44 絶望賛歌――オーケストラフィナーレ――
薙ぎ払う。
突き穿つ。
叩き潰す。
斧槍と大戦斧で、ただひたすらに敵を散らしていく。
命を殺すということ。
それが無心で出来るなら、どれほど幸せだろうか。
闘いに喜びを得られたなら、どれほど良かっただろうか。
でも、そうはいかない。
自分は不死だから、命ある者の散り際をしっかりと覚えておかなくてはならない。
命を懸けられないから、命を懸けている者に対して敬意を払う。
それは相手がリビングデッドでも変わらない。
彼らは必死に生きてきて、そして死んでいった人々だ。
グリモア詩編で無理やりに蘇らせられて、心なく闘わされている。
なんて可哀想な人達だろう。
なんて不憫な人達だろう。
斧を振るう度に、酷く胸が痛む。
リビングデッドが灰となって消えていく度に、心苦しく、激しく痛む。
吐きそうだ。
何の罪も無い人々を、蘇って敵対してきたという理由だけで、二度目の死を与えている。
これの何が英雄か。
これの何がエルドアールヴなのか。
人を救いたいと思って英雄に憧れていた。
なのに今の自分は、死者を再び殺している。
「…………」
頭がおかしくなりそうだ。
体が闘いを拒否している。
心が張り裂けそうになっている。
魂が矛盾を訴えている。
でも、それでも、闘わないといけない。
アルトゥールを止めなければいけない。
これ以上、犠牲を増やすわけにはいかない。
「誰か…………」
エルドアールヴの仮面の中で、呟く。
誰にも聞こえない声で。
どこにも届かない小さな声で。
「…………誰か」
その先は絶対に言ってはいけない。
例え誰かに聞かれていなくとも。
決して言ってはいけない禁句だ。
「…………」
エルドアールヴは英雄だ。
エルドアールヴは誰かを助ける戦士だ。
エルドアールヴは負けてはいけない。
エルドアールヴは闘わないといけない。
エルドアールヴは強く在らないといけない。
弱音など、絶対に吐いてはいけない。
誰かに聞かせてはいけない。
助けて、なんて言葉は、口が裂けても言ってはいけない。
「…………ッ」
だって、エルドアールヴが助けを求めてしまったら。
その助けを求められた誰かは、一体誰に助けてもらえばいいのか。
神様なんていなかった。
かつて誰かが言った言葉。
人を助けるのは、結局は人だ。
エルドアールヴは助ける者だ。
だから、決して自分は、誰かに救いを求めてはいけない。
そうやって2千年。
ずっと我慢してきた。
ずっとずっと耐えてきた。
だから大丈夫。
これまでも、今も、これからも。
きっと大丈夫。
例え耐えがたい心の痛みがあったとしても。
自分は不死だから、大丈夫。
有限の命を持つ人達とは違うから、自分はどんなに痛めつけられても大丈夫。
「…………」
そう、大丈夫。
どうだっていいのだ、自分なんて。
結局は不死だから、どうなるわけでもない。
辛いなんて言葉にしてはいけない。
そんなの、有限の命を生きている人達に失礼だ。
辛くて苦しいだなんて、ただの甘えだ。
そう、甘えてはいけない。
誰かに甘えてはいけない。
自分は不死だから、どんなに体が壊れても、何も問題無いのだから。
「…………ッ」
闘おう。
闘え。
力の限り、腕を振るえ。
足を前へ。
例えそれが茨の道で、トゲが自分に突き刺さろうと。
体中の血が流れても、痛みで頭がおかしくなりそうでも。
臓腑を落としてしまっても、体が壊れてバラバラになってとしても。
大丈夫。
自分は不死だから、どんなに痛めつけられても、大丈夫。
「……あれは……」
目の前のリビングデッド達の大群。
その先に――見知った顔があった。
口元を黒いマスクで覆った少女だ。
長大な槍を携えて、高速でこちらへ迫っている。
他のリビングデッドの頭を踏みつけ乗り越えて、真っ直ぐこちらへ前進している。
「…………」
彼女を視認した瞬間、頭が真っ白になった。
