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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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56 高度1万3000mの死の世界



 風の音が吹き荒ぶ。

 アルトゥールの眼下には、巨大な噴煙のかたまりがひとつ。


「ぬぅ……ッ」


 ボルゼニカ大火山の噴火の威力で、火口近くにいたアルトゥールは空の彼方まで吹き飛ばされていた。

『予知の詩編』によってこれを察知したため、噴火に対してエーテルで全力防御するという準備が出来ていたのが幸いした。


 英雄とは、歩く自然災害とまで言われる特級の魔物と闘える者である。

 つまり、火山の噴火もそれと同じようなもの。

 噴火の威力は尋常なものではなかったが、それでも、完全な防御態勢で構えられたというのが大きかった。

 かなりのダメージは負ったが、しかし、死ぬようなケガではない。


「まだ空に上がるか……なんという威力だ」


 噴火の衝撃はアルトゥールを空へ空へと飛ばしていく。

 数十秒ほど経ったが、まだ空に向かって高速で飛んでいく。

 アルトゥールの周囲には、同じように噴火で飛ばされた岩石や粉塵が舞い上がっている。

 溶岩が冷えて固まりつつあるのか、煙を引きながら空に飛ばされていく岩石もある。空に逆らって昇る流星のようで、まるで幻想のような光景だ。


 目の前には地平線が見える。

 あまりにも天空に近づき過ぎたため、その地平線が丸く弓なりになっているのが見てとれる。

 地上にいた時は夜だったが、空に上がるほど、東の地平線の向こうに薄らと光が見えて白んでいる。ずっと向こうにある、数時間後に昇る太陽の光だろう。

 この星が巨大な球体なのだということがよく分かる景色だ。


 人境レリティアの地上からは決して見えないはずの、東にあるアトラリア山脈のその向こう側、境域から深域にまで跨がる、魔境の干上がった湖『ロストレイク』まで見える。

 アルトゥールがいるのはそれほどの高度だ。

 その高さ、およそ1万3000エームの高度。


「……ハァ、ハッ……」


 息が凍る。

 肺が凍る。

 空気が薄く、空があまりにも近い。

 常人なら数分もたずに死に絶える環境だ。

 風の音すら小さくなった、冷たく凍える、空の果ての死の世界。


「ふッ、ふ……ッ」


 すかさずエーテルを体に纏い、絶命必至の環境から身を守る。

 これ以上噴火の勢いに任せて空に飛ばされては、対流圏を越えて成層圏に届いてしまう。更にそこを越えて大気圏にまで達したら、エーテルでどうにか出来るレベルではなくなり、まず間違いなく一瞬で死に至る。


