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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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41 予感


 デルトリア伯を止めると宣言したクロ。

 それに同意するように頷いたのはエリクシア。

 相手は権力があり、おそらくはグリモア詩編の災いも持っている。

 強大極まる敵だ。

 それでも、もう逃げるわけにはいかない。


「悪魔を捕まえて詩編を奪う敵……か。とんだ大事おおごとになってきたな」


「失敗はできねェな」


 決意を新たにするのはマーガレッタとガラハドだ。

 役職幹部という名に恥じない、すさまじい戦意をみなぎらせている。


 罪もない人々を簡単に手にかけるデルトリア伯。

 悪人と言って差し支えないそんな人間が、『グリモア詩編』を手にしている可能性があるということ。

 あまりにも深刻な事態だ。

 早急に対策を練らなくてはならない。


「副団長と看守長以外に、仲間はどれぐらいいるんですか?」


 裏の同志と言っていた、マーガレッタらの仲間のことだ。

 極一部のドワーフと言っていたが、どの程度存在しているのか知っておいたほうがいいとクロは判断した。


 もはや自分たちもマーガレッタたちと一蓮托生の仲間だ。

 負ければ死に直結する闘い。

 それも、伯爵暗殺を試みたという不名誉な死になるのは間違いない。


「戦力として期待しているのかもしれないが、すまない。いまグレアロス砦にいる者らは戦力には数えられない。彼らは一般人だ。騎士団の団員ですらない。我々にデルトリア辺境各地の情報を提供してくれていた者なんだ」


 マーガレッタは首を振りながらそう言った。

 つまり、ここにいる4人だけが戦力なのだ。

 それだけで伯爵を、しかも、グリモア詩編の災いの力を持つ相手を倒さなければならないということだ。


「エリクシア、その内の2人は、あの村の生き残りだ」


 ガラハドが静かな声で言う。


「……ッ!」


「デルトリア伯に気づかれないよう公式には全滅ということにしておいたが、崩れた山から奇跡的に生き残ったのが、たった2人。テッタとアンナだ」


 エリクシアは眼を丸くしておどろいた。

 そしてすぐにホッとした顔をして、祈るように両手を握った。


「……よかった。あの2人は、生きていてくれていたんですね」


 エリクシアは村人の生存を喜んでいた。

 その眼には涙がにじんでいる。


「知り合い?」


 村の生き残りというならそうなのだろう。

 聞かなくともいいことだったが、彼女のその喜びをあえて言葉にしたかった。


「はい。小さいころから、よく遊んでもらっていました」


「そっか」


 ほんの少しだけだったけれど、エリクシアが微笑んだことが自分のことのようにうれしかった。


「お前のことをずっと心配してたぞ。今度、会って元気な姿を見せてやるといい」


 ガラハドもクロと同じ思いだったのか、声の調子が弾んでいた。

 少しテンションが高めの様子だ。


「…………」


 しかし、エリクシアは返事をしなかった。


「……どうした?」


「彼女らは……悪魔のこととか、知っているんですよね?」


「ああ。事情はぜんぶ知っている」


「だったら……わたしのことを……恨んでいるんじゃないでしょうか?」


 自分のせいで村が滅ぼされてしまった。

 自分が悪魔だったから。

 エリクシアはそう思っている。


「無ェな。あの村を滅ぼしたのはデルトリア伯だ。お前じゃねェ。お前は恨まれるようなことなんざひとつもしてねェ。そうだろうが?」


 ガラハドの言うとおりだ。

 エリクシアは何も悪いことをしていない。


「…………わ、たし……は」


「うつむくんじゃねェ。自分のせいだとか思うんじゃねェ。いいな?」


 まるで親が子供に言い聞かせるような言葉。

 優しく諭すような声。

 これは、親を知らないクロも覚えがある。

 姉代わりのマリアベールがよくこういう声でクロに語りかけてくれていた。

 子供の感性は敏感だ。

 どんな気持ちで言葉を発しているのか分かってしまうものなのだ。


「……はい」


 エリクシアはその言葉をしっかりと受け止めて顔を上げる。


「そう、それでいい。自分は悪くないんだって、そのいつまで経っても子供のときのままの小せェ胸を張っていやがれ」


 しかし「あれ?」というきょとんとした顔をして、一瞬ガラハドの言葉を頭のなかで反芻して、顔をリンゴみたいに真っ赤にしたエリクシアは、


「……ち、小っちゃくないですっ!

