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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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72 前代未聞、人類史上初めての


 エリクシアの魔法の影響で、ボルゼニカ大火山一帯に、電撃が無数に弾け飛んでいる。


「まるで雷の雨だな」


『英雄』アレクサンダーが呟く。

 幾度も死線を乗り越えた、歴戦の猛者である彼でさえ、目の前の光景に驚いている。


「……あの新顔の小娘、信じられねェ。おとなしそうなツラしながらなんて魔法を使いやがる」


 同じく『英雄』シュライヴが楽しげに毒づく。

 ふたりは大きく距離を取って後退して、エリクシア達の様子を眺めていた。豆粒ぐらいの大きさにしか見えないほどの遠距離だが、彼らの視力なら問題なく見える。


「さすがにあの中を走るのは無理だな」


 基本前衛で闘うアレクサンダーがここまで距離を取っているのは、エリクシアの魔法がとてつもなく範囲が広く、そして威力が強いため、どうやっても巻き込まれてしまうからだ。

 第三悪魔の氷魔法(しか)り、今発動しかけている第四悪魔の雷魔法もさすがのアレクサンダーの防御力ではどうにもならないレベルだった。

 あの場にいられるのは術者本人か、常識度外視のタフネスを持つ――


「――アヴリルめ……あのバカ狼がまた無茶してやがる」


 シュライヴが今度は眉間に(しわ)を寄せて毒づく。

 落雷が常時爆裂しているかのようなあんな危険地帯にいるのだ。いくら満月獣化している状態のアヴリルでも、あれでは命が危うい。その証拠に、簡単にはダメージが通らないはずの、獣化の体毛が焦げ付いている。

