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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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80 ただの無力な人間の少女エリクシア VS 不死不屈の怪物【最も古いおとぎ話の英雄】クロ・クロイツァー


 火山灰の大雨が、ざぁざぁと大地に降りしきる。

 その少し温かい雨は、エリクシアとクロを、傷ついたふたりを()らしていく。

 大雨の白煙は、世界からゆっくりとふたりを隠していく。


 クロを抱きしめるエリクシアの(うで)は傷だらけだった。

 始原魔法『神雷』の全力を撃ち放ち、クロの『二重断空』とぶつかり合わせたその衝撃は想像以上に凄まじいものだった。

 エリクシアの細い指は、魔法の反動で何本も折れてしまっている。

 爪も()がれてしまい指先は()(まみ)れで、もう残っている爪を数える方が速いぐらいに痛々しい。

 体も服もボロボロで、文字通り、満身創痍の様相を(てい)していた。

 クロの方も言わずもがな、ふたりは互いに傷つき疲弊(ひへい)し、限界を超えてここにいる。


——立て。


 クロから感じ取れる心の声。

 それはいまだに自分自身を(ふる)い立たせようと叱咤(しった)の声を上げている。


「いいえ、もう……立たなくていいんです」


 エリクシアはクロの体をより強く抱きしめる。

 背中に回した腕に力を込めて、自分の体にぎゅっと抱き寄せる。

 クロは力無いまま、エリクシアに寄りかかるように、なすがままになっている。


——立って、闘うんだ。


 消えない闘志は果てしなく、(ひざまず)いてなお途切れることはない。

 これこそまさに英雄の姿に相応(ふさわ)しい。

 しかし、エリクシアは()()()()()()()()()


「もう、闘わなくていいんです……ッ」


 もう傷つかなくていい。

 もう苦しまなくていい。

 もう、泣かなくてもいい。

 英雄になんてならなくてもいいのだと、エリクシアは伝えるのだ。


 しかし、そんな彼女の甘い戯言(ざれごと)に、彼が同意するはずもない。

 それを分かっていながら、エリクシアはそれでもクロに伝えたかった。


「……逃げたって、いいんですよ」


 そういう選択肢だってあるのだ。

 エルドアールヴは、人間ひとりではとても抱えきれない重荷を背負ってしまった。しかし彼は不死だからこそ、それでもと(いばら)の道を歩み続けてきてしまった。

 真面目に愚直(ぐちょく)にひたむきに、ただひたすらに、自分の痛み苦しみを、(なげ)きや絶望を無視して我慢して、そうして歩み続けた二千年は、いったいどれほどの栄光(じごく)だっただろう。


