14 クロ・クロイツァー捜索隊による現場検証
「広い森ですわね」
クロがこの森に入ってから半日ほど経った早朝。
シャルラッハ・アルグリロットは、朝になっても戻ってこないクロの捜索をしている最中だった。
彼女の目元にはくまができていた。
木漏れ日が差し込む森の中をてくてく歩く。
雨はすっかり止んで、地面にはその名残の水たまりがあちこちにできている。
――クロ・クロイツァーの消息が不明。
昨日の夕刻から深夜に渡る前線部隊での任務を終えたあと、中継地点に戻ったシャルラッハがその一報を知ったのはついさっきのことだった。
中継地点には、憔悴しきったフランク・ヴェイルがいた。
森の入り口にへたり込んでいたところを、公道を巡回していた兵士に保護されていたのだ。
ヴェイルからの情報によると、何者かの悲鳴が聞こえたあとに、クロが単独で森の中へ入ってしまったのだという。
伝令の任務は当然失敗に終わった。
「まったく、どこで油を売っているのやら」
先ほどまでの前線の任務で、都合50匹以上の魔物と闘った。
シャルラッハにとっては取るに足らない相手だったが、なにしろ数が多すぎた。
おまけに一睡もしていない状態なので体力的にも疲労はピークに達している。
しかし、疲れた素振りは決して表に出さない。
ずんずんと、藪のなかに足を踏み入れていく。
「同志シャルラッハ。貴公は、同志クロイツァーとは仲が良いのか?」
隣を歩く人物が声をかけてくる。
副団長、マーガレッタ・スコールレインである。
「ええ、ワリと」
「そうか」
本当は即答で頷こうとしたが、止めた。
クロのことは、名前で呼んでもらいたいと思うほど気に入っている。
仲が良いといえばその通りだった。
しかし、自分的には今よりももっと仲良くなりたいと思っている。
でもそれがどういうことなのか、シャルラッハには分からない。
今の状態でも「仲が良い」のだが、それ以上に「仲が良くなる」のなら、なんという言葉を使えばいいのか思いつかなかった。
結果として、シャルラッハのまだ知らない理想の状態が「仲が良い」ことなのだとひとり納得した。
それで今の状態を「ワリと仲が良い」という回りくどく控えめな表現にしたのだった。
それは、揺れる乙女心に自分自身ですら気づいていないシャルラッハの、もやもやとした気持ちに対する精一杯の抵抗だった。
「恋になっていたら、私としては面白かったのだがな」
「……鯉? 魚になってどうするんですの」
「あっ……いや、なんでもない、気にするな。同志シャルラッハはまだそのままでいい。むしろそれがいい」
「???」
マーガレッタがシャルラッハのことをファーストネームで呼ぶのは、彼女のなかでアルグリロットという名は、面識のある英雄『雷光の一閃』アレクサンダー・アルグリロットのことであるため、色々とややこしくなるのを防ぐためだった。
それに、シャルラッハとマーガレッタは、元々面識があった。
東の騎士団で功績を残し、騎士号を叙勲されたマーガレッタ。
西の騎士団長の娘であるシャルラッハ。
王都の会合で度々話す機会があったため、いつの間にか気心の知れた仲になっていたのがちょうど1年前。
英雄になろうとしているシャルラッハは、その英雄に最も近いとされるマーガレッタのことを一方的にライバル視しながら憧れてもいる。
マーガレッタの方は生来からの世話焼きな気質のため、自分を慕ってくれているシャルラッハのことを妹のように可愛がっている。
しかし、騎士団の副団長として特別なひいきなどはしていない。シャルラッハの実力があり過ぎるのでそんなことをする意味もないし、本人も嫌うだろう。
騎士団の面々もそれを分かっているからこそ、シャルラッハとマーガレッタが仲良くすることに何の不満も諍いもなく見守っているのだった。
「貴公はやけに落ち着いているが、同志クロイツァーが心配ではないのか?」
「あのクロ・クロイツァーが、この辺りの魔物ごときにやられるはずがありませんもの。おおかた、森の中で迷子になっているんでしょう」
「ずいぶんと信用しているのだな」
「ええ」
その理由は、シャルラッハとクロの出会いに起因するのだが、それを誰かに話すつもりはなかった。
いつも一緒にいるアヴリルにさえ話していないのだ。
