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3 同期の語らい


 グレアロス砦の訓練場は、まったく飾り気のない単純なつくりをしている。

 鍛錬の場に美的な装飾は必要ないという方針だった。


 ここを利用する兵たちの訓練は苛烈で、地面は踏み固められていておどろくほど凹凸がない。兵たちの汗と涙がいくつもにじみ、ある種の呪い染みた重たさを含んでいる。


 クロとヴェイルの前に現われたのは、そんな訓練場には似つかわしくない、可憐な少女だった。


「めずらしいじゃねェか。貴族のお嬢さまがこんなところに何の用ですかい?」


 現われた人物に、おどけた調子で返すのはヴェイル。

 さきほどまでの沈んだ様子はすでに無い。

 小さなころから果物屋の店先でさまざまな客の相手をしていたからだろうか、ヴェイルは異常なほど気持ちの切替えが早い。


 クロはヴェイルほど器用ではなく、言葉を返すことはできず、視線だけを訓練場の入り口に向けた。


「あら。わたくしがここに来て何か不都合があるのかしら。訓練場は騎士団の人間であるなら誰にでも開放されているのではなくて?」


 くすくすと手を口に当てて言葉を返したのは、簡素なドレスにショールを羽織ったヒュームの少女。

 黄金色の長い髪はリボンで結わえられている。

 その碧眼はどこまでも透き通ったような麗しさで、白い肌は瑞々しく、輝いていると錯覚してしまうほどだった。

 上品、という一言がこの少女を表すのに相応しい。


「班長。作戦会議はもう終わったの?」


 ようやく気持ちを切替えられたクロが、上品な少女に話しかけた。

 その言葉にむっとした顔をした少女。


「いやですわ、クロ・クロイツァー。わたくしのことは名前で呼んでほしいと何度も言っているでしょうに」


「よう、シャルラッハ」


「あなたに言ってません。ブチ殺しますわよ、フランク・ヴェイル」


 軽快に片手をあげたヴェイルに対し、ニコニコした笑顔で上品さとはかけ離れたことを言うシャルラッハ。


「ヴェイル、同期とはいえ班長は貴族だよ。呼び捨てはさすがにまずい」


「おっと、そうだったな。怖ェ怖ェ。下手すりゃ首が飛んじまうとこだったぜ」


「まあ、聞かなかったことにしてさしあげましょう」


 この13歳の少女、シャルラッハ・アルグリロットは騎士団の同期である。

 貴族の娘であるシャルラッハは、本来ならクロやヴェイルのような平民が親しく話せるような立場ではない。

 しかし、同じ日に入団した経緯があって仲間意識の方が強く、本人もそれを許している。


「で。2人で何をしていたのかしら」


 するり、と。


 地面に座っていたクロに覆い被さるように後ろから腕を回してきたシャルラッハ。

 あまりにも優雅で自然すぎる仕草だったため、一瞬何が起こったのかわからなかった。

 首を絡める白い腕に思わずみとれてしまう。

 少女の柔らかさが、服ごしとはいえ背中いっぱいに感じられてドギマギしてしまう。


「く……訓練だよ」


「わたくしがつまらない作戦会議に参加しているときに?」


 後ろから抱きつかれているような状態で、耳元でささやかれる。

 こんなこと、姉代わりだったマリアベールにもされたことがない。

 甘い香りが鼻をくすぐる。

 清らかな少女の匂いは、ついさっきまで訓練で汗を流していたクロにとってはまるで別世界のように感じる。


「オ……オーク対策、しなきゃいけないから」


「……ふぅん。わたくしをのけ者にして、そんな楽しそうなことをしてたんですの」


 シャルラッハは納得できないといった様子で、クロの黒髪をいじる。

 細くしなやかな指先で、編み物を編むかのような仕草でくるくると弄ぶ。

 悩ましげなその動作はクロの心拍数と体温を跳ね上げた。

 訓練とはまた違った種類の汗が噴き出る。




「――シャルラッハさま!? 何をなさっているのですか!」


 そこに、シャルラッハとは違う、凜々しい女性の声が響いた。


「あら、アヴリル。もう追いついたの」


 鎧を着込んだ女性が猛烈な勢いで訓練場に入ってきた。


 長身の獣人ファーリーだった。

 容姿はヒューマンと変わりないが、オオカミに似た耳とふさふさのしっぽが印象的で、人狼ウェアウルフと呼ばれる種類の獣人だ。

 凜々しさを体現したかのようなその姿は、戦場では見惚れるほどの華となるだろうことは容易に想像できる。


「ア、アヴリルさん! これは違う! 違うんですよ!」


「あ……ああっ、シャルラッハさま……。なんたることですか……」


 アヴリル・グロードハット。

 貴族シャルラッハ・アルグリロットの直属護衛。


 シャルラッハがこのグレアロス騎士団に入団したときに一緒に入ってきた女傑。

 つまり、このアヴリルもクロの同期にあたる。




 アルグリロット家は騎士の家系だ。

 西の騎士団――アルグリロット騎士団をまとめ上げる団長がシャルラッハの父親だ。

 シャルラッハは、騎士となるための修業の一環で、このグレアロス騎士団に一時的に入団している形となっている。


 そんな未来の騎士となるべく定められているシャルラッハの護衛が、このアヴリルなのだ。

 18という歳でその大任を任されたアヴリルの実力は、グレアロス騎士団に入る前から噂されるほどのものである。


 彼女の任務はグレアロス騎士団のそれとは別に、シャルラッハの身の安全を守ることや体調管理、果てには生活の補佐などなど多岐に渡る。

 控えめに言っても可憐なシャルラッハに、悪い虫がつかないようにするのもアヴリルの役目だ。


「シャルラッハさまのお召し物が、お体が……クロイツァー殿の汗で……」


 普通ならクロの今の状況は、アヴリルの立場であるなら許しがたい蛮行である。

 たとえシャルラッハの方から抱きついているような状況であっても、理不尽だが、不敬極まりない行為なのだ。


「年頃の男の汗と欲望に穢されていくシャルラッハさま……ああ、ああ――」


――普通なら。


「――最高に興奮します! ステキですよ! シャルラッハさま!」


「…………アヴリルさん」


「ふふ」


「ホント変態だなアヴリルは。ドン引きだぜ……」


 クロは呆れ、シャルラッハは微笑み、ヴェイルは苦笑い。

 闘いの前日、夜はさらに更けていく。



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