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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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33 八方塞がり

「……ダメだ、西側に行けない」


 暗い路地から通りを盗み見ていたクロ・クロイツァーが、隣のエリクシアに小さな声で言った。


「ここは東側にある騎士団の施設区なんですよね?」


「うん。できれば西側の居住区に行って、そこから人の往来にまぎれて砦から脱出したかったんだけど……」


 見回っている兵士があまりにも多かった。

 身動きがとれない状況だ。

 この路地にとどまっていても、すぐに見つかってしまうだろう。


 仮に強行突破しても次から次へと兵がやってきて囲まれて終了だ。

 数の暴力は何より強い。

 マーガレッタやシャルラッハのような例外は別として、だが。


「東側から砦の外に出るのはダメなんですか? たしかこっちにも門がありましたよね?」


 グレアロス砦は周囲を高い壁に囲まれている。

 砦から出入りするには門を使用しなければならない。


「東のすぐ外は平原になってて、アトラリア山脈を監視する兵士の目に止まってしまう。馬を出されたら、俺らの足じゃ絶対に逃げ切れない」


「西側しか選択肢はないってことですね……」


 門は東と西にそれぞれ3つずつあるが、そのどれにも門番の兵士がいる。

 商人たちの馬車でも旅人の集団でも何でもいい。それらにまぎれて兵の目から隠れる必要がある。

 いまは夜になってしまったが、それでも人の往来が多いのが西側の門だ。


 ただ、問題があった。

 西側へ行くには必ず大通りを通らないといけないような街の造りになっている。

 その大通りを完全に封鎖されている。

 建物伝いで抜けることはできない。


 クロはグレアロス砦に3ヶ月住んでいるが、まさかここまで堅固な要塞だとは思っていなかった。

 進入するのも一苦労で、おまけに脱出するのも大変だ。

 この砦を設計した人たちは王都で表彰されたらしいが、それも納得だ。


「気をつけて。通りの兵士が近くに来る」


 様子を見ていたクロが呟く。

 エリクシアが黙って頷いた。

 背後に浮いていた巨大なグリモアを地面に置いて、踏む。

 たしかにこれなら浮いているよりは目立たない。


「……」


 そんな荒っぽい扱いに、クロは眼を点にした。

 悪魔の写本と怖れられるグリモアをそんな風に扱うなんて、おどろいたなんてものじゃない。


「どうかしましたか?」


「……いや。大丈夫なら、いいんだ」


 呪われないだろうかとハラハラする。

 ともあれば気が緩みそうな雰囲気になりかけて、ハッと思い直す。


「来た」


 兵士が路地の入り口近くで止まった。


「おい、いたか?」


「いや、見てない。もう逃げちまったんじゃねェのか」


 他の兵士もやってきて、クロたちの近くで会話しだした。

 幸い、バレてはいない。


「案外すぐ近くにいたりしてな」


「おいおい、やめろよ。悪魔となんて関わり合いたくねェよ」


 息を潜めて成り行きを見守る。

 半月斧バルディッシュをギュッと握る。

 あまり気は進まないが、もし見つかってしまったら誰かを呼ばれる前にたたき伏せる。


「おーい、お前ら!」


 すると、遠くのほうからまた別の兵士の声がした。

 ここからでは姿は見えないが、声の質からして近くにいる兵士よりも幾分か年上のようだ。


「もうちょい西よりを捜すぞ。悪魔が西側に行かないよう重点的に固めるらしい」


「はい!」


「了解しました!」


 さっきまで談笑していた兵士2人が敬礼し、すぐに走っていった。

 そしてまた静けさが戻った。


「……マズいぞ、そこまでやるか……」


「?」


「知らない間に誘導されてる」


「……誘導? わたしたちが、ですか?」


 エリクシアの問いに、首を縦に動かす。


