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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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68 悪魔は悪魔らしく、悪魔のように


 シャルラッハとアレクサンダーは戦技『雷光』でエルドアールヴに肉薄する。

 その速さは迅雷が(ごと)く、双雷は地面を()うように駆け抜けていく。


「ォオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ふたりの戦意を受けて、エルドアールヴが()える。

 その手には鎖が握りしめられている。

 大戦斧(ギガントアクス)斧槍(ハルバード)を繋いでいる伸縮自在の鎖だ。

 大戦斧と斧槍、ふたつの武器を弾かれたエルドアールヴが、その手に持った鎖をグッと引く。

 この鎖はそれぞれの(つか)に繋がれている。鎖の引きと同時に、大戦斧と斧槍が宙を舞う。


「……シャル! 気をつけろ」


「はい!」


 アレクサンダーの言葉に、シャルラッハが答える。

 その活きの良い返事を聞いてアレクサンダーが小さく「ふっ」と苦く笑った。

 今、自分の横を共に走っている愛娘(まなむすめ)は、もはや守るべき者ではなく、共に闘う仲間である。

 シュライヴに背を預けて闘っているように、シャルラッハにも、そしてアヴリルにも背を預けるべきだ。それをするに値する実力も兼ね備えている。


「…………」


 早く切り替えなければならない。

 まったく困ったものだ、とアレクサンダーは考える。

 この前まで幼さの残る子供だと思っていたのに、いつの間にか『英雄』と共に闘うほどに強くなっている。

 娘の成長が早くて困るとは思わなかった。

 まだまだ父として娘を溺愛していたかったが、彼女の実力がそうはさせてくれないようだ。




 ◇ ◇ ◇




 後方、シュライヴは弓を(つが)えたまま機会を(うかが)っていた。

 エルドアールヴに向けて、アレクサンダーとシャルラッハが『雷光』によって突撃している。その後ろから、獣人化しているアヴリルが追走している。

 とくに作戦は決めていないが、戦闘の勘だけで、それぞれがどういう動きをするのかをシュライヴは一瞬で予想した。


「……おいおい、マジか」


 ついそんな言葉が出てきてしまった。

 シュライヴの視線の先は、当然エルドアールヴだ。


「ォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 エルドアールヴが鎖を振り回している。

 高速で、だ。

 ()()()()()()

 人類の強さの限界に至った『英雄』であるシュライヴでさえ、そのエルドアールヴの動きが普通じゃないことに戦慄した。

 大きく伸びた鎖の先にはそれぞれ、大戦斧と斧槍が繋がっている。

 それら超重量の武器が、高速で振り回されているのだ。重さと速さで、凄まじい遠心力がかかっている。たまに地面に当たった時には、チュインッと甲高い音が鳴り響き、大地が一瞬で削り取られている。


