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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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41 『呪い子』アヴリル・グロードハット




 人境レリティアにはいくつもの小国が存在している。

 その中のひとつ。

 グラデア王国からレリティア山脈を挟み、北に位置している小国。

 その国の名は、獣人の王国『ネメア・レグルス』。

 国王は獅子の獣人、『奮迅の獣王』ガウ・ガレオスである。


 ネメア・レグルス王国は、帝国『ガレアロスタ』の傘下であり、かねてより兵の強さでその名を轟かせてきた。

 そして国王ガウ・ガレオスは帝国『四大将軍』のひとり――つまり『英雄』である。


 英雄ガウ・ガレオスの強さは凄まじく、肉体の強さのみを競うなら、レリティア十三英雄で最強を誇る豪傑だ。

 ただの剣では彼を傷つけることは出来ず、大魔法未満の魔法では彼の行動を止めることは出来ない。

 レリティア最強の魔法使いである英雄『黄昏の大魔導』をして「ガウを相手取るぐらいなら、山を幾千も砕く方がまだ楽だ」と言わしめたほどである。


 そんな強靱無比の肉体を持つガウ・ガレオスが、闘いの中で重傷を負わされたという大事件が起こった。

 その相手というのが、当時10歳の獣人――人狼ウェアウルフの少女だった。


 少女の名は、アヴリル・グロードハット。

 ネメア・レグルス王国の獣人達が恐れて止まない――異端の『呪い子』である。




 ◇ ◇ ◇




 今より18年前、アヴリルはネメア・レグルス王国の、とある人狼の里で生まれた。

 戦士の父、同じく戦士の母、そして2歳年上の兄の4人家族だった。

 戦士といえども両親はごく平凡な力量で、だからこそ、アヴリルに対しては愛情が無かった。両親の愛情はすべて兄に注がれていた。


 なぜなら、アヴリルには生まれた時から『尾』が無かったのだ。

 獣人の特徴である『獣耳』や『尻尾』等は、種の『誇り』として思われている。

 つまり――人狼の誇りが無い子供。


 アヴリルは出来損ないだと、生まれたその瞬間から決まってしまった。

 平凡だからこそ周囲の目を気にする両親と、子供であるがゆえに無垢な残虐心を持つ兄。そんな家族の元に生まれたアヴリルの生活は想像を絶するものだった。


「恥ずかしい子」


 母は冷たい目で、常にアヴリルにそう言っていた。

 父はアヴリルのことを見ようともしなかった。


「やーい! しっぽ無し!」


 近所の子供達と一緒になって、アヴリルに石を投げて遊ぶ兄。

 周囲の大人達も、尾無しのアヴリルを気味悪がって、助けの手を出そうともしない。

 むしろ「あの子に近寄ったら尾を盗られる」などと子供に言い聞かせている者もいたぐらいだ。


 やがてアヴリルは家から出なくなった。

 いや、出られなくなったというのが正しいか。

 外に出れば奇異の目で見られ、母からは恥ずかしいと怒られる。

 家の中にいても、家族と同じ食事は与えられず、使用人……いや、奴隷のような扱いを受けていた。

 そういう劣悪極まる過酷な環境が、物心つく前からずっと続いていた。


「……すみません」


 アヴリルは事あるごとに謝る子供だった。

 家族の機嫌が悪ければ自分のせい。

 家族の仕事や勉強がうまくいかなければ自分のせい。

 全ては、尾を持って生まれなかった自分のせい。

 アヴリルは本気でそう信じて育ってきた。

 そうやって、教えてこられたからだ。


「……生まれてきて、すみません……」


 誕生日には、家族にそう言うのが当たり前だった。

 しかし、アヴリルは自分が不幸だなんて考えたことも無かった。

 なぜなら、子供の頃のアヴリルが幸せだったことなんて一度も無かったからだ。

 幸福を知らないのなら、自身がどんな不幸な目に遭っているのかも分からない。


 存在することを家族に謝り続けて10年が経った。

 そんなある日。

 アヴリルの人生を一変させる出来事が起こった。

 それが、『特級の魔物』の襲撃だった。


 満月の夜だった。

 アトラリア山脈を越えて、レリティア山脈を渡って来た凶悪な魔物。

 その力は人狼の里にとって致命的なもので、次々と里の戦士達が命を散らしていった。


 その日もアヴリルは家の中、物置の片隅でじっとしていた。

