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4 続・同期の語らい

「というわけで、明日の魔物殲滅作戦でのシャルラッハ班の任務は後方待機ということになってしまいましたわ」


 シャルラッハが不満の色濃い声で今後の予定を伝えてきた。

 クロの背中に、後ろから覆い被さるように寄りかかっているのは変わらずだった。


 人間1人の重みがずっとのし掛かっていられると、小柄なシャルラッハといえど、さすがにちょっと肩が疲れる。

 横目で見ると、ぷくーっと頬を膨らませていた。

 これはどいてくれと言っても聞き入れてくれそうにないので、もうされるがままにすることにした。


「班長とアヴリルさんもいままでどおり待機? 正規兵になったらすぐにでも戦闘に参加するとばかり思ってたけど」


 シャルラッハの過剰なスキンシップにとまどいながら訊く。


「正規兵になってから日が経ってないのが問題なんですって。今回は規則でダメだって言われましたわ。ホント面倒」


 クロに覆い被さるように寄りかかっていたシャルラッハは、とうとうクロの頭の上にその可憐な顔を置いた。完全に体を預けきっている状態だ。


 簡素なドレスは生地が薄く、彼女の体の感触がダイレクトに伝わってくる。こんな汗だらけな自分に触れてしまうことがイヤじゃないのだろうか。


「規則なら仕方がありませんよ。伏して待つ、それこそが狩りの基本にして奥義ですので」


 狼型の獣人、アヴリルが灰色の髪を毛繕いしながらシャルラッハを諫める。

 その金色の瞳はこちらを凝視している。


「アヴリルさん、目がこわい。まばたきぐらいして」


「そんな、無理です。シャルラッハさまがクロイツァー殿の体液に穢されている。それを見て見ぬ振りをしろだなんて不可能です。直属の護衛として、この蛮行を見逃すことなどできません」


「あんたホントに見てるだけじゃないか! 護衛しろよ! それに汗! 汗だよ! 人聞きの悪いこと言わないで。語彙をもっと考えて発言して」


 彼女の頭のなかで一体どういう妄想が膨らんでいるのか想像するだけでこわい。

 訓練場にいる4人のなかで1人だけ息づかいが荒く、不気味さに拍車をかけている。


「アヴリル、あなたはいいですわよね。その気になればいつだって戦闘に参加できるんですもの」


「アヴリルさんはいいんだ?」


「この子は実績があるから、作戦の邪魔をしない程度なら自由にしても構わない、とのことですの」


「ってことは、アヴリルさんだけ後方待機はしない方向なの?」


 そうなると、同期で組んでいるシャルラッハ班は、クロ、シャルラッハ、ヴェイルの3人になってしまう。

 後方待機で戦闘に参加しないとはいえ、一応確認は取っておかないといけない。


「どうするのかしら? ここで決めて、アヴリル。わたくしのことは気にせずに闘いに参加しても構わないですわ。満月からだいぶ経ちましたし、血に飢えてくる時期じゃないかしら?」


「いいえシャルラッハさま。私があなたを置いて戦闘に赴くことなどあり得ません。あなたがいるところに私がいる。あなたが闘うのなら私も先陣を切って闘いましょう。私にとって闘いとは誓いの証。あなたを害する者を誅することが私の闘い。常にあなたとくつわを並べるのが私の役目ですので」


