64 引っぱたいて、張り倒してでも、大切な彼を取り戻す
光のオーロラが降り注ぐ。
『英雄』シュライヴによる戦技『矢雨』の攻撃。
8千からなる光矢のカーテンが、凄まじい威力でもって大地を砕いていく。
上空から雨のように降り注ぐそれを、エルドアールヴは両手の武器で弾き続けていた。
そのエルドアールヴに向けて、シュライヴは再び光矢を向けて撃つ。
「――――シッ!」
歯をかすめるように、気合いの息を強く吐くシュライヴ。
その気合いを体現するかのような速度で、10本もの矢が同時に放たれた。
矢を放ったシュライヴのそのすぐ隣から、ひとつの影が飛び出した。
言わずもがな、『英雄』アレクサンダーである。
アイコンタクトすらない以心伝心の呼吸での連携だ。
ドンッ、と爆裂する地面は、アレクサンダーの『雷光』での踏み込みの跡だ。
エルドアールヴに向かって猛速度で突撃する。
その速さは、先に撃たれたシュライヴの矢と並走するほどのものだった。
「爆ぜろッ!」
後方でシュライヴが拳を強く握った。
すると、アレクサンダーと並走するように飛んでいた光の矢が、グンッと速度を強めて『矢雨』の攻撃範囲に突っ込んでいく。
次の瞬間、シュライヴの言葉どおり、光の矢が爆裂する。
1本目、2本目、3本目と、続くように爆裂しながら突撃していく。
爆裂した矢が『矢雨』の一部を弾き、光のカーテンに隙間が出来て、道が現れる。
その僅かな空間を、アレクサンダーが疾走していく。
「…………ッ」
アレクサンダーの前に、残った光の矢が先行して飛んでいく。
その光の矢が再び爆裂して、『矢雨』に穴を穿つ。
厚みのある『矢雨』の範囲攻撃に、アレクサンダーが進むための道が開かれていく。
そして、秒の間もない刹那に、目的の相手にアレクサンダーが辿り着く。
その相手とはすなわち、『矢雨』の攻撃を弾き続けているエルドアールヴだ。
「…………」
とてつもない斧捌きで、見事に無数の矢を弾いているエルドアールヴのその姿を見て、アレクサンダーは感嘆のため息を漏らす。
これはもはや動く芸術だ。
武術の粋を結集したかのような流れの動きに、思わず魅入ってしまう。
英雄と呼ばれて武芸の極みに至ったアレクサンダーですら、エルドアールヴの実力に惚れ惚れする。
「やはり……変わらない。昔のままだな、エルドアールヴ」
アレクサンダーが「ふっ」と笑い、そしてその表情が一変する。
整った顔はそのままに、好戦的な面持ちだ。
凶暴……とは違う、穏やかな戦意。
「お前と初めて会った時、勝負を挑んで完敗したことを思い出したぞ。我ながら、あのころは若かったな」
アレクサンダーはいまでこそ冷静沈着な性格をしているが、若いころは違っていた。
今とは真逆。好戦的で血気盛んな若者だった。
娘であるシャルラッハをそのまま少年にした感じだ。
敵を見たらまず特攻。
誰よりも先に敵を倒すその姿は、まさしく『雷光』の名に相応しいものだった。
若かりしころは、英雄になるだとか、アルグリロットの当主になるだとか、貴族だからだとか、そういうのは一切気にもとめていなかった。
とりあえず闘えればそれでよかった。
身の内から無限に湧き出てくる力を発散させられるのなら……つまり暴れられるなら、いつ死んでも構わないとさえ思っていた。
後の妻である身分違いの幼馴染みがどれだけ心配しても、まったく意に介さなかった。
身から溢れ出る猛烈な戦意は、激しい恋愛の末に劇的な結婚をしてからも続いていた。
アレクサンダーは愛妻家で良き夫だったが、まず戦士ありきの人間だった。
英雄となったのは、闘い続けた先でなるべくしてなっただけのこと。
とにかくアレクサンダーは闘いが好きだった。
命知らずに闘う特攻スタイルの戦闘は、初代当主シャルリオス・アルグリロットの伝説に引けを取らないものだった。