 父は闘いに出て、母は兄を連れて避難した。

 家の中にひとりぼっち。

 外からは魔物の吼え声と、人狼達の叫び声。


 アヴリルは怖くて震えていた。

 泣いてはいなかった。

 泣くと「うるさい」と家族から罰を与えられるからだ。

 逆さづりにされて、頭を水の中に何度も沈められる。

 いつからかアヴリルは感情を表に出すことをしなくなった。


 それは魔物が暴れ回っている最中に、アヴリルの住む家を破壊して、目の前に現れた時も同じだった。

 アヴリルは一切の悲鳴を上げることなく固まっていた。


「…………」


 その魔物は、返り血で染まっていた。

 体毛を真紅に染めて、真っ赤な眼をした大狼。

 古来より、『ライカンスロープ』と呼ばれる伝説の魔物だった。

 その個体は尋常を超えて強く、数々の英雄を屠ってきた真性の怪物。

 王国アトラリアが滅び、魔境アトラリアと呼ばれるようになった初期から存在していた大狼の魔物。

 アヴリルや人狼の戦士達は知る由もないことだが、『ライカンスロープ』は魔境序列・第十一位の猛者である。


 そんな怪物がアヴリルの目前に現れた。

 身の毛もよだつ吼え声を自分に向けてきた大狼。

 それが、意識を失うアヴリルが最後に見た光景だった。


 次にアヴリルが意識を取り戻したその時。

 その豪快な声は、彼女の何もかもを変えた。




「いい加減おとなしくしろッ、このクソガキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」




 とんでもなく野太い怒鳴り声。

 ライカンスロープの吼え声よりも、もっと怖かった。

 アヴリルはその声主の豪腕で、頭を押さえられていた。

 ハッと気づいた時には、全てが終わっていた。


 周囲には炎の壁。

 家々が燃えている。

 誰かが火矢で応戦したのだろう。

 しかし、その相手であるライカンスロープは見当たらない。


「おう、ようやく眼ェ覚めたか?」


 声の主は獅子の獣人だった。

 立派なたてがみに、丸太のような腕。

 見ただけで失神しそうになるほどの強面だった。


「…………」


「アアン? 喋れねェのか、テメェ」


「…………」


「見えるか? 随分とやってくれたな」


 頭を片手で掴まれて、そのまま持ち上げられた。

 アヴリルの眼に映ったのは、死体の山。

 何十人もの人狼の死体。

 血が河のようになっていて、吐き気がした。


「え……これ……わ、私が……?」


「なんだ喋れるじゃねェか。アア、勘違いすんな。テメェは誰も殺しちゃいねェ。これをやった魔物を、テメェが倒したんだ」


 この死体の山はライカンスロープの仕業だという。

 その死体の山の向こうに、ライカンスロープとおぼしき骸があった。

 獅子の獣人が言うには、あの怪物を自分が倒したらしい。

 その後、意識を失ったまま暴れ回っていたとのことだった。

 それを止めたのが、この獅子の獣人だった。


「誇れよ、ガキ。このオレが死にかけたのは生まれて初めての経験だ。特級の魔物ですら、オレにここまでのケガを負わせたやつァいねェ」


「……あ、あなたを、私が?」


 獅子の獣人は血塗れだった。

 ただ、それは返り血じゃない。

 彼自身の血で染まっていた。

 獅子の獣人が誰なのかは家に引きこもっていた子供のアヴリルには分からない。

 ただ、どうしようもなく強そうに見えた。

 その獅子の獣人をここまで追い込んだのが自分だというのだ。


「まったく、とんでもねェクソガキだ」


 信じられなかった。

 尾無しの自分が、そんなことが出来るなんて。

 そう思いながら、違和感を覚えたアヴリルは、自分の腰を見た。


「……え?」


 あった。

 欲しくて欲しくてたまらなかったもの。

 家族と、みんなと一緒になれる、それ。

 毎日毎日、願った。

 どうか私にも、ください。

 どうか、どうか、お願いします。

 どうか、私に――――しっぽをください。


「あ……あぁ…………」


 やっと、生えた。

 尻尾が、自分にも。

 ふわふわの尻尾が、自分の腰についている。

 嬉しかった。

 感涙に咽び泣きそうな自分を抑えたのは、無意識だった。

 でも、これで、ようやく。

 ようやく本当の家族に――――


「この、バケモノッ!!」


「…………え?」


 嬉しさに水を差したのは、よく知った声だった。

 それは母の声だ。

