62 【二大英雄】アレク&シュライヴ VS 【不死の怪物】エルドアールヴ
エルドアールヴの殺意が爆発した瞬間、それに呼応するようにアレクサンダーが突撃した。
瞬きの間も与えないほどの速度で、エルドアールヴに肉薄する。
反射的に、それを迎撃しようとエルドアールヴが大戦斧を振るう。
大戦斧の強力な一撃が命中するかと思われたその瞬間、アレクサンダーの姿が一瞬にしてかき消えた。
恐るべき速さで、次の瞬間にはエルドアールヴの背後に移動していた。
「――ハッ!!」
裂帛の気合いを放ち、エルドアールヴの背を剣で突く。
「ッ……ォオオオオオオオオオオオオッ!!」
しかし、エルドアールヴも凄まじい反応でそれに対応する。
半回転するように体を捻り、アレクサンダーの刺突を躱す。
同時に、遠心力を使ってもう片方の斧槍で薙ぎ払う。
「……ッ」
伏せる獣のように体勢を低くして、それを紙一重で回避するアレクサンダー。
間髪を入れず、再び攻撃に転じた。
今度はエルドアールヴの顔面を狙う、一撃必殺の刺突攻撃。
一切の容赦無しの、本気で相手を殺す攻撃だった。
対してエルドアールヴは、その向かって来る剣の先端に、勢い良く顔を近づけた。
「――ッ!?」
アレクサンダーの刺突をほんの僅かな動作で躱し、エルドアールヴはそのまま頭突きの攻撃を仕掛ける。
マズい、とアレクサンダーが瞬間的な判断で思考する。
この頭突きは、ただの頭突きではない。
エルドアールヴの余りあるエーテルが乗った、鉄すら砕く必殺の攻撃。
自身の防御力では当たればひとたまりもない。
アレクサンダーは一瞬でそれを見極めて、刺突の攻撃を中断――即その場から退避する。
「――オオオオオオオオオッ!!」
しかし、高速で機敏な移動をするアレクサンダーの動きに対して、見事なまでの反応を示し、更に追い打ちを仕掛けてくるエルドアールヴ。
「相変わらずムチャな闘いをするやつだな、お前は」
アレクサンダーが呟く。
信じられないやつだ、と。
自分の顔面に剣の先端が迫って来ている中で、わざと顔を前に出してきたのだ。
普通なら恐怖を感じて体が硬直するか、あるいは手練れなら体を退く。
これはエルドアールヴが『不死』だからではなく、自我を見失い『無我』の状態だから、などの理由からではない。
こういう闘いを普通にやってくるのがエルドアールヴなのだ。
「オアアアアアアアアアアッ!!」
エルドアールヴは強烈な踏み込みで、既に『雷光』での移動をし続けているアレクサンダーを追って来る。
あり得ないほどの高速戦闘。
常人ではこのふたりの動きを目で追うことすら不可能で、影や残像を見ることが精一杯だろう。
斧槍の刃をアレクサンダーに向けて、今度は刺突の構えをするエルドアールヴ。
「…………」
それを涼しげな顔で見つめるアレクサンダー。
しかし余裕はない。
エルドアールヴの攻撃力は尋常なものではない。
おそらく一発当たるだけで重傷は免れない。当たり所が悪ければ一発即死もあり得る。それほどの威力が全ての攻撃にある。
アレクサンダーが特別防御力が低いというわけではない。
彼も『英雄』である。
大砲を間近に喰らっても平気でいられるぐらいのエーテル防御力はあるのだ。
だが、エルドアールヴ相手ではそんなアレクサンダーの防御力も、紙と同じレベルになってしまう。それほどに、エルドアールヴの攻撃力は普通じゃない。
アレクサンダーにとっては、闘いの一合一合が命掛け。
凄まじい反応速度で、しかも当たれば即死級の攻撃を次々と仕掛けてくるエルドアールヴ相手にここまで冷静に応対出来るのは、まさしく歴戦を勝ち取ってきたアレクサンダーならではの、経験の蓄積からなる超然とした精神力のおかげだ。
