。


「これであとはチョイと凌げばしばらくは休めるか?」


 ガラハドがつぶやく。

 が、その予想を裏切るかのように、とんでもないものが眼に入った。


「……おいおいおい」


 東門に近づいてくるとてつもなく巨大な魔物。

 全長10エームはあろう巨躯。

 必死に押しとどめようとする兵士たちを蹴散らしながら、ひたすらに砦へ向かってきている。

 準特級の魔物――『キュクロプス』。


「今度はアレと闘えってか? ワシが? 何の冗談だ」


 ガラハドは苦い笑みを浮かべながら、それでもハンドアクスを構える。

 ここをキュクロプスに抜かれたら、グレアロス砦は終わる。


「…………」


 街は破壊され、人々は蹂躙される。

 滅ぼされてしまった故郷のように。


「二度と……やらせねェ」


 ガラハドは戦意を燃やす。

 準特級。

 これの相手はシャルラッハかアヴリルの仕事だ。

 おそらくは何らかのトラブルがあって、キュクロプスの進軍を許す事態になってしまったのだろう。


 戦場とはそういうもの。

 いつだって思い通りになりはしない。

 長い闘いの人生のなかで、ガラハドはすでに悟っていた。


「もう故郷は無い。ワシには、ここだけだ。このグレアロス砦だけがワシの居場所だ」


 隊長クラスのガラハドに敵う道理は無い。

 しかし、たとえキュクロプスに殺されようと、それでも時間だけは稼いでみせる。


「二度も、ワシの居場所を奪われてたまるか」


 ガラハドは、向かってくるキュクロプスを待ち構えようと仁王立ちする。

 しかし、後方から走ってくる『2つの気配』に気づき、思わず振り向いた。


「――なッ?」


 ガラハドの眼が点になった。

 いてはいけないハズの少年と少女がそこにいる。

 一瞬、見間違いかと思ったが、そんなワケがない。


 待機してろと言ったハズだ。

 こんな状況になったなら、まず自分の命を優先するべきだ。

 それなのに。


「……まったく、言うことを聞きゃしねェ……」


 すれ違い様にガラハドはごちる。

 まるで、年頃の娘をもった父親のように。


「ごめんなさい!」


 少女がガラハドに応えた。

 巨大な本を従えて、輝くような銀色の髪をなびかせて、見慣れた少年と共に前へ前へと向かっていく。

 その姿を見たガラハドは、一瞬、巣を飛び立とうとする雛を空目した。


「……ふ」


 少年のほうは自分よりも遙かに強い。

 武器同士を一合したから分かる。

 間違いない。

 おそらくは三強女傑に匹敵するレベルの実力を持っている。


 どうしてそうなったのかは地下牢で話は聞いている。

『不死』と『死力』の相乗効果。

 決して諦めない不屈の心が彼の強さの源だ。

 キュクロプスは彼に任せておけば間違いない。


 ガラハドが周囲を見る。

 この東門付近にも、まだまだ魔物が数多くいる。

 自分の役目は、兵たちを指揮してこの門を守り切ること。

 ガラハドはもう1度だけ、2人の姿を確認する。

 そして、


「――頼んだぜ、お前ら」


 託す。

 この砦の未来を。

 2人の若者に。


「「はい!」」


 小さな声でつぶやいたハズなのに、2人がそれに応えた。

 少年と少女。

 この絶望的な戦場のなかで、誰よりも光輝く不死と悪魔。

 クロ・クロイツァーとエリクシア・ローゼンハート。

 2人は希望を託されて走ってゆく。

 強敵、巨人キュクロプスへと向かって。




 ◇ ◇ ◇




 グレアロス砦の騎士団は現在、副団長のマーガレッタを頂点としたピラミッド型の人員構成をしている。

 副団長のすぐ下には、役職幹部の長たちがいる。

 それぞれに名がついており、戦闘専門の特攻隊長や防衛隊長、情報処理の伝令隊長、物資運搬の輸送隊長など、さまざまな分野で活躍する長がいる。

 なかには看守長、料理長、育種長などのような風変わりなものも存在している。


 役職幹部が率いるのは部隊と呼ばれ、1つの部隊は約10以上の班で構成されている。

 騎士団全体で動く際には、副団長がまず指揮を執り、それを受けて大まかな指令を下すのが部隊長である役職幹部で、組織の末端――班員に直接細かい指示を出すのが、班長の役目だった。


