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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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45 その悪魔は、悪魔にして、悪魔にあらず



「お、いい感じの布があった」


 クロは看守室に置かれてある木箱をゴソゴソとあさっていた。

 もう使われなさそうな布を拝借して、半月斧バルディッシュの柄に巻き付けていく。


 刃の部分と同じく柄も鉄製で、これまではむき出しの状態で使っていた。

 そのせいで振り回すたびにグリップの摩擦がすさまじく、手が痛くてしかたなかったが、これで少しはマトモに扱えるようになる。


「刃は……大丈夫そうだな」


 あれだけの闘いをしたあとだが、刃こぼれひとつしていない。

 かなり頑丈にできているらしい。

 これの元の持ち主であるガルガの使い方を思い返してみても、かなり乱雑な扱いをしていたが、それに耐え得るほどなのだろう。


 どうやらこの半月斧は相当な代物のようだ。

 サビなども一切見当たらないが、年季が入っているのは何となく感じ取れる。

 この武器をこうしてじっくり眺めるのはエリクシアと一緒にいた洞窟以来だ。


 刃の部分を眺めていると、どこか意識が魂ごと吸い込まれそうな感覚がする。

 普通の武器じゃないのは間違いない。

 呪いというか何というか、魔的な何かがこの半月斧には宿っているのだろう。


 もしかしたらガルガが人から奪ったものじゃなく、魔物が造ったものなのかもしれない。

 そんな技術が魔物にあるのかどうかは知らないが。


「よっ」


 ためしに片手で持ってみる。

 ズシッとした重量が腕にかかってくる。


 エーテルを扱えるようになってから、こういうことができるようになった。

 数日前までは重量級の武器なんて持つことすらできなかったのに。


「うん、持ちやすい。やっぱ布を巻いてないのとじゃぜんぜん違うな。……でも」


 やはり少し重い。

 自分なりに格段に成長していると感じるが、まだまだこの武器の良さを完全に扱い切れていない。


「……」


 テーブルにいるエリクシアを横目で見る。

 さっきは眼から血が流れて苦しそうにしていたが、どうやらもう本当に大丈夫そうだ。


 新しい魔法を使えるようになったとのことで、それが記述されているグリモアを熱心に読みふけっている。

 彼女の邪魔をしてはいけないと思い、自分は自分でやれることをやっておこうと武器の手入れをしているのがいまの状況だ。


「…………」


 それにしても、彼女は本がよく似合う。

 ここが地下牢の看守室じゃなく日差しの当たるお城のテラスだったなら、優雅に本を嗜む貴族のお嬢さまのようだ。

 深窓の令嬢といった感じか。


 儚げで、それでいてどこか高貴な気品のある容姿だからこそ、そう感じてしまうのかもしれない。

 どうして悪魔などという数奇な運命に巻き込まれてしまったのか。

 なぜ彼女でなければならなかったのか。


 仮に、悪魔にならない『もしも』があったのだとしたら、彼女はいったいどんな人生を送っていただろう。

 平凡で、けれど人として幸せな日々を過ごせていたのだろうか。

 仮の話など詮無きことと分かっているが、どうしてもそう考えずにはいられない。


「…………」


 そんなことを考えていると、静かな看守室にくぐもった声が聞こえた。


「……ッ!? な、なんですか?」


 グリモアを読んでいたエリクシアがおどろいて周囲を見回す。


「ああ、大丈夫。伝声管だよ」


 クロはゆっくりと、壁から出ている金属の管に近づいていく。

 指を口に当てて、「声を出さないで」とエリクシアに示してから、管についているフタを開いた。


『――こちら伝令部隊。残っている者は直ちに東門へと集合。繰り返す、直ちに東門へと集合せよ――』


 砦の本部からの、伝令部隊の通信だった。

 砦内の全施設へ伝声管で指示を出しているのだろう。

 クロは黙ったままその通信を聞く。

 すると、


『バカヤロウッ! 看守室には誰もいねェだろ! ムダなことをするなッ!』


 おそらく通信をよこしてきた兵士の上司なのだろう、怒鳴り声がここまで響いてきた。


『ス、スミマセンッ!』


『今回は特級が相手なんだぞッ! 俺らの小さなミスで砦が滅ぶかもしれねェんだ! しゃんとしろッ!』


『はいッ!!』


 ガタンッ、と向こうの伝声管のフタが閉められた音が聞こえた。

 向こうではいままさに情報伝達という名の闘いがはじまっている。

 この砦の全施設・全兵士へと正確な情報を伝え、完璧な指示をしなければならない大切な仕事。

 広い砦内のあちこちにいる兵士の動きを統率するためには欠かせない機能だ。


 しかし、どうやら尋常じゃない忙しさでミスが出たようだ。

 焦っていたのか、あるいは仕事に慣れていない自分のような新人か。

 そのおかげか、現状がどういうことになっているのか理解できた。


「……特級? いま、特級って言ってませんでしたか?」


