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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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45 序列の壁




「……あれはもう手がつけられないな」


 リビングデッドの軍を怒濤の如く蹴散らしていくエルドアールヴを見て、オリヴァー・アーネットは辟易しながら言った。

 オリヴァーは腐ってもクラウゼヴィッツ騎士団の副団長である。

 その強さはグラデア王国の中でもトップクラスのものであり、あのグレアロス騎士団の副団長マーガレッタ・スコールレインと比べても、勝るとも劣らない実力者だった。


 だが、エルドアールヴはレベルが違う。

 いくらなんでも強すぎる。

 エルドアールヴが相対しているあのリビングデッド達は、過去の英雄だ。

 しかも生前よりも筋力が遙かに上がり、体力などは無限に近い。

 彼らの持つ必殺の技、つまり『戦技』が弱体化しているとはいえ、それを補って余りある強化がされている。


 それを、エルドアールヴがたったひとりで相手にしている事実。

 英雄100人でも敵わない英雄。

 英雄の中でも一線を画す存在。

 それが『最古の英雄』エルドアールヴの実力なのだ。


「……バケモノだ」


 リビングデッドの軍はエルドアールヴに壊滅させられる。

 オリヴァーは確信した。

 あれはまさしく天下無双だ。

 敵うわけがない。


「ゲハハハ」


 隣にいたジズが笑う。

 じっ…………と、エルドアールヴを見つめながら、賞賛の笑みを浮かべている。


「本当に強いね、クロ。ぼく驚いたよ。アレ、もしかしたら序列8位と同じぐらいなんじゃないかなぁ」


「……なに? どういうことだ」


 ジズの言葉に引っかかりを覚えて、オリヴァーが問う。

 もったいぶることもなく、ジズが答える。


「魔境アトラリアにはね、強さの序列があるんだよ」


「それは知っている。エルドアールヴのあの強さで8位だとはどういうことだ、と私は聞いたのだ」


 これまで、オリヴァーは基本ジズとは接点がなかった。

 宮廷道化のジズが好き勝手に動き回って、アルトゥールの傍にいないということもあるが、一番はジズのことが嫌いだからである。

 こうして会話するのは初めてと言っていいぐらいだった。


「エルドアールヴのあの強さで、『最古の六体』にすら届かないというのか?」


 序列は1位から6位は『最古の六体』が占めている。

 しかしジズは、エルドアールヴの強さを8位と同じ程度と言ったのだ。


「ゲハハハ、ムリムリ。『最古の六体』には絶対に敵わないよ。アレはもう、なんていうのかなぁ……闘いにすらないよ、強すぎて」


「……まるで見てきたかのように喋るな? もしかして、『最古の六体』に会ったことがあるのか?」


「ゲハハ」


 笑うだけで、ジズは語らない。

 今、ジズの興味はエルドアールヴの強さを語るという一点に注がれている。


「序列はね、レリティアのように、あるところで『壁』があるんだ」


「壁?」


「そう、壁。君達レリティアの壁は何か分かるかい?」


 じっ……と真っ赤な魚眼で見つめてくるジズ。

 それに不快な思いをしながら、オリヴァーは少し考えた。


「…………」


 ジズに試されているようで心地が悪いが、思いついてしまった以上、答えることにした。


「……英雄か、そうでないか」


 強さの壁と言われて、一番に出てきたのがそれだ。

 グラデア王国で言うなら団長か、副団長か。

 その違い。

 そこには凄まじい実力差があって、努力うんぬんでは決して届かない明確な壁として存在している。

 魔物で言うなら、特級か、準特級か。

 危険度や倒しやすさで言うならとんでもない違いがそこにはある。


「そう! よく分かったね! すごいじゃないか!」


「バカにしているのか?」


「いやいやいや、褒めてるんだよ」


「…………」


 手を叩いて子供をあやすようにされれば、誰だってバカにしているのかと思うが、ジズは本気だ。