「警備の薄いほうに逃げてきたけど、もしかしたらハメられたかもしれない。いつの間にか、東側に誘導されてる」


 クロは通りの様子をもう一度確認して、自分の考えが合っていることを確かめた。


「ここはあの教会より、ずっと東側にある。西側へ行く道の警備を固めていって、俺らを少しずつ東側に追い詰めてたんだ」


 まず発見地点の教会付近の西側から、余すところなく捜していく。

 そうすれば、逃げる相手――つまり自分たちは、東側に向かうしかなくなる。

 大勢の兵がいたからこそ、できることだ。

 そして、その索敵範囲を少しずつ東側へと移動させていくと、やがて獲物は追い詰められる。

 東側から脱出することは不可能だ。

 これをやられると完全に袋のネズミになってしまう。


 建物のなかに隠れてもムダだ。

 騎士団が警戒を解くことはあり得ない。

 遅かれ速かれ確実に見つかってしまう。

 向こうは有り余るほどの人員を使い交代しながら警備する。そして、疲弊してボロを出してくる獲物の発見をただ待てばいい。


 要は、西側の門に行かせないようにするだけでいいのだ。

 発見初期からこれをやられている。

 おそらく、訓練のなかに組み込まれている。

 自分でも気づかない内に自然とそいういう動きを兵士たちがやっているのだろう。

 もしかしたら、パニックになった一般人の動きすら利用していたのかもしれない。


「敵に回すと騎士団怖いな……」


「……えっと、つまりどういうことですか?」


「時間はかかるけど、絶対に逃がさない方法をとられた……ってこと」


「なるほど! って、それすごくマズいですね……」


「……相当ヤバい」


 最悪、強行突破になる。

 大勢の兵士と闘うことになる。

 そして、それだけじゃない。


 そうなってくると、強敵に出くわす可能性が高くなる。

 闘えるだろうか。

 あの副団長マーガレッタや、シャルラッハやアヴリルらと。


「…………」


 クロは半月斧を握りしめる。

 これの持ち主だったハイオークのガルガなら、相手が何者だったとしても闘うのだろう。

――自分なら、どうするだろう。




 ◇ ◇ ◇




 シャルラッハは夜の道を歩いていた。

 3歩後ろにはアヴリルがついてきている。


 アヴリルと一緒に騎士団の大食堂で夕食をとった帰りだ。

 昼間に睡眠をとったが、疲れはとれていないようで、まだ眠い。

 また宿舎でひと休みしようと、いまは帰路の道をゆっくり歩いていた。


 街を見回りに行こうとしているのだろうか、女兵士の集団とすれ違う。

 自分とアヴリルを見て、彼女らの眼が輝きだした。

 憧れにも似た眼差し。

 ペコリと頭を下げられて、こちらも同じように応じる。


「やった! 挨拶してもらっちゃった!」


「わたしらみたいな平民出身にも挨拶を返してくれるなんて、本当に気さくな方だよね」


「うう……わたし、声かけそびれた」


「サインとか頼んじゃ失礼かな?」


「さすがにそれは止めときなさいよ」


 内々に話しているつもりなのだろうが、女兵士たちの興奮した声が聞こえてしまった。

 あんな程度のことで喜んでもらえるのなら、いくらでも。と、シャルラッハは思う。


「うんうん」


 やや後ろを歩くアヴリルはなぜかご満悦だった。


「……なんですの?」


「いえいえ、やはりシャルラッハさまは慕われておられるようで、私としても嬉しいのです!」


「……そんなものなの?」


「はい!」


 元気よく返事をしたアヴリル。

 けれど、


「……アヴリル、空元気はいいわ。わたくしの前では、気を張らなくていいの」


 あまりにもそれが痛ましい。


「シャルラッハさま……」


 分かっている。

 ムリに元気よく振る舞っていることは。


「すみません……」


「いいの」


 背伸びをして、アヴリルの頭を撫でてやる。

 気を遣いすぎるこの臣下は、自分の心を殺してしまう悪癖がある。


「アヴリル。しばらくは今日みたいに、一緒に寝ましょうか」


「……よろしいのですか?」


 昔から何か耐えきれないほどに哀しいことがあると、アヴリルと一緒に乗り越えてきた。