彼女は『英雄』だ。
その名はドロテア・アルベルダ。
類い希なる槍術の猛者で、何百年も昔の、グラデア王国の英雄だった。
ドロテアが槍をぐるぐると回す。
そのまま側転し、自身の体を槍ごと回転する。その予想外の動きが加わり、バネが跳ね回っているかのようなアクロバティックな動きになった。
と、同時に急激に突進の速度が上がる。
遠心力を溜めて、一気に突撃するのが生前のドロテアの闘い方だった。
そして、それはリビングデッドとなった今でも、同じだった。
他のリビングデッドの頭上でそれをやっているため、多くの者がドロテアの槍で斬り刻まれて倒れていく。
エーテルも十分に纏っているらしく、リビングデッドの耐久力ですら彼女の槍は耐えられないようだ。
仲間もなにも関係ない。
ドロテアは、周囲のリビングデッドを障害とすら認識していない。
雨の中、無数の血飛沫が舞い上がっていく。
「…………ッ」
そんな彼女を見て、エルドアールヴは思わず唇を噛む。
ドロテアは心優しい少女だった。
仲間を傷つけるどころか、敵にすら慈悲を与えるような娘だった。
悪人に命乞いに騙されて、何度危険な目に遭ったか分からないほどだ。
決して。
こんな風に暴れ回るような闘い方はしなかった。
「…………くそッ」
アレはドロテアであって、ドロテアではない。
王墓で再会したフリッツ・バールと同じく、自我を無くし、命令に従う人形だ。
おそらく命令は、『エルドアールヴを倒せ』で間違いないだろう。
他の者には目もくれず、ただこちらだけを敵視している。
「……ッ」
ガギィィンッ!
と、金属同士がぶつかる独特の硬質音。
「ぐッ……ッ!」
ドロテアが一気に距離を詰めてきて、正確にこちらの頭部目がけて攻撃してきた。
それを大戦斧で受け止めたのだ。
遠心力とエーテルの攻撃力が合わさって、とんでもない威力の一撃になっていた。
更に、リビングデッドとなった際に与えられる力の強さ。
腕の筋繊維などお構いなしに全力で放たれるその攻撃の重さは、生前のそれと比べて体感3倍は違う。
ドロテアは明らかにパワーアップしているが、しかし、エルドアールヴは逆に弱くなっていると感じた。
「……力は強い。でも、生前の君の技は、もっと……鋭かった」
力任せに、大戦斧でドロテアの体ごと弾き飛ばす。
ドロテアはふわりと宙を舞い、再び他のリビングデッドの頭に着地した。
「君の技はこんな程度じゃない。君の『戦技』は、俺じゃ止められなかったんだ。かつての君の技は……もっと冴えていた。今みたいに鍔迫り合いにすら、ならなかったんだ」
戦技『舞闘』。
止まらない舞。
ドロテアは闘いの踊りを舞う。
止まない攻撃の嵐。
グルグルと回り続けて遠心力を大きくし、そして、爆発的な威力の攻撃を仕掛けるのが彼女の戦技だった。
それを何度も連撃として繰り出すのが彼女の戦技なのだ。
踊れば躍るほどに強くなる。
敵にとっては絶対の死へ向かう悪夢のような舞。
味方にとっては頼もしく、見惚れるような美しい舞だった。
『薙槍の舞姫』ドロテア・アルベルダ。
それが彼女の英雄としての戦名だ。
彼女の技は、たった一度の攻撃で止められるような柔な戦技じゃなかった。
むしろこちらが弾かれて体勢を崩されるぐらいなのが本来のドロテアの戦技だ。
ドロテアの強さの本質は力じゃない。
技のキレだ。
今の彼女にはそれが無い。
腕力そのものは強くなってはいるが、自我が無いせいか技の質が低くなっている。
「……このコは、こんな程度の強さじゃない。俺の戦友はもっと、強いんだッ! 『英雄』ドロテアを侮辱するな、アルトゥール……ッ」
ここには居ないアルトゥールへの怒りを口に出す。
そうしなければ憤激で我を忘れそうだった。
「そして――――君もだ、『英雄』デュランッ!」
今度は斧槍で、死角からの攻撃を防ぐ。