なんとなく、クロとの2人の秘密にしておきたかった。
それがなぜかは自分でもわからない。
ただ、そうしたかった。
クロ本人は知らない振りをしているようだが、まぁそれも仕方がないかもしれない。
なにせ泣いているところを自分に見られたのだ。涙を流した理由は見当もつかないが、年頃の男子なら恥と考えてもおかしくない。
そんな小さな男の意地が、本当に可愛らしく思えてくる。
自分との出会いの思い出を知らないと否定されても、広い度量で許してやるのもまた女の嗜みというものだ。
「クロ・クロイツァーは絶対に生きていますわ」
シャルラッハは断言した。
絶対の自信とともに。
木に止まっていた小鳥たちが一斉に飛び去っていく。
付近を捜索していたアヴリル・グロードハットが戻ってきた。
「お待たせしました」
「どう? クロ・クロイツァーの匂いはあったかしら」
「この辺りを通った形跡がありましたね。山脈の方へ向かったかと」
獣人の人狼である彼女の鼻と耳だけがいまは頼りだ。
アヴリルは、クロが行方不明なことに動揺を隠しきれていなかった。
情に厚いのが彼女の本質だ。
シャルラッハ、マーガレッタ、アヴリルのグレアロス砦の三強女傑。
クロ・クロイツァー捜索隊はこの3人だけで構成されている。
自分も行くとヴェイルは言ったが、憔悴しきっている彼を連れて行くことはできなかった。
編成を決めたのはマーガレッタだった。
おどろいたことに、クロ・クロイツァーが行方不明となった報告を聞いた中で、もっとも狼狽していたのはマーガレッタだった。
報告を聞くや否や、さっそくこの編成を組んで自らが捜索に乗り出したのだ。
特に急な任務などはなかったので、中継地点は副団長補佐たちに任せている。
いつの間にそんな仲になったのかは知らないが、シャルラッハはそれを見てなんだか複雑な気分になった。
そんな気分になった理由は自分でもわかっていない。
とりあえず、彼を見つけたら何かお仕置きを考えなくてはいけない。あくまでも、任務を途中で放り出して騎士団の面々に心配させたことへのお仕置きだ。他意はない、はずだ。
「雨が降ったのに匂いで分かるのか?」
感心したようにマーガレッタが言った。
こくり、とアヴリルが頷く。
「私が嗅いでいるのは闘気の名残ですので雨程度なら何とか。川などに入られていたならお手上げですが」
「クロ・クロイツァーも騎士団の兵ですわよ。何の考えもなく川に飛び込むなんて、まさかそこまで考え無しではないでしょうに」
くすくすとシャルラッハが笑う。
それもそうだ、とマーガレッタも笑った。
「彼の闘気は何度も嗅いでいますので、このまま森の中を通っているなら、どこまでも追跡できます」
「よし、このまま進むぞ」
◇ ◇ ◇
一向が森を進むと、やがて開けた場所に出た。
「川ですわね」
「川ですね」
「ああ、川だ」
広い川だった。
そこまで深くはない。だが、川があった。
「お手上げです」
「…………」
シャルラッハは黙ってぷるぷると震えている。
アヴリルがさらに続ける。
「何か、どうしようもない理由で川に飛び込む必要があったということでしょうか?」
「…………」
シャルラッハは答えない。いや答えられない。
代わりにマーガレッタが答えた。
「目印になるような、メッセージ的なものは周囲には……」
「ないですね」
「こういう場合は、布きれか何かを木に結びつけたりして、向かう方向を指し示す暗号を残すように訓練しているはずだが……」
「そのまま飛び込んでいます」
「あの、おバカーーーーーーーーッ!!」
もはやシャルラッハは涙目だった。
「なんでですの!? なんでそこまで考え無しなの!?」
頭を抱える。
単独で森に入ったことといい、どうしてこう後のことを考えないのか。すっとぼけたあの顔がいまは本当に憎たらしい。
「……む、川の中に何かいるな」
マーガレッタがそう言った瞬間、
「――――」
一瞬の切り替え。
三者三葉、それぞれの鋭い視線が川の中のものを射貫く。
彼女らがいた場所から、数十mという距離にあったのは魔物のシルエット。
逡巡の間は一切なく、全員が一足飛びでその距離を埋めた。
「ハイオークか。ふむ、死んでいるな」
