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2 少年たちの苦悩


 グラデア王国領土の最東端には、グレアロス砦がある。

 王国が誇る東の騎士団――『グレアロス騎士団』が運用している砦である。


 目的はさまざまで、近隣の街や村の安全確保、それらをつなぐ街道の警備や、冒険者たちのサポートをすることもある。


 最大の目的は、砦のさらに東にある、アトラリア山脈の監視だった。


 世界の果て――『魔境アトラリア』からやってくる魔物は、この山脈を越えて人里に現われる。


 山脈は広大で、砦の駐屯兵の人員だけでは山脈の至る所から現われる魔物のすべてを撃退することは物理的に不可能だ。

 単体や小規模の魔物は、魔物を倒して生計を立てる冒険者たちに任せ、グレアロス砦の兵たちの任務は中規模から大規模の魔物の群れを殲滅することだった。


 グラデア王国にとって、絶対になくてはならない砦。

 そんなグレアロス砦に、15歳になったクロ・クロイツァーはいた。




「クロイツァー、もう……いい加減、終わろうぜ……」


「まだだヴェイル……もう一戦、だけ……」


 グレアロス砦の訓練場で、模擬戦を続けていたクロは片膝をついて息を荒げていた。


 額からは汗がとめどなく流れている。幾度もの闘いで転ばされて、クロの顔や黒髪には土埃がべっとりとついて土の色に染まっていた。


 対して、ヴェイルと呼ばれた赤髪の少年も、クロと同じような状況だった。


「いやもうホント無理……つかれた」


 バタリと仰向けになって倒れた赤髪の少年。

 このフランク・ヴェイルとは同じ日に騎士団に入った同期である。




 山奥の村を出て、グラデア王国が誇る東の騎士団――『グレアロス騎士団』の入団試験を受けたクロは見事合格した。

 ……といっても、健康で素性さえハッキリしていれば誰でもなれる予備兵の試験だった。


 正規兵になるためには、厳しい試験をクリアしないといけない。


 入団から3ヶ月。

 同日入団の同期5人のうち2人はすでに正規兵として合格していた。クロとヴェイルは取り残された側だった。


 正規兵になるには、強いことが絶対条件なのである。

 その理由が、試験『オーク討伐』。


 クロとヴェイルにはその実力がない。

 だからこそ、こうして訓練に勤しんでいた。


「周り見てみろよ、クロイツァー。もう誰もいねェぞ……」


 ヴェイルに言われて見回す。

 訓練場にはもう自分たち以外の誰も残っていなかった。


「あれ? 今日みんな自主訓練きりあげるの早くない?」


「ああ、そういや明日は実戦があるからか」


 ヴェイルに言われて、クロは「なるほど」と納得した。




 明日は魔物の群れの討伐作戦がある。

 アトラリア山脈の麓にある草原地帯。そこに集結しつつある魔物の群れをグレアロス砦の偵察が発見した。

 明日の作戦は、その魔物の群れが大規模になる前に叩く、というものである。


 たしかにそんな大事な作戦があるのに、前日にこんな遅い時間まで訓練する者はいないだろう。


「俺らにゃ関係ねェけどな」


 ヴェイルはハァとため息をつく。すさんだ表情をしていた。

 多分、自分も同じような顔をしているのかもしれない。


「……うん。俺らは後方で見てるだけで魔物と闘わない。いや……闘わせてもくれないからね」


 不満を隠しもせずに言い放つクロ。

 その不満は他の誰かにではなく、魔物と闘うために騎士団に入ったのに、その機会すら与えられない弱兵の自分自身に、だ。


「弱い……からな。しょうがねぇじゃん」


「…………うん」


 すべては弱い自分が悪い。

 くやしくてたまらない。


 山奥の村で何もしてこなかったわけじゃない。

 筋肉はつかなかったけど、木こりの仕事をして力もつけた。

 村の畑を荒らす獣や、小型の……下級の魔物と闘ったこともある。


 英雄に憧れて10年、そのための努力は時間の許す限りやってきた。


――それでも、足りなかった。


「だから強くなろうとしてる。ほら、もう一戦やろう」


「いや、今日はもうホントにやめだ」


「……なんで。正規兵になるためにはもっと訓練しないと」


「言われたろ? 俺とお前は〝戦闘の才能〟ってやつが無いってよ」


「…………うん」


「……俺はお前みたいに目標がねェんだよ。正規兵になんてなりたくねェし、できるなら魔物とも闘いたくねェ。騎士団に入った理由も、予備兵なら危険な仕事もさほどねェのに実家の果物屋を継ぐより金が稼げるからだ。だから俺はこのまま予備兵でいい」


 ヴェイルは手で顔を覆った。


「それに、怖ェんだ……。はじめて間近でオークを見てわかった。あんなの普通の人間が倒せるわけがねェ。それこそ才能なんてもんがねェと無理だ……」


「ヴェイル……」


 ヴェイルは心が折れていた。

 それもしかたのないことだった。

 正規兵になるためのオーク討伐試験の説明で、アトラリア山脈の麓に連れて行かれて、オークといきなり闘わされたのだ。


 クロもヴェイルも死にかけた。

 ギリギリで上官が助けてくれなかったら絶対に死んでいた。

 そんな極限の瀬戸際まで追い詰められたときに告げられた。


――正規兵の試験は、1対1でオークを倒すのが合格条件、と。




 オーク――中級の魔物は、格が違った。

 普通の人間でも、大人数でオークと闘うのなら何とかなるかもしれない。

 けれど、1対1は無理だ。


 剣をかすめた程度では傷つかない硬い肌。

 噛みつかれたら骨なんて容易に砕かれるであろう凶悪な下牙。

 強靱な足腰と、丸太のような腕から繰り出される強烈な攻撃。


 力では絶対に敵わない。


 おまけに死ぬことに躊躇がなく、どれほどのケガを負っても逃げることはせず、決して闘いを止めない不気味さ。そんな怪物が、殺意をむき出しにして襲ってくるのだ。


 アレは普通の人間には倒せない。


 オークと――もっといえば中級の魔物と闘うには普通以上の〝力〟がいる。

 それこそが〝戦闘の才能〟というものらしい。


「ちくしょう……なんで俺には才能がねェんだ」


 ヴェイルが右手を地面に叩きつけた。

 うつむいたヴェイルの表情はわからない。

 小さく体が震えているのだけがわかった。


 予備兵のままでいいとヴェイルは言った。けれど、それは果たして本当の気持ちなのだろうか。

 こうして見ていると、とてもそうは見えない。

 くやしがるということは、諦めていないとも取れるのだから。


「……」


 自分の手を見ると、ヴェイルと同じように震えていた。

 唇を噛む。


 憧れたのだ。英雄エルドアールヴに。

 ここで現実に負けるわけにはいかない。

 心を折られてたまるものか。

 認めるわけにはいかない。オークに怖がっているなどと。


 才能がないのなら、努力で壁を壊すしか方法はない。

 なら、ここで立ち上がらないと。

 訓練を続けないと。


「…………ッ」


 しかし、足が震えてしまっている。思い出してしまった。

 殺意に染まったオークの姿。


――怖い。


 唇から血がにじむほど噛みしめても、体の震えは一向に止まらなかった。


「…………」


 クロとヴェイルは黙ったまま。

 訓練場は静まりかえっていた。




「あら? 2人して地面を眺めて何をしているんですの」


 その静寂を破ったのは、年若い少女の声だった。

 才能の塊がそこにいた。



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