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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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71 ギガス・グリモア【第四悪魔】デオレッサ・ヴォルトガノフ


「ぐッ……ぅォオオオッ」


 自我を失っているエルドアールヴが、重くのし掛かっている氷の塊を持ち上げようとしていた。

 体中から余りあるエーテルを噴出させ、山のような氷塊を、少しずつだが動かしている。

 心が壊れ、ほとんど気を失っているような状態のエルドアールヴ。

 目も見えていない。耳も聞こえていない。今自分が誰と闘っているのか、まったく理解もできていない。そんな状態だ。

 しかし、彼は今、たしかに感じていた。




――エルドアールヴ、どうかお願いします――




 懐かしい声。

 懐かしい眼差(まなざ)し。

 ずっとずっと昔に亡くしてしまった、大事な人。

 彼女のことを、忘れることは決してできない。

 彼女の涙を、忘れることなんてできやしない。

 あの冷たい、世界を凍らせてしまいそうなほどの、悲しみを。




――わたしを殺してください――




 魂を切り刻むかのような、その言葉を。

 彼女が向けてきた、凄まじい氷の魔法を、あの強さを。

 忘れるわけにはいかない。




――あなたのことが、好きでした――




 死の間際、彼女が残した最期の言葉が頭から離れない。

 彼女の命を刺し貫いた時の感触が、この手から消えてくれない。

 流れ出る血の色が目に焼きついてしまっている。

 抱き寄せた彼女の温もりが、(はかな)く消えていくのをまだ覚えている。


 もう千年も前のこと。

 もう終わってしまった悲劇だった。

 でも、今エルドアールヴの体を覆うこの氷は、まさしくあの時の、彼女の氷魔法ではないか。

 当時の彼女の魔法よりも遙かに弱く、まだまだ甘く温かい。

 でも、この氷は間違いなく、彼女のものだ。

 忘れるわけがない。

 忘れられるはずがない。


「ぐ……ッ、オォオオオオオオオオオオオオッ!!」


 まだ、()()()()()()()()()

 忘我の中で、エルドアールヴは夢のような幻を見た。

 千年前のあの時、まさに悲劇の死闘を繰り広げた瞬間の光景だ。

 まだあの娘が泣いているのなら――()()()()()()()()()()


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 第三悪魔を、この手で――――また。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()




 ◇ ◇ ◇




 凍りついたボルゼニカ大火山に、雷鳴が(とどろ)く。

 雷音の根源である、エリクシアの手の中の光球が、激しく明滅している。


「く……ッ」


 バチバチバチッという凄まじい雷撃音は、今にも爆裂しそうな危うい雰囲気を(かも)し出している。

 エリクシアはそれを両手で、いや、体全体を使って必死に抑え込んでいる状態だ。


「そうそう、そうやって我慢して力を溜めていってね」


 デオレッサがそのすぐ横で、ニコニコしている。

 光球から漏れ出る電撃は、デオレッサには効果が無いようだ。

 辛そうにしているのは――


「アギャギャギャッ!? 痛だだだだだだだだ……ッ!!」


――アヴリルだ。

 彼女は、エリクシアとデオレッサをその巨大な手の平の中に乗せている。

 そのため、弾けた電気がアヴリルを感電させているのだ。


「む、無茶しないでくださいアヴリルさん! わたし、降りますから!」


「だ、だだだっ大丈夫ですぅ! エリクシア殿は私に気にせず……魔法をッ!」


「で、でも……っ」


 辛そうにしながらも普通に喋れているアヴリルだが、これは彼女が異常なほどのタフさを持っているからこそ出来ることだ。

 普通の人間なら、ここにいるだけで感電死してもおかしくない。

 全身の毛を逆立たせて、ところどころ焦げてしまっていても、むしろそれで済んでいるのが不思議なぐらいだった。


「今、あなたを降ろしたらエルドアールヴが攻撃してきます。こんなとんでもない魔力を溜めているエリクシア殿を無防備にしたら、すぐにそこを攻めてくるのは間違いないです。自我はなくとも、彼はそういうことを無意識の反射で行えるみたいなので!」


