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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第二章『巨悪鳴動』編

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34 王都の喧騒、王城からの使者




 王都の道、雑踏の中を歩いて行く。

 ガヤガヤ、ザワザワと人の話し声が多重に聞こえてくる。

 馬車が走る音や、建物を修理しているトンカチの音、様々な生活音が通りに響いている。

 人は生きているだけで騒がしい。

 この騒がしさが、クロは好きだった。


 王都の活気は昔から変わらない。

 1200年前はまだ小さな国だったグラデア王国。

『朱眼のグリフォン』グリュンレイグを退治したことによって王国の存在感を高め、今やレリティア三大国家に数えられるほどになった。

 その小さな国だった頃の活気と、大国となった今の活気は変わらない。

 不変のそれが、長き時を生きる不死のクロにとって、どれほど救いになっただろう。


「…………」


 ずっと先にある立派な時計塔。

 鐘を打ち鳴らして時刻を知らせるこの高い塔は、およそ300年前に作られたもので、高さは約100エームもある大建造物だ。

 着工から20年の歳月をかけて作られ、グラデア王都の人々には愛着のあるランドマークになっている。


 これを見ていると懐かしさがこみ上げてくる。

 設計から完成まで、自分も微力ながら関わったからだ。

 煉瓦を運び、鉄を運び、当時の王都のみんなを手伝ったのだ。

 鐘をつり上げた時の大歓声は今でも耳に残っていて、初めて鳴らした時の感動は凄まじいものだった。


 そんな彼らも、時が過ぎて、もう誰も生きている人はいない。

 あの頃の光景を。

 あの苦楽を共にした人々を。

 当時の記憶を、体験として覚えているのは、もはや自分だけだ。


「クロ、どうかしましたか? ぼーっとしてますけど」


 時計塔を寂しさ半分、懐かしさ半分で眺めていると、エリクシアが心配して声をかけてきた。


「ああ、いや。何でもないよ」


「……」


 うまく誤魔化せなかったようで、エリクシアはまだ心配そうな顔をしている。

 彼女をそこまで心配させてしまう自分は今、どういう顔をしているのか。

 やはりエルドアールヴの仮面は自分には必須なようだ。

 今から立ち寄るエルフ商会の宿屋に着いたら、新しい仮面を回収しておかなければならない。

 戦闘の激しさで仮面が壊れることも少なくない。

 なので、方々のアジトにエルドアールヴの仮面を準備している。


 だって、『英雄』だ。

 誰かに心配なんてさせてはいけない。

 泣いている顔や辛そうな顔なんて、誰にも見せちゃいけないのだから。




 ◇ ◇ ◇




「……何か、いつもより騒がしい気がしますわね」


 喧騒の中をしばらく歩いていると、シャルラッハが言った。

 彼女の言うとおり、王都の中心街に来ると、正門辺りとはまた雰囲気が違った騒がしさがあった。

 活気があるというよりは、人々が興奮気味になっている。


「本当ですね。何かあったんでしょうか?

 うぅ……でも私の耳じゃ、この雑踏の声は大きすぎて頭がぐわんぐわんして聞き取れません……」


 人狼のアヴリルは耳が聞こえすぎる。

 そのため、街のような場所ではその狼耳をパタンと閉じて、出来るだけ音が入らないようにしている。


「無理しないの。何があったのか、わたくしがちょっと聞いてこようかしら」


 シャルラッハが近くで噂話をしている人の方に足を向けたが、


「いや、その必要はないよ」


 止めた。

 シャルラッハは「?」と不思議な顔をして、こちらを見る。


「どうやら王都に特級の魔物が現れたらしい」


「王都に!?」


 王都に魔物が現れることは珍しい。

 馬車の荷物に潜んでいて、王都内で飛び出してきたとか、そういう不測の事態にしか前例が無い。


 しかも今回王都に現れたのは特級の魔物だ。

 特級の魔物は、そもそもレリティアで出遭うこと自体が少ない。

 特級の魔物を倒すことが『英雄』の最低条件なのだが、そのために魔境アトラリアの『深域』に出向く者も多い。ベルドレッドやアレクサンダーがそうやって『英雄』になった経緯がある。