「耐えられないぐらいにつらいなら、もういいじゃないですか。クロは十分がんばりましたよ」


 そう、彼は誰よりもがんばった。

 がんばれてしまった。

 不死の地獄の苦しみを、彼はここまで耐えてしまった。

 それこそが悲劇だった。


——やめてくれ。


 クロから感じ取れた心の声は、明らかな拒絶(きょぜつ)だった。

 エリクシアはそのことに少しの寂しさを感じながら、それでも彼を抱く腕の力は緩めない。


——邪魔するな。


 クロはまだ、自分が誰と対峙(たいじ)しているのかすら分かっていない。いまだに目の前の人間を敵だと思っているのだろう。

 エリクシアの抱擁(ほうよう)から逃れようと、いまも必死に動こうとしている。

 しかし、エーテル切れの身体は(わず)かしか動けない。エリクシアの、少女の非力な腕すら振りほどけない。


——離してくれ。


「……いやです。もう、離しません……ッ!」


——どいてくれ。


「どきません……ッ」


 心の声の反応程度とはいえ、ほんの少しだけ会話が通じたのを、エリクシアは感じた。

 もうクロ・クロイツァーの意識が復活するのも時間の問題だ。


——苦しいのなら我慢できる。


 クロが言う、心の声で。


——痛みなら堪えられる。


 不死だから、決して死ぬことはないから、自分が我慢しさえすれば何とかなる。そうやって、彼はずっとがんばってきたのだ。


——絶望なら乗り越えられる。


 いくつもの苦難(くなん)逆境(ぎゃっきょう)を乗り越えて、世界に希望を照らし続けた。

 不屈(ふくつ)の力で立ち上がり続けた。


——でも、優しいのだけは耐えられない。


 だからこそ、それこそが彼にとって毒になる。

 優しく抱きしめられることは、耳元で(やわ)らかく(ささや)かれることは、不死の身ですら耐えられない猛毒(もうどく)だったのだ。


——(おぼ)れてしまう、甘えてしまう、()ちてしまう。


 英雄だからこそ、そんなものに誘惑(ゆうわく)されてしまうわけにはいかない。

 なのに、ただただ、ひたすらの優しさを求めてしまう。


——頼むから、優しくしないでくれ。


 自身の心の内をさらけ出してしまっている。

 絶対に知られてはいけない、エルドアールヴの弱点を。


「クロ……」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほど、自分に厳しく生きてきた。

 そんなクロに、エリクシアの胸が締め付けられる。流れてきてしまう涙に引っかかって、うまく言葉が出てこない。


「クロは……どうしてそこまでして闘うんですか」


 ようやく出てきた言葉は、そんなささやかな、しかし当然の疑問だった。

 クロ・クロイツァーがここまでする理由。

 彼のなにがここまでさせるのか。


——(ちか)ったんだ。


 エリクシアは質問の答えが返ってくるとは思っていなかった。出てきた問いかけは、クロのことを思い悩んだ(すえ)、自然と勝手に口に出たものだったのだ。

 当然、答えなんて期待はしていなかった。

 しかし、クロの心の声はエリクシアの問いに答えた。真面目で素直な彼の性格の、本質ゆえのことだろう。


「……誓った? な、なにをですか」


 エリクシアはクロを抱き寄せたまま、その顔を(のぞ)き込む。


——()()()()()()って誓った。


 泣き顔なのに、強い顔だった。

 覚悟が決まっている顔というのは、まさしくこういう表情なのだろう。


「…………」


 見とれた。

 エリクシアは、(ほほ)が触れあう至近距離にあるクロのその顔から、目が離せなかった。まるで時間が止まったかのような不思議な錯覚(さっかく)が、エリクシアを包んだ。

 男性にこんな言葉が相応しいのかは分からなかったが、エリクシアはこの瞬間、美しい、と確かに感じた。


——()()()()()()()()()んだ。


 突然、自分の名前を呼ばれてエリクシアは驚いた。

 しかし、その言葉の意味、強さに衝撃を受けた。


——だから、闘う。負けられない、(あきら)めない、絶対に。


 エリクシアが悪魔の運命から解き放たれるために。

 彼は意地でもやり()げようとするのだろう。


「……クロ」


 こんなにも思ってくれていた。

 出会ってすぐの約束を覚えてくれていた。

 それをうれしいと感じてしまったことに、エリクシアは自分自身を強く()じた。

 その約束のせいで、彼はずっと嘆き苦しんでいるのだから。


「もう、いいんですよ。もう諦めて、大丈夫です。だから……」


 だからこそ、彼に諦めてもらいたい。

 もうこれ以上、苦しんでほしくない。

 彼ががんばる理由が自分のせいなら尚更(なおさら)だ。


「もう、やめましょう……クロ」


——やめない、負けない、諦めない。


 エリクシアは確信する。

 これは対決だ。

 これは決戦だ。

 武と武を争うものではないけれど、これはクロとの真剣勝負。

 雌雄(しゆう)(けっ)する、心と心のぶつけ合いだ。

 負けられない、絶対に。

 いまここで、絶対に、エルドアールヴを倒すのだ。


「苦しいのなら、痛いのなら、逃げたっていいんです」


——そんなわけにはいかない。そんなことは許されない。


「楽な方に甘えたっていいんです。泣きたいなら、泣いてもいいんですよ」


——他の人ならそれでもいい。でも、俺だけは絶対に許されない。


「いいえ、いいんですよ、クロ」


 朝が来て、『悪魔の写本(ギガス・グリモア)』の力は消えた。

 エリクシア自身の魔力も、これまでの闘いでほとんど使い果たしてしまっている。身体もボロボロで、魔力も残り僅かしかない。


 だから、言葉を(かざ)る必要なんてなかった。

 いまのエリクシアは本当の意味で、ただの少女だった。

 エリクシアにできたことは、ただ自分の(おも)いを伝えることだけだった。

 なんの力もない、無力で非力なただの人間の少女には、そんなことしかできなかった。

 いや、むしろそれだけでよかったのだろう。

 それこそが唯一、不屈の英雄の心を(くじ)く、最強の(ほこ)たり得るのだから。


——だって俺は、俺には命の価値なんてない、いくらでも無茶をするべき、


「だってクロは、君も他のみんなと同じ、かけがえのない、たったひとりの」


——『()()()()()』なんだから。


「——『()()』なんですから!!!」


 エリクシアが泣きながら言い放ったその言葉は、ようやく、彼の(たましい)(しん)にまで(ひび)いた。




 ◇ ◇ ◇




 頭が真っ白になった。

 衝撃だった。

 この二千年、幾度(いくど)となく強敵と闘ってきた。いまのはその中で、最も強烈(きょうれつ)な一撃だった。

 これまで受けたどんな攻撃よりも、いまの言葉が一番に強く、不死身の魂を貫いた。


 (くだ)かれた。

 英雄としての、エルドアールヴとしての何かを、打ち砕かれた。

 ()れた。

 心が、身体が。

 負けたのだ、英雄エルドアールヴが。


「エリクシア……」


 この目の前の、ボロボロの少女に。




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― 新着の感想 ―
遂にこの時が来たのか! 世界最古の英雄、以前にただの人であったことを誰もが忘れていたけど、2000年経って人であると伝えた。 相変わらず心に来る文章です。 更新再開してて嬉しいです!
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