 ジズに常識を当てはめてはいけない。

 人の感情を逆撫でする天才なのだ、ジズは。

 冷静にならなければ、とオリヴァーは自重した。


「レリティアの壁なんてゴミみたいなものだけど、魔境序列の壁は厚い。序列の壁は特級の中の壁なんだよ」


「…………」


 今の言葉は、意図せずオリヴァーのことをゴミを罵ったジズの落ち度である。

 そのレリティアの壁……団長と副団長の壁で、オリヴァーは止まっているのだから。


「序列の最下位は100位らしいんだけど、その100位ですら特級の魔物なんだよね」


 オリヴァーは知らないことだが、ウートベルガが序列70位だったということを考えれば、どれほど魔境アトラリアの層が厚いのかが分かる。


「で、序列は一桁と二桁でまた実力差がぜんぜん違うぐらいの、壁があるんだ」


「……つまり、10位と9位とでは、文字通りケタ違いの差になると?」


「そういうこと!」


 序列の10位は、ヴォゼである。

 ヴォゼのあの強さで、壁を超えていないということになる。


「ああ、ちなみに、今までぼくは何人かレリティアの『英雄』を見てきたけど、多分、彼らはみんな10位と同じぐらいだと思うよ」


 ニコリ、と不気味な笑みを見せて、ジズがエルドアールヴの方に向き直る。


「クロは英雄の中でも飛び抜けて強い。もう序列の壁を超えているのは間違いないし、『不死』っていうのを活かせれば多分9位にも勝てると思う。8位と闘ってもすごく良い勝負をすると思うんだよね」


 ジズは魔境のことを詳しく知っている。

 だからこそ、この8位という言葉の意味を正しく理解して使っている。

 魔境序列の7位は『神獣』ベヒモスであり、魔物ですらない。

 1位から6位は『最古の六体』で、『最上級の魔物』である。

 つまり。

 と同レベルなのが、『最古の英雄』エルドアールヴだということを、ジズは言っている。

 が、しかしジズはそこまで説明する気はまったく無い。

 そもそもが人と会話をするのが難しいジズが、ここまで説明出来たことが、逆に奇跡だと言ってもいい。


「まぁだから、『リビングデッドの英雄』程度じゃ、クロを倒すのはムリだねぇ」


「……ふん、散々喋ってそれか。この計画はキサマが立案したのではなかったのか? 対エルドアールヴ……そのために、王都に向かわせていたリビングデッドを集めたのではないか。アルトゥールさまがグラデア王国との戦争のために向かわせていた軍を、だ」


「うん、そこなんだけどさぁ……?」


 ずいッ、とジズがオリヴァーの顔に顔を近づけた。

 不気味極まりない威圧が、オリヴァーを睨め上げるジズの魚眼から発せられる。


「ぼく、言ったよね? リビングデッドの軍の中にさ、を何人か入れておいてほしいって」


「…………ッ」


 ぐぐぐ……と更に顔を寄せるジズ。


「それが一番大事なんだよ、今回の作戦ではさ。クロが知らない間に、罪もない生きた人間を……出来れば若い女の人か子供がいいんだけど、この闘いで勢い余って殺しちゃったらさ、後悔しそうでしょ?」


「…………ッ」


「きっと泣くと思うんだよ。精一杯、苦しんでくれると思うんだよね。闘えなくなるぐらいにさ。それを狙ってたんだよ、ぼくは。だってクロは強いからさ、心を攻めないと勝ち目が無いじゃない? なのに、どうしてぼくの言うことを聞いてくれなかったの?」


「……ゲスめ」


 オリヴァーが小声で呟く。


「ん?」


 ジズに聞こえていないようだったので、もう一度言った。


「ゲスめ。悪いが、それは私の判断で却下した。リビングデッドは死体だ。何をどう扱おうがどうでもいい。それに、闘いの中で犠牲が出るのも仕方がない。民草が酷い目に遭うのも、残念ながら致し方ない。それが戦争だ」


「……」


 ジズはじっとオリヴァーの言葉を聞いている。

 真正面からジズを睨みつけ、オリヴァーが続けた。


「だが、私はキサマの命令には従わない。私が従うのはアルトゥールさまのみだ。あの御方の命令ならば、どんな鬼畜外道に成り下がろうがやり遂げよう。アルトゥールさまは、リビングデッドの2軍を率いてエルドアールヴを打倒せよ、という命令を下された。だから私は今、ここにいる。しかし、キサマの命令には従わない。以上だ」