「ええ。ちょっといまは、わたくしも独りだと、つらいから……」


 悲しみに押しつぶされそうな心を、シャルラッハは必死に立て直そうとしていた。

 けれど、クロ・クロイツァーの死を乗り越えるには、まだまだ時間がかかりそうだった。




 しばらくして、宿舎の建物についた。

 騎士団に入ってからこの3ヶ月の間でほとんど毎日ここで寝起きしている。

 正規兵となって大部屋から個室に変わったものの、建物自体は移動していない。

 シャルラッハは安堵の一息をつこうとしたが、


「……最悪のタイミングですわね」


 厄介な人物が建物の前にいたことに気づいた。


「……シャルラッハさま」


 アヴリルの不安げな声。

 シャルラッハが何かしでかさないか心配している。


「大丈夫。アヴリルは後ろに」


 弱々しくなっていた心を針金のように張り詰める。

 この相手にほんの僅かでも弱みを見せたら絶対にダメだ。


「やぁ、シャルラッハ嬢」


「…………」


 無視。

 ダメだった。会話すらしたくない。

 シャルラッハがそのまま宿舎に入ろうとすると、


「おや、アルグリロット家では挨拶すらろくに教えられていないのかい? いや、その様子だと恥じらっているのかな。いいね、奥ゆかしいのも実にボク好みだよ」


 勘違いを爆裂させたその人物が近づいてくる。

 ヤサ男といった印象の貴族だ。

 年齢は20代前半ぐらい。激しくどうでもいいので、シャルラッハは細かいことは覚えていない。

 ムダに派手な衣装を身に纏い、香水を振りまくっている。

 手も足も、ムダに細く長い。

 真っ赤なマントをバサッとひるがえし、演劇染みたポーズを恥ずかしげもなくとっていた。


「……ッ」


 ギッ、とその人物を睨む。

 いますぐにでも殴り倒したい衝動を抑え込んで、余所行きの仮面をつくる。


「あら、デルトリア伯。疲れていてちっとも眼に入りませんでしたわ。

 いつもお暇そうで羨ましい限りですの」


「急に会いたくなってね。思わず来てしまったよ。うん、本当に疲れた顔をしているね。それでも可愛らしいことには変わりないけれど」


「……」


 ウソをつけ、とシャルラッハは心のなかで毒づいた。

 この男に何かを愛でるなんて感情があるはずない。

 あるのは、おぞましいほどの野心と異常なまでに肥大化した自意識だ。


「ディナーでも一緒にと思っているんだけど、いかがかな?」


「申し訳ございません、もう食べてしまいましたわ。それに、先ほど、言ったとおり、疲れて、おりますので、ご遠慮させていだきますわ」


 何度も区切って行きたくない旨を強調する。


「ああ、たしか遠征に行ってたみたいだね」


「そうですの。それでは失礼いたしますわ」


 早々に会話を終えたい一心で、しかしできる限り波風を立てないよう丁重に対応する。

 相手は貴族だ。

 しかも、このグレアロス砦がある一帯『デルトリア辺境』を統治する伯爵だ。

 砦の運営にも多額の資金を出しているので、厄介極まりない。


「前から言っているだろう? 騎士団なんて辞めて、ボクと一緒になったら余計な苦労をしなくてもいいのに」


「……その話は以前にもお断りしたはずですが?」


 このデルトリア伯という貴族はシャルラッハに婚約を申し込んできていた。

 英雄の娘であり、その見目麗しい容姿も相成ってか、シャルラッハに対して婚姻を持ちかける貴族は山のようにいる。

 もちろん、シャルラッハはそのすべてを雷よりも速い速度で断っている。

 そのなかでもしつこく食い下がってくる筆頭が、このデルトリア伯だった。


「いま話題の子爵令嬢同士が結婚をしたら、魔物の脅威にさらされているグラデア王国に明るい話題を提供できると思わないかい? さぞや盛り上がるだろう。貴族も、国民も、もちろん、王族も」


 心にもないことをペラペラと。

 薄っぺらいウソで塗り固められた戯れ言など聞くに値しない。


「あら、その点は問題ありませんわ。わたくしが英雄となって、ひとりで、それよりも盛り上げてご覧に入れましょう。それに、政略結婚や軍略結婚はアルグリロットでは廃止されておりますの」