そしてもうひとつ。
「―――ッ!」
ズドンッ、と。
輝かしい光の矢が、エルドアールヴの頭を横から叩きつけた。
エーテルの爆炎が激しく上がる。
その凄まじい衝撃で、エルドアールヴの体が揺れる。
矢継ぎ早に、更にひとつ、ふたつ、みっつと、光の矢がエルドアールヴに直撃していく。
『英雄』シュライヴの援護である。
アレクサンダーが絶対的に冷静な理由のもうひとつは、ここにある。
どんな局面でも、シュライヴが後方で弓をつがえているのなら百人力だ。
シュライヴの援護は万軍の弓兵に匹敵する。
シュライヴがエルドアールヴの動きを止めたおかげで、アレクサンダーは悠々と後方に退避することが出来た。
そのまま、シュライヴの隣に並ぶ。
「やっぱ強いッスね」
シュライヴが言った。
「ああ、強い」
アレクサンダーが苦々しく答えた。
ふたりの英雄からそこまでのことを言わせるエルドアールヴの実力。
やはり『最古の英雄』の伝説はダテではない。
「っていうか、アレで無意識の状態なんスよね? 夢遊病みたいな」
「そうだな、普段のエルドアールヴはもっと強い」
「……まじスか」
「何しろ、今のエルドアールヴは『断空』を使えない」
シュライヴは若く、エルドアールヴとほとんど面識はない。
しかし、アレクサンダーは違う。
若かりし頃には共に魔物と闘ったこともある。
その際のエルドアールヴの強さは人智を遙かに超えたもので、同じく若かった頃のベルドレッド・グレアロスやアルトゥール・クラウゼヴィッツと共に言葉を失ったほどだ。
特に戦技『断空』の凄まじさは異常だ。
戦技『裂空』、戦技『螺旋』と共に、大威力の【三大戦技】と呼ばれている究極の攻撃系戦技。
この【三大戦技】は人類史の中でも会得した者は数えるほどしかいない。
そして『断空』と『螺旋』のふたつは、長い人類の歴史を見てもそれぞれたったひとりしか会得者がいない。
『断空』の使い手、『最古の英雄』エルドアールヴ。
『螺旋』の使い手、『大英雄』レックス・フェルト。
すなわち、技を編み出した本人のみしか使えない戦技、【固有戦技】だ。
「エルドアールヴが今の状態に慣れてしまう可能性もある」
「……無意識の状態で『断空』を撃って来るかもしれないってことッスね」
「今でさえ、基本的なエーテル技を使いこなしている。息を吸うのと同じレベルで扱ってきた戦技なら、無意識でも使えるようになるのも時間の問題だろう」
エーテルを攻撃の瞬間に集中させて怪力を実現させたりと、小さなエーテル技の重ね掛けでエルドアールヴは闘っている。
それがいつ、戦技に発展するか分からない。
事実、火山の噴火で上空高く飛ばされた時に、戦技『空渡』を使っていたのだ。
「エルドアールヴが『断空』を使えない今の内に倒す必要がある」
「なら、こっからはマジの全力ってことッスね……って、アレクさん?」
シュライヴが弓のしなりを確かめようと弦を引っ張っていると、すでにアレクサンダーは前に歩を進めていた。
「――『遠からんものは遠雷の音に聞け』――」
口ずさむような戦技詠唱からは想像もつかないほどの力強いエーテルが、アレクサンダーの体から巻き上がる。
これこそは英雄の技。
これまで並み居る強敵を薙ぎ倒してきた、『英雄』アレクサンダー・アルグリロットの必殺。
それはもはや『雷光』の域を超えて、固有戦技とまで昇華した恐るべき戦技。
「――『紫電の栄光、雷光の軌跡を刮目せよ』――」
それは歴代アルグリロット当主の『雷光』の中で、最も敵を倒すことに特化した、極限の攻撃性。
「戦技『雷光』――『雷撃猛攻』」
ゆっくりと歩くような動作で進んでいたアレクサンダーが、ドンッ、という音を立てて急激に加速し疾走する。
