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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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20 英雄の器

 とある魔物の話を耳にしたことがあった。

 それは、クロ・クロイツァーが騎士団に入り、同期と共にグレアロス砦に配属されてしばらく経ってからのころ。

 いまから2ヶ月ぐらい前のこと。

 グレアロス砦内にある魔物討伐用の掲示板を、クロがなんとなく眺めていたときのことだ。


――名のある冒険者の一団が壊滅したらしい。


 騎士団の先輩たちがそんな話をしていた。

 どうやら相当に有名な冒険者たちだったらしく、おどろきを隠しきれていなかった。


 総勢100名からなる大御所の一団で、各人の武力は騎士団の精鋭にも劣らない強者つわもの揃いだったらしい。

 彼らはアトラリア山脈を越え、その先のロストレイクという大平原地帯までをも踏破していた。


 魔境アトラリアは先に進むごとに大きく4つに区分されている。

 人境レリティアに近い順に、『境域』『深域』『禁域』『最奥』の4つだ。


 ロストレイクは『境域』の最後に立ちはだかる難所で、『深域』への入り口にあたる部分である。

 かの冒険者たちは『深域』での活動を主としていた実力ある一団だった。


 その彼らが魔物に壊滅させられたという話だったのだ。

 生き残ったのはほんの数名。

 満身創痍の状態で、命からがらレリティアに戻った生き残りは、おそるべき事実を口にしたらしい。


――禁域からやってきた、たった1体の『オーク』に壊滅させられた。


 禁域に潜むのは、『特級の魔物』だ。

 それは人として強いだけでは到底敵わない、真性の怪物である。

 特級は数こそ少ないが、その驚異は災害と言われるほどのもので、レリティアにあるすべての国家が嵐や竜巻と同じレベルでその動きを警戒している。


 特級の魔物に対抗するには、人知を超えた強さが必要だ。

 つまり、『英雄』クラスでないと倒すことはできない。


 いま現在、このレリティアには全部で13人の英雄が存在している。

 グラデア王国の四騎士団長。

 聖国アルアの四聖。

 帝国ガレアロスタの四大将軍。

 そして。

 どこの国にも属していないエルフの里『エルフィンロード』。

 その守護神――『最古の英雄』エルドアールヴ。

 この13人が、人類最強の英雄たちだ。


 デオレッサの滝に住む水竜のような特例もあるが、レリティアに攻め込んできた特級の魔物はそのほとんどが『レリティア十三英雄』によって、激戦の末に討伐されている。


 そんなおそるべき特級の魔物が、禁域から深域まで移動していたという事実。

 レリティアから深域までは気の遠くなるような距離があるのだが、それでも警戒しておかなくてはならない大事件だった。


 万が一、特級と噂される正体不明のオークがレリティアに来てしまったら大変なことになる。

 今回、グレアロス砦の団員がアトラリア山脈付近に出没したオーク退治に出張ったのはそういう事情があったからだ。




 そして、クロの頭の中ですべてが符合した。

 魔物は30体以上になると、誰が群れの上位に立つかで諍いが起きて、群れ自体が成り立たなくなるという話があった。


 クロが所属していた真東の隊の相手はどうだったか。

 30体のオークという偵察班の報告をはるかに超えていた。

 オーク以外も含めたら、総勢150体以上の魔物の群れとなっていた。

 おそらくは、北東と南東の隊も同じようなものだったのだろう。


 末端の団員であるクロには詳しい話はされていない。

 特級のオークことも、たまたま噂話で聞いただけだ。

 深域の話なんてグレアロス砦の自分たちには何の関わりもない、そう思っていた。いや、頭の隅にさえなかった。

 正規兵の団員たちも同じような考えだったのだろう。


 だが。

 だが、しかし。

 クロ・クロイツァーはいまここに至って確信する。



 目の前にいる異質なオークは、話にあった特級の魔物だ。



 英雄でないと絶対に敵わない魔物。

 裏を返せば、このオークは魔物にとっての『英雄』なのだ。


 ヴォゼと名乗った人語を介す異質なオーク。

 特級ならば異質なのが当たり前だ。

 普通でないからこそ、特級なのだ。


 洞窟の入り口を押しつぶした巨岩の上に立つその風貌は、あまりにも雄々しく、勇ましい。

 こんな魔物が一声かければ、百や二百……いや、数千の魔物が集まってもおかしくない。


 今回、アトラリア山脈の麓に魔物が集まってしまったのは、他ならぬこのヴォゼがレリティアに来てしまったからだと確信する。

 クロと死闘を演じたあのハイオークですら、そのうちの1体だったのだ。


 つまりは、この目の前のオークこそが、

 アトラリア山脈に集まった魔物を率いる大ボス。