「聞き間違い……じゃないね」


 特級の魔物。

 それを聞いて思い出すのはヴォゼだ。

 何度も何度も殺された。

 何をしても通じず、信じられないタフさを持ち、おぞましいほどの威力の攻撃をしてきた怪物。

 あんなバケモノが、このグレアロス砦を襲撃してきている。


 誤報だったならいいのだが、伝令部隊の情報はまず正しいはず。

 特級が相手となると、このグレアロス砦の総力を結集したとしても敵わない。

 あの副団長でも倒すのは不可能だろう。


 デオレッサの滝でヴォゼを倒せたのは、同じ特級である水竜の力によるところが非常に大きい。

 どうして魔物同士で仲違いをしたのかは知るよしもないが、アレはもはや奇跡の類いだった。


「なんで次から次へと特級が……」


 クロが愚痴る。

 特級の魔物なんてバケモノと出遭うのは、闘いに携わる兵士でさえ人生に1度あるかないかの確率だ。

 そしてもちろん出遭ったら最後、ほぼ確実に死んでしまう。


「……まさか、水竜が追ってきた?」


 デオレッサの滝で、水竜は自分たちを見逃した。

 それはもしかして、後々追い詰めるためにワザとそうしたのではないか。


「水竜は違います」


 クロのその考えを、エリクシアが一蹴する。

 なぜか、確信に満ちた答えだった。


「違う……?」


「はい。別の魔物だと思います」


 エリクシアがここまで言うのなら水竜ではないのだろう。

 それを信じられるぐらいは彼女を信頼している。

 どちらにせよ、特級の魔物が襲撃してきたという事実だけは変わらない。


「…………」


 クロは考える。

 このままここにいてはいけない。

 特級が襲ってきたとなれば、まず間違いなくこのグレアロス砦は滅ぶ。

 おそらく、副団長たちは王都にいる団長に応援を要請するだろう。


『轟天の鬼神』ベルドレッド・グレアロス。

 グレアロス騎士団の団長であり、『英雄』である彼なら、特級とも闘えるハズだ。


 しかし、間に合わない。

 いまから早馬を使って王都にこのことを伝えたとしても、行きだけで3日はかかる。

 砦から王都まで、それぐらいの距離がある。


 団長が要請を受けて王都を出発するまでに準備も必要だろう。

 そして、ここに来るまでの移動時間。

 単純に、本当に単純な計算をしたとして、6日もかかる。

 実際はそれ以上かかるかもしれない。

 そんな日数、特級の猛攻を、耐え抜く。


 絶対に無理。

 全滅必至だ。


 この砦が陥落するのは目に見えた未来。

 おそらく、1日もたないだろう。

 どうしようもない。


「…………ッ……ッ」


 歯がみする。

 いまなら――


「………………」


 いまなら、自分たちは、逃げられる。

 エリクシアは絶対に死なせてはいけない。

 彼女いなくして、どうやってグリモアの災いを止めるというのか。


 このままここにいても、みんな死ぬ。

 騎士団のみんな、街のみんな、そしてエリクシア。

 全員が死ぬ。


 生き残るのは『不死』である自分だけ。

 闘う選択肢もあるが、同じこと。

 ヴォゼとの闘いで思い知っている。

 冷静になって思い返してみればよく分かる。


 アレには勝てない。

 どうにもならない。


 特級の魔物は、天災と言われるほどの怪物だ。

 アレを相手取れるのは英雄でしかあり得ない。

 そして、今度もまた水竜が味方になるなんていう奇跡が起こるなんてあり得ない。

 結局は誰も助けられず、無様にひとりだけ生き残ってしまう。


「――クロ、行きましょう。

 このままここで待っているワケにはいきません」


 そう、エリクシアの言うとおりだ。

 逃げるしかない。

 この砦から、エリクシアを連れて。

 それが賢い選択だ。


「…………ッ」


 デルトリア伯もさすがにこんな状況で何かをしてくるなんてことはできないだろう。

 逃げる。

 それが正解だ。

 もしここに副団長やガラハドがいても、誰であってもそうしろと言うだろう。


 誰でも分かる。

 子供だって理解できる単純なこと。

 危険なところには近寄らない。

 ましてや自分から危険に向かっていくだなんて、愚か者のそしりを免れない。


「…………ッ……」


 しかし、見捨てられない。

 みんな死んでしまう。

 知り合いも、知らない人も、誰もかも。

 このグレアロス砦のみんな。

 それを見捨てるだなんて――できやしない。


 それがクロ・クロイツァーという人間だ。

 闘う。

 自分も副団長たちとこの砦を守るために闘う。


 決定だ。

 迷いはない。


 愚かでも何でもいい。

 自分の信念を曲げるぐらいなら死んだほうがマシだ。不死だから死なないが。

 しかしそうなると、エリクシアをどうしたらいいか。

 彼女を巻き込むわけにはいかない。



「行きましょう。相手は特級。少しでも戦力がほしいハズ。

 わたしたちの力でも、何かの役に立つかもしれません」



 エリクシアが看守室の出口に立って、そんなことを言った。


「…………え?」


 ちょっと、何を言っているのか分からない。

 行く?

