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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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63 英雄決戦


 シュライヴが弓を引き(しぼ)り、光の矢をつがえる。

 狙いはエルドアールヴではない。

 天を射貫(いぬ)くかのように、真っ直ぐに上空に弓を向けている。




「――『飛び飾ろう、風のように。撃ち穿(うが)とう、雨のように』――」




 シュライヴの光の矢が、ひとつ、またひとつと増えていく。

 (またた)く間に百、千と数を増やしていく。

 エーテルの矢の光量が急激に増して、星のように(まばゆ)く輝いていく。




「――『何人たりとも(のが)さない。ここは我が縄張りなれば』――」




 シュライヴが空に向かって弓を射る。

 およそ8千からなる光の矢が音を立てて、一気に空に放たれる。

 風鳴(かざな)り音が空高く向かっていく。




「戦技『矢雨(やさめ)』――『魔弓の射手フライクーゲル』」




 上空高くに撃ち放たれた光の矢は、まるで雨のような(しずく)の形となって、その矢の威力のままに地表へと降り注ぐ。

 オーロラのように広範囲に広がっているため、この攻撃から逃れる術はほとんどない。

 逃れる手段はただひとつ。

 音速に近い速度で落ちてくる矢が直撃するまでに、シュライヴの戦技の攻撃範囲から逃れることのみだ。

 そして、それが出来る唯一の人間が、戦技『雷光』の使い手である『英雄』アレクサンダー・アルグリロットなのだ。

 だが、


「……ちょ、ちょっとちょっとアレクさん!?」


 エルドアールヴと激烈な接近戦を繰り広げているアレクサンダーは逃げる素振りを見せない。

 このままではエルドアールヴと共に、アレクサンダーまで矢の雨に巻き込んでしまう。

 シュライヴの戦技『矢雨』の威力が尋常なものではないことは、アレクサンダーも当然知っているはずだ。

 都合8千もの矢を撃ち放ったが、この1本1本が爆弾を凝縮した程度の威力はある。

 たとえエルドアールヴの強力なエーテル防御といえども、これを喰らってはただではすまない。


 この戦技での連携は、シュライヴがまだアルグリロット騎士団にいた頃に、アレクサンダーと何度もやってきた過去がある。

 だからこそ、シュライヴは何を知らせることもなく、アレクサンダーを信じて戦技を撃ち放ったのだ。

 だが、アレクサンダーは逃げない。

 もうとっくに危険な領域まで矢が落ちてきている。


「…………ッッ」


 焦るシュライヴだが、もはや戦技を撃ち放って、自分の手からは離れてしまっている。

 自分ではもうどうしようもない。

 神に祈るような気持ちで、アレクサンダーとエルドアールヴの動向を見守る他なかった。




 ◇ ◇ ◇




 一方、アレクサンダーはというと、


「やはり気づいたな、エルドアールヴ」


 シュライヴの強力極まる戦技が迫ってきていることを察知したエルドアールヴを、この攻撃範囲から絶対に逃がさないように、攻防を繰り広げることでこの場に押し(とど)めていた。

