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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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55 死ぬ気で走れ



 リビングデッドとなったクラウゼヴィッツ騎士団の面々。

 その彼らと闘っているエルドアールヴだが、これがまた凄まじい。


「まさに闘神」


 オリヴァーがエルドアールヴをそう評価する。

 まるで闘うために生まれてきたような男だと。

 無意識化でこれほどの闘いを繰り広げるなど常軌を逸している。


 エルドアールヴに接近すると彼の強さがよく分かる。

 ビリビリと肌を焼くようなエーテルの波動。

 戦意。

 殺意。

 エルドアールヴの純粋な負の感情が、まるで暴風のように吹き荒れている。




「――『昂ぶる気炎は奮起の証。もはや抑える術知らず』――」




 オリヴァーは間合いをとって、自らの闘気を高めていく。

 集中し、研ぎ澄ます。

 刺し貫くトゲの如き錬磨されたエーテルは、オリヴァーの周囲で激しく唸る。

 アルトゥールの戦技『鼓舞』の強化も相まって、その力は極限にまで高まっている。




「戦技『飛刃』――」




 オリヴァーのエーテルが、小さく無数に乱れ散る。

 その小さいひとつひとつが刃のように変化して、オリヴァーの周囲に浮かぶ。


『遠当て』を応用した戦技。

 自らのエーテルに乗せて斬撃を遠くに飛ばす、戦技『斬空』と似ているこれは、しかし根本が違う。


 この戦技『飛刃』は、エーテルそのものを刃と化して、敵へと飛ばし攻撃する。

 生前のオリヴァーが操る『飛刃』の数は、およそ20から30だった。

 だが、今は違う。


 リビングデッドとなって肉体が人のそれを超越しているうえに、アルトゥールの戦技『鼓舞』によって極限まで力が高まっている。

 そんなオリヴァーが発動した戦技『飛刃』の数は、

 生前を遙か上回る――数千単位。




「――『竜鱗収束ドラグスケイル』ッ!」




 その『飛刃』を一箇所に集め、刃の山を作る。

 オリヴァーはそれを、エルドアールヴに向けて打ち放った。

 音速を超える速度で飛ぶその一撃は、一瞬にしてエルドアールヴにぶち当たる。


 数千単位の『飛刃』が一気に敵を貫く。

 これを食らったなら、当然ひとたまりもない。

 ひとつひとつが大砲のような威力。

 しかもそれが小さなやじりサイズの『飛刃』であるがゆえ、その破壊力が凝縮されてとんでもない貫通力を誇っている。


 その恐るべき威力は、普通なら、体が残らず消し飛んでしまうほどの戦技である。

 副団長のオリヴァーは、エルドアールヴを攻撃していたかつての部下の団員達をも攻撃範囲に加えて、全員を巻き込む形で『飛刃』を飛ばした。


 団員達が『飛刃』で消し飛んでも、彼らはリビングデッドだ。

 またアルトゥールが復活させれば問題ない。

 人道的に問題ありだが、もはや今のオリヴァーとアルトゥールにはそんな甘い考えは微塵たりとも心の内には存在しない。

 そして、こういう闘いが出来るからこそ、英雄アルトゥールのリビングデッド軍は尋常でなく強い。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 エルドアールヴが咆えた。


「……なんということだ」


 アルトゥールが言った。

 信じられない。

 バカげている、と。


「……まさか」


 オリヴァーが目を見張る。

 目の前で繰り広げられている、『最古の英雄』の神業を。


 数千からなる『飛刃』を、エルドアールヴが両の斧で捌いている。

 大型の武器を扱っているとはとても思えない速度で大戦斧と斧槍を振り回し、オリヴァー渾身の『飛刃』を蹴散らしている。

 時折、捌き切れなかった『飛刃』が体に命中して、動く髑髏となったエルドアールヴの骨が欠ける。

 しかし、そんなことではエルドアールヴは止まらない。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 ふたりは知らない。