 アルトゥールは手足を大きく伸ばして、地上とは比べものにならないほど薄い空気を受けて衝撃を散らしていく。

 浮上の力が弱まっていくのを感じて、アルトゥールは眼下を眺める。


「ふ、オリヴァーも無事か」


 自分よりも遙か下の方に、オリヴァーの姿が見えた。

 彼もまた、英雄クラスの力を持っている。

 ゆえに火山の噴火では死なず、ここまで飛ばされたようだ。


 どうやら他のリビングデッドは全て消し飛んだらしい。

 それも当然だ。

 意思の薄い彼らでは、噴火に対処するなんて芸当は出来なかったはずだ。


 オリヴァーの更にずっと下。

 噴火しているボルゼニカ大火山が見える。

 真っ黒な噴煙を撒き散らし、それが火砕流となって、溶岩と共に周辺地域に流れ込んでいる。

 紅蓮色の火山雷が、巨大な噴煙の中を暴れ狂っている。

 バチバチと明滅し、ボルゼニカ大火山を不気味に照らしている。


「エルドアールヴめ……やはり、いるか」


 ふと、オリヴァーの近くを見る。

 そこにはバラバラになった人骨が宙に飛ばされている。

 アレがエルドアールヴだ。

 骨の一部に絡むように鎖が巻かれてあり、その両端にそれぞれ大戦斧と斧槍がある。あんな姿になってさえも、闘う意志は無くしていないようだ。


 噴火の直前、アルトゥールは見た。

 まさにエルドアールヴの真下から、空前絶後の大爆発が起こったのを。

 まるで彼を狙ったかのような大噴火。

 噴火が直撃してしまったその威力のほどは計り知れないものであり、エルドアールヴがあんな姿になるのは至極当然のことと言える。


「……『不死の詩編』のおぞましさ、ここに極まれりだな」


 漆黒のエーテルがバラバラになった骨同士を繋ぎ合わせようと、アメーバのように広がっている。

 本人の意図とは関係なく、自動的に復活してしまうそのサマには、同情の念を禁じ得ない。

 エルドアールヴが痛みを感じようが苦しみに喘ごうが関係ない。

 彼が死なないように再生し、治癒し、地獄の苦痛を与えている。

 半分ほどに砕けてボロボロになっているエルドアールヴの頭蓋骨を見たら、人の心を失くしたアルトゥールでさえ彼に同情するほどだ。

 それを二千年。

 とんでもない災いだ、とアルトゥールは心の奥底で思った。


「……しかし、なぜ噴火をした。こんな未来は、今まで視たことが無かった」


 ボルゼニカ大火山が噴火するとしたら、まず間違いなく未来視で見ることになるだろう。

 だが、これまでそんな未来はどこにもなかった。

 未来が変わるには、何らかのキッカケがある。

 それは幾億も未来視をしたアルトゥールだからこそ分かる。


「…………」


 ふと、ボルゼニカ大火山の中腹を見た。

 そこには、必死に走り下っている少女達の姿。

 シャルラッハとアヴリルが、それぞれエーデルとエリクシアを運んで溶岩や火砕流から必死に逃げていた。


「まさか、あの噴火を免れたというのか」


 とんでもないことである。

 前兆がまったくなかったあの大噴火。

 突然の大爆発からなる即死の災害。

 それを彼女達が察知し、回避したという事実に、アルトゥールは衝撃を受けた。


「……なるほど、そういうことか」


 アルトゥールはひとり納得した風に、豆粒大の遠さにいるシャルラッハを見つめた。

 そもそもが、彼女達がこの場にいることがまずおかしい。

 幾度も見た未来視に、このボルゼニカ大火山の場に彼女達が間に合うことは一度もなかったのだ。

 ジズがアルトゥールの実子であるデルトリア伯をけしかけて、シャルラッハとアヴリルは足止めをくらうはずだ。


 シャルラッハとアヴリルではデルトリア伯を倒すには力不足で、数日間に及ぶ長期戦を経て、今夜の満月によって強くなったアヴリルの力でようやく倒す、というのが未来視の未来だった。

