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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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48 ボルゼニカ大火山



 夜になった。

 シャルラッハ達の道行きは比較的安全なものだった。

 少数ぐらいは配置されているだろうと考えていたリビングデッドはおろか、魔物とも出くわさなかった。


「……ハァ、ハァ」


 シャルラッハの息が上がる。

 さすがの彼女でも、一気に樹海を越えて、更に渓谷を越えるなんてのはかなり難易度が高い。


「ほっ、ほっ、ほっ」


 アヴリルはというと、余裕だった。

 本来、狩猟を得意とする彼女は、こういう立地でこそ本領を発揮する。

 今は満月も近いこともあり、体力は尋常なく高まっている。


 逆に、平らな立地でこそ『雷光』が輝くシャルラッハとは得意な地形が違うことで、互いの苦手なものを補いながら組む最高のパートナーと言っていい。


「……ハァ……ハァ」


 しかし、それは言わば今はアヴリルがシャルラッハに合わせて走っているということなのだが、シャルラッハはそれがちょっと気にくわない。

 たとえ「先に行け」といくら言ってもどうせ聞かないのが分かっているから、言わないだけだ。


 アヴリルはあくまでシャルラッハの護衛である。

 ウルスの街での闘いのような例外はあるが、基本的にはシャルラッハと離れないことがアヴリルの使命であると言える。


「ハァ……ハァ……ちょ、ちょっと休憩しますわ」


「はい!」


 走り続ける体力の限界が来たシャルラッハは、無理はせず走るスピードを緩めた。

 いきなり止まると、足に相当な負担がかかるため、まずはゆっくりと足を軽く動かしながら休憩していく。


「おふたりは大丈夫でしょうか?」


 歩きながら、アヴリルが後ろを気にしながら言った。

 ふたりとは当然、エリクシアとエーデルだ。

 こちらは全力で走っている。

 彼女らは遙か後方、もはや視界では見えない場所にいるだろう。


「気にするだけ失礼よ。あのコらは意地でもわたくし達について来ると言いましたわ。なら、きっとどうにかするんでしょう」


 シャルラッハは「ハァハァ」と息を切らせながら言った。


「……ふふふ」


「……ハァハァ、何を……笑ってるのかしら?」


「いえ、随分とエリクシア殿を信じていらっしゃるのだなと。正直少し、嫉妬しています」


「……」


 そんなことを指摘されて、シャルラッハは少し顔を赤くした。

 自分ではそこまで考えていなかった。

 つまり無意識だ。

 エリクシアとはそこまで長い時間の付き合いではない。

 しかし、それでも、そこまで信頼している事実に自分でも驚いた。


「ふぅ……」


 ならし歩きを止めて、足を完全に止める。

 ヒザがガクガクする。

 樹海では木々を避け、渓谷では坂道に苦労した足は、少し筋肉痛になっている。

 ちょっと前に、『雷光』が出来なくなっていた頃とは違い、今は万全だ。

 もう少しだけ休憩したらまた走り出せるだろう、とシャルラッハは自己分析をしていた。

 そんな時だった。


「あ、あれ……?」


「なに? アヴリル、どうかした?」


 アヴリルが渓谷のずっと下の方を眺めている。

 怪訝な表情をして、シャルラッハも同じようにそこを見た。


「なんでしょう、アレは?」


「……夜目が利くあなたが見えないのなら、わたくしが見えるわけないでしょう」


 しばらくすると、ザザザザ、という音が耳に届いた。

 まるで何か大きなものが水を泳ぐような音だ。

 つい最近、この音をどこかで聞いたことがあった。


「……まさか」


「シャルラッハさま?」


 見えはしないが、なんとなく予想がついた。


