78 悪魔がいずれ知る、しかしまだ見知らぬ、おとぎ話の主人公
――――むかしむかし、エルドアールヴという少年がいました。
それこそが、レリティアの子供たちが一番よく聞くおとぎ話の導入だった。
いくつもの伝説。
いくつもの物語。
両手の指では数え切れないほどの武勇伝。
凶悪極まりない、数々の強敵との闘い。
ひとつひとつがレリティアを救うほどの激戦だ。
遙か古より、人類にはいくつもの災厄が降り注いだ。
それは大自然が引き起こしたものでもあり、魔物が巻き起こしたものでもあり、あの尋常ならざる異界の異物『悪魔の写本』が撒き散らしたものでもある。
それらから、遙か古より人類を護った戦士こそが、エルドアールヴだった。
彼なしでは間違いなく人類は存続できなかった。
彼はまさしく人類の救世主だった。
おとぎ話の主人公。
あるいは――『最古の英雄』。
それこそが、エルドアールヴという英雄だった。
「ねぇねぇ――――」
今より数年前。
幼少時のエリクシア・ローゼンハートもまた、彼の物語を聞いて育った。
いまはもう滅んでしまったドワーフの里では、里の小さな子供たちが集まって、数少ない娯楽のひとつとしてエルドアールヴの物語を楽しむのだ。
人類を助けてくれる大英雄。
竜巻や地震があればそこに駆けつけて人を護り、魔物が国や村を襲えばこれらを撃滅し、悪党が世に蔓延ればそれを殲滅する。
史上最強の英雄――それがエルドアールヴだ。
遙か古より続く、二千年の英雄譚。
それはそういう物語。
これはそういうおとぎ話。
エルドアールヴの英雄譚はそういう伝説で、現実にあった歴史そのものだ。
幼いエリクシアは、ふと、疑問に思った。
「――――じゃあエルドアールヴがこまったときは、だれがたすけてあげるの?」
その疑問には、大人も子供も、誰ひとりとして答えられる者はいなかった。
きっと、その疑問、その考えにすら至らない。
なぜならレリティアの人々にとってエルドアールヴは、絶対無敵で史上最強の『英雄』なのだから。
たとえば。
もし、その彼を助けられる者がいるのだとしたら。
それはきっと、レリティアの人間ではない、この世ならざる者なのだろう。
そう、たとえば――――『悪魔』とか。