 さらに凄まじいことに、ただ単に振り回しているわけじゃない。

 その鎖はまるで大蛇か龍のような動きをして、アレクサンダーとシャルラッハを絡め取ろうと縦横無尽に(うごめ)いている。

 ふたりはそれらを避けることに注力していて、エルドアールヴに近づけない。


「……戦技『乱舞』。

 そりゃお前、()()()()だろうがよッ!」


 とてつもないのはソレだ。

 本来なら、大鞭(おおむち)での高速乱打を極限まで突き詰めた戦技。

 その鞭の戦技を、2つの巨大武器付きの鎖でやっているのだ。


「……これじゃ矢も通らねェな」


 エルドアールヴの戦技『乱舞』を見定めて、シュライヴが言った。

 あの振り回されている鎖の威力は凄まじく、矢を撃っても弾かれる。

 アレクサンダーとシャルラッハ、そしてアヴリルの援護ができないのは致命的だ。


「ガルルァアアアアアアアッ!」


「!?」


 シュライヴが次の一手を考えている一瞬の間に、そんな獣の声が周囲に響いた。

 アヴリルだ。

 巨大な狼の姿になっているアヴリルが、猛然とエルドアールヴに突撃する。

 戦技『乱舞』の攻撃なんて目に入っていないかのように、愚直に進んでいってしまっている。


「あの……バカが!」


 自殺行為だ。

 あんな荒れ狂う龍がいるような場所に突撃していくなんて、いくらなんでも無茶が過ぎる。

 エルドアールヴに近づくほどに、あの鎖の戦技の攻撃は激しくなっている。

 アレクサンダーとシャルラッハがエルドアールヴに近づけないまま避け続けているのは、近くに行けば死ぬと分かっているからだ。

 あの鎖に触れただけで、肉体は四散して即死する。

 必殺。

 アレはそういう威力の攻撃だ。


「……ッ」


 アヴリルの援護に弓を放とうとしたが、しかし、直前でシュライヴは止めた。


「……バカは俺の方か。アヴリルのおかげで目ェ覚めたぜ。エルドアールヴ相手に、安全策なんかじゃ倒せるわけがねェな」


 シュライヴは、弓を持つその手に力を込めた。

 並々ならぬ覚悟を(もっ)て。




 ◇ ◇ ◇




「まったく、無茶ばっかりするんだからッ!」


 シャルラッハは鎖の攻撃を避けながら言った。

 いつの間にかずっと前方にいるアヴリルを見る。

 今のところは一応エルドアールヴの鎖の攻撃を避けられてはいるが、さすがに命中してしまうのは時間の問題だ。

 エルドアールヴに近づけば近づくほど苛烈(かれつ)になっている鎖の攻撃。アレを避けるのはあまりにも難度が高い。土砂降りの大雨の中で一滴の水にも濡れずに走れと言われるようなものだ。

 避けてエルドアールヴに近づくなんて絶対に不可能だ。


「…………ッ」


 そのシャルラッハの予想は、残念ながら当たってしまう。

 とんでもない打撃音が響き、アヴリルが吹っ飛ばされてしまった。目を(おお)いたくなる光景だったが、シャルラッハはしっかりとそれを見た。


「まさか……あの攻撃を受け止めたのか!?」


 隣で、アレクサンダーが驚愕の声を上げる。

 そう、アヴリルはエルドアールヴの鎖をくらいながら、ガッシリと鎖そのものを掴んで離さない。

 アヴリルの口から「ガフ……ッ」という咳と共に、大量の血が飛び散った。しかし、その牙はしっかりと噛みしめられている。

 アレを食らってなお、絶命していない。


「なんという耐久力だ」


 アレクサンダーが『雷光』で駆け抜けながら言った。

 おそらく、満月獣化のアヴリルでなければ耐えられなかっただろう。

 エルドアールヴの攻撃をマトモに食らって、一撃を耐えた。

 それがいかにとんでもない偉業なのか、この場にいる者以外には分かるまい。


 鎖がアヴリルの体に巻き付いて、ある意味で捕獲された形になってはいるが、これはチャンスだった。

 アヴリルの体に巻き付いた鎖の先は、大戦斧がついている。そしてそれを、アヴリルは自分の身体を犠牲にして押さえたのだ。

 アヴリルは全力を込めて、大戦斧を決して離すまいと掴んでいた。

 つまり、エルドアールヴの武器のひとつを使えなくした。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 それを嫌がったのか、無意識の暴走状態にあるエルドアールヴは、アヴリルに向けて斧槍を投擲しようと鎖を引いた。