 特級の魔物、ヴォゼ。

 こいつが、一連の事件の元凶。

 いまだかつてクロが出会ったことのなかった――最大の敵だ。



「――くぞ、小僧」



 遠雷のごとく深く低いヴォゼの声。

 並外れた強大極まる戦意が、ヴォゼの体中から満ちあふれている。

 手に持った剣槍グレイヴを頭の上でグルリと回し、その切っ先をクロに定めてピタリと止める。


「…………ッ」


 ジリジリと命を削られるような威圧を前にして、それでもクロは半月斧バルディッシュを構えた。


「……待ってくださいッ」


「――あ゛?」


 水を差された形になったためか、ヴォゼがおそろしく不機嫌そうな声を出した。

 クロとヴォゼの開戦を妨げたのは当然、この場にいたもうひとり。

 エリクシアだった。


「あなたはわたしを追ってきていたのでしょう? この人は関係ないです。あなたの相手はわたしです」


「……ほォ?」


 エリクシアの言葉に、感心したような表情を見せたヴォゼ。

 逆に、今度はクロのほうが眉間にしわを寄せた。


「……エリクシア?」


「クロは黙っててください」


 そう言って、エリクシアはクロだけに聞こえるよう、声を小さくしてささやいた。


「不死を治すことなら心配しないでください。わたしがここで死ねば、グリモアは一度消えてしまいますが、レリティアにいる誰かに憑依するはずです。だから、君は逃げてください」


「待て。エリクシア、君は何を言って……」


「新しく悪魔となった人を見つけ出して、事情を説明して、何とかアトラリアに行ってください。新しい悪魔なら、その方法は自然と分かるはずなので」


 エリクシアは矢継ぎ早に言ってくる。


「残念ながら……わたしの冒険はここまでです。

 君と出会えてよかった。わたしと一緒に旅をしてくれると言ってくれたときは、本当に……嬉しかったです。……でも、ここでお別れです」


 彼女は、逃げろと言っているのだ。

 自分が犠牲になるから、クロが助かってほしいのだと。


「……おい、エリクシア」


 そして、クロに反論すらさせず、エリクシアは勇ましくグリモアを手に取った。

 岩の上にいるヴォゼを見て、前へと進む。


「さあ、ヴォゼ。わたしが相手になります」


 しかし、クロはそれを許さない。

 このまま自分だけが逃げるだと?

 あり得ない。


「待てって言ってるだろ」


 エリクシアの腕をガシッとつかむ。


「ひぇぶっ!?」


 その反動で、エリクシアが足をすべらせて、すっ転んだ。

 思っていたより昨夜の雨で地面がぬかるんでいたのだ。

 つかんだ勢いが強かったのか、半回転して顔から地面に落ちた。

 ビックリするほどキレイに転げた。


「……ご、ごめん」


「なっ、何するんですかっ!? ふざけないでください」


 ガバッと顔だけ起こしたエリクシアがクロに向かって抗議する。

 幼いながらも整った顔に泥がついていた。

 すさまじい罪悪感だった。


「……こ、転ばしたのは悪い。でも、ふざけてるのは君だ、エリクシア」


「え……? な、何でですか」


「アイツとは俺が闘う」


「……な、何言ってるんですか。勝てるわけないじゃないですか」


「何言ってる……はこっちのセリフだ。俺は、不死アレなんだろ? なら、ここは俺が闘うところだろ」


「君が不死アレでも、ヴォゼに勝てなければ同じことです。分かってるんですか? 君は……」


 言い淀んだエリクシアが言わんとすることは理解できている。

 自分は不死とはいえ、明確な弱点が存在する。

 エーテルが尽きたらその時点で永劫の地獄が顕現する。

 それは死と同義だ。


「分かってるよ」


「分かってません。ぜんぜん分かってません。君の弱点ソレは、死よりもつらいことになってしまうんですよ?」


 ヴォゼには間違いなく敵わない。

 何をどうしても敵わない。

 どうにもならない相手だ。

 そこまでの力の差がある。

 不死とはいえ、エーテルが尽きるまでケガをさせられたらそこで一巻の終わりなのだ。



「――我はどちらでもよいぞ」



 モメている2人に向けてヴォゼが言った。

 いつの間にか岩の上に座っていた。

 高みの見物のつもりだ。


「小娘が闘うのなら、小僧は見逃してやろう。

 だが、小僧が闘ったとしても、小娘は逃がさぬ。我が当初から狙っておったのはその小娘であるがゆえ」


 余計なことを言いやがってとクロが歯がみする。


「……ほら、わたしはどちらにせよ狙われてるんです。だからここはわたしに任せてクロは逃げてください」


 エリクシアが立ち上がりながら言う。

 ヴォゼはその様子を眺めてさらに言った。


「小僧、生き延びたければ、そうするがいい。キサマが逃げるなら我は追わぬ。

 だが、小僧――」


 見下すように、

 愉しそうに、


「――キサマが、女をひとりここに置いて、我が身惜しさのあまり逃げ出すような腰抜けで、みじめで情けなく意気地もない、気概も欠けた臆病者であったなら、の話だが……な?」


