61話 方位騎士団・北の団長『英雄』シュライヴ・ゼルファー
エルドアールヴが完全に自我を無くし、大咆吼を放つ数分前。
シャルラッハ、エリクシア、アヴリル、エーデル、そしてアレクサンダーの5人は、詩編の誘惑に苦しんでいるエルドアールヴと対峙していた。
「クロ・クロイツァー本人が……」
シャルラッハが呟いた。
クロ・クロイツァーは、自分を倒してくれと『英雄』アレクサンダーと『英雄』シュライヴに頼んだらしい。
『蘇生の詩編』の誘惑は、それほどまでにクロ・クロイツァーに効いてしまうということなのだろう。
「お前達が王都に行った後に、ひとりで私の元に来た。アルトゥールは自分が倒すから、その後のことは任せた……とな」
アレクサンダーが言う。
「……なるほど」
シャルラッハは考える。
ということは、まさに王墓での出来事が原因だろう。
ジズ・クロイツバスターの悪計なのはまず間違いない。
何者かのリビングデッドと闘っていたクロ・クロイツァー。あの時の彼の様子は尋常じゃなかった。
おそらく、彼にとって相当大切な人だったのだろう。その故人を自分の手で倒さざるを得なかった。
いったいどれほどの精神的苦痛があったのか、もはや計り知れない。
その時にクロ・クロイツァーは気づいたのだ。
『英雄』アルトゥールが持つ『蘇生の詩編』。
それを自分が手に入れた時にどうなるか。
その誘惑に耐えられないのだと、実感してしまったのだ。
詩編が災いだということを知っていてなお、使いたいと思ってしまう。
自分が人類の敵になってしまう。
それを危惧して、自分を倒せる可能性がある相手を選び、託したのだ。
「…………」
なんという悔しさだろう。
クロ・クロイツァーの託した相手が、自分じゃなかったことが何よりも悔しいとシャルラッハは思った。
同時に、こんなにも彼の手助けをしたいと思っている自分自身に気づいて、少しだけ――――不思議に思った。
「話は終わりましたか、アレクさん」
シャルラッハがもう少しで、自分の気持ちについて分かりかけていたその瞬間に、背後から声がした。
見ると、顔が傷だらけの青年がいた。
その手には、木で作られた巨大な弓を持っている。
毛皮の腰布を着ていて、まるで森や山で生活している狩猟民族のような格好をしている。
いや、まるでではない。
この青年はそうやって生きてきた強者だ。
「シュライヴ、やはり遠距離では不可能か?」
アレクサンダーはエルドアールヴから目を離さずに、近づいてきた青年の名を呼んだ。
「さっきの死にかけの死神と違って、エルドアールヴ相手じゃムリッスね。体を包むエーテルの量がハンパねェッス。ここまで近づかないと俺の矢じゃアレクさんの援護すら出来ねェッスわ」
「そうか……お前には出来るだけ安全圏で闘ってほしかったのだが」
アレクサンダーが残念そうに言う。
シュライヴは、グラデア王国の英雄にしては若い。
こんな才気溢れる戦士を危険な闘いに向かわせることが少々気がかりだったのだろう。
アレクサンダーは後進の育成に強く力を入れている。
エルドアールヴという最強の敵と闘うには、シュライヴの力が絶対に必要だった。しかしそれはアレクサンダーは気が乗らないものだったのだろう。
同じように、シャルラッハやアヴリルに対してもその傾向が強い。
「…………」
シャルラッハはそれもまた悔しい。
まだ認めてもらっていないのだ。
他でもない、父親に。
アレクサンダーにとっては自分はまだまだ、子供なのだ。
しかし一方で、確かにとも思う。
久しぶりにシュライヴを目の前にして、自分との実力の差を確かに感じた。
シュライヴは、シャルラッハが子供の頃からアルグリロット騎士団の一員だった。
シュライヴは基本、単独行動を主とする。
その性質上、役職を持つことはなかったが、それでも当時から副団長のアストリット・グロードハットと同じぐらいの実力があった。
そのアストリットも、特級の魔物を仕留めるぐらいの強さを持っている。彼女は性格に難があり過ぎたため英雄にはなれなかったが、その実力は英雄クラスだったのは間違いない。
「よぉ、シャル嬢。アヴリル、久しぶりだな」
英雄クラスの実力と一言にまとめても、その上下はある。
当時のシュライヴの実力は、アレクサンダーに遠く及ばないものだった。
しかし。
英雄となり、責任を持つようになって精神的にも成長したのか、目の前にいるシュライヴは当時とは比べものにならないほどの絶対的な強さを感じる。
シャルラッハの勘が言っている。
父であるアレクサンダーと比べても遜色ない強さが、今のシュライヴにはあった。
「ええ、久しぶりね。相変わらず元気そうで良かったわ」
「あわわわ……」
アヴリルはシュライヴを苦手としている。
人狼として獣の本能が警戒してしまうのか、狩人として生きてきたシュライヴはいわば天敵のようなものなのだ。
「お前ら、ちょっと見ねェうちに強くなったみてェじゃねェか」
ニィ、とシュライヴが顔の傷を歪めて笑う。
本当に嬉しそうな表情だ。
シュライヴはある意味で兄のような立ち位置だったから、シャルラッハやアヴリルの成長が嬉しいのだろう。
しかし、
「でも邪魔だ。お前らじゃエルドアールヴとは闘えねェ、さっさと後ろに退いてろ」
それでも、この闘いにはまだ届かないと判断した。
「…………ッ」
言い返せなかった。
それが、悔しかった。
「……さて、どう出るッスか?」
シャルラッハ達にそう言って、アレクサンダーの隣に並ぶシュライヴ。
「エルドアールヴが動きを見せたら、私が前に出る。隙を見て、射貫け。お前が頼みの綱だ、シュライヴ」
「了解ッス」
アレクサンダーの絶大な信頼を受けて、シュライヴが巨大な弓を構える。
その動作はとんでもなく静かだった。
そこにはまったく殺気や、闘気といったものがない。
シュライヴが消えてしまったかのように感じるほどに。
獲物を待つ狩人の、気配を絶つ異常な静けさがそこにあった。
「エルドアールヴを――倒すぞ」
「ウッス」
グラデア王国二大英雄が、『最古の英雄』に挑む。
今ここに、一大決戦の幕が上がった。
 




