33 満月の人狼、アヴリルの事情
「うわぁ~! ここが王都ですか!」
エリクシアが興奮した様子で声を出した。
馬車に揺られ揺られて約1日半。
無事、目的の王都へ到着した。
ナルトーガ自警団が貸してくれた馬は持久力があり、足も凄まじく速かった。
徹底的に軽量化された馬車と、滑らかな動きでスピードを保つ滑車。
魔物の出現も少なく、安定した旅路だった。
それらの様々な要素が合わさった結果、通常の2倍は早い到着になったのだ。
「ふわぁ……王都ってこんなに広いんですね!」
王都は平原にあり、交通の便が非常に良い立地だ。
グラデア王国全土を縦横に走る道が、全てこの王都に繋がっている。
そのため、人の往来も王国の中でも随一である。
王都の近くには水源である3つの大河がゆったりと流れており、生活の便利さも王国一で、人口も国内のどの街よりも多い。
人が集まれば仕事も増える。
働く場所は多く、買える物品も王国全土のものが集まってくる。
人口に比例するように大きな犯罪も増えるが、王国軍や『英雄』が常に目を光らせているため、この規模の都にしては比較的抑えられていると言っていい。
人境レリティアの中でも指折りの都、それがグラデア王国の王都である。
「み、右を見ても左を見ても人だらけです! 建物もおっきくて、ずらっと並んでて……す、スゴいです!」
デルトリア辺境を出たことのなかったエリクシア。
要は田舎者なのである。
キョロキョロと周囲を見渡し、物珍しそうにしている。どこからどう見ても完全におのぼりさん状態だった。
街を行き交う人達が、エリクシアを見てくすっと笑っていた。
これは嘲笑の類いではなく、可愛らしいものを見て微笑んでいるものだ。
そういう視線には一切気づかず、王都に並ぶ高い建物を見上げながら「ふわぁ」だとか「はわぁ」だとか、ため息に似た感嘆の声を漏らしている。
エリクシアは身長も低いため、こういう風にしていると本当に子供のように見える。
「エリー」
そんなエリクシアに声をかけるシャルラッハ。
彼女は手を差し出して、エリクシアに言った。
「人の波に流されて迷子になってしまうから、手を繋ぎましょう」
ニコリと微笑む。
エリクシアはと言うと、
「ち、小さな子供じゃないんですから、迷子にはなりませんよ!」
むぅ、と頬を膨らませた。
どうやら子供扱いはイヤなようだ。
「あら、余計な気遣いだったかしら?」
「……迷子にはなりませんけど、手は繋ぎます」
差し出された手を握って、シャルラッハの横に並ぶ。
エリクシアの白銀の髪と、シャルラッハの黄金の髪が柔らかに重なり合う。
「……」
身長が同じぐらいのエリクシアとシャルラッハが手を繋いでいるのを見ると、まるで仲の良い姉妹がおつかいをしているようで微笑ましい。
「ふふ……」
「どうしました? クロイツァー殿」
「いや、何でもないですよ」
危ない。
思わず笑ってしまった。
ただでさえ、なぜかあの野営をした夜からシャルラッハとエリクシアの様子がおかしいのだ。
話しかけてもなぜか顔を赤らめて視線を合わせてくれない。
どうしたのかとエーデルやアヴリルに聞いてみてもニヤニヤするだけで教えてくれない。
無視されているわけではないので特に問題は無いが、どこか居心地が悪い。
こんな状態で子供扱いなんてして笑ったなんて知られたら、更にこの状況が悪くなるに違いない。
「それよりアヴリルさん、エーデルをおぶってもらってありがとうございます」
話を逸らす。
エーデルはアヴリルの背中ですやすやと眠っている。
こんな雑踏の中で熟睡できるのはむしろ羨ましい限りだ。
「いえいえ、エーデルヴァイン殿は軽いですし大丈夫です。おんぶされて眠るなんて、赤子をあやしているようで、なんというか、こう、母性に目覚めますね」
アヴリルが「ふふ」と優しく笑う。
普段の彼女はただの変態だが、こういう時のアヴリルは女性陣の中で最年長だからか、お姉さんのような雰囲気を出すことが度々ある。
普段とのギャップがスゴくて、思わず魅入ってしまいそうになる。
「あっ、クロイツァー殿」
「はい?」
「私そろそろ発情期なので、子供作りません?」
「はい?」
言ってる意味が分からなくて同じように返した。
「いやぁ、私満月になると発情期に入るんですよ。一夜だけ。だから襲ってしまう前に先に聞いておこうかなって」
「襲っ……って、こんな往来で何言ってるんですか!?」
アヴリルの爆弾のような発言に、周囲の人達がビックリしてこちらの様子を伺っている。
道の往来で、こんな凄まじい美人が発情期がなんだと話している。それはもうそれだけで注目を浴びるには十分だった。
実はこの王都に入ってから人の視線が痛い。
なぜならアヴリルはもちろんのこと、エリクシアやシャルラッハやエーデルは、ひいき目無しに見ても魅力的で、とてつもなく人目を惹く容姿をしている。
道を歩く男女関係無く、彼女達を見ている。