ハイオークの死骸の正面に位置取ったマーガレッタ。
いつでも攻撃できるよう、剣はすでに抜いてあった。
「こんなところにハイオークがいるとは、おどろきですわね」
真逆、ハイオークの背後にいるのはシャルラッハ。
細身の剣の切っ先をハイオークの背中に向けていた。
「戦闘のあとが見られますね。死因はこの火傷でしょうか?」
ハイオークの側面、武器を持っている右手側にいるのがアヴリル。
徒手空拳だが、それが彼女の戦闘スタイルだ。
「いや、肩口から胸にかけて、なにか大きな武器による攻撃のあとがある。これが死因だな」
一瞬のうちに、ハイオークを囲んでいる女傑たち。
すさまじい連携。
この様子なら、たとえ魔物が生きていたとしても気取られる前に仕留めていただろう。
ここにいる3人は、人の身の限界を超えた者たちである。
上級以下の魔物など取るに足らない存在だ。
「どうやら我々の想定以上のことがこの森で起きていたようだ」
ハイオークの死骸を目視で観察していくシャルラッハとアヴリル、そしてマーガレッタ。
慣れた様子で、ここで何があったのかを検証していく。
物言わぬ死骸はそれでも真実を伝えてくるというのを経験則で知っているのだ。
「立ったまま死ぬとは、恐れ入りますわね」
シャルラッハが感心したように言った。
「随分と気合いの入ったハイオークだったみたいですね。
おや? これは……クロイツァー殿の武器です!」
ハイオークが手に持った片手斧に、アヴリルが触れようとする。
「待て、同志グロードハット。魔物が死ぬ寸前まで持っていたモノだ。どんな呪いがあるか分からんから触るんじゃな……」
「え? あ……」
「「あ」」
制止は間に合わず、アヴリルが片手斧の先に触れた瞬間、ハイオークごと片手斧がボロボロと崩れ去った。
「…………」
「…………」
あとに残ったのは灰だった。
その灰も、川の水に流されていく。
持てる力のすべてを使いきった魔物にある、極稀な現象だ。
それは、死骸も残さず灰になるほどの激戦があったことを意味していた。
ここで何かあったか知るよしもない捜索隊にとっては、明らかにこの現場で一番重要な物証だったのだが。
「アヴリル……」
「す、すみません! ま……まさか崩れるとは……」
つい触ってしまった、とアヴリルが慌てふためく。
クロ・クロイツァーが行方不明になったことで、常とは違った心境だったことがここで裏目に出てしまった。
せっかくの手がかりが灰になって消えてしまった。
「ともかく、呪われなかったようで良かった」
死の瞬間まで魔物が持っていた武器。
こういう類いのものは、手に触れただけで魔物の怨念に心身をやられてしまう恐れがある。
魔物が崩れ去るだけで済んだのは、ある意味で幸運だったのかもしれない。
「……で、いまのは同志クロイツァーのものだったのか?」
「あ、はい! 間違いないと思います」
「ふむ……」
マーガレッタが腕組みをして思考する。
それも一瞬のことで、すぐに隊のリーダーとして命令を下す。
「ではこの川の近辺を中心に捜索しようか。一番の手がかりは灰になってしまったが、他にもなにかあるだろう。ただし、くれぐれも、慎重に頼むぞ」
くれぐれも、というところを強調してアヴリルを見たマーガレッタ。
ただただ頷くばかりのアヴリルだった。
◇ ◇ ◇
しばらく経ったあと。
周辺をくまなく捜索し、それぞれが見つけ出した手がかりを共有するため、川岸へと全員が集まった。
「昨日、この川で戦闘があったのは間違いない」
まず口を開いたのは、捜索隊のリーダーである副団長・マーガレッタだった。
「岩や川岸にいくつか血痕があった。乾き具合からして昨夜の雨も考慮すれば、おそらく夕方から日の入りまでの時間帯だな」
「クロイツァー殿が森に入っていった時間帯とピッタリ合いますね」
アヴリルがマーガレッタの言葉に答えた。
そして、シャルラッハがその推測を補強する。
「クロ・クロイツァーがここで闘っていたのは間違いないですわ。これが川底の石に引っかかっていましたので」
手に持った濡れた布を2人に見せる。
ビリビリに破けている、みすぼらしい布だった。
「それは……騎士団の外套ですか」
破けたところをつなぎ合わせるようにくっつけると、グリフォンが大剣をくわえている刺繍が見えた。