 だが、


「させないッ!」


「ハァッ!!」


 シャルラッハとアレクサンダーがそれぞれの剣を、斧槍に叩きつけて止めた。

 父娘(おやこ)の剣がクロスして、エルドアールヴの攻撃を止めたのだ。

 戦技『雷光』の突進からの叩きつけである。しかもそれがふたつ。怪力を誇るさすがのエルドアールヴも体勢を崩してしまう。


「……たくよぉ、ヒデェもんだぜ。誰ひとり思い通りに動いちゃくれねェ」


 そこに突っ込んで来たのは、後方にいたはずのシュライヴだ。


「ハァ!? なんてこんなところに!?」


 シャルラッハが思わずそんな声を出す。


「思い通りに動かないのはお前もだな、シュライヴ」


 苦笑するのはアレクサンダー。

 その手に持った剣で、エルドアールヴの斧槍を止め続けている。


「まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッスね」


 遠くの離れた場所から敵を狙い撃つのが弓手のはずだ。

 しかし、今のシュライヴは誰よりも敵の眼前にいた。




「――『幾千億の命の定め、これなるは誰も逃れ得ぬ死の運命』――」




 すなわち、エルドアールヴの真正面。

 シュライヴは、エルドアールヴと肉弾戦が出来るぐらいに接近していた。

 剣の間合いよりも更に短い、零距離の間合い。

 そんな超至近距離で、シュライヴは弓を引き絞る。




「――『狩りの掟、死する運命はお前か俺か』――」




 シュライヴのエーテルが激しく瞬く。

 極限にまで研ぎ澄まされたそれは、シュライヴの手の中で『矢』の形を成す。

 もはやこれは弓手の技ではない。

 弓の名手なら、射貫(いぬ)くことをこそ誇るだろう。

 遠くの獲物を静かに射ることこそが弓手の技量。

 シュライヴはこのレリティアの中で最も(うま)く、強い弓の名手である。

 英雄とまで(うた)われるほどの弓の腕。

 彼の弓の技は、世界中にいる弓手の憧れの的だ。

 そんなシュライヴ・ゼルファーが、弓手としてのあらゆる矜持(きょうじ)を捨て去って得たのが、この『戦技』だ。




「戦技『捨身』――」




 これは弓の技ではなく、言うならば狩りの技。

 これで得られるものは弓の腕への賞賛ではなく、狩る獲物の死のみだ。

 ただ、相手を殺すためだけの殺意の戦技。

 それすなわち――必殺の戦技。




「――『最後の一矢フライクーゲル・ザミエル』ッ!!」




 シュライヴの弓から、特大の矢が放たれる。

 いや、これはもはや放つなんてものじゃない。

 そう言うには、この戦技はあまりにも乱暴だ。


 自らの防御を捨てて一切のエーテルを(まと)わず、敵に命中させるための集中力すらも回さず、ただ破壊のみを求めた一矢を作るためだけの戦技。

 自分の全てをこの一撃に託す、究極の攻撃特化――戦技『捨身(すてみ)』。


 アヴリルがエルドアールヴの大戦斧を、アレクサンダーとシャルラッハが斧槍をそれぞれ止めておくことで実現出来た、無茶苦茶を通り越した一か八かの攻撃。


「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 エルドアールヴが仮面の下で、大きく危機の声を上げた。

 無意識の中でさえ、この戦技の危険さが分かったのだ。

 とてつもない怪力で自らの武器を手繰り寄せようと鎖を強く引くが、しかしもう遅い。

 ズドンッという空気を引き裂く豪快な音と共に、シュライヴの命を賭けた戦技がエルドアールヴの胸を貫いた。

 強固だったエルドアールヴの防御をたやすく貫通した最後の一矢は、そのあまりの威力からか、エルドアールヴの体をそのまま吹っ飛ばしていく。


「……おいおい、マジか」


 シュライヴが呟く。

 本来なら、即死の一撃である。

 これは必殺の一撃である。

 だが、


「……冗談だろ、体に風穴を開けてやったんだぞ? 胴体の七割近くは消し飛ばしたんだぜ?」


 エルドアールヴは倒れない。

 飛ばされていたエルドアールヴは、衝撃を逃がすように体を反らし、溶岩の中へ着地した。

 足が燃えていても動じない。

 胴体に穴が空いて、心臓をはじめ、生命活動に必要な臓器のほとんどを消し飛ばされてもなお、()()()()


「そうか、お前はエルドアールヴと共に闘ったことはなかったな」


 近くにいたアレクサンダーが言った。


「エルドアールヴは本当に死なないんだ。どんなに致命傷を負おうが、すぐに再生する。エルドアールヴの『不死』は、ただの伝説などではない」


「マジすか、バケモンじゃねェッスか……」


 信じられないものを見たといった表情のシュライヴ。

 そこに、シャルラッハが眉間に皺を寄せて言った。


「……というか、不死を知らなかったってことは、殺す気で今のを撃ったの? 信じられないわ」


 シャルラッハはクロ・クロイツァーを助けるために闘っている。

 しかしシュライヴは、不死と知らずにあのとんでもない威力の攻撃を至近距離で放ったのだ。

 まず間違いなく、エルドアールヴを殺す気で撃ったのだ。

 シャルラッハにとっては慮外の事実だ。


「まぁ、死んだらその時だとは思ってたからな。闘うからには、そうなるのも込みだろ?」


 そして、この言葉にはシャルラッハも黙った。

 冷徹と言えば聞こえは悪いが、シュライヴの言葉は的を射ている。

 敵対する相手を殺す覚悟すらもないような盆暗(ぼんくら)なら、最初からシュライヴは英雄などと呼ばれていない。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 遠くまで吹き飛ばされていたエルドアールヴが叫ぶ。