彼がいまのような性格に変わった決定的な原因は、妻であるフロレンツィアの死だ。
共に人生を最期まで過ごす生涯の約束をした相手の死。
それが、アレクサンダーを変えた。
アレクサンダーは後進の育成に力を注ぐようになり、無茶な闘いは徐々に影を潜めていった。
相当にショックだったのだ。
生涯を誓った相手が死んでしまったのが。
そして、彼女が遺した愛娘の存在も大きかった。
自分もフロレンツィアのように死んで、娘をひとりにするわけにはいかない。
こんな胸が張り裂けそうになるような悲しみを、幼いシャルラッハに2度も背負わせるわけにはいかなかったのだ。
しかし。
そう、しかし。
エルドアールヴとの闘いが始まってからは、かつての彼に戻っている。
英雄シュライヴが焦るほどの特攻をかまし、命を投げ出すような闘いに没頭していた。
それはなぜか。
シャルラッハという戦士の存在だ。
ひさしぶりに会った愛娘を見て、もう自分の手を完全に離れてしまったことを悟ったのだ。
もう、自分がいなくとも彼女は自立し、前を向いて歩くことができる。
人間的なものも、そして、戦士としての実力も、もはや心配するようなものはない。
アレクサンダーから見て、シャルラッハはもはや英雄と比べても遜色ない実力を持っていた。
ならば、もう我慢し続けるのも意味はない。
いまの自分こそが本来のアレクサンダーだ。
身の危険を顧みず、死地に赴くことこそが彼の本質。
最大限に自分の実力を発揮できるこの戦闘スタイルこそが、彼の英雄としての、本当の気質なのである。
エルドアールヴを倒す。
いまはただ、それだけのために。
自分のすべてを懸けている。
他でもない、友のために。
◇ ◇ ◇
そして、そこには矛盾があった。
アレクサンダーがこの闘いにおいて、戦力外として除外した者の存在。
シャルラッハだ。
英雄と同じような実力、つまり自分と同じほどの実力があると認めているシャルラッハを戦力外として見なしたのだ。
実力を認めているのはアヴリルも同じだ。
満月時限定の話になるが、英雄ガウ・ガレオスと対等の実力を既に持っている彼女のこともまた、戦力外として見なしていた。
新月や三日月、あるいは半月なら分かるが、今宵は満月だ。
アレクサンダーの判断と同じように、シュライヴも同じく彼女たちふたりをこの闘いから遠ざけた。
その理由。
「わたくしが――」
それを察せないシャルラッハではない。
彼女の真を探る能力は群を抜いている。
人の隠された意図など、彼女なら看破できてしまう。
「――クロ・クロイツァーを倒す覚悟ができていなかったから」
敵を倒す覚悟がない。
敵を傷つける覚悟がない。
そんな者を闘いの場に引きずり出しても、足手まといにしかならないに決まっている。
ましてや英雄クラスの闘いだ。
一瞬の油断が致命的なものになる。
「シャルラッハさま?」
一歩前に出たシャルラッハを、アヴリルが気にかける。
「わたくしはもう大丈夫」
「……覚悟はお決まりなのですね?」
「ええ」
シャルラッハは細剣を抜いて、真っ直ぐに戦場に向けた。
「クロ・クロイツァーを倒します」
いままでの不安な表情は一切ない。
シャルラッハのその顔は、不敵な笑みに彩られていた。
「引っぱたいて、張り倒してでも、あの世界一のおバカを取り戻します」
王墓での、クロ・クロイツァーの悲しみの背中が忘れられない。
彼を止めると約束した。
ここでアレクサンダーやシュライヴが闘っているのをただ黙って見ているなんて、彼女には絶対にできなかった。
誰よりも先に、何よりも速く。
暗闇を照らす雷光のごとく。
シャルラッハ・アルグリロットという激烈な光は、暗闇の底で足掻いているクロ・クロイツァーを照らすのだ。
そのために自分は疾走すると――――誓ったのだ。
 




