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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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44 敵影



「……大群だな」


 グレアロス砦に迫ってくる魔物の群れを見て、マーガレッタが呟く。

 彼女はいま、砦の東門・防壁の上に設置されている見張り台にいた。


 アトラリア山脈から進撃してくる魔物たちの姿。

 肉眼ではもうもうと立ち上る土煙がかすかに見える程度の遠い距離だ。

 望遠鏡でようやくその先頭の姿が見える。

 あの速さなら、あと20分もすれば砦に到達してしまうだろう。


 おどろくべきはその数だった。

 ヘタをすれば一個師団にも匹敵する数の魔物。

 おそるべき脅威である。


「……グレアロス砦がつくられて以来、前代未聞の出来事ですぞ……」


「副団長、いかがなさいましょう」


 隣で同じように望遠鏡をのぞいているのはグレアロス騎士団の隊長格たちだ。

 看守長ガラハドの姿もある。

 ひとりひとりが強大な戦力を保持し、上級の魔物を相手取れるほどの力量で、いずれ劣らぬ戦士たちである。


 あの数の魔物を目の当たりにして、それでも平常心を保っていられるのはさすがの胆力である。

 こんな規模の魔物の群れなど、ほとんど聞いたことがない。

 しかし、それでも彼らには自分の力に絶対の自信がある。

 幾多もの闘いに勝ち残ってきた強者の自負がある。

 これまでにない数の魔物だとしても、それを乗り越えていけると信じている。


「――迎え撃ち、殲滅する」


 短く、簡潔に。

 マーガレッタは騎士団の方針を決定した。

 むしろそれ以外に選択肢は皆無。

 ここで逃げたら何のための騎士団か。

 このような事態にこそ、自分たちの力が必要だ。


「だが……容易ではないな」


 マーガレッタの弱音とも聞こえるまさかの言葉に、隊長たちが眉をひそめた。

 彼らのそんな様子を察したマーガレッタは、端的に説明する。


「――特級の魔物がいる」


「…………ッ!?」


 特級の魔物。

 その言葉に、隊長たちが目に見えて動揺した。


「……た、たしかなのですか!?」


「間違いない。先頭にいる黒い人型のスライムだ。双頭狼オルトロスの上に乗っている。望遠鏡でのぞいてみろ。あの1体だけ纏っている『闘気』がぐんを抜いている。隠そうともしていない」