ビリビリビリッと、空気がひりつくような衝撃が周囲に広がった。
「……君も、こんな程度じゃなかった」
背後に向き直り、その攻撃を仕掛けてきた者の顔を直視する。
記憶新しく、懐かしい人物がそこにいた。
岩で出来た大斧を持った青年だ。
エルドアールヴのとは少し違い、極限まで打撃力を高めた、武骨極まりない豪快な岩斧だ。
『英雄』デュラン・シャムロック。
彼が生きた時代は近く、およそ200年前のグラデア王国の『英雄』だ。
岩斧から繰り出される戦技から名付けられたのが――『暴壊』。
それが英雄デュランの戦名だ。
彼の荒技から放たれる戦技『逆斧』。
下から打ち上げる斧の一撃は天墜。
これが当たれば敵は空高く打ち上げられ、二度と地上へ帰って来られないとまで謳われる。
「君は豪快で大雑把だったけど、闘いに関してはもっと冷静沈着だった。ここぞって時にしか戦技は使わなかった」
「ぐゥううううううううううううッ!!」
ギリギリギリ、と槍斧と石斧ががなり合う。
力任せに打ち上げようとしているデュランと、それを力任せに押さえるエルドアールヴ。
強力極まる力の応酬の軍配は、『技』の妙にて決着した。
すなわち、エルドアールヴの捌きだ。
槍斧の角度をズラし、デュランの力を分散させる。
体勢が崩れたデュランはしかし、おそらく体に染みついた反射だけで、無理くりな体勢で再び攻撃を仕掛けてきた。
「……ふッ」
だが、当然のごとくそれを見越していたエルドアールヴは、自身の武器同士を繋ぐ鎖をデュランの足に絡めていた。
思いっ切り腕を振り上げて、デュランの体を天高く打ち上げた。
「…………」
『死者の英雄』の参戦によって、エルドアールヴの進撃が止まった。
戦技は英雄の切り札だ。
自我の喪失により、技や戦術のキレを失った彼らは脅威ではない。
生前のそれとは比ぶるべくもないが、それでもやはり、強い。
基本的な肉体の強さ。
鍛え上げた武具の扱いの巧さ。
攻防での反射神経、運動能力、危機回避の高さ。
そして何より、エーテルの量と質が群を抜いて多く高い。
生半可な覚悟では、この窮地は脱せない。
エルドアールヴは大戦斧と斧槍を、強く、強く、握りしめた。
◇ ◇ ◇
「これで全員かしら」
「だと思います」
ウルスの街。
シャルラッハとアヴリルは、住人の遺体を建物の中に集めていた。
大雨で遺体が損壊していく様を見るのはあまりにも忍びなかった。
今は墓を作ることは出来ないが、せめて遺体がこれ以上傷つくのを防ぎたかった。
個々それぞれの体に布を被せて、とりあえず今出来ることは終わった。
「アヴリル、石鹸で手を洗っておきなさい」
家の中にあった石鹸を拝借して、手についた血を洗い流していくシャルラッハ。
遺体を触った後は感染症も心配だ。
普通の人と比べてエーテル使いは免疫力も強いが、それでも念には念を入れておいて損は無い。
「…………」
「アヴリル?」
街の外、トウモロコシ畑の方を眺めているアヴリル。
その場所は、先ほどまでアヴリルが闘っていた場所だ。
どこか元気の無い様子は、この闘いで色々と思うことがあったからだろう。
お互いに何も語らなかったが、それでも今回のアヴリルの敵が、彼女の肉親だったであろうことはシャルラッハには理解出来ていた。
「……どうしたの?」
だからあえて、シャルラッハは聞いた。
会話をすることで、頭の中にある疑問や考えがまとまっていくことも多々ある。
少しでもアヴリルの心に引っかかっている何かを解決してあげたいという、シャルラッハの優しさだった。
そして、それをアヴリルもまた理解していた。
「私は……シャルラッハさまが来てくださらなかったら、殺されていました」
「……」
黙って聞く。
まだ、その引っかかりの部分まではいっていない。
「どうしてか、私は動けなくなっていたんです。あんなにも憎くて憎くて、殺したくてたまらなかった家族を相手にした途端……金縛りにあったみたいに体が動かなくなったんです……」