 戦技『雷光』を使うアレクサンダーと同じく、エルドアールヴも何らかの手段でシュライヴの戦技『矢雨』を逃れてしまうと予測し、確信したのだ。

 だからこそ、自分がオトリとなっている。


「自分を狙う殺気には、相当敏感なようだな」


 エルドアールヴの凄まじい速度の攻撃をかいくぐりながら、冷静に状況を判断していく。

 もはや数秒の猶予もない一瞬の連続。

 その間に、幾度の攻防があったのか、もう本人たちにも分からないだろう。

 宙空を自在に走り飛び回り、『雷光』を使い続けて攻撃と回避を繰り返すアレクサンダー。

 地面に根を生やすように一箇所に留まり、アレクサンダーの激烈な攻撃を受けていくエルドアールヴ。


「血が(たぎ)るな」


 ふっ、とアレクサンダーが笑う。

 ふたりの頭上すぐそこまで、シュライヴの矢のオーロラが迫っていた。

 当たれば死ぬ。

 そんなギリギリの瞬間、


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 エルドアールヴが頭上を見た。

 目の前のアレクサンダーよりも、頭上すぐにある戦技の矢の方が危険だということを察知して、そちらに無意識の警戒を傾けたのだ。


「――――ッ!!」


 その隙。

 千載一遇(せんざいいちぐう)の好機を、アレクサンダーは逃がさない。

 地面スレスレに体勢を低くして、エルドアールヴに向かって突撃する。


「……ハァッ!!」


 エルドアールヴの右足を斬り払う。

 ガクッと体勢が崩れるエルドアールヴ。それを確認することもなく、アレクサンダーは顔を地面に近づけるほどに体を低くして疾走していく。

 当然、向かう先はシュライヴの戦技の攻撃範囲の外だ。


「ぃひぃいぃッ! アレクさんッ、間に合ってくれぇええええ!!」


 シュライヴのそんな情けない叫び声を耳にして、


「ふっ……」


 アレクサンダーはやはり笑う。

 そして、


「ふぅ……」


 全力で足を踏みしめ、『雷光』を使い、一気にシュライヴの元まで走りきった。


「今のは危なかったな」


 平然とした顔で、そんなことを言い放った。

 アレクサンダーの体はところどころに傷があった。

 衣服が小さく裂けて血が(にじ)んでいる。

 それが何カ所も。

 これはエルドアールヴにつけられた傷ではない。

 シュライヴの戦技がかすって出来た傷だ。

 アレクサンダーの言葉どおり、本当に危なかったのだ。


 背後では、シュライヴの戦技の矢が降り注いでいる。

 光のオーロラが地面に落ちていっている。

 シュライヴの攻撃が地面を穿つ、凄まじい破壊音が響いている。

 もはやエルドアールヴの姿は光に包まれて視認することはできない。

 アレクサンダーのギリギリの攻防のおかげで、シュライヴの戦技をエルドアールヴに完璧に命中させることに成功したのだ。


「マジで何やってんスかアンタはッ!? もうちょいで俺、仲間の英雄を殺すところでしたよ!?」


 たまらずシュライヴが言った。


「そう怒るなシュライヴ。死んでないだろう?」


 いつもどおり冷静な表情を崩さないアレクサンダー。


「ありゃたまたまッスよ! 運がよかっただけっスよ!」


 シュライヴは「あああああッ」と言いながら自分の頭をぐしゃぐしゃする。


「危なかったァ……もうちょいで王国1番の人気者を殺しちまうところだった。ホントシャレになんねェ……こんなん知られたら王国中の女につるし上げられちまう。結婚とか夢のまた夢の先になっちまう」


「ふっ」


「ふっ、じゃねェッスよ!? 俺が結婚できなくなっちまったらどう責任取ってくれるんスか!?」


「む? 何を言ってるんだ。お前にはアストリットがいるじゃないか」


「……は、ハァ!? そ、そん……あんなやつは願い下げッスよ!!」


 アストリット・グロードハット。

 アルグリロット騎士団の副団長であり、元々はシュライヴの上司だった。

 いくつもの死線を共に乗り越えてきた戦友だ。

 しかし、腕は立つがその性格はかなり厄介な人物であり、シュライヴは相当振り回されてきた。

 そのファミリーネームのとおり、アヴリルの義理の姉ということになる。

 昔、アヴリルがアルグリロット騎士団にやって来た時に、たわいない会話として、アヴリルにアストリットの変態性が移ったら責任を取るという言葉のままに、本当にグロードハット家の養子にしてしまった経緯がある。

 つまり、相当とんでもない性格の女なのである。


「……お前らはまだそんな子供みたいなことを言っているのか。いい加減に、()()()()()()()()()()()ことに気づけ」


「い、いやいやいや! 何ふざけたこと言ってんスか!!」


 全力で否定するシュライヴだが、その赤らめた顔はどう頑張っても隠せない。

 互いのことを好き合っていることを知らないのは、本人たちだけなのである。

 ふたりのいじらしい恋心を見守るには、いい加減時間が経ちすぎた。

 だからこそアレクサンダーは直球を投げるのだが、当の本人たちは自分の気持ちにすら気づいていない。闘いにばかりかまけていたせいか、()()()の気持ちの理解に(うと)いのだ。


