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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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51 グリモア詩編・第二災厄『無念』、蘇生者『ネクロマンサー』



 カルデラの岩を踏み台にして、恐るべき速度で猛突進してくるエルドアールヴ。

 踏みしだく足の力が凄まじいのか、岩が次々と破砕していく。

 ここは一歩間違えば溶岩の中に落ちてしまう場所だ。

 それを何の躊躇もなく、速度を落とすどころか加速しながら突っ込んで来るエルドアールヴは異常と言っていいだろう。


「クロ……ッ!?」


「様子がおかしいですわね」


 現れたエルドアールヴを見て、何かおかしいとエリクシアとシャルラッハが気づいた。


「まさか……あやつ」


「……え!? クロイツァー殿の意識が……ない?」


 エーデルが言って、続くようにアヴリルが言った。


「どういうこと?」


 シャルラッハがアヴリルに問う。


「この違和感は……なんでしょう、まるで眠っているような……気絶しているような匂いです」


 アヴリルは相手の状態を匂いで看破することが出来る。

 その鋭敏な感覚で、クロの状態を言い当てる。


「……あのバカ者め……自分を見失っておる……ッ」


 エーデルが言う。

 エルドアールヴのそれは、自我を失っている状態なのだと。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 エルドアールヴが、アルトゥールが出したリビングデッドに向かって、大戦斧の攻撃を仕掛けた。

 凄まじい威力の攻撃だ。

 遠慮という文字が一切無い。

 そう、近くにエリクシア達がいるにも関わらずだ。

 山を削るかのようなその一撃は、ボルゼニカ大火山を大きく揺るがした。

 同時に、破砕された岩や石が周囲に爆散する。


「キャア……ッ!」


「アヴリル、そっちをッ!」


「はい……ッ!」


「おおぅッ!?」


 シャルラッハがエリクシアを抱え、アヴリルがエーデルを抱えて後ろへ跳んだ。

 難を逃れた4人は、少し離れた位置でそれを見る。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


「ふッ! ジズめ、うまくいったようだな」


 叫び狂うエルドアールヴを見て、アルトゥールがほくそ笑む。

 どこからか出現させたリビングデッド達が、たった一撃で葬られた。

 しかし、アルトゥールは不敵な笑みを浮かべたままだ。


「狙いどおり弱体化しているな」


 アルトゥールのその言葉は、シャルラッハ達も思っていたことだ。

 今の、遠慮の無い一撃。

 それがそもそも弱く感じるのだ。

 何の躊躇も遠慮も無い一撃が、あの程度の威力。


 シャルラッハ達は、エルドアールヴが本気で闘うところを既に一度見ている。

 ナルトーガでのジズとの闘いで見せた、あのとんでもない戦闘力だ。

 あれと比べれば、今のはまだ弱い。

 当然だろう。

 戦闘力はエーテルの強さと直結する。

 そのエーテルは生命力の強さ、心の強さ、そして、意思の強さが影響する。

 今のエルドアールヴは、それらが明らかに欠けている。

 むしろ、今彼がこうして動いて闘っていること自体がおかしなことなのだ。


「苦労したぞ、人類最強のお前と闘うために、幾重もの罠を用意したのだからなッ!」


 アルトゥールが地面に向かって手の平を下にして、それを持ち上げる。

 黒い霧が、地面スレスレに広がっていく。

 すると、再び大量のリビングデッドが黒い霧の中から現れる。

 今度は数十人規模だ。

 その格好から、アルトゥールが団長として君臨していた、クラウゼヴィッツ騎士団の面々だということが、シャルラッハ達には分かった。


「……死体がないと、あの詩編は使えないんじゃ?」


 シャルラッハがそんな疑問を口にした。

 わざわざ人を殺したうえで、その死体を蘇生させる。

 それがアルトゥールの『蘇生の詩編』の能力だと思っていた。

 だが、どうやら正確なところは違うらしい。


「……詩編の力が埒外すぎて、理解が及ばないわ……」


 実はアルトゥールの『蘇生の詩編』は他にも遺品から蘇生させる能力もあるが、今回のこれは明らかに何も無いところからリビングデッドを出している。


「ふ……」


 闘いの最中、それを耳ざとく聞いたアルトゥールは、不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「詩編には相性があると言ったな。同じように、は、こうして私のエーテルを介することで死体無しでも何度でも復活させられるのだ」


