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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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67 【次代の英雄】シャルラッハ&アヴリル VS 【英雄の始祖】エルドアールヴ


「…………ふむ」


 アレクサンダーがひとつ呼吸を入れる。

 シャルラッハとアヴリルがこちらに向かっている。エルドアールヴと激戦を繰り広げているアレクサンダーはそれに気づき、彼女らの参戦をとした。


 理由はたったひとつ。

 シュライヴがふたりを素通りさせている事実があるからだ。

 もしシュライヴがふたりの参戦を(いな)と断じているなら、攻撃してでも止めているはずなのだ。

 シュライヴには温情という名の甘さはない。

 彼はどこまでも冷静で、悪くいえば冷徹で冷酷だ。

 心の底から、性根の底からシュライヴは狩人(かりうど)なのだ。


 そのシュライヴがふたりの参戦を許している。

 つまりそれは、エルドアールヴと闘うにあたって、シャルラッハとアヴリルに足りなかったものが補われたということを示している。

 ふたりの実力には何の問題もない。

 ふたりに足りなかったのは、エルドアールヴと闘うという覚悟の有無だった。

 シュライヴは、今の彼女たちにはそれが十分にあると判断した。

 そしてアレクサンダーは、シュライヴのその判断を考えるまでもなく受け入れた。


 であれば、このままシュライヴの決定打を待つ意味はない。

 アレクサンダーがシュライヴの戦技『矢雨(やさめ)』の中で闘っていたのは、この場にエルドアールヴを釘付(くぎづ)けにしておくためだ。

 そうしてシュライヴが持つ()()()()()()()()()()()()()によって、エルドアールヴを仕留める作戦だったのだ。

 そのために、自分の命を犠牲にするのも(いと)わず、アレクサンダーはこの場で闘っていたのだ。

 しかし、戦力が増えるのであれば、そんな無茶な賭けに出ることはない。


「ハッ!!」


 一瞬の隙をついて、エルドアールヴの胸元を蹴り飛ばす。

 戦技『雷光』による超威力の蹴りである。

 少し前に、ジズを追ってきて王都を襲った怪鳥を蹴り飛ばしたのもコレである。

 翼を広げれば王都の半分ほどの巨大さだったアトラリア山脈の怪鳥。それを、アレクサンダーは蹴りで王都外に吹っ飛ばしたのだ。

 シュライヴではこうはいかない。彼の矢は怪鳥を(つらぬ)穿(うが)つ。シュライヴは攻撃の加減ができないのだ。あの場でシュライヴが闘ってしまっていたら、怪鳥の死骸が王都に落下して想像を絶する死人が出てしまっただろう。


