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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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36 親愛なるエルドアールヴへ。君のトモダチ、ジズより――心をこめて




「さて、そろそろ我らも王墓へ向かうのじゃ」


 エーデルがニィと口端を歪めた。


「……は? あなた何を言ってるの?」


 怪訝な表情をしたシャルラッハが言った。

 言葉には出さずとも、エリクシアもアヴリルも同じような顔をしていた。

 王墓に向かうクロを見送った彼女達。

 宿屋の部屋に取り残される形になっていたのだが、このエーデルの発言だ。


「そなたら、わらわがエルドアールヴをおとなしく待つと本気で思っておったのか?」


 外出の準備をしながらエーデルが言う。

 その幼い顔に、あくどい笑みが深く顔に刻まれている。


「……なるほど、やけにあっさり引き下がったと思ったら……」


 シャルラッハがやれやれと手をあげる。

 そこで、エリクシアがガバッと立ち上がる。


「さ、賛成です! わたしも、行きたいです!」


「エリー?」


「わたし……嫌な予感がするんです。今、クロをひとりにしておいたら、何か……絶対後悔するって……思うんです」


 胸元で力強く組まれた手は、小さく震えている。


「どうしてなのか……分からないですけど……」


 根拠の無い不安を言葉に言い表せず、エリクシアが下を向く。


「…………」


 シャルラッハはその様子を見ながら、ひとり考える。

 クロ・クロイツァーを王墓へと誘ったジズ。

 彼の力は尋常を越えている。

 今の自分ではどうすることも出来ないほどの力量差があった。

 あまりにも圧倒的だった。

 ジズは間違いなく英雄クラスの実力を持っていた。

 そして、それに対抗し得るクロ・クロイツァーの力。

 エルドアールヴとして闘い続けてきた彼の力の底が未だに見えない。


 自分達が行っても、クロ・クロイツァーの足手まといになる。

 冷静な頭が、それを警告し続けている。

 だからこそクロ・クロイツァーがひとりで行くと言った時、おとなしく言うことを聞いたのだ。


「…………」


 しかし、しかしだ。

 お腹の底から湧き上がる、煮えたぎるような激烈な感情は、そうは言っていない。

 ナルトーガの荒野では無様を晒した。

 あれほどの屈辱はかつてない。

 このシャルラッハ・アルグリロットが何も出来ず、ただただ蹂躙されてヒザをついた。

 情け無いことに、涙まで、出そうになった。

 屈辱極まりない。


「……いいわ、行きましょう」


 言葉面では、仕方なしにエーデルとエリクシアに便乗した形になったが、シャルラッハの表情はかつてないほどに活き活きとしていた。

 体は万全ではない。

 ケガの具合もだし、エーデルがをして、うまくエーテルを練れられないため、『雷光』を発動出来ない。

 だが、


「足の速い馬車を用意しましょう。クロ・クロイツァーの速さからして、今から行っても無駄かもしれないけれど、それでも」


 クロ・クロイツァーの意思を借りるなら、それが何だと言うのか、だ。


「はい!」


 こうして、おとなしく言うことを聞くはずのない女性陣は、まさしくその通りに王墓へ向かった。




 ◇ ◇ ◇




 王墓への道は平坦なものだ。

 とにかく走りやすい。

 馬車が通れるように綺麗に整備されている。

 遠くで遠雷が鳴いている。

 土砂降りになるのは間違いない。


「……ジズ」


 クロはひとり走りながら、見知った顔を思い浮かべる。

 ナルトーガで倒したはずのジズが、王都に居たという話。

 それはつまり『転生』の弱点をジズが克服してしまったということだ。

 間違いだと思いたいが、アレクサンダーの情報は正確だ。

 考え得る限り最悪の事態だが、事実は事実。

 受け入れていくしかない。

 現実が想像を超えるなんて、これまで何度もあった。

 今回もまた乗り越えていけばいいだけの話だ。


「ここも変わらないな」


 そうこう考えている内に、王墓に到着した。

 その名の通り、歴代の王の墓がある場所だ。

 それだけではなく、王都で亡くなった住人の墓もここにはある。


「お墓だけは……増えたか」