皆が近づこうともしないのは、彼女達があまりにも美少女・美女揃いなので、声をかけるのが恐れ多いといった感じだろう。
つまりは気後れして萎縮するほどの美しさだ。
人の好みは千差万別だが、そこに美しいものがあるのなら、つい見てしまうのが人間というものだ。
空に大きく美しい虹があるなら、つい見てしまうのが人の性だ。
それが4つも揃っているのだ。
村や街などでも見られることはよくあったが、気になるほどじゃなかった。
だが王都は違う。
まず道を行く人の量が圧倒的に違う。
すれ違った大勢の人々が揃い揃って振り返るといった異様な光景が繰り広げられているのが今の状況だった。
そんな大注目された状況での発情期発言なので、お察しの状態になっている。
しかし恥も外聞もないらしいアヴリルは、そんなものはお構いなしに話を続ける。
「母性に目覚めてきたので、今回の発情期は特に酷いかもしれないんです。なので、多分クロイツァー殿を襲ってしまうと思うんですよね~」
言い方が軽い。
心配になるレベルで。
「あっ、見境がないワケじゃないですよ? ちゃんと好意を持った相手しか襲いませんので!」
アヴリルは人狼だ。
獣人は獣に近い特性を持っていて、アヴリルの発言どおり発情期がある人も存在する。
満月になると発情するなんてのは聞いたことはないが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。
ちなみに季節の変わり目に換毛期という毛の生え替わり時期なんてものもある。
換毛が激しい獣人になると部屋から出て来られないこともあるとか。
そのため日々毛並のお手入れを欠かすことは出来ないらしく、クシはファーリーにとって必須装備だ。
「……ちなみに、いつも満月はどうしてるんですか?」
一応聞いた。
「シャルラッハさまに手伝ってもらってます」
「て、手伝っ……!?」
「アヴリル、誤解がある言い方はしないでちょうだい」
前を歩いていたシャルラッハが言った。
「クロ・クロイツァー、気をつけなさいな。満月のアヴリルは興奮状態にあって、特に戦闘を好むの。今回は確実にあなたに牙が向くでしょうから、襲われたら遠慮無く倒してあげなさいな。満月のアヴリルは異常にタフだから、多少痛い目を見せても大丈夫ですわ」
「…………」
やっと普通に話してくれたと思ったら、随分と物騒なことを言われた。
「ええと……闘うのは確定なの?」
「獣の標的になったら、逃げられないに決まってるじゃない」
「えぇ……」
「満月時の私は、獲物を絶対に逃がしませんよ?」
「アヴリル、あなたは黙ってなさい」
どうやら確定らしい。
とんでもなく危ない人物が仲間にいる。
そういえば、と思い出す。
ずっとずっと昔、グレアロス騎士団として砦にいた頃、毎月決まった夜にシャルラッハとアヴリルが決闘していたことを思い出した。
訓練の一種なのかと思っていたが、アヴリルの興奮を収める意味もあったというわけだ。
「ああ、そうそう」
ニヤリと口を歪めてシャルラッハが笑う。
「満月状態のアヴリルにわざと負けたら、大変なことになりますので気をつけなさいな」
「……負けたら、どうなる?」
「ウェアウルフの女性は強い男性を好むの。自分じゃ絶対に勝てない、気に入った強い男性を求めて闘いますの。わざと負けるのは、その求愛を受けるって意味を表しますわ」
「…………」
「ちなみにわたくしは負けたことはありませんが、わたくし相手だと遠慮してしまうみたいなの。興奮状態を収めるために闘っているから、というのもありますが、何より女同士だから。でもあなたは男性ですから、アヴリルも『全力』を出すと思うの。アヴリルの興味が男性に行くのは初めてのことだけれど、それは間違いないはず」
「…………」
アヴリルを見る。
ニコニコしている。
「満月状態のアヴリルは強いわよ。一夜限りの条件だけれど、『全力』を出せば『英雄』クラスの実力があるから、お気をつけなさい」
他でも無いシャルラッハが言うことだ。
本当に『英雄』並の強さがあるらしい。
魔物で言うなら『特級』だ。
「……満月の夜は、気を引き締めておくよ」
油断は出来ない。
「それがいいですわね」
ウェアウルフの苛烈な求愛行動。
自分がその標的となっているのが確実なように話すシャルラッハとアヴリル本人。
正直、不死でなければ満更でもないというのがクロの気持ちだった。
これはある意味デートに誘われているようなもので、少々形は歪んではいるが、こんな美女に誘われるのは男冥利に尽きる。
「満月が楽しみですね~!
ね? クロイツァー殿!」
「……ソウデスネ」
しかしよく考えれば、話の流れで決闘を申し込まれたのだ。
ベルドレッドといい、シャルラッハといい、どうしてこうも希有な戦闘主義の人間が集まってくるのか。
「ハァ……」
悩みごとが尽きないクロ・クロイツァーだった。




