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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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66 クソガキども


 溶岩(ようがん)氷壁(ひょうへき)が混ざる、地獄のような景色の中を、シャルラッハが駆け抜けていく。

 熱風と冷気が交互にシャルラッハの(ほほ)()でる。


「…………」


 覚悟は決めた。

 クロ・クロイツァーを倒す。

 そうすることでしか彼を止められない。


「ふふ、アヴリルも来たようね」


 アヴリルが変身している間にここまで走ってきたが、彼女の身体能力が(いちじる)しく上がっているため、すぐに追いついてきた。


「暑がりなのに、よっぽどクロ・クロイツァーに執心(しゅうしん)なのね」


 満月のアヴリルは戦闘への欲求が凄まじい。

 ハッキリ言って、その欲求は抑えが効かない。満月の夜では、主人である自分に攻撃してくるほどだ。

 しかし、アヴリルは火が苦手だ。

 周囲にあるのは溶岩地帯。

 普段ならまず近づこうとすらしない。

 獣の本能が増大している今なら尚更(なおさら)だ。

 それすら無視するほどに、今のアヴリルはクロ・クロイツァーと闘いたいと強烈に渇望(かつぼう)しているのだ。


「……まぁ、気持ちは分からなくはないけれど」


 ふっと笑いながら、シャルラッハは前を見る。

 ずっと前方にシュライヴがいる。

 弓に光の矢を(つが)い、機会を(うかが)っている。彼に狙われた敵は、もはやその瞬間から命はない。

 百発百中、絶命必至。

 正確無比なうえに、絶大威力の遠距離攻撃。さらには尽きることのない矢数の攻め手。

 シュライヴの狩りの腕は、おそらくこのレリティア全土を見渡しても並ぶ者はいないだろう。

 古今東西において比類無き弓の腕は、彼を英雄たらしめる絶対の武器である。


 更に前方では、アレクサンダーが今まさにクロ・クロイツァーと闘っている。

 壮絶極まりない闘いだ。

 シュライヴの戦技『矢雨(やさめ)』――その奥義『魔弓の射手フライクーゲル』の攻撃範囲内で闘っている。

 その数千からなる矢の落下攻撃は、ひとつひとつが凄まじい威力がある。あれは見た目以上に恐るべき戦技である。

 その中で闘っているアレクサンダーの胆力こそがとてつもない。


「…………」


 シャルラッハは自分の知らない父の背中を見て、若かりし日の父の英雄譚(えいゆうたん)が頭に巡る。

 その姿はまさしく稲妻のごとし。

 闇を切り裂く『雷光の一閃』。

 空間を自在に跳び跳ねる身のこなし、その動きから放たれる烈々たる攻撃速度。

 誰よりも速く、誰よりも最前線で闘う光の貴公子。

 彼の背を見て、いったいどれほどの戦士たちが奮起してきただろう。

 あれこそが英雄だ。

 あれこそが、アルグリロットの誇りである。


「――――ッ!」


 並びたい。

 父の背中を見ているのではなく、並びたい。

 そうしていつの日か、越えてみせる。

 そう思って、幼い頃から研鑽(けんさん)を積んできた。


 アレクサンダーは、シャルラッハとアヴリルが動いたことに気づいている。

 シュライヴも同じくだ。

 この2大英雄は、『最古の英雄』というとんでもない相手と闘いながら、周囲への警戒を(おこた)っていない。もちろん、極限の集中力でエルドアールヴと闘っている。

 集中しているのに周囲も気にしている。矛盾しているが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の実力が英雄に引けを取らないものになっているのはシャルラッハも自覚している。だが、さすがにそこまでの境地には達していない。

 現役の英雄の奥深さを感じ取りながら、シャルラッハはシュライヴの横を通る。


「まったく、言うことを聞きやがらねェ」


 通りすがり、苦笑しながらそんなことを言うシュライヴの声を聞いた。


「行け、援護してやる」


 クロ・クロイツァーを倒すというシャルラッハの覚悟を察したのか、シュライヴが彼女の参戦を認める発言をした。


「無用ですが、やりたいならどうぞご勝手に」


 シャルラッハはすかさずそんな生意気なことを言う。

 援護を期待しながら無謀な闘いに臨むのはただの甘えだ。

 ここからの闘いはすべて自分の責任でやるべきだ。誰かの行動に頼ってなんかいられない。

 それぐらいの覚悟がなければエルドアールヴになんて挑めない。


「クソガキが」


 言葉どおりの感情ではなく、()()()()()()()()言うシュライヴの声が、ずっと後ろで聞こえた。




 ◇ ◇ ◇




「変わらねェな、シャル嬢も」


 猛速度で駆け抜けていったシャルラッハを見ながら、シュライヴが言った。

 シャルラッハは昔から生意気なクソガキだった。

 自分の才能を信じて疑わない。ゆえに、気位が高すぎる傲慢なお嬢さまだった。普通なら思い上がるなと言ってきかせるのだろうが、怖ろしいことに彼女は本当に本物の天才だった。