 戦力?

 何かの役に立つかもしれない?

 さっき、彼女は逃げようと言ったのではないのか?


「……ちょ、ま、待って。もしかして、闘う気なの?」


「え? 闘わないんですか? このままじゃ街の人たちまで被害が出るんですよ?」


 エリクシアがおどろいた顔で聞いてくる。


「いや、俺は闘うケド……」


「ですよね。クロならそう言ってくれると思っていました」


「……エリクシアも、行くの……?」


「クロが行くなら、わたしも一緒ですよ?」


 何をいまさら? とエリクシアは付け足した。


「……」


 クロは本気でおどろいていた。

 なぜなら、彼女は、グレアロス砦の人間たちの役に立ちたいと言ったのだ。


「……どうして、そんなことが言えるんだ……?」


「え?」


「だってあれだけ追いかけ回されて、殺されかけたんだよ? 兵士も、街の人も、みんな君を殺そうとしてた。……それなのに、どうして彼らを助けるだなんて言えるんだ?」


 そこまで言って、気づいた。

 エリクシアという人間のいびつさを。


 悪魔として生きて、これまで理不尽な目に遭ってきた。

 何もしてないのに罵倒され、恨まれ、憎まれていた。

 冤罪の極みだ。

 そして、彼女はその命までも狙われてきた。


 そうやって生きてきた人間が、はたしてマトモな振る舞いができるものなのか?

 仮に自分がそんな目に遭ったなら、人間のすべてを呪い、憎しみに狂わされて、人類の破滅を願うだろう。

 まさしく、伝説に聞く悪魔のように。


 しかし、エリクシアは違う。

 そんな壮絶な人生を歩んできたとは思えないほど、真っ直ぐで、律儀な人間だ。

 性根がまったく曲がっていない。

 素直で可愛らしい女の子だ。


 そう、それがまず、おかしいのだ。

 あり得ないとすら思える。

 ノエラの教育方針のたまものか?

 それもたしかにあるだろう。

 だがしかし、そんなノエラも殺されてしまい、3年もひとりで生きてきたのだ。


 理不尽な目に遭わされて、それでもなお『善性』でいられる穢れなき精神。

 そんな存在なんて、クロにはたったひとつしか思い浮かばない。



「だって――誰かが苦しんでいたら、助けてあげたいじゃないですか」



 ああ、エリクシアは『聖女』だ。

 クロはそう思った。


 善性の極天。

 究極の善心。


 聖国アルアに数人しかいない『聖女』。

 高潔な精神を持つ選ばれた者のみがなれる最高位の聖職だ。


 聖国アルアではあがたてまつられるほどの尊い存在とされている。

 他国に対して権力こそないが、その人望による影響力は絶大である。

 このグラデア王国や、帝国ガレアロスタの人間にさえ、聖女は一目置かれるほどだ。

 エリクシアには、その尊さの片鱗を感じた。



「みんな、助かるべきなんです」



 その言葉は、きっと自分自身にも言っているのだろう。

 きっとエリクシアはその呪われた人生のなかで見出みいだしたのだ。

 信仰心という名の救いを。

 エリクシアの胸元で輝くロザリオがそれを物語っている。


「…………」


 何か心を揺さぶられたとき、エリクシアはいつもロザリオを握りしめていた。

 つまりそれは、彼女が、神に救いを求めることでしか精神の均衡を保てなかったことを意味している。


 誰も助けてくれない迫害の果て。

 その反動こそが、『聖女』並の精神の源泉だ。


「エリクシア」


「はい?」


 エリクシアを守ろうと誓った自分の想いは、間違いじゃないと確信した。

 自分が彼女の救いになりたい。

 彼女の『希望』になりたい。

 彼女の『英雄』になってあげたい。


「行こう、みんなを助けに」


「はい!」


 何があっても、どんなことが起こっても。

 エリクシア・ローゼンハートという少女を、救いきってみせる。


 彼女が望むなら、そうしてやろう。

 みんな助かるべきなんだと――彼女がそう言うのなら、そうしてやろう。


 特級だろうが最上級だろうが、詩編を持った人間だろうが、彼女の歩みの邪魔をするなら、そのことごとくを返り討ちにしてやろう。




――神なんていない――




 その言葉を聞いたのは、クロがまだ幼い子供だったときのこと。

 それはかつて『聖女』だったマリアベール・クロイツァーの言葉だ。


 たった1度だけ聞いた、マリアベールの弱音。

 教会のシスターとしてあるまじき発言だ。


 どうして彼女がそんなことを言ったのかは分からない。

 そう言いながら、どうして山村でいまでも教会を営んでいるのかも分からない。

 聖国アルアからグラデア王国に来た理由も、クロは知らない。

 マリアベールは自分のことをあまり語らなかったから。


 ただそのとき、幼いながらも、ひとつだけ思ったことがあった。

 涙を流しながらその言葉を呟いたマリアベールを見たときに、思った。


 人を助けられるのは『神』じゃない。

 人として生まれ、それを超越した――

――『英雄』だけなのだ、と。



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