 戦闘専門の隊・班はいわば騎士団の花形である。

 そのなかでも、特に戦闘能力に秀でている部隊が『特殊部隊』だ。

 この特殊部隊だけは例外で、役職幹部が指令系統に存在しない。

 その代わり、副団長が直々に指示を出す、名前そのままの特殊な隊だった。


「くそッ……」


 東門近くの戦場は混乱の極みにあった。

 大量の魔物たちが押し寄せて、兵士たちと戦闘になっている。


 そこに、エルフの女性がいた。

 エルフ特有の神秘的なその美貌は、焦りの色を濃くしている。

 彼女は、『特殊部隊』第3班・班長ルシール。


 ルシールはエルフでありながら魔法を学ばず、グレアロス騎士団に入って剣術を習得した兵士だ。

 しかしその剣の実力は確かなもので、次期役職幹部の候補とまで噂されるほどの逸材だ。

 その彼女はいま、キュクロプスの迎撃にあたっていた。


「アタシらじゃ、近づくこともできない……ッ!」


 その彼女をして、どうにもならない相手。

 それが準特級の魔物。

 竜王種ハイドラゴン単眼巨人キュクロプスは、三強女傑のうちの2人――シャルラッハとアヴリルがその相手をする予定だった。

 しかし、3体目の準特級の出現により、このキュクロプスが野放しになってしまっていた。


「あんなバケモノ、どうやって止めれば……」


 キュクロプスの進軍はすさまじいものだった。

 その大重量の巨躯で歩行していくだけで、騎兵の数十倍の突進力があった。


 真っ直ぐに砦へと向かっていくキュクロプス。

 その様子をただ見ていることしかできない。

 あまりにも体の大きさが違いすぎて、キュクロプスに接近することすらできない。


 離れた場所で矢を撃つぐらいしか抵抗できないのが現状だ。

 しかしその矢の攻撃も、キュクロプスの頑強な肌には通用しない。


「ダメだ、硬すぎる。眼を狙えッ!」


「はい、ルシール班長ッ!」


 班長として、ルシールが弓手の班員に指示を出す。

 しかし、


「……くッ、他の魔物が……、ルシール班長、どうすれば……ッ」


「まず周囲の魔物の迎撃だ……ッ!」


 弱点であろう単眼に向かって撃とうとすると、下級の魔物がそれを邪魔してくる。

 結果、応戦するしかなくなり、キュクロプスを狙うことができなくなる。

 キュクロプスを止めるため、他の特殊部隊の班や、防衛部隊も応戦しているが、どれも自分たちと同じような状態だった。


「魔物も分かってるのか……。自分らの攻撃の要が、あの巨人だってコトを……」


 思いも寄らない魔物の連携。

 それが兵たちを苦しめ、キュクロプスの進軍を容易にしていた。

 キュクロプスの歩みを止めることができない。

 陣形で囲むこともできない。

 もう東門はすぐそこまで迫ってきていた。


「……もうこれ以上は進ませられない! アタシらは特攻するぞッ!」


「……はい! ルシール班長ッ!」


 キュクロプスの周囲で様子を見ていたルシール班だったが、覚悟を決めて前に出て行く。


「ルシール、待てッ! 死ぬ気か!?」


 それを見た重厚な鎧の兵士が、無謀な特攻をしようとするルシールたちを止める。

 特殊部隊、第2班の班長だ。

 第2班は大柄で屈強な男たちで構成されている。

 逆に、ルシールたち第3班は女性だけで構成されていて、通称『アマゾネス』班と呼ばれている。


「いまアタシらが行かないと、誰がアレを止めるというのだッ!」


「三強女傑を待てッ! 我々だけでは準特級なんて倒せるワケがない! 冷静になれ、ルシール!」


「お前こそ冷静になれ! これ以上アレを進ませたら、門にいる兵たちが全滅するぞッ! そうなれば大量の魔物が砦に入ってしまう、アタシらが何を守ってるのか冷静になって思い出せッ!」