 アヴリルの防御力は『英雄』基準で見ても一級品だ。その彼女が継続ダメージを受け続けてしまうのが、あの戦場だ。


「心配か?」


「そんなんじゃねェッス」


 ムスッとしたシュライヴの言葉を聞いて、アレクサンダーが「ふっ」と笑って、冗談めかして言う。


「アヴリルはお前の未来の妹になるかもしれないからな。心配なのは当然だろう」


「……妹?」


 シュライヴは少し考えて、


「はぁあああっ!? あんた何言ってんスか!?」


 その意味を理解した。

 戦闘中とは思えないほど動揺したシュライヴの様子を見て、アレクサンダーはまたも笑う。


「分からないなら説明してやろうか? アヴリルはアストリットの義妹(いもうと)だ。お前とアストリットが結婚したら――」


「いやいやいや! だから俺とアストリット(あいつ)はそんなんじゃ……」


 シュライヴは早口で否定する。

 しかし、不自然なまでに途中で軽口を止めたアレクサンダーの様子を(いぶか)しんだ。


「……どうしたんスか?」


「いや……そんな、まさか……」


 アレクサンダーがその碧眼をまん丸にして驚いている。

 彼とは長い付き合いだが、こんな表情をしているのをシュライヴは初めて見た。


「……?」


 訝しげに思いながら、アレクサンダーが見ている方向に目をやった。

 すると、


「はぁッ!? なにやってんだアイツ!?」


 シュライヴもまた、その顔中にある傷を歪めて驚愕した。

 落雷の雨が降っているかのような戦場にいたのは、


「なんでシャル嬢があんなとこに……ッ!?」


 シャルラッハ・アルグリロットだ。

 彼女の黄金の髪が、雷に(なび)いている。

 信じられないことに、()()()()()()()()のだ。

 どうやらエリクシアとアヴリルのところに向かっているらしい。


「雷を避けてる……んスか?」


「いや……さすがにそれはシャルでも無理だろう。そもそも、雷を避けている様子もない。アレは明らかに当たっている。そのはずだが……」


 アレクサンダーが息を飲んで、続けて言った。


()()()()()()、のか……?」


 自分で言ったその言葉を、信じられないといった様子で喋る。


「い、いやでも……大魔法を連発されてるようなモンッスよ?」


 シュライヴはそう言って、ハッと気づく。


「もしかして、シャル嬢は『属性耐性』持ちだったんスか!?」


 魔法には様々な属性がある。

 火や風、水や土など色々だ。

 生物には、それら属性への耐性を持つ者が存在している。


『属性耐性』を持つ人間はとても珍しいが、いないわけではない。

 寒冷地に住む人々は、氷や風の耐性を持っていることが多い。

 逆に熱帯では比較的、火などの熱耐性を持っている人間が多い。

 大体が遺伝などの生まれつきのものが多いが、環境に適応するために自然と獲得する場合もある。

 今回の場合、シャルラッハは雷の属性耐性を持っていると思われるが。


「いや、シャルは何の耐性も持っていなかったはずだ」


「てことは後天的に獲得したってことか……いやでも、雷の耐性を持つほどの環境って何なんスか……」


「それにシュライヴ、お前が言ったとおり、大魔法を連発されているような場所だ。()()()()()()()の『属性耐性』では、たとえ雷耐性を持っていても、無事では済まない。つまり……」


 アレクサンダーがひとつ呼吸を置く。

 人間の属性耐性は、多くとも10%程度がせいぜい。

 たとえば命の数値が100あるとして、100の属性ダメージを食らえば即死してしまう。しかし、その属性耐性10%があれば、90のダメージとなり、ギリギリで生存することが可能だ。