 エリクシアとデオレッサを手に乗せて移動できるからこそ、特大の溜めを要するエリクシアの魔法が使えるのだ。

 普通なら、エルドアールヴと闘っている時に大魔法クラスの魔法は使えない。その前に潰されるからだ。

 エルドアールヴはそれほどに隙という隙が無い。これが自我を失って暴走状態だというのだから信じられない。


「クロイツァー殿を止めるんでしょう?」


「…………ッ」


「彼は強いです。半端な力じゃ止められない。無茶無謀をしなければ、我々の力ではまだ、その動きを止めることすらできません」


 アヴリルが珍しく、真剣な声色で言う。


「クロイツァー殿が強いことは喜ばしいことなんですが、今は彼を倒さなくてはいけません。死にもの狂いじゃないとダメなんです、私も、あなたも。そうじゃないと、とてもじゃないですが倒せません。だから、私に遠慮なんていりません」


「…………」


「…………」


 じっと、見つめ合う。

 秒数にしてほんの僅か。それで、エリクシアは頷く。


「分かりました。でも、この雷はまだまだ強くなります。本気で死にかけたら、迷わず逃げてくださいね」


「…………っ!?」


 えっ、まだ強くなるんですか!? と弱音を言いかけて、


「……はい!」


 しかしアブリルは力強く返事をした。

 グレアロス砦から旅をして、王都、そしてこのボルゼニカ大火山まで一緒にやってきた。そこまで長い付き合いではないけれど、それでも、確かな【絆】のようなものを互いに感じていた。