 ヴォゼが、そう言った。

 よりによって、他でもない――クロ・クロイツァーという少年に、だ。

 誰よりも『英雄』を目指しているこの少年に。


「……挑発のつもりか?」


「さて、な?」


 元よりひとりで逃げる気などさらさらなかったが、ヴォゼのこの余裕ぶった態度をくつがえしてやりたいと強く思った。

 有り体に言うと、頭にきた。


「――エリクシア」


「……は、はい」


 びくっとなったエリクシア。

 それもそのはず、逆らえない剣呑とした雰囲気が、いまのクロにはあったのだ。


「耳を貸してくれ、俺に考えがある」


 言われるがまま、クロの耳打ちを受けるエリクシア。

 その間も2人は警戒を怠らない。

 ヴォゼから視線は外さない。


「――――って感じでいく。アイツを倒す方法はそれしかない」


「……で、でもそれじゃクロが……ッ」


 エリクシアがクロの作戦を聞いて狼狽する。


 ヴォゼはそれを愉しそうに眺めているだけだ。

 まだ動く気配はない。

 完全にナメきっているのだ。


「それ以外に作戦があるなら言ってくれ。君が生き延びることが前提でだ」


「う……」


「決まりだ。アイツの相手は、俺がる」


「クロ……」


 心配そうに見つめるエリクシアだったが、最後には観念して道を譲った。

 今度こそ、クロが前に出る。


「ああ、そうだエリクシア。

――他の誰か、なんてダメだ」


「……え?」


 エリクシアのそばを通り過ぎながら言う。

 これだけは、いま伝えておかなければ。


「エリクシア、君と一緒にアトラリアに行く。俺はそう決めたんだ。これは絶対に譲らないし、譲れない」


「――――」


「君を置いて逃げるぐらいなら、〝死〟んだほうがマシだ」


 エリクシアが死んだら次の悪魔を見つけてアトラリアを目指す?

 冗談じゃない。


「俺は〝君を〟グリモアから解放するって決めたんだ。絶対に、何がなんでも」


 これは誓いだ。

 自分は騎士なんて器じゃないけれど、それでも、男だ。


 この悪魔の少女を守りたいと思ってしまった。

 人からも魔物からも狙われてしまう彼女を守ってやりたいと、強く願った。

 泣き方すら覚束ない、彼女の心からの笑顔を見てみたいのだと、そう思ったのだ。

 そんなものだ。

 そんな程度のことで、自分は命をかけられる。

 だって、子供のころからそんな人間になりたいと思っていたのだから。


 王国を守るために闘う。

 国民を守るために闘う。

 あるいは、世界を守るために闘う。

 この手に収まりきらない大勢の人を救う。

 それが英雄だ。


 自分はまだ、そんな大それたことなんて言えやしない。

 そんな実力なんてないし、できるわけもない。

 けれど、そんな非力な自分だけど、


――たったひとりの少女を守ることぐらいは、やってみせる。


 それができずして何が英雄を目指す、だ。

 これは誓いでもあり、意地でもある。

 これは男としての意地だ。


 なら、何がなんでもやり遂げてみせる。

 それがどれほどの苦難・苦行だろうと構わない――望むところだ。



「約束だ。絶対に、アトラリアに行くぞ。いいな?」



 通り過ぎて、背後にいるエリクシアに告げる。

 後ろは振り返らない。



「――はい」



 力強い返事だった。

 エリクシアがどんな表情をしているのかは分からない。

 いまはそれを見る必要はない。

 見たいのは、グリモアを消し去って悪魔というしがらみから解放された、彼女の表情だ。

 きっと、いい笑顔を見せてくれるはずだ。




「待たせたな、ヴォゼ」


 半月斧の切っ先を、岩の上にいるヴォゼに向けた。


「くくく、小僧が……心地よい闘気を出す。待った甲斐かいがあったな」


 それを受けて、ヴォゼが巨岩から跳び降りた。

 ズン……と、その巨体を地面に着地させた。

 クロとの距離はほんの数エーム


「たまらぬな。これこそ、戦士の闘いというものだ」


 クロが向けた半月斧バルディッシュに遠距離から合わせるように、ヴォゼが剣槍グレイヴの切っ先を向けてきた。


「我を倒す算段はついたか?」


 それも承知の上での見物だったか。

 慢心もここまでいくといっそすがすがしい。


「ああ。吠え面をかかせてやる」



 一陣、風が吹く。



「名乗れ、小僧」


「クロ・クロイツァー」


 先ほどまで見えていた星はもうない。

 夜空は雲が覆い、どこまでも暗くなっていく。

 おそらくこの雲は、デオレッサの滝に住む水竜がこの騒ぎに苛立って呼んだのだろう。

 だが、闘いを前にしたクロとヴォゼには、そんなことはもう関係ない。


「覚えておこうぞ、その名を――」


 集中の度合いは高まっていく。

 果てしなく、極限に。


「――キサマが、死ぬまでだがなッ!」


「なら安心しろ、絶対に忘れられないはずだ――ッ!」


 特級の魔物との闘い。

 これは英雄が相手をするべき闘いだ。

 自分では絶対に相手にならない。

 それは分かっている。


 けれど、クロ・クロイツァーは一歩も引かない。

 英雄への一歩はすでに踏み出している。

 もう止まることはない。


 そして、

 そのさらに先へ、

 クロ・クロイツァーは突き進んでいく。



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