その速度は初速で既に尋常の域を逸脱しており、詠唱入りの真の『雷光』の速さを体現している。
しかし、アレクサンダーのそれは普通の『雷光』とはひと味もふた味も違う。
「やっぱスゲェな、俺の目でも微かにしか見えねェ」
弓手であるシュライヴの動体視力ですら、その姿を完璧には追えない。
それほどに、アレクサンダーの動きは普通じゃなかった。
『雷光』の速さだけならシャルラッハの方が圧倒的に速度がある。
しかし、アレクサンダーのコレは、速さとは別方向のベクトルだ。
まるで雷鳴のような音が周囲に轟く。
これはアレクサンダーが『雷光』で空間を走る音だ。
戦技『空渡』と『雷光』を組み合わせた天才の妙技。
彼にとっては天地すべての空間が踏みつける大地であり、その動きを変化させるための踏み台だ。
長いアルグリロット家の歴史の中でも、直線的で真っ直ぐな動きしか出来ない『雷光』の弱点を唯一克服したのがアレクサンダーなのである。
つまりは、『雷光』の瞬間的連続使用による超高速の機動力。
雲間から乱れ咲く稲妻のように、直線的でジグザグな超高速移動で駆けるのが、アレクサンダーの固有戦技である。
「マジで一瞬でケリをつける気ッスね」
シュライヴが言った。
これをやられた相手はまず間違いなくアレクサンダーの姿を見失い、気づかないままに斬られて死ぬ。
アレクサンダーこそが、1対1の決闘最強と謳われた、レリティアの英雄である。
「――ッ!!」
エルドアールヴの真上から、頭を狙った即死の一撃を放ったアレクサンダー。
速度の乗ったエーテル入りの剣撃は、鉄の体を持つ魔物ですら容易に斬り飛ばす威力だ。それを完全なる死角から、しかも前から後ろから横から上からと、全方向のどこからでも放たれるというのだから始末におけない。
放てば即死の先制攻撃。
これを回避するなど不可能である。
だが、相手はエルドアールヴだ。
「……ッ、グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
アレクサンダーの死角からの攻撃を、その手に持つ大戦斧で受け止めていた。
「やるな」
アレクサンダーが口をニヤリと歪ませる。
あまりにも凄まじいエルドアールヴの経験則。
それがアレクサンダー必殺の先制攻撃を防いだのだ。
無意識の中でもそれが可能なほど、エルドアールヴは闘いに明け暮れていた。
幾千幾万もの死闘の中で研ぎ澄まされた、歴戦の猛者の戦闘の勘が、必中必殺のアレクサンダーの攻撃を防ぐ。
恐るべき英雄だ。
そうアレクサンダーが納得して、しかし、それだけでは終わらない。
『雷光』で一度引き、再び姿を消してエルドアールヴに襲い掛かる。
高速的な三次元軌道で、蝶のように舞い蜂のように刺す、ヒットアンドアウェイの戦法だ。
何度も何度も、秒間10回以上という攻防を繰り広げていく。
アレクサンダーの剣が溶岩の光を照らしていて、彼の動くその軌道が、まるで真っ赤な稲妻が明滅しているかのように見える。
凄まじい闘いだった。
激戦と言ってもいい。
これこそが英雄同士の闘い。
これこそが人類最高峰の闘いだ。
「そんじゃ、俺もマジになりますかね」
シュライヴが大弓を引く。
アレクサンダー最強の技を見て、そしてそれを防ぎ続けるエルドアールヴの凄まじさを見せつけられて、発破をかけられた体だ。
見る見る内にエーテルが集束し、光の矢が具現化される。
「1発じゃダメだな。千……いや、8千は必要か」
シュライヴの手に持つ光の矢が、更に大きな光に包まれていく。
凄まじい量の光量が、シュライヴから放たれていく。
そう、彼もまた『英雄』。
エルドアールヴ、アレクサンダーと並ぶ、レリティア十三英雄のひとりだ。
 