 生死ギリギリの状態では大事なことだが、あくまで人間の属性耐性はその程度のもので、補助のようなものなのだ。

 しかし、シャルラッハの今の状況はそんなレベルではない。


「つ、つまり?」


 シュライヴが息を飲む。


「シャルが今持っているのは()()()()――雷の『無効化』だ」


 そう、それぐらいでないと説明がつかないのだ。

 落雷の雨が降り注ぐ戦場で、シャルラッハが平然と走っていることへの説明が。


 シャルラッハの体を雷が直撃、あるいは弾け飛んだ電撃が(かす)めている。

 いわば継続的に雷の大魔法攻撃を受けている状態。

 それが常時の異常領域が、シャルラッハがいる場所だ。

 たとえ90%の耐性があったとしても、魔法を連発されているようなあんな場所に長時間いたらまず間違いなく死んでしまう。

 100%の完全耐性ぐらいのものじゃないと、シャルラッハが無傷でいられる理由が説明できない。


「……完全耐性持ちなんて人類はおろか、魔物でも少ないってのに……」


「……ああ、前代未聞だ」


 魔境アトラリアの魔物には、属性生物という系統が存在する。

 火なら火の、水なら水の体を持つ魔物である。

 たとえば、体が炎に包まれ、炎を食べて生きる上級の魔物、サラマンダー。

 たとえばそう、あの特級の魔物ウートベルガのような、毒沼で生まれ毒を取り込み育った、毒属性のスライム。

 毒の体を持つウートベルガには毒は効かない。それが完全耐性だ。

 そのような完全耐性の魔物はたしかにいるにはいるが、その数は少ない。


「おそらく……完全耐性の獲得は、人類史上初だ」


 アレクサンダーが言う。

 戦慄の色を含ませながら。


「私はもしかしたら――――とんでもない戦士の親になったのかもしれん」


 額から汗を流しながら、英雄アレクサンダーは口端をほんの(わず)(ほころ)ばせた。




 ◇ ◇ ◇




「――『始天の響きは祝いの声、我は破壊と創造の具現なり』――」




 エリクシアが詠唱を開始する。

 神雷の詠唱が、雷の空に遠く響く。

 同時にグリモアから、絶大極まる魔力の流れが強まっていく。

 言葉を発せない水竜ではその咆吼が詠唱の代わりになっていたため、人の言葉では神雷の詠唱は()まれることはなかった。

 だが今、エリクシアが使い手となって、神雷の詠唱を(つむ)いでいく。




「――『我こそが始原世界の弥終いやはてなり』――」




 エリクシアの両手の間で膨れあがっていた光球が、一気に小さく圧縮される。

 砂粒ほどの大きさまで極限に圧縮されたエネルギーの塊は、更に強く輝き出す。

 指の間から溢れ出た光の筋は、まるで稲妻のように弾け飛ぶ。




「――『あまねく命に言祝ことほぎを、生命の起源に祝福を』――」




 詠唱するエリクシアの隣で、『第四悪魔』デオレッサはその言葉を静かに聞いている。

 まるで子守歌を聴いて眠りに入る子供のように。

 口元に微笑みを浮かべたまま、幸せそうな表情で始原魔法の発動を待っている。




「――『混沌からの産声、始まりづる命の輪』――」




 星の記憶を読み取って、過去にあった現象を再現するのが魔法である。

 ならば、もはやここは、人が生きていけない過酷な世界。

 星が誕生した原初の世界、混沌が渦巻く始原の世界。

 この魔法は、その天地創造世界を破壊した、異常極まる超自然現象。

 生命誕生の切っ掛けとなった、超絶大破壊。




「――『刮目せよ、我が姿を。静聴せよ、我がとどろきを』――」




 星の中枢にある命の海。

 全ての命が死んで還る場所であり、そして、再び生まれ変わって大地に戻るための生命の環。

 その構造を作りだした、ある意味で神と言っていい現象が、これだ。




「――『遠く時代を超えて知るがいい、我が名は祝砲なり』――」




 この星に命が生まれた切っ掛けとなった、極大規模の雷。

 星の記憶に深く刻み込まれた、始原の魔法。




「魔法――――」




 エリクシアが両の手を横に広げた。

 その瞬間、これまで抑制されていた光球が解放される。

 紫電の光が炸裂し、輝きはもはや太陽に近く、直視することすら出来ない光量だ。

 直後、エリクシアが勢い良く柏手かしわでを打つ。

 光球はその勢いで潰れ、文字通り、爆裂する。

 その光は白く、果てしなく白熱する。




「――――『神雷エク・セレブレーション』ッ!!」




 魔法の名を呼ぶと共に、合わせた両手を前に押し出した。

 光は姿を変えて、まるで水竜のような形の、極大の雷になってエルドアールヴに向かっていく。


「…………ッッ!!!」


 その勢いは凄まじく、エリクシアを手に乗せているアヴリルが持ちこたえていないと後ろに吹っ飛んでしまっていたほどだ。


「――――ッ、()()()()よぉッ!!」


 電撃の余波と衝撃の反動に耐えながら、アヴリルが叫ぶ。

 ずっと遠く、神雷が向かう先。

 そこから、黒く強烈な爆発が発生した。


「……クロの、『断空』……ッ!」


 神雷を撃っているエリクシアが意を決する。

 とんでもなく強力な戦技。それを自分に向けられて、改めて思う。これは一発でも食らったら、いや掠っても、即死するレベルの攻撃だ。


 戦技『断空』。

『最古の英雄』最強の攻撃。

 斬り下ろしの究極の一撃。

 その名の通り、空をも断つ。


 氷塊の中から、黒いエーテルが天を斬り穿(うが)つかのように(ほとばし)る。

 まるで刃の切っ先のようにも見える漆黒のエーテルが、遙か天空の頂きを貫いて、そのまま一気に振り下ろされる。

 凄まじい射程だ。『断空』は、このまま地平の果てまで斬り伏せるだろう。


「――――ッ!!」


 だが、そうはさせない。

 エリクシアの『神雷』が、『断空』の軌道を受け止めるように直撃する。

 白の魔法と黒の戦技。

 ふたつの【究極】のぶつかり合いが、ボルゼニカ地方全土に大衝撃として轟く。


「ぐッ……うぅ……ッ!!」


 両手を前に突き出す形になっているエリクシアが、苦しげな声を上げる。

 激しいぶつかり合いだ。

 それを一手に耐えている。

 気を抜いたら一瞬にして『断空』に呑まれてしまう。それはすなわち死を意味する。


「い……ッ、ギギギギッ!! グヌヌヌぅうううッ!!」


 電撃と衝撃の、凄まじいダメージがアヴリルを襲う。

 巨狼化した時の手の平が、衝撃を吸収するタイプの【肉球】だったことにアヴリルは感謝した。そうでないと、今の『神雷』と『断空』がぶつかった時の衝撃で、エリクシアが大変なことになっていただろう。