 エルドアールヴが、『剣豪』レオナルド・オルグレンの戦技『刺鉄』から編み出された奥義『篠突』を、真っ向から受け止めたことを。

 その『魔剣』を、不死の力ではなく、傷つきながらも己が力のみで打ち払ったことを。


 オリヴァーもアルトゥールも知らない。

 レオナルドの『魔剣』が、エルドアールヴの深層意識に深くその姿を刻み込んだことを。

『剣豪』最高の剣技は、エルドアールヴの魂に刻まれている。

 たとえ自我の無い今の状態でさえも、それを打ち払うために体が勝手に反応するレベルで、エルドアールヴは覚えている。


「戦技『飛刃』でさえ、通用しないのか……ッ」


 レオナルドの奥義『篠突』と、オリヴァーの戦技『飛刃』はどことなく似ている。

 無数のエーテルによる、局地的連続大破壊の技。

 これはつまり、単体の敵を相手取るものであり、アルトゥールが【鬼】と闘うために見繕った、いわば単体特化の戦技である。

 アルトゥールの策では、このふたつの極限の破壊力を【鬼】にぶつけて負傷させるというものだった。

 それによって、人類の力を思い知らせる未来視だった。

 だからこその、オリヴァーとレオナルドの二大リビングデッドだったのである。


 しかし、エルドアールヴに対してはそれが裏目に出た。

 先にレオナルドと闘い、その奥の手を体が覚えていた。


「……ジズめ、いつもいらぬことをする」


 その予定外の出来事を察したアルトゥールが、犯人の名を口にする。

 アレはまさしく『死神』だ。

 レオナルドをエルドアールヴにぶつけたのも彼だし、その闘いのせいでレオナルドを蘇生させられなかったのも、間違いなくジズのせいだ。

 味方でもなければ敵でもない。

 アルトゥールは以前、ジズのことをそう評した。

 そう、アレはただの『歩く災い』だ。

 不特定の者に『絶望』を見せる、まさに人類の敵。




「――じゃないか」




 だが、アルトゥールはそれを是とした。

 何をやっても構わない。

 たとえ自分の不利になるものだとしても、それもまた面白い。


 だからこそ、ジズを仲間に引き入れたのだ。

 そう思うからこそ、ジズもまたアルトゥールを気に入ったのだ。

 当時エルドアールヴに追われていたジズを宮廷道化として匿い、様々な知見を得た。グリモア詩編という力も得た。

 人の心は失くしたが、人外の強さを手に入れた。


 いかなる試練がこの身に降りかかろうとも。

 その全てを蹴散らして己が覇道を進みゆく。

 それこそが、英雄アルトゥール・クラウゼヴィッツ覚悟の矜持である。


「――――ッ!」


 そして、だからこそエルドアールヴの強さに翻弄されず、『予知の詩編』で直近の未来を視た。

 それゆえに、


「防御を固めろオリヴァーッ!! 構えろッ!!!」


「――――ッ!!」


 一瞬先の未来のに――備えが出来た。




 ◇ ◇ ◇




「――――アヴリルッ!! 退避ッ!!!」


 そしてシャルラッハもまた、超越的な天性の勘で、それを察した。


「へ……?」


 近くにいたエーデルの首根っこを掴み、そのまま走る。

 普段のシャルラッハならエリクシアを庇い、エーデルはアヴリルに任すのが通例だったが、今はそんな余裕すら無かった。


「――――ッ!!」


 アヴリルもまた理解出来ないままに、シャルラッハの行動を見てすぐに行動した。

 つまり、エリクシアを抱えてシャルラッハの後を追ったのである。

 全力で。

 力の限りの、全速力で。


「…………ッッ!!」


 間に合えッ! とシャルラッハは心の中で叫ぶ。

 高速でカルデラを越えて、離れて行く。

 登ってきた山の斜面を、落下するよりも速く駆け下りていく。


「…………ッ」


 アヴリルがエリクシアと共に、すぐ後ろにいるのを感じる。

 今宵は満月で、今のアヴリルならシャルラッハの速度にも遅れずついて来られるのが幸いした。


「――――くッ」


 そして、ボルゼニカ大火山の中腹にさしかかろうとした次の瞬間。

 走っている地面、つまり火山が文字通り、揺れた。

 一瞬、バランスを崩すが、すぐに体勢を立て直す。

 このまま転んでしまったらあらゆる意味で死んでしまう。山を滑落したらとんでもないことになる。

 そして、それ以上に――




「ふ、噴火ァ!?」




――この大災害に巻き込まれたら、絶対の死が待っている。

 あり得ないほどのエネルギーの爆発。

 地下深くからマグマがせり上がり、火口から一気に外に溢れ出る、とんでもない自然現象。

 マグマが噴き出したために、気温が一気に上がっていく。

 信じられないほどの爆音が、地下深くから鳴っていた。


「な、なんでこんな時にッ!?」


 シャルラッハに首根っこを掴まれて運ばれているエーデルが叫ぶ。

 しかし、シャルラッハだけは分かっていた。

 なぜ今、この瞬間に、こんなことが起こったのか。


 このせかいがクロ・クロイツァーに敵意を持っているのは、彼が『死力』を発動させたことから確実だ。

 間違いないと断言出来るほど、シャルラッハの勘が言っている。

 この星は、マグマに落ちたクロ・クロイツァーを取り逃がした。


 絶対に逃がさない。

 必ず殺す。


 そんな強烈な意志を、天性の感覚からシャルラッハは感じた。

 人のようなハッキリとした意思ではなく、もっと大雑把なものだったが、こうなることが分かるぐらいに、理解出来た。

 すなわち、この火山の噴火は、星によるクロ・クロイツァーへの攻撃だ。


 だが、おそらく星にとって生物個体というのは認識し辛いのだろう。

 星に対して人間は、あまりにも小さすぎる。

 だからこその、この大規模な噴火こうげきだ。


「ギャアアアアッ、熱ッ、アッツッ!!」


 火に弱い獣人ファーリーであるアヴリルが叫び散らしている。

 焼け爛れた岩石が雨のように振ってきている。

 一気に気温が上昇しているため、周囲の景色が歪んで見える。


「アヴリル、とにかく走りなさいッ!!」


「は、はいィィッ!!」


「後ろの煙に巻き込まれたら死ぬわよ!」


 すぐ後ろには、真っ黒な煙が迫っている。

 火砕流。

 熱雲とも呼ばれるこれは、温度にして約1000度にまで達する。

 しかも、気体とは思えないほどの、怖ろしい速度で山を下ってきている。

 飲み込まれたら一巻の終わりだ。


「さっきの城まで戻るッ! 急ぎなさいッ! 死ぬ気で走ってッ!」


「ヒギィィィッ!!」


 年頃の少女がしてはマズいぐらいのヒドい表情で、アヴリルはとにかく山を駆け下りた。



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