「でも、ボクも君も英雄の血統だ。やっぱり、相応の相手と一緒にならないと誰も納得しないだろう? ボクらは生まれたときから選ばれた人間なんだよ」


 これだ。

 この男のすべてが気に入らないが、この思想が一番カンに障る。

 英雄の子として生まれ、何の努力もせずにただ親の力を使って辺境とはいえひとつの領地を任されてしまっている。


 シャルラッハは、親の七光りというやつが本当に嫌いだった。

 恵まれた環境でも自分を見失わず、ひたすらに己を律し続けてきた彼女だからこそ、その言葉を蛇蝎のごとく嫌っている。

 そしてそれを当たり前のように受け入れている目の前の男が本当に嫌いなのだ。


「だから、ね?」


 デルトリア伯が一歩近づいて、こちらへ手を差し伸べた。

 が、



「わたくしに触れたら――殺す」



 冗談じゃない。

 本気だ。

 この男に指1本でも触れられるなんて我慢できない。


「……それは宣戦布告かな? 貴族同士の闘いはよほどの理由がなければ御法度だよ。軽々と口にして良いことじゃない」


「わたくしにとっては、よほどの理由ですので」


「とんだ暴れ馬だ。ふっ、でもまぁ……ボクは乗馬が得意なんだ。ベッドの上で君を乗りこなしてみせようか? 君のすべてを受け入れてあげるよ」


「伯爵、それはいささか下品すぎるかと」


 アヴリルが耐えかねて言葉をはさんだ。


「キサマ……誰に向かって口を利いている」


 こめかみに青筋を立てたデルトリア伯が、静かな怒りを口にする。


「アヴリル、控えなさい」


 あまりにも出過ぎたマネをしたアヴリルを制す。

 ただの一家臣が、他の貴族に対して忠言するなどもっての外だ。


「申し訳ございません。つい」


 しゅん、としたアヴリル。


「デルトリア伯。この子は少々過保護なものでして。わたくしの顔に免じて、今回は大目に見てくださるかしら?」


「……まぁ、いいだろう。こんなことでいちいち処刑していたら、国民がいなくなってしまうからね」


「ええ、寛大なお心に感謝しますわ。ああ、そうそうデルトリア伯?」


 だがアヴリルに殺意を向けたことは許せない。


「ん?」


「わたくしを受け止められる人なんて、この世界でたったひとりしかいませんわ。あなた程度ではとてもとても」


「ふん、ファザコンが……」


 何を勘違いしているのか。

 英雄である父親ですら自分を止められない。

 そう、自分の『雷光』を受け止められた人間は、この世界でたったひとり。

 クロ・クロイツァーだけなのだから。


「…………」


 いや、違う。

 クロ・クロイツァーだけ、だった。

 彼は、もうこの世にいないのだ。

 一瞬だけ、心に影がさした。

 しかし持ち直す。


「そうそう。色気づいたのかは知りませんが、香水をつけて近づいてくるのはやめてくださるかしら。頭が痛くなるので、わたくしその匂い、嫌いですわ」


 実際のところはちょっと違う。

 シャルラッハにとってはどうでもいいが、匂いに敏感な人狼ウェアウルフのアヴリルにはこれはつらいはずだ。

 後ろでじっと耐えている。

 表情にはおくびも出していないが、シャルラッハには分かる。


「そういうことで、これにて失礼いたしますわ」


「ああ、これは申し訳ない。以後、会うときは気をつけることにするよ」


「……以後がなければいいのだけど」


 相手に聞こえない声で愚痴る。


「今度はボクの城に来てくれると嬉しいよ。そのときは盛大に歓迎しようじゃないか」


「機会があれば、伺いますわ」


「楽しみだよ。では、また会おう」


 暗に二度と会いたくないと言っているのだが、この相手に嫌味は効かないらしい。

 何を言ってもムダなようだ。

 後ろを向いて去っていくデルトリア伯を確認して、ホッとひと安心。

 そして、宿舎のなかに入ろうとする瞬間だった。



「シャルラッハさまッ!!」



 先ほどすれ違った女兵士たちがやってきた。

 息を切らしている。


「どうなさいました?」


「副団長から伝言を預かりましたッ! 至急、司令室へ来てほしいとのことです……!」


「こんな時間に? 随分と急なことですわね」


「……悪魔が、悪魔がこのグレアロス砦に出現したんです……ッ!」


 アヴリルと眼を合わせる。

 それはこのグレアロス砦がはじまって以来、前代未聞の一大事だった。



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