 王都に現れた特級の魔物は怪鳥らしい。

 おそらくアトラリア山脈から直接飛んで来たのだろう。


「それを君のお父さんが倒したから、みんな興奮しているみたいだ」


「父上が……!」


 それを聞いて、シャルラッハもまた興奮したようだ。

 自分の父親が活躍したことを知らされて、隠しきれない嬉しさを感じている。


「いつそんな話を聞いたんですか? さっきまでずっと一緒に歩いていたはずですが……まさか私並の聴力があるんです!?」


 アヴリルが狼耳をピクピクさせながら言った。


「いや、唇の動きを読んだだけだよ」


 話している人の、口の動きを読む読唇術。

 それと、読み切れなかった部分を会話の内容やその表情や反応から推察して補完する読心術。

 それらを併用して今の会話の内容を読んだ。

 この辺りの話している人達を見つける度に試したから、間違ってはいないはずだ。


「それはそれでスゴい技術ですね……」


「それ、今度わたくしに教えてくださる?」


 これが意外と戦闘に役立つ。それをシャルラッハは今の説明だけで把握したようだ。

 対面する相手が何か奥の手を隠している場合や、これからやってこようとする大技を受ける時など、そういう戦闘の決め手になる際にかなり役立つ。

 シャルラッハは貪欲だ。

 時折、こちらがゾッとするほどに。


「いいよ。コツさえ掴んだら、君ならすぐ出来るようになると思う」


 けれど彼女なら悪いことには使わない。

 それは間違いなく確信出来る。

 信用しているし、信頼している。

 彼女が求めるのなら、全てを与えようと思えるほどに。


「……しかし、特級か」


 やはり何かおかしい。

 嫌な予感がする。

 この王都にいるはずのアルトゥール。

 グリモア詩編を持つ、『蘇生者ネクロマンサー』。

 出来るなら、彼の隙を見てグリモア詩編を奪うのがベストだが。


「…………」


 王都の中央にそびえ立つ王城。

 王城の周囲は、貴族諸侯が住まう邸宅で囲まれている。

 そのひとつひとつが豪邸で、彼らの権威を遺憾なく発揮している。

 貴族諸侯らの仕事は当然雇用を生み、消費も生み、王都の商人などの大事な客にもなるため、持ちつ持たれつの関係が構築されている。

 グラデア王国軍とは違う私兵をそれぞれに持つため、有事の際は王都の民を守ることもあり、民衆にも慕われている貴族も多い。


 特に『英雄』の人気は凄まじい。

 このグラデア王国に4人しかいない『英雄』。

 それがグラデア王国・方位四騎士団の団長達だ。


 東の英雄『剛剣』ベルドレッド・グレアロス。

 西の英雄『雷光の一閃』アレクサンダー・アルグリロット。

 北の英雄『狩猟の覇者』シュライヴ・ゼルファー。

 南の英雄『殺戮の軍神』アルトゥール・クラウゼヴィッツ。


 強大な個人戦力を持つ、グラデア王国最強の四団長。

 レリティア『十三英雄』に名を連ねる、一騎万軍の猛者達。

 その中のひとり、アルトゥールこそがグリモア詩編を持つ敵対者だ。


「…………」


 果たして、うまくいくだろうか。

 いや、うまくやらないといけない。

 胸の中に渦巻く嫌な予感を握り潰すように、クロは拳に強く力を込めた。




 ◇ ◇ ◇




「うわぁ! すごいお部屋です!」


「なかなかいいじゃない」


 エリクシアとシャルラッハが満足そうに言った。

 今、クロ達は王都にあるエルフ商会の宿屋にいる。


 エルフ商会は、エーデルが国王として率いるエルフィンロードのお抱え組織だ。

 主に商人達の組合として運営されており、様々な商品を取り扱う商いをやっていて、よろず屋の大組織である。

 エルフの里であるエルフィンロードを越えて、グラデア王国や帝国ガレアロスタ、そして聖国アルアでも幅広く商売をしている。


 裏の顔は、『最古の英雄』エルドアールヴの活動の補佐をしている後方支援組織である。とは言っても、特に隠しているわけではないので誰もが知っている当たり前の事実だ。

 そういうわけで、クロ達が王都の拠点として選んだのが、このエルフ商会の宿屋だった。


「建て直しているのは知ってたけど……ここまで豪華になっているとは思わなかった」


「当代の商会長は希代のやり手じゃからのう」


 部屋はとにかく広かった。

 くつろげるソファーやキングサイズのベッド、インテリアも中々のもので、高級宿屋と言っても差し支えのない優雅さで、旅の疲れを癒やしてくれる。

 寝室であるベッドルームだけではなく、くつろげるリビングルーム、食事を取るためのダイニングルームも完備しており、至れり尽くせりの部屋だった。


 これがエルドアールヴだからという理由で無料なのである。

 エルフの王であるエーデルがいるので、ビップルームをあてがわれたということも忘れてはならない。


「食堂もあるんですね」


「頼めばこの部屋にも持ってきてくれるのじゃ」


「一泊いくらなんでしょう……考えただけで倒れちゃいそうです」


 信じられないぐらい豪華な部屋に戸惑うエリクシア。

 そんなエリクシアを見ながら、シャルラッハが「うふふふ」と微笑んでいる。


 大貴族であるシャルラッハならこんな部屋は見慣れているのだろう。

 そもそも彼女の実家は、ここよりももっと大きく豪華なのだ。

 何しろ彼女の実家は城だ。

 その名もアルグリロット城と呼ぶ。

 グラデア王国の初代からずっと仕えている騎士の家系なら当然と言えば当然だろう。


「さて、すぐにでも王城に行きたいところだけど……」


 一息ついて、クロが言った。

 ナルトーガにいる間、王城に入るための手紙を送ったが、さすがにすぐに承諾の返事があるわけではないだろう。


「この宿屋を返事の受け取り場にしているから、いつも通りなら使者がここに来るはずだ」


「つまりそれまでは自由時間ってことかしら」


 シャルラッハが言った。

 クロが頷く。


「そうだね、王都を楽しんでくればいいよ。ただ……」


「夜までには戻る、ですわね」


 夜にはグリモアが出現する。

 王都でそんな姿を見せてしまえば大変なことになる。


「手紙を出したのが3日前だから、いつも通りなら明日の昼までには返事が来ると思う。それまでは自由にしてくれて大丈夫――」


 そこで、部屋の扉がコンコンと叩かれた。

 5人全員が外に注目する。

 クロは宿屋に準備していたエルドアールヴの仮面を手に取った。


「どうぞ」


 そうして仮面を顔につけて、外の人物に言った。

 促されて入ってきたのは、


「失礼する。王城からの使者として参った」


「……想像以上に早かったな。でもまさか、君が直々に来るとは思わなかった」


「事情が事情でな。あらゆる承認を無視してでも、すぐに卿と話をしたかったんだ。久しぶりだな、エルドアールヴ。

 そしてシャル、無事で何よりだ」


 王城の使者としてやってきたのは、『英雄』。

 シャルラッハの父親である、アルグリロット家の当主。

 アレクサンダー・アルグリロットだった。




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