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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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47 外道



 構えていた剣が叩き折れていく。

 着込んでいた甲冑が、まるで乾いた枯葉のように粉々に壊れていく。

 要塞の上でエルドアールヴを待ち構えたオリヴァー・アーネットは、武器を一合も交えることすら出来ずに完敗した。

 たった一撃の薙ぎ払い。

 それだけで、やられた。

 エルドアールヴの斧槍が、自身の体を鎧や剣ごと砕いていく。

 絶命の直前、オリヴァーの思考は極限まで研ぎ澄まされていた。


「――――」


 やはり、強い。

 クラウゼヴィッツ騎士団の副団長という立場の自分でも、エルドアールヴ相手だと闘いにすらならない。

 こちらの『戦技』を出す隙すら無かった。


 無念だと、そうオリヴァーは思った。

 走馬燈のように、過去の情景が思い浮かぶ。

 彼はいつだって二番手だった。

 勉学、運動、何をするにしても一番になることはなかった。

 それでもいつか届くと信じてやってきた。

 騎士の家系で、いつか英雄になると誓い、ここまでやってきた。

 しかし、無理だった。


 副団長になって初めて理解した。

 アルトゥール団長――つまり『英雄』との絶対に越えられない壁を。


 アルトゥールの子息であるフリードリヒの存在を知った。

 あの才能の権化の存在が、オリヴァーの自信を粉々に砕く。

 英雄になる人間は、そういう風にして生まれてくる。

 副団長になり、そうした者達の傍にいるようになって、ようやく理解してしまった。

 自分には無理だ、と。


 そうしてオリヴァーは、全てを諦めた。

 挫折した。

 自分はどう頑張っても、ここ止まりだ。


「ふ……ふふ」


 自分を嘲笑う。

 これまでの自分の人生の全てを、嗤う。

 何もかもを諦めて、それでも心残りを燻り続けて暗闇の中を彷徨った。


 抑えきれない激情は無念の情だ。

 このまま死んでも死にきれない。

 普通なら、絶望の中に沈んでしまうだろう。

 しかし、オリヴァーには死のその先が見えている。


「『最古の英雄』エルドアールヴよ……また、会おう……」


 命が尽き、崩れ落ちる最期の瞬間。

 オリヴァーは未来を見ながら、絶命した。


「…………」


 オリヴァーを仕留めたエルドアールヴは、彼の最期の言葉に何の反応も示さない。

 彼を振り返ることなく、そのまま要塞を走り去って行く。


 ただ真っ直ぐ。

 蘇生の詩編を持つ、『英雄』アルトゥールの元へ。




 ◇ ◇ ◇




 時間は少しだけ戻り、エルドアールヴがまだ100人の英雄と闘っていた頃。

 王都からほど近い、ウルスの街。

 人が死に絶えたこの街の出口には、4人の人間がいた。


「まさかあなた達がそのままこちらに向かってきているなんてね」


「てっきり王都で待っているものかと思いました」


 呆れた表情で、シャルラッハとアヴリルが言った。


「そなたらなら、あの状況で王都でおとなしくしていられるのか?」


 エーデルが「ふん」と鼻を鳴らして言った。

 王墓でクロ・クロイツァーが尋常じゃない様子で走り去って行った。

 そのクロを引き戻そうと、シャルラッハとアヴリルで後を追った。

 エーデルとエリクシアはそれを見送った。

 そんな状況で、王都でじっとしているかと言われたら。


「……しないわね」


「で、あろう?」


 屋根のある街の出口で雨宿りをしながら、シャルラッハは、あれから何があったかをエーデルとエリクシアに話した。


「ふむ……だいたいのことは分かった」


 エーデルがウルスの街を見回してそう言った。

 エリクシアは祈るように両手を握っていた。


「なんて惨いことを……」


 ひとつの街が滅んでしまった事実。

 それをやったのが、今クロ・クロイツァーが相対している相手だ。


「でも、どうして遺体をそのままにしておいたんでしょう?」


 アヴリルが不思議そうな顔をしている。

 街の人の遺体はアヴリルとシャルラッハがひとまずは安置したが、この大雨でかなり傷んでいた。


「リビングデッドとして蘇らせて戦力にするなら、すぐにそうした方が遺体が傷まないと思うのですが……」


 たしかに、とシャルラッハは思った。

 おそらく、蘇生の詩編は使ったら死体の状態を維持する。