「そ……そんな……」


 隊長たちの表情が引きつるのも仕方がないと言えよう。

 上級のひとつ上の階級とはいえ、特級の魔物は別格の怪物だ。

 その1体ですら、砦にあるグレアロス騎士団の総戦力ですら敵わないと言われるほどのもの。

 いわば大型の竜巻トルネードが意思を持って砦に向かってきているのと同じこと。


 天災の類い。

 人には決して敵わない怪物。

 それが特級の魔物である。


「――でも、るんでしょう?」


 不敵な笑みを見せるのは金髪の少女、シャルラッハ・アルグリロット。

 シャルラッハのすぐ後ろには、人狼ウェアウルフのアヴリル・グロードハットも控えている。


 シャルラッハは隊長格ではないが、その実力は本物だ。

 おまけに貴族でもある。

 しかも英雄の娘というお墨付き。

 そのため、こうした隊長格での会合に参加できる権利を持っている。


「当然だ。

 最悪でも、『団長』の到着まで持ちこたえるぞ」


 マーガレッタの断固たる言葉に、見張り台の空気がピリッと引き締まる。

 さっきまで狼狽していた隊長たちが、刻一刻と近づいてくる魔物の軍勢を睨む。

 特級への怖れなど、鋼の精神力で抑え込む。


 彼らこそが、歴戦の勇士。

 この砦を真に守るのは壁ではない。

 騎士団の戦士たちこそが、この砦のかなめである。


 相手が特級の魔物であっても変わらない。

 いつもどおり、これまでどおり、決死の覚悟で闘うのみ。


「……」


 そんな同志たちの意気込みに感謝しつつ、マーガレッタは矢継ぎ早に指示を出す。


「王都に行ける早馬の準備は?」


「できています」


「よし。鳥はどうだ?」


「夜のため、フクロウならいつでも」


「よし、万全を期して馬と鳥の両方でいく。

 物書きはいるか?」


「ここに。準備も万端でございます」


「――グレアロス砦に火急の事態。特級の魔物が出現、至急援軍求む――以上だ。もう一度言うか?」


「いえ、まずひとつ、滞りなく」


「よし、判を押す。同じ文面のものを早馬と鳥の数を頼む」


「承知しました」


「隊長格は兵を集めてくれ。門の前でヤツらを迎え撃つ。陣形は訓練どおりに」


「応ッ!」


「待て、たしか街には傭兵と冒険者がいたな。伝手つてがある者は引っ張ってきてくれ」


「いいんですかい? カネの足下見られますぜ」


「構わん。いまはとにかく戦力が欲しい」


「へい!」


「伝令はいるか」


「ここに!」


「砦の街へ通達、一般人は西の門へ避難。誘導は治安部隊でまかなってくれ」


「御意!」


「次は――――」




 一通り指示を出したマーガレッタは一息つく。


「ふぅ……」


「おつかれさま」


 周囲が慌ただしく動き回るなか、シャルラッハがマーガレッタに声をかけた。


「疲れるのはこれからだ。貴公の力、頼りにしているぞ」


「ええ。わたくしとアヴリルは遊撃でいいんですわよね?」


「…………」


「どうかしまして?」


「あ……ああ、貴公らの機動力を隊列に組み込むのは愚策。思うままに暴れてくれて構わない」


「ふっ、ふふ……ようやく出番がきましたわ……」


 そう言って、シャルラッハはきびすを返して離れていく。


「アヴリル、支度を」


「はい。それでは副団長殿、我々はこれで」


「……ああ、頼んだ」


 見張り台から降りていく2人を見て、マーガレッタは違和感を覚えていた。

 シャルラッハの様子がおかしい。


 好戦的なのは昔からだが、今回の彼女はどこか違う。

 いつもならもう少し大口を叩く彼女が、静かすぎる。

 どこか危うい雰囲気だった。

 暗い影を背負ったその姿はまるで、妹を亡くして荒んでいた4年前の自分を見ているかのようだ。


「……そうか」


 そして、気づく。

 シャルラッハは強大極まる戦士だが、まだ幼くもあることを。

 相反するその2つに揺らぐ、ひとりの未熟な少女なのだ。


「同志クロイツァーのことか……」


 シャルラッハはまだ、彼が生きていることを知らない。

 しかし、それを伝えようとしても、彼女はもうここにはいない。

 自分はここから離れられない。

 まだやることが山ほど残っている。


「……どうする。戦闘の直前に言うか?」


 一瞬の油断が生死を分ける戦場。

 そんなところにこれから赴く彼女に、心を揺さぶるような言葉をかける。

 まず間違いなく彼女はクロの生存報告を喜ぶだろう。

 もしかしたら、その喜びが力になるかもしれない。

 しかし、そうでないかもしれない。


「…………」


 結果がどう出るか分からない。

 分からない以上、余計なことはしないほうがいい。

 マーガレッタは後ろ髪を引かれるような思いで、副団長としての仕事を再開した。




 ◇ ◇ ◇




「ごめんなさい」


 クロが食器を棚に片付けているときだった。