「……」
なるほど、とシャルラッハは思った。
それぐらいじゃないと、あの状況はあり得ない。
今の月暦で獣化していて、あの強さの敵を瞬殺出来ていなかったのがその証拠だ。
「それが、どうしてなのかずっと気になっているのね?」
「はい……」
「…………」
シャルラッハは少し考えて、言葉を選びながら口を開いた。
「多分、肉親を殺すことを、あなたの無意識が抵抗したのでしょうね」
「……無意識が?」
アヴリルのオウム返しに軽く頷くシャルラッハ。
「前に、父上が暗殺者を捕まえた時のことを聞いたの。色々と喋ってくれたそうなのだけど……」
シャルラッハの父であるアレクサンダーは英雄だ。
英雄は人々から賞賛されるものだが、中には英雄そのものが邪魔だという人々もいる。
大抵は賊や悪党が、暗殺者を雇って英雄を亡き者にしようとするらしい。
人殺しを専門とするアサシンが言っていたこと。
人を殺すということ。
「まったく知らない他人を殺すのと、自分に近しい知人を殺すのでは、心に掛かる負担が別物になるらしいわ」
「心に掛かる負担ですか……」
シャルラッハは「ええ」と頷く。
「普通の人間なら、人を殺すのは10人までが限界だって言われてる。それ以上は心が耐えられなくなるらしいわ。戦士なら多少は違うのだろうけれど、それでも負担があるのには変わりない。殺す対象が知人なら、もっと酷くなる」
改めて、デルトリア伯を倒した時のことを思い出しても、たしかに相当な負担が心にかかった。
自分にとって彼は、生前からして敵だった。
でも、自分の手で殺すとなると別次元の話だった。
今はもう割り切ったが、致命傷を与えたあの瞬間、どうしようもないほどの罪悪感を覚えたのだ。
それは相手がリビングデッドであっても関係ない。
「肉親なら尚のこと……だからあなたは家族を殺すことが出来なかった。心は矛盾を起こすもの。例えあなたが家族を憎んでいても、無意識の中で、殺すのを嫌がったのかもしれないわね」
体を動かすのは心だ。
心が拒否してしまえば体が動かないのは道理である。
「……なるほど」
アヴリルは納得したように頷いて、
「……私は獣じゃなく、まだちゃんと人の心を持っている……ということでしょうか」
そう言った。
シャルラッハは何も答えなかった。
これはアヴリルの自問だ。
今はまだ分からなくとも、いずれ自分自身で答えを出さなければならないものだ。
「…………」
王墓でクロ・クロイツァーがリビングデッドを倒した。
あの相手が誰なのか、シャルラッハは分からない。
ただひとつ分かるのは、クロ・クロイツァーは無意識の拒否を無理やり押さえつけていることは確かだ。
アヴリルのように体が動かないようになるのではなく、やらなければならないことをやってしまえる心の無頓着さを、彼は持ってしまっている。
英雄としての責任がそうさせてしまうのか。
自分の心の傷すら無視してしまえる怖ろしさを持っている。
例え自分の心が壊れてしまう可能性があっても、彼は平然と足を踏み入れてしまう危うさがある。
「…………」
今も多分、無理をし続けているであろうクロ・クロイツァーを想って、シャルラッハは雨が降る曇天を見上げた。
◇ ◇ ◇
英雄ドロテアの攻撃を紙一重で躱す。
斧槍を引いて力を溜めている間、エルドアールヴは一瞬だけ昔を思い出した。
――はじめまして、あなたにずっと会いたかったんです――
それは出会った時のドロテアの言葉だ。
まだ彼女が子供の頃に、魔物に襲われていた彼女の村を救ったことで、ずっと恩を感じているということを話してくれた。
ドロテアは人懐っこい性格で、催しなどでグラデア王国に訪れた際にはずっと自分にくっついて来ていた。
自分の村の郷土料理をわざわざ作ってきてくれたりと、随分と懐いてくれていたことを思い出す。