「…………」


 そんなふたりとは別に、第四悪魔デオレッサはひとり考えに(ふけ)っていた。

 水竜ヴォルトガノフのことだ。

 デオレッサは水竜の魂をグリモアに取り込む形で融合していて、今や『魂』を同じくするふたりだが、心の中や記憶までは読めない。

 意思疎通はテレパシーのように思考だけで通じ合うデオレッサと水竜だが、何もかもを共有しているわけではない。頭で思ったことと、相手に伝えたい思いはまた別物だ。

 そのため、水竜がクロ・クロイツァーに何かしら【恩】があるという、その詳しい内容をデオレッサは知らない。教えてもらえなかったのだ。

 秘密を持っている水竜に対して、ちょっとだけデオレッサは不満だった。


「…………」


 思えば、あのグレアロス砦での闘いで水竜が召喚された時、あり得ないことが起こっていた。

 気性が激烈に荒いあの水竜ヴォルトガノフの体を、クロは平気で駆け上がってきたのだ。

 デオレッサはあの時、まさか水竜が体を許すなんて、と相当に驚いていた。


 もっとおかしなことはある。

 エリクシアとクロが出会ってすぐのころ、あのデオレッサの滝で、水竜はヴォゼと闘った。

 その時もクロに自分の体を登ることを許し、あげくの果てには、クロが「飲め」と言って口に入れてきた完全回復薬フルポーションを、何の疑いもなく飲んだのだ。

 当時のクロはエルドアールヴではないため、まだ水竜を知らないのも当然だ。しかし、水竜の方は違う。

 水竜はクロがエルドアールヴだということをあの時点で分かっていたはずだ。

 強さが変わっていようと、その者の芯になっているエーテルの質までは変わらない。ある者はそれを色で見分け、水竜で言うなら匂いで()ぎ分けられるのだ。


「……うーん。考えても分からないや」


 まぁ、いつか教えてくれるだろう。

 そう思って、デオレッサはあっけなく思考を放棄する。

 パッと集中が切れて、すぐよそ見をしだすところはやはり子供らしい。


「ん?」


 エリクシアの方を見て、パァッと表情が明るくなった。


「イイ感じに、力が溜まってきたね!」


「……ッ、こ、これまだ詠唱していない前段階なのに……ッ」


 両手をお腹の前に構えてうずくまっているエリクシア。その手の中には、とんでもない力の光玉が膨らんできている。


「くッ……ッ! ま、まるで爆弾を抱え込んでいるみたい……ッ」


 エリクシアは汗を流しながら、とてつもない力のコントロールをしている。

 これは、この力は、これまでの大魔法クラスではない。

 更にその上。

 これは魔法の最上級――始原魔法だ。


 普通は詠唱で魔力を練り上げていくのだが、この魔法はもうその次元にない。

 詠唱の前段階で、すでに(おそ)ろしいまでの力――大魔法を軽く超える力が膨れあがっている。


 これがもっともっと強く、激しく、破壊的、あるいは破滅的になる。

 それが始原魔法『神雷』だ。

 (おそ)るべきは第四悪魔デオレッサ・ヴォルトガノフ。

 エリクシアは彼女たちが味方であることを、今、心底から頼もしく感じている。

 実際に『神雷』を使おうとして否応なしに実感した。

 この魔法はあまりにも強力すぎる、と。


「……ッ!」


 この光玉をどうすればいいのか、エリクシアは直感で理解している。

 水竜とデオレッサが『神雷』を渡すという意思を決めた瞬間、その行使方法を理解した。まるで魂に刻まれたかのように、完璧に。

 その詠唱はもちろん、威力、範囲など、『神雷』という史上最強の雷魔法の詳細を、昔から慣れ親しんでいるかのようにエリクシアは習得したのだ。


 水竜は『神雷』を撃つ準備に、この光玉を口にくわえて力を溜めていた。

 水竜の口を表現するように、エリクシアはその上顎(うわあご)下顎(したあご)()して両手を構えている。

 光玉から弾けた放電が、いくつもの筋を作って周囲を照らす。

 時間が経つと共に、雷電の音が激しさを増していく。

 大気を切り裂くかのような激烈な轟音が、エリクシアを中心に広がっていく。


「……よし」


 エリクシアの両手が光玉の巨大化に押されて広がりに広がった時、ようやく詠唱の前段階が完了した。

 エルドアールヴはまだ、大氷塊の中に埋もれている……が、その様子が一変する。


「…………こ、これはッ!!」


 それにまず気づいたのはアヴリルだ。


「どうしたの?」


 デオレッサはまだ気づいていない。

『神雷』の準備に集中しているエリクシアもまだ気づかない。


「このエーテルの圧……間違いないです」


 人の姿のままであったなら、(ひたい)に冷や汗を流しているような神妙な声色で、アヴリルが言った。


「……ク、クロイツァー殿が『断空』を撃とうとしてます……ッ!」


 強力な戦技の中でも、攻撃系最強と謳われる三大戦技。

 戦技『裂空(れっくう)』、戦技『螺旋(らせん)』、そして――戦技『断空(だんくう)』。


 アヴリルは二度、エルドアールヴの『断空』を見ている。

 彼の『断空』に使われる、あの凄まじいエーテルの(たけ)りを忘れるわけがない。


 氷塊の中で、とつてもない激震が走っている。

 氷の割れ目から、エルドアールヴの真っ黒なエーテルが溢れ出ている。


「わぁ! おにいちゃんも本気だね!」


 デオレッサが、アヴリルの手の中から身を乗り出して言った。


「わたし達の魔法か、おにいちゃんの戦技か――どっちが強いのか勝負だね!」


 火山の炎、第三悪魔の氷、第四悪魔の雷という三種の属性がぶつかり合い、尋常ならざる景色が広がっている。

 さらにそこに、最強の英雄が放つ漆黒の力が混ざっていく。

 星の記憶に刻まれるレベルの、途方もない力のぶつかり合いが始まろうとしていた。




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[一言] かめ○め波!? かめ○め波じゃないか! どう見ても画像が○ラゴンボールにしか見えない……
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