「アヴリル、渓谷の川をよく見なさい。確認してちょうだい。わたくしの予想が正しければ、もしかしたら……」


 言われて、アヴリルがずっと下にある川を見た。


「アッ!?」


「エリーがいた?」


「いました! うわぁ! 水竜ですか!?」


「やっぱり……夜になるのを待って、水竜を召喚して樹海からここまで川を登ってきたのね?」


 思ったとおり、この音は聞き覚えがあった。

 デオレッサの滝で聞いたのだ。

 水竜が泳ぐ時に鳴る、この水の音を。


「やるじゃない。随分と魔法が上手くなったみたいね」


 素直に褒めるシャルラッハ。

 そして、意地でもふたりについて行くというエリクシアの言葉に嘘偽りがなかったことが、すごく嬉しかった。


「アヴリル、下に行くわよ」


「乗せてもらうんですか?」


「当然。楽が出来るなら、それに越したことはないわ」




 ◇ ◇ ◇




「ハァ……疲れた」


 水竜の背に乗ったシャルラッハは姿勢良く座った。

 純白の鱗が滑り止めになっていて、動く水竜の体でも意外と居心地が良い。


「シャルちゃん、おつかれさまです。これ、樹海の清水を汲んできましたよ。エーデルさんが魔法で精製してくれたから、すごく美味しいですよ」


「ありがとう。気が利くわね」


 エリクシアが竹筒で出来た水筒を手渡した。

 ごく、ごく、と喉音を立てながら冷たい水を飲んでいく。


「ハァ……生き返る」


 この冷たさが火照った体に染み渡る。

 体力すら回復するんじゃないかと思うほどだ。


「スピー……スピー……」


「すぅ……すぅ……」


「……それで?」


 シャルラッハが水竜の頭の角部分で寝ているふたりの人物を見やる。


「エーデルはまだしも、どうしてデオレッサまで出てきて寝ているのかしら」


「まるで姉妹みたいですね。微笑ましいです」


 アヴリルが言った。

 寝ているふたりのその姿は、どちらも幸せそうな寝顔をしている。


「どうせ寝るなら、グリモアの中で眠ればいいんじゃないの?」


「あはは……」


 エリクシアが苦笑いをする。

 デオレッサはどうやらまた勝手に出てきて、勝手に疲れて勝手に寝ているらしい。

 なんて自由過ぎる『悪魔』か。


 しかし、好き勝手をするデオレッサがいないとなるとマズいことが起こるらしい。

 この水竜、ヴォルトガノフと言う名前だが。

 デオレッサ曰く、元々この水竜は『魔物喰らい』という畏名を持つ恐るべき魔物だったのだという話だ。

 元・魔物というだけあって、相当に凶悪な性格をしているとのことだ。

 しかも、500年前は魔境序列第七位という、最高峰の強さを誇る特級の魔物だったのだ。

 これを制御するにはエリクシアとグリモアの力だけでは不可能で、デオレッサという存在がいないとどうにもならなくなるらしい。

 仮に、水竜だけを単体で召喚するとなると、魔物を喰らおうと暴走するのだという。


「ま、このコもわたくし達の仲間だから、別にいいケド」


 シャルラッハがそう言って、エリクシアが「ふふっ」と笑う。


「シャルちゃん、ありがとうございます。認めてくれて」


「……そ、そういうのいいから」


 シャルラッハはまたも恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「――――――――――――ッ!」


 水竜が大きく啼く。

 川の中を泳げて気持ちが良さそうだ。

 こうして穏やかにしているのも、デオレッサが頭の上にいるからだ。

 渓谷の川を泳いでいく水竜。

 動きはゆったりと、しかし信じられない速度で、ひたすらに南を目指し進んでいく。




 ◇ ◇ ◇




 まる1日が経った頃。

 シャルラッハ達は南の土地に到着した。

 予想していたよりも遙かに早い。

 もうあと2日はかかるとシャルラッハはみていた。

 これは水竜による移動の速さが想像以上のものだったからだ。

 水竜の威圧もあって、魔物の襲撃もなかったことも一因だろう。