「…………ッ」


 アレクサンダーの凄まじい威力の蹴り。エルドアールヴの体格なら、もしかしたら地平の果てまで吹っ飛んでしまうかもしれないほどだ。

 だが、そうはならなかった。

 エルドアールヴはほんの僅か、数エームほど吹っ飛んだだけだった。


「……マズいな、戦技を使い始めたか」


 その場を高速で移動するアレクサンダーは、そう言いながら戦技『矢雨』の攻撃範囲から脱出した。

 エルドアールヴは、アレクサンダーの蹴りの威力をほとんど相殺したのだ。

 戦技『止水』。

 誰も知らなかったエルドアールヴの戦技だ。

 当然、アレクサンダーも知る(よし)もない技だったが、自分の蹴りを完璧に近いぐらいに受け流すような、尋常を逸脱する動きは戦技に違いないと察した。


「やはり予想通り……時間が経つごとに、普段の強さが戻ってきているな」


 蹴りで吹っ飛ばされたエルドアールヴは、いまだに戦技『矢雨』の攻撃にさらされている。

 両手の超重量武器で、振り落ちる『矢雨』を(さば)いている。

 意識をなくして、なおこの動き。

 凄まじい。

 アレクサンダーは素直にそう思った。


「……む」


 そして、すぐ後ろから駆け抜けていく愛娘のシャルラッハとアヴリルの姿を視認して、


「お手並み拝見といこうか」


 アレクサンダーはふたりをサポートできる位置で待機した。


「…………ふぅ」


 熾烈な闘いを中断して、肩で息をするアレクサンダー。

 次の瞬間に、汗が尋常でなく流れだした。

 決して短くない時間を、エルドアールヴと死闘を繰り広げていたのだから当然だ。


「シャルとアヴリルに助けられたな……」


 あのまま闘い続けていたら、間違いなくエルドアールヴの非常識な体力に押し切られていた。

 剣を持つ腕が(しび)れている。エルドアールヴのとんでもない怪力から繰り出される、ふたつの巨大武器の連撃を凌いでいたからだ。


「…………」


 英雄といえども、エルドアールヴと他の英雄とではレベルが違う。

 アレクサンダーは実際に闘ってその実力を改めて思い知った。

 エルドアールヴは間違いなく一国クラスの力を持っている。グラデア王国は4人の英雄を有している。つまり、エルドアールヴの戦闘力は英雄4人分の力と匹敵するのだと、アレクサンダーは悟った。




 ◇ ◇ ◇




「戦技『雷光』――」


 シャルラッハは駆ける。

 真っ直ぐに、エルドアールヴ目がけてただひたすらに駆け抜ける。

 その速さは尋常を超えて、まさしく雷のごとく。


 すでに戦技詠唱は終えている。

 これより放たれるのは完全なる力を纏ったシャルラッハ最大最強の奥義である。




「――『閃光疾駆デア・リヒト』ッ!!」




 シャルラッハが特攻の中で、空気を裂くかのように剣を抜く。

 あまりの速度に、摩擦で剣先が火を噴いた。

 周囲の溶岩よりも遙か輝く雷火の一閃。

 覚醒したシャルラッハの速度はもはや、本物の雷に匹敵するかのような域に達している。


「――――ッ!!」


 入る。

 シャルラッハは確信する。

 雷火を薙ぎ払うように、エルドアールヴに攻撃した。


「……なッ!?」


 だがしかし、シャルラッハにとってはまさかの事態。

 エルドアールヴの大戦斧ギガントアクスに、受けられたのだ。

 速度は威力だ。

 シャルラッハの速度は尋常を超えていた。

 しかし、エルドアールヴはビクともしない。

 逆に、シャルラッハの方が弾き飛ばされる形になった。『雷光』の速度での突進は簡単には止まれない。エルドアールヴを躱すように、シャルラッハはそのまま駆け抜けていった。


「……~~ッ!!」


 ぷくーっ、と(ほほ)を膨らませた。

 ようやくクロ・クロイツァーに勝てる部分ができたと思った。

 ようやく彼に届くと思った。

 ようやく、追いつけたと思ったのに。


 自信はあった。

 自分の『雷光』の速度なら、決して誰にも受けられやしない。

 そう思っていた。

 なのに、クロ・クロイツァーは簡単に止めてみせた。

 なによりもシャルラッハが腹立たしいのは、彼に意識がないことだ。

 自我なく、反射だけで闘っている。

 それなのに、自分の最強奥義を簡単に止められたということが、信じられないほどに悔しかった。


 シャルラッハがエルドアールヴと交差してから1秒後。

 すぐに追撃をしたのは他でも無い、アヴリルだった。


「グルルァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 もはや獣のような姿になってしまったアヴリルは、真っ直ぐ、エルドアールヴに向かっていった。

 エルドアールヴよりも遙かに体格が良く、巨大な狼の姿のアヴリル。

 その巨体から繰り出されるのは、暴力的なまでの、巨腕での打撃である。

 ズシンッ、という音が大地から響く。

 それほどの強い威力の攻撃だった。

 しかし、それもまたエルドアールヴの大戦斧に受け止められる形になってしまった。


「……ハッ、ハハッ!」


 アヴリルが裂けた口で笑う。

 凶悪に、凶暴に。


「ハァ~……ッ、ハァッ、ハァ~……」


 息が荒くなる。

 どこまでも強く、激しく、獣のごとく、暴力的に。


「ハァハァ……ゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 アヴリルのその大型肉食獣のような吠え声は、もはやそれだけで攻撃だ。