「…………」


 ジズはその言葉をじっくりと聞いて、そして、


「ふぅ、わかったよ。仕方がないなぁ。みんな本当にワガママなんだから」


 不気味な威圧を解いた。

 そして、くるりと後ろを向いてテクテクと歩み出す。


「それじゃ、ぼくの目論見が甘すぎて失敗したって、アルに伝えてくるよ。君は、最後まで残るんだろう?」


「……ああ。アルトゥールさまのために、私はここで命を散らす」


「そっか。寂しくなるね~」


 まったくそんなことを思っていないような棒読みで、ジズが言う。

 そして、不気味な笑みを絶やすことなく続けた。


「アルに伝言でも伝えておこうか?」


「……そうだな。最後まで騎士の責務を果たしました、とだけ……頼もうか」


 これは遺言だ。

 その覚悟で、オリヴァーはここにいるのだ。


「分かったよ。それじゃあね」


 ジズが再び歩みを進めて――


「待て」


――その首が胴と離れた。


「へ?」


 てん、てんてん、とジズの頭が地面に転がっていく。


「いたたた」


 自分が何をされたのか、ようやく理解したジズ。

 背後から首を斬ってきたのはオリヴァーだ。

 完全に油断していた。

 殺されるまで殺気に気づかなかった、というよりは、オリヴァーはずっとジズに向けて殺気を出していた。常日頃からその状態だったのだから、本当に狙われた時にも動けなかった、というのが理由だ。