「クロイツァー殿は、さっきのハイオークと闘っていたということですか……」
アヴリルが苦渋の表情を見せた。
不安、そして焦りの感情が入り交じった複雑な顔だった。
「川の中の折れ木に、雷が落ちた形跡があった。おそらく、あのハイオークが黒焦げになっていたのはそれが原因だろうな」
沈みかけた空気を持ち直し、マーガレッタが言う。
その気づかいを察したシャルラッハがその情報を基に会話を続けた。
「たしか、ここから少しいった上流には、デオレッサの滝がありますわね」
「……もしかして、昨日の大雨は……」
アヴリルがハッと気づく。
こくり、とマーガレッタが頷いた。
「滝壺の主が原因だな。あの水竜は騒がしいのを嫌う。縄張りに入らずとも、この森で派手な争いをしていたら、怒って雷雲を呼ぶことぐらいはするだろう」
3人で上流の方を見る。
右側にあるアトラリア山脈と平行して、うっそうとした森を突き抜けるようにこの川は流れている。
この川の源泉に近いところに、特級の魔物が住んでいる。
他の魔物がこの森に少ないのは、その水竜を恐れて近づかないからだ。
「その雷にクロイツァー殿も巻き込まれたのでしょうか……」
「仮に、そうだったとしても死んではいないだろうな。ここに遺体がないからな」
「川に流されたという可能性は、ないですわね」
「ないな。雨が降った翌日でこの水量の川だ。昨日の夜でも、人間ひとりを流すほどの水流はなかったはずだ。立ったままのハイオークの死骸がここにあったしな」
「川といえば、少し上流の方でわたくしと同じぐらいの靴跡を見つけましたわ」
シャルラッハがその場所を指差した。
アトラリア山脈とは逆側、つまり自分たちが来た方向のガケで、大きな岩がごろごろ転がっている地帯だ。
「ガケを登ろうとして、けれど途中で止めたような跡でしたの。そのあと、川岸の岩の後ろで待機したような跡がありましたわ」
「同志ヴェイルが言っていた、悲鳴を上げた少女か。
あのハイオークに追われていたのは確実だな。雷雲が集まってきたのは夕刻より前、昼過ぎだ。その時間帯から逃げ続けていたというのが妥当なところか。……しかしそんな長時間ハイオークの追跡をかわすとは……なかなかやるな、その少女とやらは」
「そしてクロイツァー殿が間に入って少女を逃がした、と。ガケを登れなかったから、怖がりながらもクロイツァー殿の闘いを見ていたんでしょうか」
「うーん……ただのカンですけれど、わたくしが思うに、登るのをためらったんじゃないかしら」
「なぜそう思う?」
「わたくしなら、助けてもらってそのまま自分だけ逃げるなんてこと、できませんので」
「ふむ……」
腕組みをするマーガレッタ。
その顔はどこか険しい。
「私が一番気になっているのが、あちらのガケの上です」
アヴリルが、アトラリア山脈側のガケを見ながら言った。
ハイオークの死骸を崩してしまった責任からか、最も広範囲で捜索していたのが彼女だ。10mを超えるガケの上までも必死に捜索していたのだ。
「何者かがいた形跡がありまして、それがどうも気になるんです」
「……何者か、ですの?」
妙な言い方だ、とシャルラッハは思った。
常のアヴリルならもっと的確に表現するはずなのだ。
「はい。魔物でないのは確かです。しかし、足跡も残った気配も消されているので、どんな種族かすらも分からないのです。ただ、そこに何者かがいたことは確実です」
「なるほど、それで……。つまり追跡されることに、相当に慣れている人物ってことですわね」
アヴリルの鼻すら追い切れない。
よほどの手練れだとシャルラッハは確信した。
「闘気を嗅ぐ、と言ったな。人物は分からずとも、その痕跡があったということか。あの高いガケの上に」
「はい。しかし正確には、あの場所にあったのは闘気というよりも、何か……こう、得体の知れない匂いでした……」
アヴリルは複雑な顔をしていた。
「得体の知れない匂い? 闘気ではないとしたら、魔力か?」
「いえ、魔力なら闘気と同じ匂いなので分かるのですが……それとはまったく違った、正体不明の匂いでした」
どうも要領を得ないが、シャルラッハはそれに感づいた。
「それ、いつかあなたから聞いた覚えがありますわね」