 テーブルを拭いていたエリクシアが、唐突に謝罪を口にした。


「何の話?」


「グリモア詩編の話です。クロには、本当ならもっとはやく伝えておかなきゃいけないことだったので……」


 破られた悪魔の写本ギガス・グリモアのページ。

 それを持つことで、グリモアの災いを使うことができてしまう。


 エリクシアの目的は、アトラリアの最奥に到達し、グリモアによる災いのすべてを消し去ることだ。

 しかしそのためには、この世界のどこかに存在する『12枚のグリモア詩編』を取り戻さなくてはならない。


「仕方ないさ、色々邪魔が入ったからね。それに、元々レリティアの各地を回って、アトラリアに一緒に行く仲間を捜す予定だったワケだし」


「はい。でも……ごめんなさい」


 しゅんとしているエリクシアは、まるで叱られた子犬のようだ。

 彼女と出会い、ここに至るまで、さまざまなことが起こった。

 邪魔が入りすぎたのが原因だとはいえ、共にアトラリアを目指す仲間として、その情報の共有ができていなかったことを、彼女は謝っているのだ。


「律儀だなぁ」


 言いながら、食器のすべてを棚に収納した。

 ちなみに洗うための水は地下水を使用している。

 この地下牢には井戸があり、そこから水をくみ上げて色々な用途に利用する。

 しかし、ジズが脱獄する際に地盤ごと破壊した影響か、最初にくみ上げた水が泥でにごっていたので、何度もくみ上げることになって苦労した。


「12枚の詩編か……」


 不死と同列の能力を持つ詩編。

 魔法とも戦技とも違う、異次元の力。

 この世界の誰かがそれを所有している。

 返してほしいと頼んで、すんなりと渡してもらえればいいが、まず間違いなくそんな簡単にはいかないだろう。


 これを12枚。

 並大抵のことじゃない。


 目下もっか、ほぼ確実に詩編を持っていると判明しているのはデルトリア伯だ。

 彼の性格からして、戦闘になるのは間違いない。

 どんな力を持っているのか分からない敵。


「……」


 そんな考えを巡らせていると、ガタンッと、椅子が強く倒れる音が看守室に響いた。

 見ると、エリクシアがうずくまっている。


「……エリクシア?」


 足を椅子にとられて転げたのか?

 そう思いながら彼女に近づく。


「大丈夫?」


「……う……あッ……」


「――――ッ!?」


 彼女の顔を見た途端、尋常じゃないことが起きていることがハッキリと分かった。

 その真紅の両眼から真っ赤な血が流れている。


「……エリクシアッ!?」


「うう……、う……あッ……」


 エリクシアがしがみついてくる。

 指が真っ白になるほどに強く、クロの服のすそを握りしめる。

 耐えがたい何かに苦しんでいるのは明らかだ。


「どうして……いったい何が……?」


 本当に突然のことだった。

 ほんのちょっと眼を離しただけだ。


 エリクシアの眼は止めどなく出血している。

 見ているだけで痛そうだ。

 自分が痛いのは我慢できる。

 けれど、自分以外の誰かが痛がるのを見るのは、嫌だ。


「……くそ……ッ、…………?」


 ふと、クロの視界のなかに異様なものが入った。


「――――」


 グリモアだ。

 黒く、黒く。

 真っ黒に発光していた。


「――お前の仕業か」


 その黒い光がエリクシアを照らしている。


「……やめろ、何のつもりだ……ッ!!」


 グリモアには意思がないとエリクシアは言っていた。

 しかし、彼女がいま苦しんでいる原因は間違いなくコレだ。

 返事など返ってこないと分かっていながら、クロはグリモアに問わざるを得なかった。


「……ク、ロ……」


「――ッ! エリクシア、大丈夫か!?」


「大丈夫です……。前にも似たようなことが一度、ありましたので……」


 ようやく落ち着いたのか、腕のなかのエリクシアはしっかりとこちらを見ていた。


「だ、大丈夫って……。だって血が……」


「平気です。ケガはないはずなので……」


 クロも冷静になって、彼女の瞳をたしかめる。

 眼に外傷はない。

 血だけが出ていたようだ。


「心配、させてしまいましたね……。すみません、あまりにも突然だったので……わたしも心の準備ができてなくて……」


 エリクシアは血が流れた目元をぬぐう。

 そしてグリモアを手にとって、とあるページを確認した。


「やっぱり。


 エリクシアはひとり納得した様子だった。


「……どういうこと?」


 クロも反射的にページをのぞき込むが、ここに書かれてある文字を読むことはできない。


「いまのは――新しい『魔法』を使えるようになる前兆みたいです」


 エリクシアは淡々とそんなことを言った。

 ほんの少しだけ、どこか哀しみの混ざったような声色で。



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