「……その様子ではまだまだ先は長そうだな」


「だ、だから……ッ」


「待て」


 すっ、とアレクサンダーがシュライヴの言葉を制した。

 シュライヴもまた、すぐに感情を切り替える。

 ふたりして、シュライヴの戦技が降り注ぐ場所を見る。

 耳を澄ます。

 ガガガガガガッ、と凄まじい連続音が微かに聞こえてくる。

 矢が地面を穿つ音とはまた違う音だ。

 それが、(かす)かに(まぎ)れて聞こえてくる。

 そして、その音の正体を英雄ふたりは理解した。


「……あの野郎、マジかよ」


「これは想定外だな」


 ふたりが驚くのもムリはない。

 あの雨のように降り注ぐ、一撃必殺の光の矢。

 エルドアールヴはそれを、それぞれ両手に握った超重量の大斧で弾き飛ばしているのだ。

 矢から逃れることが出来ないのなら、たしかに矢を弾けばいい。

 しかしそれは一体どんな反射神経で、どういう動体視力で、どれほどの体力があれば実現出来るのか。


 エルドアールヴ自身の身体能力は普通の人間が鍛えた程度のものだ。シャルラッハやアレクサンダーのように、生まれつき足が高速で動かせるような形をしていない。

 そもそもがエルドアールヴは何の才能もなかった少年だ。体付きも筋肉量も、普通の少年が鍛えたものとほとんど大差ない。

 だが彼はエーテルの基本技を常時使っている。

 腕力を強化していたり、あるいは眼の動き、視界の把握、体の動き全てをエーテルを使って補助しているのだ。

 しかしながら、それにしても限度というものがある。

 普通なら30分と保たない身体的強化を、エルドアールヴは長時間持続させている。

 それが可能になったのは、2千年もの超長期間の年月による、たゆまぬ努力のたまものだ。

 自らのエーテル総量を増やし、エーテルの運用技術を磨き、繊細ながらも大胆な技の行使、肉体の動きの機微、それら数え切れないほどの細かい基本技を、今の無意識状態でも使えるほどに鍛え上げてきたのだ。

 身を細切れにするかのような不断の努力。

 恐るべきは少年の執念。

 凄まじき英雄への渇望である。


 加えて、エルドアールヴは自らが得た経験を活かすことをまず念頭に置いて戦闘をしている。

 それはつまり、一度喰らった攻撃や技を、必死になって解析し、自分の中に取り込んで、あるいは、次に喰らった時の対策を常に考えて行動することがクセになっている。

 それは無意識下の状態でも変わらない。

 つまり、エルドアールヴは既に、シュライヴの戦技に近い攻撃を受けている。


 不死者として闘ってきた2千年の間に喰らったこともある。

 直近では、レオナルド・オルグレンの戦技『篠突(しのつく)』、オリヴァー・アーネットの戦技『飛刃(ひじん)』がこれにあたる。

 局所的連続大破壊の攻撃。

 これを何度も受けて、その度にエルドアールヴは対応してきた。

 自分が出来ることと現実的な対処の仕方を練り上げて、無意識下においても出来るほどに。

 それこそが、襲い掛かる雨のような攻撃のひとつひとつを武器で弾き飛ばすという防御方法なのである。

 原始的で直接的だが、だからこそ効果が高い。

 あり得ないが、現実的。


 かつて、まだ彼が少年だったころ、それこそ不死になりたてのころに、『ムダなことなんてひとつもない』と悟ったことがあったが、それを地でゆく戦闘スタイルなのだ。

 つまりは、エルドアールヴは昔から、何一つ変わっていないのだ。

 闘い方も。

 生き方も。

 ()()()()


「…………ッ」


 唯一と思われていたものとは別の防ぎ手が存在していたことに、特にシュライヴはショックを隠しきれない。

 いや、違う。

 ショックだとか、動揺だとか、そういうレベルの話ではない。


「やってくれるじゃねェか……ッ!!!」


 怒髪(どはつ)天を()く。

 それほどの怒りを、シュライヴはさらけ出した。


 当然である。

 今のシュライヴの戦技は『英雄の戦技』。

 それこそ彼が全てを懸けて編み出した、シュライヴ・ゼルファーの『人生』と言ってもいい戦技なのだ。

 それを攻略されることは、彼の人生を否定されることそのもの、屈辱以外の何者でもない。


「シュライヴ、私が隙を突く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 アレクサンダーが言った。

 それはつまり、アレクサンダーごとエルドアールヴを倒せという意味に他ならない。

 当然、シュライヴはその提案を断ろうとしたが、


「相手は人類最強の英雄、エルドアールヴだ。()()()()()()()()()()


「…………ッ」


 シュライヴの弓を持つ手が一瞬、震えた。

 しかし、


「この『矢雨』が途切れるまでが勝負だ。いけるな?」


「……了解ッス」


 ギュッと歯を噛みしめて、苦々しいながらも、すぐに持ち直す。

 冷静に。

 ドライに。

『敵』を倒すため、命すら懸けるのが英雄だ。

 どこまでも闘いに生きるのが英雄だ。


「……父としての私はもう既に役目を終えている。シャルラッハも十分に育った。私の手を離れても問題ないほどに。だから、もういいだろう? フローラ」


 小さく、誰にも聞こえない声で呟くアレクサンダー。

 愛する妻、亡きフロレンツィア・アルグリロットの名を呼んだ。

 たとえ死しても、次に繋がるのなら本望だと。

 英雄アレクサンダー・アルグリロットはここを自らの死地に決めた。


「さぁ、血が滾ってきた。エルドアールヴのせいかな、感覚が若かりしころに戻ってきている」


 人生最強の敵、エルドアールヴを見定めて。

 英雄アレクサンダーは不敵に笑った。

 その表情はシャルラッハの父親らしく、戦を喜ぶ戦士の顔になっていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 熱くヒリつく展開が最高! あまりランキングとか話題にはなってないけど、めちゃくちゃ面白くて質の高い作品だと思う! …てかエルドアールヴさん、敵に回るとクソ性能してるやつっすねぇ
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