「はい……」
「何だ? 説明してくれ」
「たしか――ジズ・クロイツバスターを見たときも、同じことを言ってましたわね」
「はい……。あの者と同じような、闘気とは違う得体の知れない『何か』を持った人物があのガケ上にいて、おそらく、クロイツァー殿の闘いを見ていたのだと思われます」
「ジズ・クロイツバスターがあそこにいたと……?」
「いえ、わかりません……。なにしろほとんど完璧に自分のいた形跡を消しているみたいなので……。すみません……」
「いや、むしろそのなかでよく見つけてくれた。あながち、あり得ない話でもない。ジズ・クロイツバスターなら、牢獄など力任せに脱獄できるだろう。あとで確認しておこう。
もうひとつの可能性としては、我々の知らない第三者がここにいた、か……」
「なにやら、きな臭いですわね」
「それと……ですね」
アヴリルがさらに付け加える。
「ハイオークがいた付近、あそこにも――同じような得体の知れない『匂い』がありました」
「…………」
一同が黙り込む。
何か、漠然とした不安感が3人を包んでいた。
「どうやら、この森には我々の想像もつかない『何か』があったようだ。
とにかく、同志クロイツァーを見つけるのが先決だ。どこに向かうか決めようか」
シャルラッハとアヴリルが、マーガレッタの意見に賛同して頷いた。
「ここまでのことを整理しよう。まず、ハイオークに追われていた少女を同志クロイツァーが助けた」
「戦闘の末、ハイオークを倒していますわね」
「同志シャルラッハのカンを信じるならば、追われていた少女はその闘いを見守っていた」
「そしておそらく相打ちになったというところでしょうか。クロイツァー殿の実力を考えると、ハイオークと対等に闘うこと自体がすごいことですが……」
「あり得ない話ではない。戦闘中に突然、覚醒して強くなる者も少なからずいるからな」
「あのクロ・クロイツァーがハイオークに後れを取るものですか。どうせ、勝ったあとに水竜の雷が落ちて失神でもしたんじゃないかしら」
盲目にクロを信用しているシャルラッハに、アヴリルとマーガレッタは苦笑する。
「そして戦闘後、同志クロイツァーが負傷したため、隠れていた少女が彼をどこかへ運んだということでいいな?」
マーガレッタの確認に、シャルラッハとアヴリルが頷く。
経緯はそれぞれ少し違う考えだが、結論としては全員が一致した。
「では、どこに向かったのかだが……」
「多分……ですけど、わたくしは、上流に向かったと思いますわ」
「なぜだ?」
「人がいない方向だからですわ」
「それは……どういうことですか、シャルラッハさま」
「だって、その追われていた少女は明らかに人目を避けていますわ。長時間、ハイオークから逃げるのなら、まず公道に出ようとするのが普通ではなくて?」
マーガレッタがそれを聞いて、ハッとした。
「そうか……西に向かえば公道がある。公道には騎士団の巡回がいる。南……下流にいけば我々の中継点がある。魔物に追われているなら、我々に助けを求めるのが普通だな」
「そう。おかしなことに、人に見つからないようにハイオークから逃げていますの」
「なるほど。……かといって、東に行ってしまえば魔物が多く巣くうアトラリア山脈がありますね」
「逃げるうちに迷ってたまたま偶然、騎士団を避けるようなルートを通った可能性は……ないな。ハイオークから長時間逃げ続けられるほどの抜け目のなさだ。
――何かあるな、その少女」
「ガケ上の第三者も気になります。早々に出発したほうが良いかと」
「よし、上流に行くぞ。
まず川から出て、デオレッサの滝から離れた場所から捜索だ。同志グロードハットの鼻があるなら人海戦術でなくともこの3人で十分だろう」
「はい。クロイツァー殿の痕跡があれば絶対に見逃しません」
「それで、もしクロ・クロイツァーがいなかったら?」
「デオレッサの滝に行く。
最悪、滝壺の主との戦闘になる。覚悟だけはしておいてくれ」
「了解」
クロを見捨てるという選択肢はこの3人には微塵もなかった。
こうして、シャルラッハ、マーガレッタ、アヴリルの3人は森を捜索していく。
深い謎に包まれた、クロ・クロイツァーの行方を追って。