「なら、いま護衛しろよ。お前の主人、害されてんぞ」


 笑いながらヴェイルが言う。クロに二人羽織みたいなことしているシャルラッハを指さしながら。

 端から見てるだけなので、ヴェイルは心底から楽しそうだ。

 こっちはあらゆる意味で心臓に悪いのに。


「それはそれ、これはこれですので」


「お前見て理解したぜ。わきまえた変態が一番タチ悪ィ」




 同期5人のうち、『オーク討伐』を成し遂げた2人、シャルラッハとアヴリル。


 種族的に元から力が強いウェアウルフのアヴリルは、西の騎士団で活躍していた戦士だった。

 当然、オークなど相手にならず、すぐに試験をクリアしていた。




 シャルラッハは見た目こそ小柄で可憐な少女だが、騎士の称号を与えられた貴族の娘だ。


 それも『英雄の血統』である。


 このグラデア王国にたった4人しかいない『英雄』。

 そのうちの1人、『雷光の一閃』と呼ばれる英雄のひとり娘がシャルラッハだ。


 強さは遺伝する。

 特に、英雄とまで謳われる者の血脈はその傾向が顕著だ。


 シャルラッハの戦力はアヴリルにも引けを取らない。

 腕力こそアヴリルには敵わないだろうが、彼女の神髄は速さにある。


 英雄『雷光の一閃』アレクサンダー・アルグリロットの実子に相応しく、そのおそるべき瞬発力は尋常の外にある。

 なにしろシャルラッハの突進は、速すぎて見えないのだ。


 速さというただ一点において、彼女は他の追随を許さない。

 俊敏だとか、俊足だとかいうレベルじゃない。

 もはや人間ができる動きのそれではない。

 音速を超える突進からの強烈な剣の一撃は、雷が落ちたかのような閃光を迸らせ、戦技の極致『斬鉄』をも実現させる。


 凡人が何十年努力を積み重ねても決して届かない域に彼女はいる。

 戦闘の才能の持ち主。

 天才――というやつである。




「班長もアヴリルさんも後方待機ってことは……」


「我らがシャルラッハ班の解散はまだもうちょいお預けってことか」


 シャルラッハ班は、入団した日が同じ者だけで構成されている仮の班である。

 全部で5名。

 班長はシャルラッハ。副班長はアヴリル。


 入団してからの3ヶ月、1人を除いて、このシャルラッハ班でさまざまな任務を成功させてきた。とは言っても、道具の運搬や砦の見張りなどの雑用ばかりだったが。


 だがそのおかげか、妙な連帯感がこの4人にはある。


 貴族であるシャルラッハと、その護衛として入団したアヴリルともこうして友達のように会話ができている。共に闘った経験は皆無に等しいので、戦友とまではいえないが、いつの日かそう呼べるようになったらいいなと思っている。


 しかし、シャルラッハとアヴリルが試験をクリアして正規兵となった今、この2人が班を抜けることになるのは当然の成り行きだった。

 即戦力の正規兵をいつまでも仮の班に組み込んでいることはない。


 今回の任務では、規則でまだ正規兵として動けないシャルラッハとアヴリルだったが、クロとしては実は少しホッとしていた。

 これまでずっと一緒に動いていたのだ。

 班が別々になれば、自然と会話も減ってしまい、顔を合わせる機会もぐっと減ってしまう。やっぱり離れ離れになってしまうのは寂しいものだ。


 けれど班の解散はまだ少し先。

 もう少しだけ、この4人で一緒にいられる。


「そーゆーこと、ですわ」


 心なしかシャルラッハも、まだ共にいれられることに安堵した声色になっていると思うのは、自分の希望が作り出した幻想だろうか。


 おそらくこの4人で集まるのは、この任務が最後になってしまうだろう。

 哀愁が少しだけ、クロの胸に湧く。


 こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。


 ああ――とクロは思い出す。


 ちょうど3ヶ月前だ。

 村を出るとき、マリアベールに挨拶したときにこんな気持ちになった。

 騎士団に入ると言った途端、激しいビンタを食らったのもいい思い出だ。

 マリアベールは元気にしているだろうか。

 ちょっとだけ、胸がチクりと痛んだ。




「……ん?」


 地べたに座っているクロの体をいつの間にかシャルラッハがよじ登り、なぜか肩車をさせられている形になっていた。

 スカート越しにふとももで顔をやんわりとはさまれる。

 自分の首に跨がる形になっているため、少しだけまくりあげられたスカートからシャルラッハのふくらはぎが見える。蠱惑的な色香を備えた細い足だった。


「…………」


「ひゃっ!?」


 ふと、気になって思わず触ってしまった。

 雷光と呼ばれる突進ができるような筋肉なんてない。見た目どおり少女然とした美脚で、すべすべで、なだらかで、とんでもなくやわらかい感触だった。


「く、ククククククロイツァー殿!?」


「お前、なかなかやるなクロイツァー。命知らずじゃねェか……」


「……え? 何?」


 クロは一瞬考えて、


「――あッ、違……ッ! そういうのじゃないよ!?」


 やらかしたことに気づいた。

 アヴリルのことをとやかく言えるような行動じゃなかった。


 サァ……と青くなった顔を上に。

 おそるおそるシャルラッハの表情を見る。


「……っ、…………~~~~ッ」


 こちらは逆に、真っ赤になっていた。


 貴族の、それでなくとも年頃の女の子の生足を、撫で回してしまったのだ。

 無遠慮に、思うがままに。

 やってしまった。クロ・クロイツァー人生最大の失敗だ。


「………………っ」


 言葉を失って、ゆっくりとクロの体から下りたシャルラッハ。

 ギュッとスカートを握って、恥ずかしさを懸命に耐えていた。


「ご、ごめ……今のは、その」


 どんな足をしてたら雷光とまで言われる突進ができるのか、つい確かめたくなった。

 そんな言い訳をしようとしたクロだったが、それよりも速く、疾く。

 ズギャッと音が鳴るほどの速度で、シャルラッハは入り口へと激進していった。

 一瞬で、シャルラッハの姿が訓練場から消えた。


「は、速ェ……」


 ヴェイルがポカンと口を開いた。

 そんなヴェイルと目と目が合う。


「ど、どうしよう……」


 クロの問いかけに、ブンブンブンと首を振るヴェイル。

 堪らず、アヴリルに助けの視線を送る。

 アヴリルはというと、


「グッジョブ!」


 満面の笑み。

 鼻血を垂らしながら親指を立てていた。


「あんたホントに護衛なの!?」


「すげェな変態。ブレねェな……」


「失敬な! 仮にシャルラッハさまが嫌がっておられたなら、その腕を叩き折っていますよ!?」


 言いながら、アヴリルは視線を訓練場の入り口に向ける。

 つられて2人も同じ方向に目を向けた。


「…………」


 入り口の端から真っ赤な顔をちょこんと出して、恥じらった女の子がこちらの様子を窺っていた。


「ああ……あの無垢だったシャルラッハさまが女の顔をしてらっしゃる。すばらしい……最高に……ステキです」


 ぼそっと呟いたアヴリルの言葉は聞かなかったことにした。



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