 兄を大事そうに抱きかかえながら、アヴリルを、これまでとは違った目で見ていた。

 それに込められた感情をアヴリルは知っている。

 さっきまで、ライカンスロープに向けていた自分の目と同じ。

 恐怖の目。

 なぜ母はそんな目を自分に向けているのか。


「何なんだ……お前は……」


 父もいた。

 酷くケガをしている。

 同じように、その目には怯えの色を見せていた。


「怪物だ……」


「国王と闘うなんて……不敬者め」


「体が魔物みたいに変化するなんて聞いたこともない……」


「私達の里が……メチャクチャに……」


「尾が生えてくるなんて、あり得ない……」


「悪魔と取り引きをしたんじゃないか……?」


「狂ってる……」


「あんなの人狼じゃない」


「人間じゃないッ!」


「悪魔の使いだ……ッ」


「呪われてるんだ……あの娘はッ!」


「呪い子……ッ」


「呪い子、アヴリルッ!!」


 里の生き残った人々は、口々にそう言った。


「……おいテメェ等ッ! 里を救った者に対する態度がそれかッ!? ふざけんじゃねェぞッ!!」


 獅子の獣人が里の人々に大喝をくらわせた。

 口々に悪態をついていた人々が、顔を青くして言葉を詰まらせた。

 しかし、その言葉はアヴリルにだけは届かなかった。


「ぁ…………」


 朦朧とした意識の中で、アヴリルは絶望した。

 やっと手に入れた尻尾。

 ずっと欲しくてたまらなかった。

 そうすれば、みんなが認めてくれると思ったから。

 ああ、でも。

 私はどうしようが、どうなろうが、こうなる運命なんだ。


「ああ…………」


 そう思った瞬間、

 ブツンと、何かが切れた。


「アア…………ッ」


「……おいガキ、落ち着けッ!」


 獅子の獣人――国王ガウ・ガレオスが、再びアヴリルを地面に押さえつける。


「アッ……グゥウウウウウウウウッ……ッ!!」


「おい、暴れんじゃねェッ!! くそ、なんて力だ……ッ」


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 アヴリルは思った。

 殺してやる。

 心の底から、思った。

 感情はただひとつ、憎悪。

 皆殺しにしてやる。


 自分をバケモノと、そう呼ぶのなら、そうなってやろう。

 魔物と呼ぶなら、そうなってやろう。

 悪魔の使いと、そう呼ぶのなら、そうなってやろう。

 自分を恐れるのなら、恐怖をその身と魂に刻んでやろう。


 何をやっても。

 どんなことをしても。

 どんなに我慢しても。

 それでも自分を認めてくれないというのなら。

 もういっそのこと――――狩り殺してやる。


「アヴリルっつったか? 血が騒ぐんだろ? いいぜ、かかって来い」


「ウウウウウウウッ!!!」


「……手加減は出来ねェぞ、悪ィな」


 これは今より8年前のこと。

 アヴリルの戦名が『月下の凶獣』となるキッカケの大事件。

 遠い日の過去。

 満月の夜、アヴリル・グロードハットの人生が大きく変わった日のことだ。




 ◇ ◇ ◇



 現在。

 アヴリル・グロードハットはまた返り血に塗れていた。


「――――アハッ」


 その右手は巨大化しており、まるで大狼の手のようだった。

 全部で10人いた人狼のリビングデッド。

 その内の7名はこの右手で握り潰し、爪で引き裂き、叩き壊した。

 残りは3名。

 この3名だけは見知った顔だ。

 血の繋がった家族という――他人。


 父、母、兄。

 この3人が既に死んでいたのは知っていた。


「アハハハハハハハハッ!!」


 アヴリルは笑う。

 それはまるで不吉を呼ぶ獣のように。

 血に酔った凶狼は、ただひたすらの憎悪で笑う。


「アォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ―――――――――ッ」


 喉を細めて遠吠えを。

 禍々しく光る月に吠えた。

 願ってやまない、この衝動。

 これこそが其が本能。

 もはや止まらない。

 血塗られた人狼は、狩りの本能に酔いしれる。




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[一言] アヴリル強すぎてビックリ 10歳で序列11位に勝てるとかばけも…… いえ、何でもないです
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