 シャルラッハ達はあずかり知らないことだが、エルドアールヴが闘った100人の英雄達と共にいたリビングデッドは、クラウゼヴィッツ騎士団の面々もいた。

 彼らはエルドアールヴに倒されて灰となったが、今こうして再びアルトゥールによって蘇生させていたのだ。


「何度殺されても復活する【不死の軍団】。これが私の新しい軍だ」


 アルトゥールはエルドアールヴと闘いながら、更にこちらへの警戒を怠っていない。その証拠に、最初にいたリビングデッド達が、シャルラッハ達へ武器を構えているからだ。

 おそらくこちらが参戦すれば、向こうも動く。

 そして、シャルラッハとアヴリルは気づいていた。

 このリビングデッド達……クラウゼヴィッツ騎士団のリビングデッド達は、これまでのとは別格だということを。


「……コイツら、ただの団員が……ひとりひとりがまるで……副団長クラスの圧がありますわ……」


 それだけの威圧プレッシャーをこちらに放つ強さ、ということだ。

 いわば、あのマーガレッタ・スコールレイン級の力を持っている者が、何十人と敵になっているような状態だ。

 さすがに気軽に動けるような状況ではない。


「この詩編は『無念』の業。心に無念の感情を宿して死した者達ほど、リビングデッドとなった時に強くなる。その点で言えば、レオナルド・オルグレンは最強だったのだがな……」


 意識もしっかりしていた分、本当にレオナルド・オルグレンは強かった。

 まさかこのボルゼニカ大火山の前にエルドアールヴと闘い負けてしまうとは思ってもいなかったのがアルトゥールの本心だった。

 大体はジズのせいなのだが。


「レオナルドを復活させようとしても不可能だった。どうやら相性という点では、私とは良くなかったようだな」


「演説ご苦労さま。お喋りなのは、ちゃんとデルトリア伯に遺伝してたのね」


「ふっ」


 息子の話をしても、眉一つ動かさない。

 アルトゥールは薄く笑うだけだ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 そうしている間に、エルドアールヴが今まさにアルトゥールに迫っていた。

 副団長級の力を持つリビングデッドを苦も無く薙ぎ払うその姿はまさしく最強の一言だ。

 これで弱体化しているとは、普通では思うまい。

 これこそが『最古の英雄』だ。

 これこそが人類最強の英雄だ。

 これこそが、エルドアールヴだ。


「自我を無くしてもなお、、お前を倒せる」


 エルドアールヴがアルトゥールに肉薄する寸前、

 アルトゥールが手を上にして、一気に下ろす。

 それを合図として、アルトゥールの周りに出現したリビングデッドが体当たりして、エルドアールヴを押し戻す。


 そして同じく、その合図を以て、他のリビングデッドとは違う動きをする者達がいた。


「……え!?」


 エリクシアが思わず叫んだ。

 彼女が見た、そこには、


「私はお前を信じているぞ、エルドアールヴ。お前に憧れ、お前を追い、お前と並び、お前と共に闘った。だからこそ、私はお前が『本物の英雄』だということを知っている」


 ひとりの女性を担ぎ上げ、火山の火口に投げ捨てるリビングデッド達がいた。

 灼熱のマグマに向かって、女性が自由落下していく。


「グ……ォオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 エルドアールヴは一切、迷わなかった。

 真っ直ぐ、その女性の方へ向かって跳んだ。


「そう……英雄なら助けるだろう。お前はそういうやつだ。ジズの作戦でなくとも、予知の詩編を使わずとも、私はそれを知っている。誰かを助けずにはいられない。それがお前の本能だ」


「エルドアールヴッ! 罠じゃッ!! 行くでないッ!!!」


 エーデルが叫ぶ。

 しかし、エルドアールヴには届かない。

 彼にはもう、自我という自我が今は無い。

 いや、たとえ今の時点で意思があったとしても、同じような行動をしたのは間違いない。

 自分の身を犠牲にしてでも助け出す。

 それこそが、誰もが知っているエルドアールヴなのだから。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 ガシッ、とエルドアールヴが女性を掴む。