 王墓は、王都にほど近い山と山の間の谷にある。

 山からゆるりと吹く風が、墓地を優しく撫でていた。


 墓守に挨拶をして、墓地に入った。

 まずは高い場所から全体を俯瞰する。

 特に怪しいところは無い。

 墓守から話を聞いても、ここ数日変わったことは無かったらしい。

 いつものように王都からの墓参りの人が来て、そして帰って行く。

 変わった人は見ていないそうだ。


「……俺が一番変わってるって……」


 ちょっとショックだった。

 しかし仮面をつけて巨大斧を2本持つ自分を見つめ直して、それはそうかとも思った。

 墓守には冗談っぽく言われたが、エルドアールヴと分かっていなかったら王墓にも入れてくれなかっただろう。怪しすぎて。


 しばらく墓地をくまなく歩き回って、誰も近寄らないような一角。

 山にほど近い、無縁の墓。

 山で陽の光が当たらないためか、草すら生えていない。

 墓守でもたまにしか近づかない、忘れ去られた墓と言われている場所。

 小さな高台のようになっているそこに、


「…………ッ」


 ジズの痕跡を見つけた。

 と言っても、実際に何かあるわけじゃない。

 ジズの邪念がゆらゆらと、たゆたっている。

 なんて分かりやすい目印だろう。


「…………」


 同時に周囲も確認する。

 誰もいない。

 魔物の気配も無い。

 小動物や虫すら、ジズの邪念があるためここから姿を消している。

 警戒しながら近づいて行くと、


「…………ッ!」


 突然、ボコッと音を立てて、地面から何かが出てきた。

 小さな刃の欠片だった。

 見た感じ、相当に古いものだ。


「……誰だ」


 刃の欠片は、何者かの手に握られている。

 クロの警戒が跳ね上がっていく。

 土の中に誰かがいる。

 ジズではない。


 土の中から、その人物が這い出てくる。

 グリモア詩編の災いの気配が濃くなっていく。

 この気配は感じたことがある。

 レオナルド・オルグレンと同じような気配。


「……『生ける屍リビングデッド』……」


蘇生者ネクロマンサー』であるアルトゥールが蘇らせた死者だ。

 死んだはずの人間が土の中から這い出てくる様は、ある種異様な雰囲気すら感じさせる。


「――――――――ッ」


 そして、その人物の全容が見えた瞬間。

 クロは全身の力が抜けてしまうような感覚に見舞われた。


「そん……な、バカな……」


「グルルルルル…………ッ」


 その眼に生気は無い。

 歯をむき出しにした口元からは、涎が溢れている。

 およそ正気というものが一切見受けられないその人物は、赤髪の青年だった。




「フリッツ……」




 それは1200年前に生きていた人物。

 朱眼のグリフォン、グリュンレイグ討伐の際に犠牲となった傭兵のひとり。

 そして、『戦友』フランク・ヴェイルの先祖。

 フリッツ・バールその人だった。




 ◆ ◆ ◆




 王都からしばらく南下した道。

 道端にある大岩の上で、邪悪に嗤う少年がいた。


「ああ、ああ。そろそろぼくのプレゼント、クロは受け取ってくれたかなぁ」


 ジズ・クロイツバスターである。

 イビツに光る大鎌を肩にかけ、遙か遠くの王墓に向かって悪辣な笑みを浮かべている。


「よろこんでくれたらいいなぁ」


 ジズは本気である。

 本心から、そう思っている。


「はやくおいで、クロ。

 それはまだ『最初のひとり』だよ」


 グレアロス砦には、かつてそこで闘った者達の遺品があった。

 大切に奉られていたそれらを盗むために、ジズはグレアロス騎士団に入ったのだ。

 遺品があれば、簡単に蘇生出来るのがアルトゥールの『詩編』である。


「いっぱい、いっぱい用意したからね。君が大切にしていた人も、戦友だった人も。そして――かつて死んでいった『英雄達』も」


 アルトゥールと出会ってから、ずっとずっと集めていた遺品。

 その全ては、今のため。




「君の二千年分の出会いを、

 過ごした日々を、

 縋った思い出を」




 エルドアールヴを確実に倒す方法は、たったひとつ。

 不死を確実に殺す方法は、たったひとつ。




「ぼくが全部――――壊してあげる」




 クロ・クロイツァーの精神を、

 その心を壊すこと。




「ぼくのたったひとりの、大切なトモダチ。

 クロ・クロイツァー」





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