 オリヴァーの突然の裏切り行為に、ジズは恨み節を言った。


「ヒドいなぁ……なんでこんなことするの?」


の『ファウスト博士』が城にいるんだ。歩くよりも、飛ぶよりも、この方が早いだろう?」


「ああ、なるほど!」


 首の無いジズの胴体がポンと手を叩き、そのまま力無く倒れた。


「それに……個人的にも、キサマの首を斬ってやりたいと思っていたからな。ちょうどいいだろう?」


「……うーん、やっぱヒドいや」


「……キサマに言われたくはない」


「ゲハハ」


 最後に嗤って、頭だけになったジズは絶命した。

 軽い死に方だった。

 色々な意味で、ジズの命は軽すぎるのだ。


「ふぅ……」


 死んだジズの頭に、近くにあった木箱を落としてオリヴァーはようやくひと心地ついた。


「さぁ、来るなら来い。エルドアールヴ」


 小高い丘に建てられた要塞の上で、剣を石畳の上に突き立てて、副団長オリヴァー・アーネットは仁王立ちをした。

 眼下では、英雄同士の凄まじい闘いが繰り広げられていた。




 ◆ ◆ ◆




 ジズの意識が『命の海』から戻った瞬間、ゴボッという水の中で息が漏れる音を聞いた。

 ジズが手を動かすと、ガラスのような壁が目の前にあった。

 それを手の平で強く押すと、ビキビキとヒビを立ててガラスが割れる。


「ぶはッ!」


 ガラスは巨大なフラスコのような物体だった。

 ジズはその中にいた。

 緑色か、青色か分からないぐらい変色した妙な液体の中に浸されていた体。

 服は何も着ておらず、素っ裸だった。


「う……ん、初めての体は、やっぱりうまく立てないや」


 ガクガクと生まれたての子鹿のように震える足。

 バシャと倒れて、床に広がった謎の液体に突っ伏した。

 面倒になったジズは、そのまま裸のまま横になった。


「ジズッ! アンタ、フザケてんの!?」


 突如、女性の声が響き渡った。

 ここは部屋の中だ。

 見渡すと、ジズが入っていたような巨大なフラスコが他にもあり、様々な紙が乱雑に散らばっており、部屋の中は刺激臭が漂っている。

 誰が見ても明らかな、研究部屋だ。


「その体もタダじゃないんだから簡単に死ぬなって、私言ったよね!?」


「やぁ、ファウスト。こんばんわ」


「こんばんわ、ジズ……って挨拶で誤魔化すな! なんでまた死んだの!? バカじゃないの!?」


 ファウストと呼ばれたのは、黒いドレスの上に、白衣を羽織った大人の女性だった。

 その白衣をキチンと着こなしておらず、片肩がズルッと落ちていて、オレンジ色の長い髪をボサボサのままで流している。

 黒縁のメガネをしていて、目の下には大きなクマがくっきりと出ている。

 ズボラな性格なのだろう、というのが見た目だけで分かる残念美人である。


「ゲハハ、殺されちゃったよ」


「……ハァ、もういい。ほら、体を見せて」


 ファウスト博士は、裸のジズの体を無遠慮に触り、何かを調べている。

 それは数秒ほどで終わり、口を開いた。


「これでもう確定で成功ね。アンタの『転生』の仕組みを利用して、私が造り出した【新しい生命体】に生まれ直す。私が予備さえ造っておけば、アンタは赤ん坊に戻ることなく転生出来る。我ながら素晴らしいアイデアだわ。うーん……でも、この体にジズの魂が入ったら、顔と体までジズのものになるのは不思議だね。ふむ……ジズの魂が強すぎるから肉体まで形を侵蝕しちゃうのかなぁ」


「ああ、ああ、やっと体に慣れてきたよ」


「あっそ。それじゃ、早く服を着て、さっさと出ていって。アンタがサッサと死んだせいで、また予備の【ホムンクルス】を造らなきゃいけなくなったじゃない」


「ごめんよ、ファウスト」


「謝る気がないなら謝らないでくれる? イラつくから。まったく……ホムンクルスの体自体、フラスコから出したら寿命が3ヶ月ちょっとしか保たないから、ただでさえ毎回造らないといけないのに、ほんの数日で死ぬとかちょっとフザケすぎよ」


「ゲハハ、わざとじゃないんだけどなぁ」


「その嗤い方止めてくれる? イラつくから。うーん……もうちょっと成分を調整してみようかな。ホムンクルスの寿命を延ばしたいんだよね。ねぇ、ジズ。アンタちょっと強い魔物倒して死体持ってきてよ。あっ、強かったら別に人間でもいいけど、ちゃんと殺してきてね? 生きてると叫んだりして実験の邪魔だから」


 ファウスト博士がそんなことを言う。

 彼女もまたジズと同じく、人でなしだ。

 ヨハンナ・ファウスト。

 いわゆる頭脳的な意味での天才で、年若き学者として名を馳せた希代の才媛である。

 ただ、彼女は人の領域を超えてしまった。

 実験出来るなら動物でも人でも構わない、といった倫理の外に彼女はいる。

 彼女にしてみたら、人の命など肉の塊が動いているだけの現象だ。

 結局のところ、彼女にとっては生物も無機物も変わらない。


「あ、待って。ファウスト、君はそろそろここを出た方がいいかもね」


「はい?」


 ジズが黒い外套を羽織りながら言って、ファウスト博士は眉をひそめた。


「クロがここに来ると思うから、殺されたくないなら逃げた方がいいよ」


「クロって……アンタの大好きなエルドアールヴ!? ちょっと待ってよ! なんでそんなことになってんの!? だってここ、アルトゥールのお城なのよ!?」


 そう、この場所はクラウゼヴィッツ城。

 グラデア王国の王都から遙か南に位置する、エルドアールヴが今まさに向かっている場所なのである。


「アンタがここなら安心だからって言ったから、わざわざ王都の研究室を引き払ってこんなところまで来たのよ!? それをたった数日でまた引っ越せって!?」


「ゲハハ、ごめんよぉ」


「……ハァ、まぁいいわ。ちょうど重い荷物なんてないから、『影の収納シャドウ・クローゼット』だけでよさそうね」


 闇属性魔法『影の収納』。

 彼女が使うこれを見て、ジズはこの魔法を欲しがったという経緯がある。

 本や紙の束、試験官や怪しい道具などを次々と魔法の中に入れていく。


「随分と尻軽だな、ファウスト博士」


 部屋のドアを開いて現れたのは、この城の城主。

『英雄』アルトゥール・クラウゼヴィッツだ。


「あら、アルトゥール。何か用?」


「同盟ではなく、私の仲間にならないか? という引き留めに来たのだが、ムダのようだな」


「ええ、ムダね。私は誰の仲間にもならない。強いて言うなら、ジズの仲間ってだけよ。『詩編同盟』も私には関係ない。だからアンタにも仲間意識なんてない。もちろん、他の詩編持ちにもね」