 声の威力で空間が爆裂する。

 これほどの爆音の声量を間近に聞いたなら、鼓膜が破裂してもおかしくない。


「…………ッッ」


 一瞬だけ、エルドアールヴの動きが鈍る。

 その隙をついて、アヴリルが更に大きく口を開く。

 鋭く大きいその犬歯がギラリと光った。


「ガルルルルルッ!!」


 そのままエルドアールヴの肩に噛みつく。

 とんでもない顎の力で、腕ごと引き千切らんとばかりに噛み砕いていく。それと共に、エルドアールヴが持っていた斧槍が、ゴトリと音を立てて落下した。

 このままエルドアールヴを噛み倒してしまうのか、と思われたその瞬間。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


「ガッ……ッ!?」


 激烈な重さの殴打が、アヴリルの顎下から突き抜けた。

 エルドアールヴのアッパーカットである。

 ぶわっ、とアヴリルの巨体が浮く。

 なんという怪力か。

 ブシュ……ッと、エルドアールヴの肩の噛み傷から血が噴き上がる。

 そんなものはまったく意に介さず、エルドアールヴがもう片方の手で、アヴリルの顔に向けて大戦斧を振り下ろす。


「あぐぅッ!?」


 咄嗟(とっさ)に両手で防御したアヴリルだったが、大戦斧の威力に打ちのめされて、地面に打ちつけられる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 間髪を入れず、エルドアールヴの追撃が来た。

