34 暗躍する貴族
「……ふふふ」
タッタッタッと走り去るシャルラッハを眼で追う男がいた。
見ているというよりも、凝視しているといったほうが正しいか。
男の名はフリードリヒ・クラウゼヴィッツ。
またの名を、『デルトリア伯』という。
先ほどまでシャルラッハと会話していた貴族だ。
グラデア王国・南の英雄『殺戮の軍神』アルトゥール・クラウゼヴィッツ。
その嫡子である。
「ボクはこれまで、ほしいものは全部手に入れてきた。ふふふ……シャルラッハ嬢。君も、必ず手に入れてやるぞ……」
ひとり呟く。
そんな彼に近づく者がいた。
「ケケケ。相変わらず気持ち悪ィな、テメェ」
全身甲冑の大男だった。
その顔は兜に完全に覆われていて見ることはできない。
肌がまったく露出していない完全武装だ。
体格は2mほどはあるだろうか。
「……黙れ。ここでは気安く声をかけてくるなと言っただろう。キサマは無言でボクに付き従っていろ」
「アァ? 知るかよ。ウゼェな」
傍目から見れば、貴族とその護衛だ。
しかし、デルトリア伯は爵位を持つ貴族だというのに、プレートアーマーの男は言いたい放題だった。敬意のカケラもない。
「キサマ……」
「いいじゃねェか、他に誰もいねェんだから」
「万が一ということもある。護衛にそんな口の利き方をされる主人などいやしない。誰かが聞いていたら変に疑われてしまう」
「ねェよ、オレさまの索敵をナメんじゃねェぞ。仮にいるとしたら、いますぐブッ殺してやりゃいいじゃねェか」
「その考えがダメなんだ。僅かな歪みも許されない。それぐらいのことをしているんだ。ボクたちは秘密裏に目的を達成しなければならない。そうでないと計画が狂ってしまう」
「とか言ってるわりには女のケツを追っかけ回してたみたいじゃねェの? まぁ、たしかにイイ女だったがな。オレさま的には、人狼の方が良かったが」
「ふん、クロ・クロイツァーとかいうどこの馬の骨とも分からないヤツと必要以上に仲良くしているっていう報告があったからね。食事ついでにちょっと彼女に忠告をしようと思ったんだが、逃げられてしまったよ」
デルトリア伯の家臣は騎士団にもいる。
シャルラッハに悪い虫がつかないよう、見張らせていたのだ。
もうすでに自分のものと決めているあたり、相当な性格をしている。
「……そのクロイツァーとかいう男は、あとで何か適当な罪をかぶせて死刑にしてやる。ボクのシャルラッハ嬢にちょっかいを出したことを思い知らせてやるんだ」
「ケケケ。面倒くせェな、小心者が」
その言葉に青筋を立てたデルトリア伯。
「……おい、あまり調子に乗るなよ。キサマも殺してやろうか? ボクの力は知っているだろう」
本気で激怒しているデルトリア伯だったが、
プレートアーマーの男はそれでもなお、「ケケケ」とおちょくるように笑っている。
「やってみろよ。テメェの力がスゲェのは認めるぜ。だが、オレさまも特級の端くれだ。ただで殺されると思うなよ、色ボケのクソガキが」
「……キサマ……ッ」
デルトリア伯は男を睨む。
が、動かない。
当然だ。
自分がさっき言ったとおり、こんなところで騒いでしまったらこの相手の正体が騎士団にバレる可能性が高い。
それでは計画が台無しだ。
「どうした? やんねェのか?」
「……ふん、仲間割れをしている場合じゃないからな」
「ケケケ、なんだテメェ。オレさまと仲間気分でいやがるのか?」
「…………」
ずい、とプレートアーマーの男がデルトリア伯に迫る。
身長差もあってか、自然と上からデルトリア伯を見下す形になっていた。
「エストヴァイエッタさまの命令があるからテメェなんかと一緒にいるんだぜ。細かいところまでテメェの言うことなんざ聞くもんかよ。
オレさまは、いますぐにでもこの砦をぶっ壊してやりてェぐらいなんだ。それを我慢してやってるだけありがたいと思え」
エストヴァイエッタ。
その名を聞いて、デルトリア伯が冷や汗を流す。
「……『最古の六体』の、一柱か……」
「おうよ、『傾天の幼麗』エストヴァイエッタさまだ。あの御方が取引に応じたからこそ、テメェらはまだ生きていられるんだぜ? 感謝しろよ」
それを聞いて、デルトリア伯がハッと思い出す。
このグレアロス砦に来た理由を。
「砦の様子を見に来てよかった。やはりヴォゼは失敗したんだ」
「あのバケモンがヘマなんざするかねェ?」
「……だが、現に落ち合う場所にヴォゼは来なかった。そこで『悪魔』を引き渡してもらう予定だったんだぞ。でも来なかった。
そして、グレアロス砦で悪魔が出現したという報告が入っている。これが失敗でなくてなんなんだッ!?」
声を荒げるデルトリア伯。
もはや自分が最初に注意していたことを忘れてしまっている。
幸いに、周囲には誰もいない。
「たしかに遊んでるにしても、ちィと遅すぎるな。ヴォゼが死んでくれてるのなら、それはそれで嬉しいんだが。
まぁ、オレさまの『兄弟』が密かに後をつけていたから、そのうち連絡が来るだろ。気長に待とうや」
「ボクは会ったことが無いが、その『兄弟』とやらは信頼できるんだろうな?」
「ああ。『兄弟』ほど信頼できるヤツはいねェぜ。実力はオレさまと同等だしな。なに、心配はいらねェ。とりあえず腹減った。メシ食いに行こうぜ。美味いもんが食いてェ」
「……気安く話しかけるなって言っただろう。キサマの顔がバレたらマズいんだ。別荘に帰るぞ。部屋に届けさせてやるから、そこで我慢しろ」
「ハァ? オレさまは高級店の雰囲気を味わいながら美味いメシが食いてェんだ。なぁ頼むよ。仲間だろ」
「……ふ、ふざけるな。仲間だと? さっき自分が言ったことを忘れたのか」
「あ? オレさま何か言ったか?」
「…………」
言ったことをすぐ忘れるのは似たもの同士か。
類は友を呼ぶ。
自分の都合のいいように生きているのはお互いさまだった。
「なぁ、金は持ってるんだろ? 伯爵だもんな。ならいいじゃねェか。この甲冑のままでどうにかして食ってやるからよ」
「この……ッ、くそ……ッ」
「やっぱ持つべきものは仲間だよな。オラ、何やってんだ。トロトロすんじゃねェ、行くぞ」
怒りに震えるデルトリア伯。
どこまでも不遜な態度をとり続けるプレートアーマーの男。
「……キサマら魔物なんかと組むんじゃなかった」
当然、デルトリア伯の独り言は誰の耳にも届かない。