笑顔が似合う、可愛らしい娘だった。
そんな彼女の最期は、壮絶だった。
毒を使うクモ型の特級の魔物と相打ちになったのだ。
自分が駆けつけた時には全てが終わっていた。
魔物の毒をくらった彼女は、申し訳なさそうに言った。
「エルドアールヴ、お願いします。私を殺して……ください」
魔物の毒は心臓の動きと連動して、体中に行き渡り、全身から血を噴き出して死に至る強力なものだった。
「死ぬなら……綺麗に死にたい。自決出来るならそうしたいけど、もう腕も動かないんです」
女性の戦士は、特に死に方を選ぶ傾向がある。
出来るなら美しく、華々しく。
そしてドロテアの場合は、この毒が死に際に凄まじい苦痛を伴うこともあって、それを知っている彼女はエルドアールヴに殺されることを望んだ。
分かったと答えて、その心臓を斧槍で突き刺して殺したことを、この手はまだ覚えている。
優しく殺せたと思う。
仲間を殺すのは何度もあったから、苦痛なく殺す技術は巧くなったと思う。
そんなことばっかりが巧くなって、自己嫌悪に陥ったのは何度もあった。
「――ドロテア、すまない」
そして今もまた、彼女の心臓を貫く。
強力なエーテルを込めて、リビングデッドでも倒せる威力を持った攻撃で、英雄ドロテアを倒す。
再び、生前と同じく、彼女をこの手で殺した。
「……こちらこそ、ごめんね、エルドアールヴ」
「――ッ!」
彼女が灰になる寸前にそう言ったのは現実だったのか、それとも幻聴だったのかは、エルドアールヴには判断がつかなかった。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
間髪を入れず、英雄デュランが再び襲い掛かってくる。
戦技『逆斧』の打ち上げ攻撃を仕掛けてくるその直前に、カウンターでやり返す。
大戦斧で、その首を斬り飛ばす。
デュランの首が胴から離れ、目と目が合った。
――俺、あんたに憧れて英雄になったんだぜ――
生前の出会い頭に、デュランがそう言っていたのを思い出した。
エルドアールヴの伝説に憧れて、斧を使うようになったらしい。
気持ちは分かる。
自分も同じく、エルドアールヴに憧れて英雄になったのだ。
実際に自分で歩んだその伝説は決して輝かしいものではなかったが、デュランにとっては憧れるに足る英雄譚だったらしい。
デュランの最期は闘いではなく、人間による暗殺だった。
自分がその知らせを聞いた頃にはもう全てが終わっていた。
彼の墓に手向けの花を供えたのを今でも覚えている。
デュランがエルドアールヴに憧れて、その果てに死んでしまったというのなら、それはもはやエルドアールヴが殺したと言っても過言ではないのではないか。
結局、自分は色んな人を救いたいと思いながら、色んな人の人生を歪めて悲劇を生んでいる。
そう気づいたのはいつの頃からだっただろうか。
酷く、自分が嫌になった。
誰かこの不死の怪物を殺してくれ、と心の底から願った。
「…………」
デュランの首が地面に落ちる前に、灰となって消えていた。
心の奥底のどこかで、悲鳴が聞こえた気がした。
誰が叫んでいる?
知らない。
どうだっていい。
エルドアールヴという英雄の幻想を維持するのに必死なのだ。
自分の心の悲鳴なんて聞いている暇は無い。
「…………ッ」
前を見ると、リビングデッドの大群の向こうに、見知った顔がいくつもあった。
何人も、何十人もいる。
全て英雄だ。
彼らのことを、知っている。
英雄のほとんどを自分は知っている。
「う……ッ、ォ…………」
彼らと一緒に闘った。
共に戦場の飯を食った仲だ。
その全員が、リビングデッドとなって敵対する地獄。
「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
心の悲鳴はいつの間にか。
雄叫びとなって口から出ていた。