 だが、アヴリルに再び振り下ろされる前に、大量の光の矢が大戦斧を弾いた。


「ぅおおおおおおおおおおおおッ、シュライヴさん!」


 アヴリルを助けた光の矢は、シュライヴが放ったものだ。

 感激しながら、アヴリルはその場から離れた。

 エルドアールヴの追撃があのまま当たっていたら、さすがのアヴリルでも即死は(まぬが)れなかった。

 なにしろエルドアールヴの反応速度について行けていなかったため、エーテルの防御すらままならない状態だったからだ。

 万全じゃない状態でエルドアールヴの攻撃なんて喰らったら、いくら凄まじい耐久力を誇るアヴリルでもどうにもならない。


「……強いわね」


 アヴリルの元に、シャルラッハが近づく。


「まったくです!」


「……嬉しそうね、アヴリル」


「えっ、そうですか?」


「口端が歪んでるわよ。隠せていないわ。よっぽどクロ・クロイツァーと闘いたかったのね」


 シャルラッハが呆れたように言った。

 満月のせいでもあるだろうが、それだけじゃない。アヴリルはずっと以前から、エルドアールヴと闘いたい欲求があった。

 今回のものは意図しない闘いとはいえ、それが叶っているのだ。

 ウキウキになるのは仕方がない。


「それにしても、今月はずいぶんと自我が残っているわね? こうやって会話ができるなんて初めてじゃない?」


「た、たしかに!」


 巨大な手をポンっと叩き、アヴリルが狼の口を大きく歪ませて笑った。


「興奮して血が(たぎ)っているのに、頭がクリアなんですよね、今日は。どうしてなんでしょう……」


 自分でも分かっていないようだ。

 くすっ、と笑いながら、シャルラッハが言う。


「あなたも成長したってことでしょう。まぁ、でも……」


 凄まじい速度でこちらに向かって来ているエルドアールヴを見据えて、


「今、ここから更に成長しないと――――死ぬわよ」


 ムチャクチャなことをシャルラッハが言った。


「……そうみたいですね」


 さっきまで笑っていたアヴリルが表情を引き締めた。

 エルドアールヴの行動に、死の予感を覚えたからだ。


「……あれは」


 斧槍を地面に叩きつけ、引っ掛けるようにしてその腕を引き、前方への推進力へと変えている。

 更に、もう片方の手の大戦斧を同じように地面に叩きつけ、腕を引く。そして再び斧槍を……という繰り返しで、とんでもない速度で突進してくるエルドアールヴ。


「あの回転……遠心力を最大限に利用する、連続攻撃技は間違いないわ」


 シャルラッハが言った。

 これはよく知っている。

 ずっと昔の、グラデア王国の英雄の戦技だ。

 おとぎ話でよく聞いた、女傑の伝説。

『薙槍の舞姫』ドロテア・アルベルダの戦技。

 シャルラッハ達には知る由もないことだが、エルドアールヴがリビングデッドの大軍と闘った際にいた英雄のひとりだ。


「戦技『舞闘』……ッ!」


 数百年前に生きた女傑の戦技を使うエルドアールヴ。

 英雄ドロテアの場合は槍を使って側転しながら繰り出す、技の境地だったはずだ。

 しかし、エルドアールヴは逆だ。彼の場合は力の境地。力任せに無理やりにドロテアの戦技を真似ているようだ。

 我流の技になるだろうが、恐るべきはその威力。


「地面を掘りまくって大地がエグれてますが……ッ!?」


「……未開の荒れ地を(たがや)さないといけない機会があったら、彼に任せましょうか」


 軽口を言うが、シャルラッハもアヴリルも真剣そのものだ。

 ほんの僅かでも判断をミスったら死ぬ。

 これはそういう闘いだということを知っている。

 戦技を次から次へと繰り出してくるエルドアールヴ。

 二千年の間に、いったいどれほどの鍛錬と研鑽を積み重ねてきたのか。


「アヴリルッ!」


「了解ですッ!」


 ふたりは互いに作戦の内容を伝えることなく、意思疎通を果たす。

 まったく同時に左右に散った。

 エルドアールヴがどちらを狙ってきても、どちらかがサポートする。挟撃となれば、さすがの彼でも必ず隙を見せることになるだろう。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 そう思っていた。


「ちょ……ッ」


「ふぁッ!?」


 自我がなくとも彼は彼。

 そもそもがマトモな考えをする人間じゃない。

 もはやその身に突拍子もない考えが動きとして刻まれてしまっているのか、エルドアールヴは、シャルラッハとアヴリルの想定外の動きをしてきた。

 すなわち、両の武器での投擲である。


 それぞれの武器が、左右に散ったシャルラッハとアヴリルを狙って飛んできた。

 シャルラッハもアヴリルも、大きく距離を離すために強く地面を踏んで移動したため、自由に動けない。その瞬間を狙ってきた。

 闘いの冴えというものは、自我がなくとも勝手に反射的に動くものなのだろう。

 完璧なタイミングで隙を突かれた形になったシャルラッハとアヴリル。

 大砲の弾よりも速い勢いで飛んでくるそれを、


「――いいぞ。ふたり共、想像以上に成長したな」


 アレクサンダーが蹴り飛ばす。シャルラッハを助けたのだ。

 そしてまったく同時に、アヴリルの方は、シュライヴの光の矢がエルドアールヴの武器を弾き飛ばす。


「共に闘うのは初めてだな、シャル」


「ち、父上……」


 父の前で無様を晒してしまった。

 そう思ったシャルラッハだったが、アレクサンダーの評価は真逆のものだった。


「――行くぞ。エルドアールヴを、倒す」


 アレクサンダーはシャルラッハの方は見ない。

 見ているのは最強の敵。


「……はいッ!」


 シャルラッハは強く、深い返事を返した。

 父に認められたことが嬉しいのか。

 父と共に闘えることが嬉しいのか。

 もう、今の自分が何を感じているのか分からない。

 だから、目の前の相手に集中した。

 余計な考えは闘いにいらない。


 真っ直ぐ、クロ・クロイツァーを見据える。

 彼を倒す。

 彼を救う。

 張り倒してでも、()()()()()()()――彼を取り戻す。

 それだけのために、シャルラッハはアレクサンダーと共に、前へと駆けていく。

 ふたつの『雷光』は、速度という輝きを更に増して、最強の伝説へと挑んだ。



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[一言] なんかまた文章が上手くなりましたね。
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