「……ッ……たしかに、住人にまで被害が出るのは、ダメだな……」


「だからアタシらがここで食い止める。分かったらそこを退け」


「……お前らだけにそんなカッコいいことやらせるか。

 おい、俺らも行くぞッ! 巨人退治だ、覚悟を決めろッ!!」


「応ッ!」


 第2班の班長が号令をかけ、その班員たちが野太い声をあげる。

 巨人への突撃。

 そんなことをしても、巨人を止められるとは自分たちも思ってはいない。

 だがしかし、どうにかしないといけない。

 無謀でも無茶でもやるしかない。


「よし、アタシらも行く――えっ?」


「――なっ」


 しかし、

 覚悟を決めたハズの、ルシールたちの動きが止まってしまう。


「……キュクロプスが、こっちを見てる?」


「……な、なんだ? ずっと砦から眼を離さなかったのに……?」


 足がすくむ。

 心が動揺する。

 準特級の魔物が、まるで獲物を見定めるように、こちらを見ている。

 そして、


「…………」


 キュプロクスが、ニタリと笑った。


「――――ッッ!?」


 ルシールたち全員に、身の毛もよだつほどの怖気おぞけが走る。

 次の瞬間、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 キュクロプスが吼え、

 こちらに向かってくる。

 あまりにも速すぎる。

 もうルシールたちの目前にまで迫ったキュクロプスが、その巨大な腕を振り上げる。


「…………ッ!!」


 直感に従い、ルシールたちはその場から一斉に跳んだ。

 キュクロプスが一瞬遅れて腕を地面へと叩きつけた。


 大地を揺さぶるほどの衝撃。

 間一髪でその直撃を避けたルシールたちは、しかし、攻撃の余波で吹っ飛ばされていく。


「……くッ」


 ボールのように飛ばされたルシール。

 運が悪かったのか、彼女だけがキュクロプスの近くに転がってしまっていた。


「…………」


 ルシールは、痛む体をおして頭上を見上げる。

 キュクロプスの単眼と眼が合った。


「……死ぬ前に、せめて好きな男のひとりぐらい……ほしかったな……」




 ◇ ◇ ◇



 キュクロプスの脳裏に、ウートベルガの言葉がよぎった。


――女子供、弱そうなヤツは特に酷たらしく殺してやれ――


 目の前のこの女は弱そうだ。

 砦を目指して歩いていたのに、やけに鋭い殺気を感じたが、多分この女だ。

 イラついて思わず攻撃したが、生き残ってくれていてよかった。


「……ハァァァァ……」


 キュクロプスは歓喜のため息をつく。

 さて、どうやって殺してやろうか。

 酷たらしく、とはどういう意味だったか。

 この手で握りつぶしてやればいいのか。

 それとも、この足で踏んでやればいいのか。


「…………」


 ニタリ、と笑う。

 決めた。

 目の前で震えているこの女は、拳で叩きつぶしてやるのが多分いい。

 血をぶちまけて、原形すら残さず殺してやろう。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ」


 キュクロプスは力をこめて、思いっきり。

 眼下にいる女に向けて、その拳を振り下ろした。




 ◇ ◇ ◇




 死んだ。

 ルシールはそう思い、眼を瞑った。


「…………ッ」


 頭に思い浮かぶのは故郷の人たち。

 エルフの里『エルフィンロード』。

 あそこを出たのは何年前になるだろうか。


 自然溢れる緑の楽園。

 耳が覚えている。小鳥の優しいさえずりを。

 鼻が覚えている。木と花の清らかな香りを。

 肌が覚えている。澄んだ空気の心地良さを。

 何もかもが懐かしく、愛おしい。


 剣に魅せられ、魔法を捨て、そうして騎士団に入った。

 里を出たこと自体には後悔は無い。

 もし、あるとするなら。

 そう、たったひとつだけ。


――『エルフの古き友エルドアールヴ』の力になりたかった。


 彼はいま、どうしているだろうか。

 子供のころによく遊んでもらっていた。

 哀しいときはいつだって優しい声で慰めてくれた。


 自分だけじゃない。

 里にいるエルフ全員がそうしてもらって育ったのだ。

 自分の親も、その親も、そのまたずっと前の前、先祖のずっと前の時代から。

 ずっとずっと昔からそこにいて、いつだって他人のためだけに生きていたあの人は。

 素顔も見たことのないあの英雄は、いまも苦しんでいるのだろうか。


 きっと、里のみんなが思っているはずだ。

 彼を助けてあげたい、と。

 後悔があるとするなら、それだけだ――




――――…………。

…………?