 き……着やせするタイプなんですっ!」


 机の上にあるグリモアに、バンッと手を叩きつけた。


「その意気だ、それでいい。ガキが暗い顔をしてるのは見るに耐えん」


 くくくと笑いながら、ガラハドはそう言った。


「……」


 クロは思わず、エリクシアのその胸元に眼がいった。

 起伏の薄い、なだらかな平面がそこにある。

 着やせ?

 これが?

 本当にそうなのか?

 真剣な顔で、幼女から少女になったばかりという感じのその胸を凝視する。


「同志クロイツァー。年頃の少女の胸をそんなにナメ回すように見つめるのは感心しないぞ? せめて盗み見ろ」


「……はっ!?」


「ク、クロ!?」


 マーガレッタの言葉にハッとして、それに気づいたエリクシアが恥じらいのあまり手で胸元を隠す。

 そしてマーガレッタのふくよかな胸元に視線をやったエリクシア。


「む? どうした?」


「…………くっ」


 自分の胸と交互に見て、圧倒的な差にエリクシアは絶望する。

 そして、ゼンマイ仕掛けの時計のような動きでこちらを向いた。


「ち、小っちゃくないですからっ!

 わたしまだ成長期ですからっ!」


 涙目になって言い訳するエリクシアは、悪魔じゃなく歳相応の、ただの少女に見えた。




 ◇ ◇ ◇




「3年前に元警邏けいら隊にいた者も『裏の同志』となってデルトリア伯打倒のために動いてくれているのだが、残念ながらこの砦にはいない。

 彼らなら戦力になったのだろうが、それぞれ別の街にいる。いまから呼び寄せても間に合いそうもない」


 まさかデルトリア伯がこのグレアロス砦にいるなんて想像もつかなかったのだろう。


「ここにいる我々でどうにかするしかない」


 マーガレッタの真剣な眼。

 その青い瞳は、冬の湖畔のように尊く輝いている。


「分かりました」


 伯爵という強大な敵を前に、それでも諦めることのなかった彼女らの正義感。

 あまりにも強靱なその精神は、クロの心を強く打っていた。


 最初こそ復讐からはじまったこの闘い。

 やがてそれは、このデルトリア辺境を守るための闘いとなっていった。

 そして3年という月日が流れ、事情を知るエリクシアから話を聞くことに成功し、デルトリア伯の明確な理由を知ることとなった。


 かくして、彼女らの闘いは、このグラデア王国――ひいては人境レリティアを守る闘いへと様相を変えていった。


 打倒デルトリア伯。

 何としても実を結ばせたい。


「12枚の詩編……。そのうちの1枚をデルトリア伯が持ってるとして、エリクシアはその災いの詳細は分かる?」


 自分に宿った不死の力。

 それに匹敵する類いの、常識を覆す異次元の力だ。

 何か対策のしようがあれば良いのだが……。


「奪われた詩編の詳細は分からないんです。詩編が破られてしまったのは、わたしが悪魔になる前のことなので……」


 お手上げだ。

 実際に会って対応するしかない。


「デルトリア伯が本当に詩編を持っているかどうか確認する方法はあるの?」


 彼が詩編を持っている可能性は極めて高い。

 それを奪い返すのが自分たちの最大の目的だ。

 だが、デルトリア伯が他の誰かに詩編を預けている可能性もないとは言い切れない。


「それなら、わたしが直接本人を見ただけで分かります。あ、でも勘の鋭い人なら何となく分かると思います。たとえば、人狼ウェアウルフの方とかなら……」


 思い浮かんだのはアヴリルだ。

 彼女は普通の人狼よりも鼻が利くらしく、探し物を見つけるのが得意だったのを思い出す。


「……待てよ?」


 そう言って考え込みだしたのはマーガレッタだった。


「……」


 考え込む。

 その真剣な様子は、口を挟める雰囲気じゃなかった。

 しん、と静まりかえる看守室。


「…………」


 そして、およそ数十秒からの沈黙を破る。


「ひとつ、聞かせてくれ。

 同志クロイツァー、貴公は、詩編を持っているか?」


「…………ッ」


 おどろいた。

 隠しごとなどお見通しというワケだ。

 さすがの副団長だ。

 おそらくは、災いの話をしていたときのエリクシアと自分の声の抑揚やら態度やらをくみ取って悟ったのだろう。

 やはり一筋縄ではいかない。