 しかし、


「キ……キヒヒヒッ!」


 その女性もまた、クラウゼヴィッツ騎士団の団員だ。

 つまり、リビングデッドである。

 彼女は隠し持っていたナイフで、エルドアールヴの首を突き刺した。


「ガ……ッ、ゴフッ……ッ」


 そして、エルドアールヴの仮面に手をやって、剥ぎ取った。

 次の瞬間、


「――――撃て」


 アルトゥールの命令が下る。

 今の隙に、更に復活させられていた多くのリビングデッド達。

 火口に陣取ったそれらの面々が、クロスボウを一斉に射出する。

 腹当て機とも呼ばれる、ガストラフェテスという非常に威力の高い巨大なクロスボウだ。

 射出速度も速く、狙いも正確に撃てる、アルトゥールの軍の遠距離部隊である。

 都合数十人からなる射出連撃。

 火口上空にいるエルドアールヴに避ける術は無い。


「クロ・クロイツァ――――ッ!!」


 それら一連の光景を見ていたシャルラッハが叫んだ。

 しかし、その叫びも虚しく。

 エルドアールヴに文字通り無数の矢が刺さっていく。

 同じく、女性団員もその集中射撃が命中し、絶命。一瞬にして灰に帰った。

 矢のひとつが、女性団員が剥ぎ取ったエルドアールヴの仮面をかすめる。

 仮面は大きく吹っ飛んで、火口の傍に落ちた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 それでもエルドアールヴは死なない。

 彼は不死である。

 たとえ顔面に矢が刺さっていても、決して死ぬことはない。

 体中に矢が刺さり、見るも無惨な状態になっていてなお、エルドアールヴは鎖を持って、斧槍と大戦斧を振り回した。

 火口の周囲に陣取っていた遠距離部隊が一網打尽にされる。

 2周3周と武器を振り回し、ガストラフェテスを射ていた全員が灰に帰った。


「やるな……だが、まだだッ!」


 アルトゥールが手を再び上に上げる。


「く……ッ!」


 シャルラッハがそれを止めようと、足に力を込める。

 だが、


「アレクサンダーの娘よ、そこで止まっておけ。言ったハズだ、私は私の邪魔をする者を許さない。生き残れるのはお前だけになってしまうぞ?」


 シャルラッハ・アヴリル・エリクシア・エーデル4人の周囲に、突然リビングデッドが現れた。


「……こいつら、さっきの……ッ」


 ガストラフェテスを射出する準備が整った、遠距離部隊だ。

 今のあの瞬間に、先ほど灰になったはずの団員が蘇生された。

 何という早業か。

 アルトゥールは、『蘇生の詩編』の扱いを完璧にマスターしている。

 それを可能にしているアルトゥールのエーテル量もまた凄まじい。

 さすが英雄というべきか。


「エルドアールヴを、撃ち落とせッ!」


 すかさず、アルトゥールが屍の軍に命令する。

 今度は弓矢をかざした兵達だ。

 アルトゥールの軍の多様性に驚かされる。

 この南方、ボルゼニカ地方の覇権を取ったのも頷ける。


 第二射。

 無数の風切り音が響く。

 エルドアールヴに再び無数の矢が突き刺さる。


「グ……ゥォオオオオオオオッ……ッ」


 叫ぶ口の中にも矢が刺さっている。

 それでも。


「……バカな、ここまでしても……かッ」


 エルドアールヴは動く。

 針のむしろのようになっていても、大量の出血をしていても。

 どんな大ケガをしていても、たとえ自我がなくとも。

 エルドアールヴは闘い続けようと動く。


 自由落下の途中、あるいは本能で自らの危機を悟ったのか。

 エルドアールヴは斧槍を投げつけて、火口の袖に突き刺した。


「……登ってくるつもりか。そうはさせんぞ……ッ」


 だが、忘れてはならない。

 彼に天運は無い。

 絶対的な運の無さ。

 運命の女神の微笑みは、絶対にエルドアールヴには味方しない。


 火口の袖、斧槍が突き刺さった場所が脆くも崩れ去る。

 同時に、支えが完全に無くなったエルドアールヴは。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 大きな咆吼を最後に。

 火口の溶岩の中へ――――沈んでいった。




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