「…………え?」


 そして、しばらく経って。

 ルシールは気づく。

 どれだけ待ってもやってこない自分の死に。


 走馬燈だったとしても、いくら何でも長すぎる。

 いったい何が起こっているのか。

 ルシールは恐怖を押し殺して眼を開く。


「……え?」


 そこには、

 眼前には、少年の後ろ姿があった。


「ギリギリ、間に合った……ッ」


 少年の体躯からは考えられないほどの巨大な武器『半月斧バルディッシュ』。

 それでキュクロプスの拳を受け止めている。

 いったいどんな怪力があったらそんな芸当ができるのか。


「…………」


 呆然とする。

 目の前で起こっている事実がよく分からない。


「ルシール班長ッ!!」


 弓手の班員が、ルシールの体を抱いてキュクロプスの攻撃範囲から脱出させた。

 何が何だか分からず、その間もルシールはただ少年の姿だけを見ていた。


「ルシール班長、大丈夫ですか!? ケガは……してますね。でもよかった。命があって、よかった……ッ」


 涙を堪えながらルシールを抱きしめる弓手の班員。

 その体のぬくもりを感じて、ルシールは自分が助かったということをようやく理解した。


「……なぁ、あの少年は、誰だ……?」


 ルシールが班員に訊く。

 あの少年は見たことがある。

 見たことはあるが、ちょっと思い出せない。

 どこかで見たハズなのだが。


「クロイツァー君ですよ!」


「……クロイツァー?」


 それは、誰だったか。

 いや、知っているハズだ。

 耳慣れた言葉だ。

 そう思っていると、第2班の班長までこちらに来た。


「よぉ、ルシール。無事みたいだな。お互い、危なかったな……」


「ああ……まさか、いきなりキュクロプスが攻撃してくるとは……」


 第2班長と会話しながらも、ルシールは自分を助けてくれた少年から眼が離せなかった。


「……まさかアイツに助けられる日が来るとはな」


「お前も知っているのか? 彼を」


「知ってるも何も、有名だろう? ルシール、お前も毎日会ってただろ」


「……え?」


 そう、会っていた。

 この少年は見たことがある以前に、もっと身近に会っている。


「『居残りのクロイツァー』って言えば思い出すか?」


「――ッ!!」


 そしてようやく思い出す。

 ああ、彼だ。

 間違いない。

 いま彼がキュクロプスの攻撃を止めたことと、記憶のなかの彼が繋がらなかったのだ。あまりにも乖離しすぎていて。


「シャルラッハ班の……」


 見たことがあるはずだ。

 訓練場で毎日のように会っていた。

 誰よりも弱く、誰よりも才能が無く。

 けれど誰よりも努力していた予備兵の少年だ。


 騎士団始まって以来の無才だと、嗤われていた。

 本人もそれに気づいていただろう。

 それなのに、誰よりも遅くまで訓練していた。

 誰よりも必死に。

 誰よりも真剣に。


 毎日毎日頑張っていて、そうして、ついてしまったあだ名が――

――『居残りのクロイツァー』。


 努力する者を嗤うなと、副団長が叱り飛ばしてからは表立って笑う者はいなくなったが、影で嗤う者は絶えなかった。


 嗤う者の言い分はこうだ。

 あれだけ必死に努力して、それでも結果がついて来ないなんて滑稽だ。

 居残りのクロイツァーを見ていると自分はまだマシなんだと安心する。

 戦力にもならないし、何の役にも立たないから、いてもいなくてもどうでもいいヤツだから、嗤ってやるだけマシだろう。


 ヘドが出る。

 少数とはいえ、騎士団の人間でそういうことを言う輩がいることがショックだった。


 彼と会話する機会も接する機会もまったく無かったが、それなりに気にはなっていた。

 しかし実際問題、彼が本当に弱かったのは確かだ。

 決して、キュクロプスと闘えるような力を持つ人間じゃなかったハズだ。


 それがどうしたことか。

 準特級の魔物と、対等以上に、闘っている。


「あれが、クロ・クロイツァー……なのか」


 ルシールは、その闘いから眼が離せなかった。

 いや、ルシールだけじゃない。

 その場にいた班員、周囲にいた兵士たち。

 そして大量にいた魔物も同じく。

 そのすべてが、キュクロプスとクロ・クロイツァーの闘いから眼が離せなかった。



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