 同時に、グリモアの黒い霧が彼の胴体を包んでいく。

 不死の副次効果、肉体の欠損に対する再生が自動で行われている。


「アレクさん」


「ああ」


 エルドアールヴの胴体が再生していく。

 その様を見て、シュライヴとアレクサンダーの目の色が変わった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あの再生……相当にエーテルを消耗するみてェッスね」


 即座にエルドアールヴの状態を察するふたり。

 さすが英雄か。


「シュライヴ、どう見る?」


「何をしても死なねェんじゃ、再生を繰り返させてエーテル切れにさせるしかねェかと思うんスけど」


「やはりそうなるか」


 ふたりの考察力があまりにも高すぎる。

 これにはシャルラッハも驚きを隠せない。

 普通なら、敵が不死だと分かった時点で取り乱すものだ。

 それなのに、ふたりはまったく動じず最善の行動を探っている。

 これが英雄かと。

 シャルラッハは言葉に出さず、感心した。


「エーテル切れにさせるには、どんぐらい倒せばいけますかね?」


「……再生によるエーテル消費はおそらく、損壊の状態によるだろうな。今ぐらいの負傷なら、エルドアールヴの保有エーテル量を(かんが)みて、そうだな……後2回、同じダメージを負わせられたら、さすがのエルドアールヴもエーテル切れになりそうだ」


 胴体のほとんどを消し飛ばしたあの致命傷を再生させるためのエーテル消費。

 それを残り2回。

 エルドアールヴの強さをかいくぐって、あのレベルの致命傷を後2回与えなければならない。


「あの1回をやるのに、全員がどんだけ命賭けたと思ってんスか……」


 ヘタをすれば全員が死んでいた可能性だってある。

 ほんの僅かな可能性を信じて動き、闘い、仲間との連携を咄嗟(とっさ)に取って、それぞれが最善の力を発揮して、ようやく1回だ。

 それを()()()

