36 親愛なるエルドアールヴへ。君のトモダチ、ジズより――心をこめて
「さて、そろそろ我らも王墓へ向かうのじゃ」
エーデルがニィと口端を歪めた。
「……は? あなた何を言ってるの?」
怪訝な表情をしたシャルラッハが言った。
言葉には出さずとも、エリクシアもアヴリルも同じような顔をしていた。
王墓に向かうクロを見送った彼女達。
宿屋の部屋に取り残される形になっていたのだが、このエーデルの発言だ。
「そなたら、わらわがエルドアールヴをおとなしく待つと本気で思っておったのか?」
外出の準備をしながらエーデルが言う。
その幼い顔に、あくどい笑みが深く顔に刻まれている。
「……なるほど、やけにあっさり引き下がったと思ったら……」
シャルラッハがやれやれと手をあげる。
そこで、エリクシアがガバッと立ち上がる。
「さ、賛成です! わたしも、行きたいです!」
「エリー?」
「わたし……嫌な予感がするんです。今、クロをひとりにしておいたら、何か……絶対後悔するって……思うんです」
胸元で力強く組まれた手は、小さく震えている。
「どうしてなのか……分からないですけど……」
根拠の無い不安を言葉に言い表せず、エリクシアが下を向く。
「…………」
シャルラッハはその様子を見ながら、ひとり考える。
クロ・クロイツァーを王墓へと誘ったジズ。
彼の力は尋常を越えている。
今の自分ではどうすることも出来ないほどの力量差があった。
あまりにも圧倒的だった。
ジズは間違いなく英雄クラスの実力を持っていた。
そして、それに対抗し得るクロ・クロイツァーの力。
エルドアールヴとして闘い続けてきた彼の力の底が未だに見えない。
自分達が行っても、クロ・クロイツァーの足手まといになる。
冷静な頭が、それを警告し続けている。
だからこそクロ・クロイツァーがひとりで行くと言った時、おとなしく言うことを聞いたのだ。
「…………」
しかし、しかしだ。
お腹の底から湧き上がる、煮えたぎるような激烈な感情は、そうは言っていない。
ナルトーガの荒野では無様を晒した。
あれほどの屈辱はかつてない。
このシャルラッハ・アルグリロットが何も出来ず、ただただ蹂躙されてヒザをついた。
情け無いことに、涙まで、出そうになった。
屈辱極まりない。
「……いいわ、行きましょう」
言葉面では、仕方なしにエーデルとエリクシアに便乗した形になったが、シャルラッハの表情はかつてないほどに活き活きとしていた。
体は万全ではない。
ケガの具合もだし、エーデルが余計なことをして、うまくエーテルを練れられないため、『雷光』を発動出来ない。
だが、
「足の速い馬車を用意しましょう。クロ・クロイツァーの速さからして、今から行っても無駄かもしれないけれど、それでも」
クロ・クロイツァーの意思を借りるなら、それが何だと言うのか、だ。
「はい!」
こうして、おとなしく言うことを聞くはずのない女性陣は、まさしくその通りに王墓へ向かった。
◇ ◇ ◇
王墓への道は平坦なものだ。
とにかく走りやすい。
馬車が通れるように綺麗に整備されている。
遠くで遠雷が鳴いている。
土砂降りになるのは間違いない。
「……ジズ」
クロはひとり走りながら、見知った顔を思い浮かべる。
ナルトーガで倒したはずのジズが、王都に居たという話。
それはつまり『転生』の弱点をジズが克服してしまったということだ。
間違いだと思いたいが、アレクサンダーの情報は正確だ。
考え得る限り最悪の事態だが、事実は事実。
受け入れていくしかない。
現実が想像を超えるなんて、これまで何度もあった。
今回もまた乗り越えていけばいいだけの話だ。
「ここも変わらないな」
そうこう考えている内に、王墓に到着した。
その名の通り、歴代の王の墓がある場所だ。
それだけではなく、王都で亡くなった住人の墓もここにはある。
「お墓だけは……増えたか」
王墓は、王都にほど近い山と山の間の谷にある。