「王都での研究場所に、ここでも融通してやったのにか?」


「それは持ちつ持たれつでしょ? リビングデッドの研究もしてあげたじゃない。おかげで自意識の封印、指揮権の譲渡とか、色々出来るようになったじゃない」


「……その腕を見込んでのことだったのだが、ふむ……」


 自意識の封印とは、リビングデッドの意識を奪って命令を聞かせやすくするための詩編能力の技術である。

 そして指揮権の譲渡とは、オリヴァーやジズに対してリビングデッドの軍を指揮させたもののことだ。

 ファウスト博士の頭脳は、アルトゥールにとって是が非でも欲しいと思えるほどだった。


「……ジズ、どうだ?」


「んん~、ぼくが説得するってこと?」


「そうだ。たまには役に立ってくれても、よいのではないか?」


「ファウスト、アルもこう言ってるし――」


「――いやよ? 私に口出ししないでくれる?」


 ジズの仲間だと言った矢先にコレだった。

 基本的にファウスト博士はワガママだ。

 気に入らないなら、たとえ『英雄』や『大貴族』の言うことでさえ聞くことはない。


「……だ、そうだよ、アル」


「ふ……まったく、思い通りにならないものだな」


 仲間への誘いを袖にされたアルトゥールはしかし、なぜか嬉しそうな顔をしている。


「それが人生ってものだよ、アル」


「一番思い通りにならないお前が言うな、ジズ」


「ええっと、そろそろふたりとも出ていってくれる? 引っ越しの荷入れをしたいんだけど」


「なんだ? 我々にすら秘密にしたい荷物でもあるのか?」


 アルトゥールの質問に対して、ファウスト博士はというと。


「……し、下着とかあるから、恥ずかしいじゃない……」


 そんなことを言った。


「…………」


 アルトゥールはなるほど、という顔をして、


「ジズ、行くぞ」


 ぼけーっとしているジズの肩を掴んだ。


「え? ぼくも?」


「当たり前でしょ!? なんでアンタは良いって思ったのよ!?」


 その後。

 言われるままに、ファウスト博士の研究部屋から出たジズとアルトゥール。


「――さて、ジズ。なぜお前がここにいる?」


 冷たい空気が流れる廊下を歩きながら、アルトゥールが言った。

 ジズはつい今し方までエルドアールヴと闘っていたはずだったからだ。


「いやぁ、ちょっと殺されちゃってね」


「ふむ……それほどまでにエルドアールヴは強かったか」


「うん」


 正確にはオリヴァーに殺されたのだが、ジズは言わなかった。

 オリヴァーを庇ったわけではなく、単純に、もうそんなどうでもいいことは忘れてしまっていたからだ。


。そうでなくてはならない」


「嬉しそうだね、アル」


「当然だ。相手は『最古の英雄』だ。これほどの好敵手は中々いない。我が『軍』の強さ、とくと試させてもらう」


 アルトゥールは邪悪な笑みを浮かべ、そしてジズに聞く。


「オリヴァーはどうした? 殺されたか?」


「あっ、あー、そうだ。伝言をもらってたんだ」


 言いながら、しかしジズは首を傾げる。


「ごめん、忘れちゃった」


「お前……」


「ごめんって。怒らないでよ、アル。どうせたいしたことじゃなかったからさ」


 魚眼を丸め「ゲハハ」と嗤いながら、そう言った。

 ジズはそういう性格だ。

 約束なんて守らない。

 伝言なんて伝える気はない。

 気まぐれに、気ままに、遊ぶように。

 ジズはあらゆる全ての生物を愚弄する。

『冒涜の死神』。

 絶望を運ぶ道化は、全ての命を嘲笑う。

 それがジズという男である。


「……まぁいい。オリヴァーを蘇らせれば済む話だったな」


 そしてアルトゥールもまた、何かを楽しむように、ほくそ笑んだ。

『殺戮の軍神』は、全ての命を軽く扱う。


「――人の命など、その程度のものだ」


 彼は死んだ人間を、蘇らせることが出来る『蘇生者ネクロマンサー』なのだから。




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