 至難の業、どころの話じゃない。


「やるしかあるまい。それでしか、我々の勝利はないのだから」


「まぁ、そうッスね……」


 シャルラッハとアヴリルが参戦したとはいえ、この絶望的な勝利条件。

 生半な覚悟ではエルドアールヴを止めることすら出来ない。

 伝説の英雄を止める。

 それがどれほど困難なことなのか、4人は身に染みて感じていた。




 ◇ ◇ ◇




「どこへ行く気じゃ?」


 エーデルが言った。

 足を踏み出したエリクシアに向けた言葉だった。


 シャルラッハ達が闘っている間、ふたりは遙か後方で待機していた。

 エルドアールヴのあの凄まじい鎖の攻撃。

 粉塵が吹き荒び、溶岩は弾け飛び、氷山は木っ端微塵になっていた。


 英雄も負けていない。

『雷光の一閃』アレクサンダー・アルグリロットの瞬足の攻撃。

『狩猟の覇者』シュライヴ・ゼルファーの大威力の弓矢の攻撃。

 とてつもない闘いが繰り広げられている。


 そして、

『暁の金翼』シャルラッハ・アルグリロット。

『月下の凶獣』アヴリル・グロードハット。

 ふたりもまた、その身を削るようにして命を賭けて闘っている。

 エリクシアが踏み出したのは、その熾烈な闘いの場への一歩だった。


「わたしは――」


 エリクシアは眼差しを強くした。

 闘いの前、この場でシャルラッハに叱咤(しった)された。

 あれは本気の叱りだった。

 自分で決めることをせず、ただ流れに身を任せようとしていた自分への最大限の忠告。

 クロを助けたいという想いはシャルラッハと同じものだ。

 でも、そのクロを助けるために、クロ自身を倒すという覚悟がエリクシアにはなかった。


 これ以上、彼を傷つけたくない。

 二千年もの間、彼は傷つき続けた。

 クロを不死にしたのは自分なのだ。

 クロをこんなにも苦しめた元凶は、間違いなく、エリクシア・ローゼンハートという悪魔なのだ。

 そんな自分が、これ以上クロ・クロイツァーを傷つけるなんてあり得ない。

 そう、思っていた。


「――クロを倒しに行きます」


 ハッキリと宣言する。

 クロと共にいることを望み、誰よりもクロの傍で闘ってきたエルフの一族とその末裔に。

 たとえエルドアールヴが何をしたとしても、これまで行動を抑制してきたエルフだからこそ絶対に彼を束縛しないと、並々ならぬ覚悟を以て決意しているエルフの王に。


「このままクロが『蘇生の詩編』を使っても、クロは絶対に幸せになれません」


 今のクロは、『蘇生の詩編』を使ってこれまで死んだ全ての人間を蘇らせ、今生きている人間全てをリビングデッドに変えてしまおうとしている。

 それなら、誰も死なない理想の世界が出来上がるかもしれない。

 ただ、でもそれは死なないだけで、意思を持たず希望も持たず、人間とは呼べないリビングデッドだ。

 意識を持つリビングデッドもいたが、しかしそれは特別なものだ。

 ほとんどのリビングデッドは、生ける(しかばね)としてこの世を彷徨(さまよ)うことになる。

 まさに蘇生の災い。

 グリモアの災いだ。

 今のクロは、詩編の誘惑に(あらが)えなくなってしまっている。

 二千年の間、追いつめられ続けた彼がそうなってしまうのも無理はない。


「クロはずっとがんばってきたんです。そんなクロが()()()()()()()()()()()()()()


 彼を止めなければならない。

 何よりも、彼のために。


「……あやつと、闘うということじゃな?」


「はい」


 エーデルの問いに、強く頷く。


「たとえ何度殺すことになったとしても、わたしはクロを助けたい」


 なんてことを言うのだろう、と。

 エリクシアは自分で思った。

 でも、きっとそれぐらいしないと、クロ・クロイツァーという少年は助けられない。


 思えば、これまで彼の笑顔を見たことがない。

 軽く笑うことはあったが、それは口端に微笑みを浮かべるぐらいで、幸せを噛みしめるような笑みではなかった。

 出会ってからこれまで、彼はずっと足掻(あが)き続けてきた。

 歯を食いしばって闘い続けてきた。

 エルドアールヴとして再会して、そこからはもうずっと険しい表情をしていた。

 英雄として、色々な重圧もあっただろう。

 自分の行動が、直結して世界の存続に関わってくる人の重圧はいったいどれほどのものがあるだろう。

 無邪気に笑えるわけがない。


「わたしには目的があるんです」


「目的?」


「クロを不死の運命から助けることです」


 エリクシアはハッキリと自分の最大の目的を言う。

 見せるのは覚悟の証。

 言葉に紡ぐのは絶対の意志。


「…………」


 クロを、不死でなくするために。

 グリモアを消し去るために。

 全てのグリモア詩編を集め、魔境アトラリアの奥深く、最奥まで行かなくてはならない。

 クロにとっては途轍(とてつ)もなく苦難の道だ。

 まさしく(いばら)の道。

 でも、クロが心からの笑顔を見せてくれるのは、きっと全てをやり遂げた後のことだろう。




「わたしは、クロの笑顔が見たいから――――クロを倒します」




 わざわざ、最も辛く苦しい道を歩ませようとしている。

 英雄を(そそのか)し、希望を示し、人類最大の難関を、極大の試練を歩ませる。

 ああ、これを『悪魔』と言わずして何と言うだろうか。

 だけど、ちょうどいい。

 わたしは――――グリモアの悪魔なのだから。


「それがそなたの覚悟か、エリクシア」


「はい」


 エリクシアの覚悟を聞いて、エーデルは全てを理解し、頷いた。


「あやつを、頼んだ」


「はい!」


 グリモアの悪魔。

『第六悪魔』エリクシアは真っ直ぐに、大事な人に向けて足を進めた。




 彼女の、

 彼の、

 心からの笑顔が見たい。

 ただ、それだけの願い。




 クロ・クロイツァーとエリクシア・ローゼンハート。

 ()しくも、ふたりはそれぞれまったく同じ理由で、闘いに挑んでいた。



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