 実力は時が経つごとに爆発的に上がっていき、いずれは英雄に届くだろうとは思っていたが、まさかこれほどに早いとはシュライヴも思っていなかった。

 まだ13の歳だ。

 それなのに、もうすでに英雄である自分と同程度の力を持っている。


 嫉妬はない。

 焦りもない。

 そんな、程度の低い精神性はすでに卒業してしまっている。

 自分は狩人なれば、獲物以外に他者がどうだろうが関係ない。

 だからこそ、素直にシュライヴは嬉しいのだ。

 シャルラッハがとうとう、自分たち英雄の域にまできていることが。


「問題は、あっちか」


 真後ろを見やる。

 それが近づいて来ている。

 凄まじい殺気を(まと)わせながら、一心不乱にこちらに向かっている。

 アヴリルだ。


「あのバカが……獣化してやがる。満月の獣化は理性が保てねェんだから、月は見るなって昔あれだけ言ったのに聞きやがらねェ」


「グゥォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 アヴリルの姿はもう人の形をしていない。

 その姿は大型の狼だ。四足歩行で、まるで獣のように走っている。


――『月下の凶獣』。


 それがアヴリルの戦名(いくさな)だ。

 まさしく言い得て妙だ。

 英雄並の力を持った怪物。

 そう、満月で獣化したアヴリルは怪物だ。

 理性がなくなり、戦闘を好む衝動を抑えられない怪物になる。

 それはもはや魔物と変わりない。

 いくら強いといっても、自我がないなら戦力としては数えられない。


「ありゃ邪魔にしかならねェな」


 アヴリルの様子を見て、シュライヴは即断する。

 弓をアヴリルに向ける。


「ガゥアアアアアアアアアアッ!!」


 アヴリルは、シュライヴの敵意に気づいたのか、猛烈な速度でシュライヴに突撃してきている。


「死んでも悪く思うなよ」


 シュライヴは冷徹な狩人の顔を見せる。

 理性を失くしたアヴリルは邪魔になる。ゆえに殺してでも止めておく。

 そうでなくては、最強の英雄であるエルドアールヴとは闘えない。

 いまのアヴリルは足手纏いだ。


「…………」


 ギリギリまで引きつけて、シュライヴは弓を引き絞る。

 アヴリルがすぐそこまで迫っている。

 矢を放つ――――その寸前。


「べぇッ!」


「…………ッ!?」


 アヴリルがその狼のような大きな口を開いて、真っ赤な舌を出したのだ。

 そのまさかの行動に驚いたシュライヴは、矢を放つことができずに体が硬直した。


「アハハ! 大丈夫ですよ、意識はありますので!」


「な……ッ」


 アヴリルは笑いながら、シュライヴを置き去りにして、シャルラッハの後を追って駆けていった。


「…………」


 後に残されたシュライヴは、わなわなと腕を震わせる。


「……あ、あんのクソガキがッ!!」


 血管を浮き上がらせて、シュライヴが激昂する。


「わざわざ俺をおちょくっていきやがった……ッ!!」


 ゴゴゴゴゴッ、とシュライヴが身に纏うエーテルが膨れあがっていく。


「……クソッタレがッ! あのふたり、()()()()()()()()()()()()()!」


 冷徹な狩人の顔は消えて、凶悪な笑みを浮かべる。

 ああ、懐かしい……と。

 数年前、まだシュライヴが英雄になる以前、アルグリロット騎士団にいた頃から何も変わっていない。

 言うことは聞かない、生意気、お転婆の域を越えたイタズラ娘ども。

 そして――信じられない天才クソガキども。


「テメェらがその気ならやらせてやるよ。アレクさんと合わせて3人の援護はちとキツいが……ナメんじゃねェぞ、(オレ)ァ『英雄』シュライヴだッ!!」


 ここに、対エルドアールヴにおいて最強の布陣が完成する。

 アレクサンダー・アルグリロット。

 シュライヴ・ゼルファー。

 シャルラッハ・アルグリロット。

 アヴリル・グロードハット。

 二大英雄と次代の英雄候補。

 グラデア王国の中でも、あるいは人境レリティアの中でも上位に君臨する実力者たちはその絶大なる力を合わせた。


 史上最強の英雄、エルドアールヴ。

 彼を倒すために。

 あるいは――彼を救うために。



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