山からゆるりと吹く風が、墓地を優しく撫でていた。
墓守に挨拶をして、墓地に入った。
まずは高い場所から全体を俯瞰する。
特に怪しいところは無い。
墓守から話を聞いても、ここ数日変わったことは無かったらしい。
いつものように王都からの墓参りの人が来て、そして帰って行く。
変わった人は見ていないそうだ。
「……俺が一番変わってるって……」
ちょっとショックだった。
しかし仮面をつけて巨大斧を2本持つ自分を見つめ直して、それはそうかとも思った。
墓守には冗談っぽく言われたが、エルドアールヴと分かっていなかったら王墓にも入れてくれなかっただろう。怪しすぎて。
しばらく墓地をくまなく歩き回って、誰も近寄らないような一角。
山にほど近い、無縁の墓。
山で陽の光が当たらないためか、草すら生えていない。
墓守でもたまにしか近づかない、忘れ去られた墓と言われている場所。
小さな高台のようになっているそこに、
「…………ッ」
ジズの痕跡を見つけた。
と言っても、実際に何かあるわけじゃない。
ジズの邪念がゆらゆらと、たゆたっている。
なんて分かりやすい目印だろう。
「…………」
同時に周囲も確認する。
誰もいない。
魔物の気配も無い。
小動物や虫すら、ジズの邪念があるためここから姿を消している。
警戒しながら近づいて行くと、
「…………ッ!」
突然、ボコッと音を立てて、地面から何かが出てきた。
小さな刃の欠片だった。
見た感じ、相当に古いものだ。
「……誰だ」
刃の欠片は、何者かの手に握られている。
クロの警戒が跳ね上がっていく。
土の中に誰かがいる。
ジズではない。
土の中から、その人物が這い出てくる。
グリモア詩編の災いの気配が濃くなっていく。
この気配は感じたことがある。
レオナルド・オルグレンと同じような気配。
「……『生ける屍』……」
『蘇生者』であるアルトゥールが蘇らせた死者だ。
死んだはずの人間が土の中から這い出てくる様は、ある種異様な雰囲気すら感じさせる。
「――――――――ッ」
そして、その人物の全容が見えた瞬間。
クロは全身の力が抜けてしまうような感覚に見舞われた。
「そん……な、バカな……」
「グルルルルル…………ッ」
その眼に生気は無い。
歯をむき出しにした口元からは、涎が溢れている。
およそ正気というものが一切見受けられないその人物は、赤髪の青年だった。
「フリッツ……」
それは1200年前に生きていた人物。
朱眼のグリフォン、グリュンレイグ討伐の際に犠牲となった傭兵のひとり。
そして、『戦友』フランク・ヴェイルの先祖。
フリッツ・バールその人だった。
◆ ◆ ◆
王都からしばらく南下した道。
道端にある大岩の上で、邪悪に嗤う少年がいた。
「ああ、ああ。そろそろぼくのプレゼント、クロは受け取ってくれたかなぁ」
ジズ・クロイツバスターである。
イビツに光る大鎌を肩にかけ、遙か遠くの王墓に向かって悪辣な笑みを浮かべている。
「よろこんでくれたらいいなぁ」
ジズは本気である。
本心から、そう思っている。
「はやくおいで、クロ。
それはまだ『最初のひとり』だよ」
グレアロス砦には、かつてそこで闘った者達の遺品があった。
大切に奉られていたそれらを盗むために、ジズはグレアロス騎士団に入ったのだ。
遺品があれば、簡単に蘇生出来るのがアルトゥールの『詩編』である。
「いっぱい、いっぱい用意したからね。君が大切にしていた人も、戦友だった人も。そして――かつて死んでいった『英雄達』も」
アルトゥールと出会ってから、ずっとずっと集めていた遺品。
その全ては、今のため。
「君の二千年分の出会いを、
過ごした日々を、
縋った思い出を」
エルドアールヴを確実に倒す方法は、たったひとつ。
不死を確実に殺す方法は、たったひとつ。
「ぼくが全部――――壊してあげる」
クロ・クロイツァーの精神を、
その心を壊すこと。
「ぼくのたったひとりの、大切なトモダチ。
クロ・クロイツァー」