 せっかく自分の兵にするなら少しでも体の新鮮さを維持しておいた方がいい。


 遺体の腐敗具合から、アルトゥールは王都から自分の城に向かう途中でこの街を襲ったのだと考えられる。

 シャルラッハの父アレクサンダーに追われる立場だった彼だが、街の住民を皆殺しにする余裕があるのなら、その時に蘇生の詩編を使えばいい話だ。


「……いや、むしろこの方が良いのかもしれんな」


「どういうことかしら?」


 エーデルがアルトゥールの意図に気づいたようだ。

 シャルラッハは、自分でその意図にたどり着けなかった悔しさを隠して、素直にエーデルに問うた。


「この街の人間を殺したのなら、後で蘇らせるのは確実じゃろ?」


「ええ」


 兵士でもないただの一般住民をアルトゥールが殺す意味。

 そうとしか考えられない。


「王都には熟練の王国兵が警備しておる。たとえリビングデッドの戦力でも易しいものではなかろう。仮に、籠城されたとしたら余計にじゃ」


「…………」


 英雄という強大な個人戦力を除けば、攻撃側の兵力は守備側の兵力の3倍は必要だというのが定説だ。

 だとしたら、わざわざリビングデッドの体を痛ませる理由がますます分からない。


「断っておくが、これは王としての考えではなく、医師の心得を持つ者として最もやられたくない戦術じゃぞ? だからこそ、思い浮かんだのじゃぞ?」


「……随分と、もったいぶりますわね?」


「…………」


 エーデルは珍しく神妙な表情をして、続きを言う。


「おそらく狙いは、疫病じゃ」


「…………ッ」


 その一言で全てを察したシャルラッハが、背筋をゾッとさせた。


「いかに籠城しようが、どれほどの兵力を持っていようが、病が流行ればどうにもならぬ。遺体を腐らせ、それをリビングデッドにし、王都に放り込む。おそらくアルトゥールの狙いはそれじゃ」


 動き回る病源。

 あまりにもエゲツない戦術だ。


「それは、もう……人間の闘いじゃない……ですわ」


「外道……ですね」


 いくら命を奪い合う戦といえども、許されないものがある。

 これはもはや許容出来るものじゃない。

 アルトゥール・クラウゼヴィッツは、もはや人間の敵である。

 それを理解したシャルラッハが決意を新たにした。


「逆賊アルトゥールを倒します」


「はい」


「わらわも行くぞ。相手は外道。何を準備しておるか分からぬ。病や毒なら、すぐにでもわらわが治してみせよう」


「わたしも行きます。このまま放っておけば、多くの人が死んでしまう。絶対に見過ごせません」


 シャルラッハの決意に、アヴリル、エーデル、エリクシアがそれぞれ賛同した。

 それを聞いて、深く頷くシャルラッハ。


「ここの住民を殺したリビングデッド達は、わたくし達が相手した者とは違いますわ。足跡は公道の先に伸びていました。ここで待機するでもなく、そちらに行った理由はひとつ」


「おそらく、クロイツァー殿を相手するため、ですね」


 アヴリルの言葉に、シャルラッハが頷く。

 クロ・クロイツァーはエルドアールヴだ。

 彼は強い。

 リビングデッドを全員集めても倒せまい。

 おそらく、時間稼ぎのためだ。

 アルトゥールは何らかの罠を自分の城か、その付近に仕掛けているはずだ。

 エルドアールヴを倒せるほどの何かを。


「クロ・クロイツァーは真っ直ぐ公道を進んでいる。そこに、リビングデッドの大群が待ち構えているはず。なら、もうひとつの道は手薄になっているはずですわ」


「そうか! 公道を使わず直接南へ、渓谷と樹海を越える気じゃな!?」


 相当に迂回する公道は、リビングデッドの大群が確実に待ち構えている。

 対して、普通なら時間がかかるであろう山道と森を抜ける南の険しい道。

 シャルラッハが選ぼうとしているのは後者だ。


「ええ。申し訳ないけどリビングデッドの大群はクロ・クロイツァーに任せます。わたくし達はその隙を狙って、直接南を通り、アルトゥールの城へ向かいます」


 今ならむしろ、後者を進んだ方が早く着く。


「こちらも厳しい道のりになりますが、ついて来られるかしら?」


 シャルラッハはエーデルとエリクシアに向かって言う。


「大丈夫です。意地でも、ついて行きます」


「う……うむ!」


 エーデルは少し言い淀んだが、どうやらやる気にはなっているようだ。

 シャルラッハはその様子に、くすりと笑みを浮かべる。


「では、いきましょう。

 これ以上、外道を野放しにはしておけません」




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