 南に真っ直ぐ向かった先に、クラウゼヴィッツ城があった。

 火山の麓にある巨大な城だ。

 英雄アルトゥールがいる居城。

 目的地だ。

 否が応でも気合いが入る。


 この城は、南方の住人にとっては神聖な土地に建っている。

 レリティア最大の活火山、ボルゼニカ大火山の麓に建てられたそこは力の象徴である。

 古くから修羅の土地と言われている、このボルゼニカ地方は広大な土地だ。

 ここでは多くの血で血を洗う闘いが勃発してきた。

 それは人と魔物の闘いではなく、人と人の闘いの歴史である。

 ボルゼニカ大火山はその時代時代の勝利者が得る、いわば勲章のような場所なのだ。

 そのため、ボルゼニカ大火山の麓には常に巨大な城が造られる歴史がある。

 しかし、活火山であるために相当危険な場所であり、実際に何度も溶岩や火砕流に呑まれていて、城はその度に建て替えられている。


 ある種、この土地の所有は名誉のためのものであるが、実利も確かに存在する。

 鉱石、大理石や宝石など、レリティア中で高額で取引出来る、多種様々な質の良い石がボルゼニカ大火山では大量に採掘出来るため、莫大な利益が出るのだ。


 そういうこともあり、このクラウゼヴィッツ城は、南方のボルゼニカ地方を平定した、英雄アルトゥールの力の象徴であることは間違いない。

 しかし、


「……誰もいない?」


 シャルラッハはクラウゼヴィッツ城の玉座にいた。

 ここに到着してから、城をくまなく捜したが人の影はどこにもなかった。

 あり得ないことが起こっている。

 夜の闇に、ボルゼニカ大火山の灼熱が城をゆらりと照らしていて、一層不気味に映る。


「どういうことなんでしょう?」


 傍にいるエリクシアが不思議そうな顔をしている。

 シャルラッハも同じような顔をしている。

 ここには決戦に来たのだが、誰もいないなんてことは予想していなかった。


「ついさっきまで人がいた形跡はあるけれど……」


 シャルラッハが独り呟く。

 数時間以内に、確かにこの城に人はいたはずだ。

 アルトゥールは一体どこに行ったのか。


「シャルラッハさま! いました!」


 城の屋上を見ていたアヴリルの声だ。

 彼女が叫ぶということは、この近くにアルトゥールはいないということだ。

 アヴリルはこの巨大な城を走り回っていた。

 体力気力が有り余っているのだろう。空には満月が浮かび、彼女の体の調子が最高潮になる夜だ。


「ちょっと屋上に行ってきますわ。一応、警戒は解かないで」


「はい」


「そなたも、気をつけよ」


「言われなくとも」


 エリクシアとエーデルにそう言って、シャルラッハは玉座から外に出て、外壁を蹴りつけて屋上に登った。


「どこ?」


 すぐにアヴリルに声をかける。


「火山の中腹にいます。登っているようですね……」


「…………ッ」


 屋上ではボルゼニカ大火山を見上げることが出来た。

 夜の闇に真っ赤に光る山は、どこか不気味だった。

 その中腹に、アルトゥールがいるらしい。


「なぜ、そんなところに……」


「分かりませんが……多数のリビングデッドを引き連れているようです」


「向こうはこちらに気づいていますの?」


「いえ。この遠さでは私でギリギリなので、おそらくは大丈夫かと」


 満月のアヴリルの五感は普段とは一線を画すものになる。

 そのアヴリルでギリギリということは、アルトゥールに自分達の存在が気づかれているということは無いだろう。


「では、隠密に近づきましょう。相手は外道。何をしてくるか分からない以上、慎重に慎重を重ねましょう」


「了解です」


 なぜアルトゥールは今、この瞬間にボルゼニカ大火山を登っているのか。

 相手の目的が分からない。

 が、退く選択肢は無い。

 シャルラッハ達はこっそりと気配を隠し、アルトゥールの後を追い、ボルゼニカ大火山を登っていった。




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