 ここまで真剣に訊かれて、隠し通すことはできない。


「詩編は持っていませんが、災いの力は持っています」


「……? どういうことだ」


 エリクシアを見る。

 隠しても意味がないのは理解した。

 こういう説明は彼女が適任だ。


「詩編は12枚。そしてこの世に解き放たれた『13番目の災い』は、グリモアがクロに与えてしまったんです」


「ふむ。さっき言っていたグリモアが認めた者……ということか」


「……すみません」


 エリクシアが頭を下げた。

 これもまた、彼女が自分のせいだと思っているからだろう。


「ああ、いや。どんな災いを持っていようが、そこは問題ではないんだ。私は同志クロイツァーを信用しているからな」


「ま、クロイツァーなら悪用なんぞしねェだろうな」


 マーガレッタとガラハドが口々にそう言ってくれた。

 言葉にうまく表せないが、胸の奥からうれしさがこみ上げてきたのを感じた。


「その災いの詳細は、追々おいおい話してもらえると助かる。

 だがいまは別の気になることを話そう」


 それはつまり先ほど考え込んでいたことだろう。

 マーガレッタは一度全員を見渡して、エリクシアに向かって話す。


「同志アヴリル――デオレッサの滝から貴公をこの砦まで運んだときにいた私の部下なのだが、彼女が帰りの馬車で言っていたことを思い出した。気絶していた貴公から、何か『得体の知れない匂いがする』と」


 やはりアヴリルには気づかれていた。

 災いのことを知らないからこそ、得体の知れない匂いと表現したのか。


「多分、それはグリモアから染みついた災いの気配だと思います」


 マーガレッタは頷いて、話を続ける。


「そして、同志クロイツァーからも同じ匂いがするのだと言っていた。つまりグリモアにかかわる者からは、その災いの気配があるということで合っているか?」


「はい。間違いないです」


 先ほどの、エリクシアが直接見れば詩編の持ち主かどうか特定できるという話と繋がった。


「……では、貴公らがハイオークと闘った場所を覚えているか? 浅瀬の川だ」


 クロは「はい」と頷いた。

 忘れられるわけがない。

 あれほどの闘い。

 あれほどの強敵。

 ハイオークのガルガ。

 いま自分が持っている半月斧バルディッシュの元の持ち主。

 ヴォゼと並んで、あの魔物を忘れることなんてできるわけがない。


「同志アヴリルは、そのガケ上にと言っていた。人でも魔物でもない、得体の知れない匂いのする正体不明の第三者がな」


「ガケの上……ですか? すみません……必死だったので、分かりません。

 クロは気づいてました?」


 エリクシアが聞いてくる。

 クロは――




「…………」




――見た。

 たしかに、見た。

 ガケの上に、いた。

 でも、アレはただの幻覚のはずで――。


「……クロ?」


「……まさか、それがデルトリア伯か? あの野郎がもうすでにエリクシアを見張っていたのか?」


 ガラハドが身を乗り出した。


「いや、もしそれがデルトリア伯なら、彼女をみすみす逃すはずがない」


「たしかに……ん? おい待てよ?

 てことは、別の詩編を持っているやつがいたってことじゃねェか!?」


 そこでマーガレッタがさらに言葉を重ねた。


「……そう。だから考え込んでいたんだが、それで思い出した。川を調べているときに、さらにそれ以外のについて、同志アヴリルは言っていた」


「……もうひとり?」


 どういうことだろう。

 デルトリア伯以外に詩編を持っている者を、アヴリルは知っているとでも言うのだろうか?



「――

 彼もまた、『得体の知れない匂い』がしていたと、同志アヴリルはたしかにそう言っていた」



 今日、何度目の衝撃だろうか。


「…………ッ」


 それに押されるような形で、クロが椅子を倒して勢いよく立ち上がった。

 ひとつの疑念。


「……まさ、か……ッ」


 ひとつの予感。

 それがクロを走らせた。


「……クロッ?」


 エリクシアの声も聞かずに、地下牢の奥へと走る。

 まさか、まさか。

 言葉にならないそんな予感だけを頭に浮かべながら。



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