 恐るべきは『断空』。

 恐るべきは『最古の英雄』だ。

 まさかここまで強いとは。

 これほどまでに凄まじいとは。


「――やるじゃない。あの『断空』と渡り合うなんて、さすが始原の魔法ね」


 神雷の炸裂音が鳴り轟く中で、そんな声がアヴリル達に聞こえた。

 あまりにも普通の声色だった。

 まさかこんな地獄のような戦場の最前線に、そんな軽快な声が聞こえるなんて。

 そう思いながら、アヴリルは声がした方向を見る。


「シャ、シャルラッハさま!?」


 アヴリルが叫ぶ。

 さすがにエリクシアはそちらを見る余裕は無かった。アヴリルの反応で、そこにシャルラッハがいることを知る。

 エリクシアは気合いを入れて『神雷』を押し出すことで、クロを倒す覚悟を言外に伝える。

 当然、シャルラッハは理解していた。

 エリクシアの覚悟は、彼女が今ここにいてエルドアールヴと(せめ)ぎ合っている時点で察している。そして、認めている。同じ、闘う仲間なのだと。


「むしろ『神雷』の方が押してるわね。このままいけそうかしら?」


 シャルラッハが正確に状況を分析する。

 今のところ、『断空』よりも『神雷』の方が、微量ながら、強い。このまま『断空』を消し飛ばして、エルドアールヴを倒すことが可能だ。


「ふふん、当たり前じゃない。お母さんと私たちの魔法なのよ?」


 アヴリルの指の間から顔を出して、デオレッサが得意気に言う。

『神雷』なら、あのとてつもない戦技『断空』に勝てるのだと。


「あ、あの……シャルラッハさま? ここ、とんでもない電撃が弾けてるのに、なんで平気なんですか!?」


 アヴリルがシャルラッハに言う。

『断空』との競り合いで、激しく爆裂する『神雷』の余波はここまで広がってきてしまっている。だからこそ、アヴリルはダメージを受け続けているのだが。

 しかし、シャルラッハはまったくと言っていいほど無傷だ。

 それどころか、涼しい顔をしている。


「そんなことより、気をつけなさい」


 完全耐性の獲得を、そんなこと呼ばわりするシャルラッハ。

 彼女にとっては人類史上初の栄誉よりも、今の戦況である。


「……へ?」


()()()()()()()()


 シャルラッハに言われるままに、エルドアールヴを見やる。

『神雷』と『断空』が鬩ぎ合っている、その向こう。

 とてつもない力の波動が、更に天を衝いている。


「ちょ……マズいマズいマズい、もうこれ以上の『断空』なんて耐えられませんよぉ!?」


「…………くッ」


「わ、わぁ……」


 アヴリルが驚愕し、エリクシアが苦悶の表情を浮かべ、デオレッサが苦笑いをする三者三様の反応。

 そう、エルドアールヴの本来の力。

 クロ・クロイツァーという戦士の――本当の力は、ここからだ。




 () () () ()




 それこそが、彼の力の源であり、全てだ。

 ()()()()()()()

 およそ尋常ならざる闘志を秘めていたのは少年時代の頃からだ。

 不死になったからじゃない。

 英雄として強くなったからじゃない。

 これこそは、それ以前から彼が持ち得た唯一の長所であり、短所。

 届かないのなら、何度でも。

 幾度も挑戦してみせる。

 ()()()()()()()()()

 何度でも、何度でも、何度でも。




「――『翼無き愚者は手を伸ばす』――」




 相当に離れた場所にいるはずの、エルドアールヴの静かで(おごそ)かな声。

 その詠唱が、ここまで聞こえてくる。

 ()り上げているエーテルが強いせいだ。




()()()()()()()()()()()()




 戦技『薪割』。

 それこそが、彼の本当の力。

 何度も何度も、愚直にも同じ攻撃をして、必ず難敵を打ち倒す。

 決して諦めることない不屈の心が成せる業。




「それでこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()




 シャルラッハは不敵に笑う。

 心底から、

 魂の芯から、

 嬉しそうに。




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