 だが、現実の未来は違った。

 明らかに、シャルラッハの力が強くなっている。

 見ただけで理解わかる。

 アレはもはや英雄のレベルになっている。

 同じ英雄だからこそ、理解る。

 覚醒してデルトリア伯を倒したのだと、アルトゥールは看破した。


「アレクサンダーの娘が、未来を変えたということか」


 未来視の未来が変わったのは、シャルラッハが原因だ。

 それはまるで、先を見透すことの出来ない暗闇を照らす雷光の如く。

 引き裂くように絶望の未来を変えたのだ。


 本来なら、ここでエルドアールヴは火口の中に落ちて戻ることはなかった。

 だがしかし、エルドアールヴは復活した。

 あれは明らかにエリクシアの呼び声に反応して、あり得ない【溶岩喰らい】をして、火口を這い出してきた。


 あり得ないことばかり起こっている。

 それもこれも、すべてはシャルラッハがエリクシアをこの場に連れて来たからだ。

 未来を打ち破る奇跡の連鎖。

 それが現実になってしまっている。

 運命を変えて、未来を打ち破る、神に愛された寵愛の御子。

 それこそがシャルラッハ・アルグリロットという少女だった。


「……あんな小娘に、私の計画全てを壊されたのか……」


 アルトゥールは憤慨極まる想いでシャルラッハを見やる。

 しかし、その中には感服の意も、たしかに含まれていた。

 してやられた、と。


 絶対に打ち崩すことの出来ないはず未来を、彼女が見事破ってみせたのだ。

 自分がどれほど多くの未来視をして、【鬼】を倒すために奮闘したか。それでも結局は、納得出来る絶望の未来を選び取るしかなかった。


 しかし、彼女は違った。

 エルドアールヴの完全敗北という絶望の未来を打ち破る。

 シャルラッハ・アルグリロットという少女は、それをアルトゥールの目の前でやり遂げてみせたのだ。


「ままならないものだな」


 言葉とは裏腹に、だった。

 ここまで気分が高揚したのは、エルドアールヴと初めて出会った数十年前以来だ。

 あの小さな少女は、未来を変えたのだ。

 未来に絶望し、それを変えることが出来ず屈服し、それでも諦められなかったアルトゥールにとって、その事実はどうしようもなく、嬉しいものだった。


 あの少女がいるならば、もしやあの【鬼を】――

 そんな想いがアルトゥールの中に芽生えたのも事実。

 だがしかし、もう遅い。


「さぁ、これで最後だ、エルドアールヴ」


 もうアルトゥールは引き返せない。

 尊い無辜むこの民の命を既に奪っている。

 大人も子供も老人も、老若男女区別なく、既に殺戮の波にさらってしまった。


「いくぞ、オリヴァー」


 リビングデッドはオリヴァーひとりになってしまった。

 蘇生の詩編は、『命の海』から死者の魂を引き上げてこの世に再臨させるものだ。

 蘇生の能力は、星の中枢にある『命の海』に近くないと発動しない。

 つまり、地面に接していないと蘇生が出来ないという難点があった。

 建物の床でも一階ならばギリギリ大丈夫なのだが、建物の二階にいくともうダメだった。

 そして今は天空の遙か上。

 もはや蘇生者ネクロマンサーの能力は使えない。




 ◇ ◇ ◇




「戦技『飛刃』――」




 オリヴァーは自分がすべきことを分かっていた。

 既にエーテルを極限まで練り上げて、自身最大の攻撃力を誇る奥義を発動していた。

 万に届く、小さなエーテルの刃が一箇所に集束していく。

 やがてそれは巨大な剣の刃をかたどっていく。

 柄のない、ただの刃。

 凄まじく巨大だ。

 全長数mにも及ぶ剣の刃。

 しかしそれは圧倒的なまでの暴力性を備えており、あるいは芸術品のような美しさをも両立させていた。




「――『剣神の欠片ブレイド・オブ・フォース』ッ!!」




 オリヴァーの轟声と共に、飛刃の剣が真っ直ぐ飛んでいく。

 飛刃の剣はエーテルの輪をその刀身に帯びて、多大なる攻撃力をもって、骨となったエルドアールヴに向かっていく。


「エルドアールヴのエーテルを吹っ飛ばせッ!!」


 アルトゥールが叫ぶ。

 不死を殺すことは出来ない。

 エーテル切れを狙うしかない。

 ならば、リビングデッドを倒す際と同じように、その身に宿るエーテルを吹き飛ばす方法が有効だ。


 オリヴァーのこの奥義は凄まじい攻撃力を誇る。

 これは賭けだ。

【溶岩喰らい】で回復したエルドアールヴのエーテルを、一撃の元に吹き飛ばす。

 それが出来なければ倒せない。


 いけるはずだ。

 アルトゥールはそう確信している。

 今のオリヴァーはかつてないほどの力を持っている。

 そして、戦技『鼓舞』によって更にその力は強化され、研ぎ澄まされている。


「くらェえええええええええええええッ!!」


 オリヴァーが猛る。

 全身全霊の力を込めて、飛刃の剣をエルドアールヴに命中させた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 エルドアールヴが咆える。

 骨になったエルドアールヴは、そのとんでもない威力の飛刃の剣を、真っ向から受け止めた。

 大戦斧と斧槍が、飛刃の巨大剣とり合いを起こす。

 火花のような閃光があたりを包む。


 空高く、天蓋に近く。

 火山の焔が赤く灼熱に照らしている。

 満月の光が霞むほどに、エルドアールヴとオリヴァー、そしてアルトゥールの闘いは強く、鮮烈に、激しさを増していた。




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