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10 同じ夢を追う者

 太陽が真上から西に少し傾きだしたころ、クロたちが配属されていた真東の遠征隊は遅めの昼食をとっていた。

 魔物の群れとの闘いは、誰ひとり負傷者を出さない完全勝利で終わった。


 遠征隊は戦場から戻り、中継地点として使っている陣で休息をとっている最中である。

 町と村とをつなぐ公道から東に逸れた場所で、移動するのにも便利で、魔物がいるアトラリア山脈の麓からも離れすぎず近すぎない地点だ。


 中継地点にはいくつものテントをはっている。

 テントの近くには、荷馬車で運んできた木箱がそこら中に置かれていた。木箱のなかには食料や、武器の予備などの物資が入っている。


 闘いから帰ってきた団員と中継地点で待機していた団員とを合わせると、その数は100人以上になる大所帯だ。

 がやがやと団員たちの談笑が聞こえてくる。

 大抵は仲間との食事を楽しんでいる。

 戦場で活躍した馬をねぎらっているのか、魔物の血がついた馬の体をブラシで洗ってあげている人もいた。


 クロとヴェイルも例外に漏れず、空の木箱に座って食事をしていた。


「うん、旨い。さすが料理隊の人が作った飯だ」


「そうか? 塩がきき過ぎてて辛ェ……。肉だって固ェし」


「ヴェイルは文句ばっかりだな」


「俺は舌が肥えてるからな」


 へへ、と笑う果物屋の息子。

 彼の赤い髪が日光に照らされてオレンジっぽくなっていた。




「ああー! 2人とも先に食べてるなんてひどいですわ!」


 遠くの一番大きいテントから出てきたシャルラッハが声をあげながらこちらへ向かってきた。

 後ろからはアヴリルがついてきている。

 遠征隊の会議から帰ってきたのだ。

 今回の場合は、今後の予定を決めるのと、先の闘いでの報告が主な内容か。


 彼女ら2人は正規兵になったばかりとはいえ、ひとりは貴族、ひとりは元アルグリロット騎士団の団員ということで、こういう会議には頻繁に参加している。


「おかえり班長、アヴリルさん。食事もらってきてるよ」


 言いながら、準備していた皿を手渡した。

 肉入りのスープと野菜、そしてジャムをのせたパンが昼食の献立だ。

 シャルラッハは「ありがと」と言いながら隣の木箱に座った。


「会議ずいぶん長引いたね」


「っ! ええ、まぁ……」


「……?」


 シャルラッハはよほどお腹がすいていたのか、すかさず小さな口にパンを頬張った。もぐもぐもぐとリスのように頬を膨らませて食べだした。

 普段は上品な作法で食べるのだが、野営での食事はむしろ不作法に食べるのが作法だという謎の理論が彼女にはあるらしい。


 慣れないせいか、彼女のほっぺたにジャムがついていた。

 とってあげようかと思ったが、強烈にイヤな視線を感じてそちらを見る。


「…………」


 アヴリルが何かを期待するようなギラギラした目でこちらの動向を見ていた。

 不気味な笑みを浮かべている。

 視線が合うと、人狼ウェアウルフなのに「にゃっ」と声を出して、誤魔化すように食事をはじめた。

 何も見なかったことにした。


「で、会議で何かあったの?」


 もぐもぐと食べ続けるシャルラッハに話しかける。


「……2人にも一応伝えておきますわ。この真東の遠征隊は、このまま中継地点で3日ほど駐留します」


 シャルラッハはそこで一端言葉をしまって、用意していた水筒から水を飲む。

 白く細いのどが、こくこくと動く。


「魔物の群れの数が多過ぎたから、何かおかしなことが起こっていないか、ここを拠点にしてアトラリア山脈付近を確かめるんですって」


 彼女の視線が、すっと、あらぬ方向にいったのは見逃さなかった。


「他にもまだ何か言われたんでしょ?」


「……」


 シャルラッハは答えない。

 黙々と食事を続けていた。


「班長?」


 どうかしたのだろうか。

 もしかして怒られたのだろうか?

 そんなことを思っていたら、アヴリルが横から助け船を出してくれた。


「その探索で、シャルラッハさまも前線に参加しないかと声がかかったのです。魔物が異常に多く群れていた事実がある以上、万全を期さねばなりません。できるだけ人員がほしいのでしょう」


「おお!」


「すげェじゃんか! 当然行くんだろ?」


 前線に参加というと間違いなく魔物との戦闘になる。山脈付近まで行くとなると、幾度もの闘いがあるのは必至。

 常々、魔物と闘いたいと言っていたシャルラッハだ。

 父親の騎士団から離れて、武者修業のような形で入ったグレアロス騎士団。シャルラッハ・アルグリロットの見聞を広める絶好のチャンスだ。

 実力は十分。

 魔物に遅れなどとらないだろう。

 彼女なら、ヘタすれば副団長と同じぐらいの活躍をするかもしれない。

 ようやく回ってきたその機会に、シャルラッハはきっと喜んだだろうと思った。

 が、


「……いいえ。お断りしましたわ」


 違った。

 どこか、我慢している風だった。


「なんでだよ? お前ずっと偵察とか待機はイヤだ、闘いたいって散々言ってたじゃねェか」


 本当にそうだ。

 どうしてそこで参戦の誘いを断ることになるのか分からない。

 まさか怖じ気づいたわけでもないだろう。


「まぁシャルラッハさまが断ったと言っても、まだ保留という状態ですけどね」


 アヴリルがパンをかじりながら付け足した。


「どういうこと?」


「ちゃんと説明をしましょうか。シャルラッハさまの可愛らしいところ……ごほんっ、班長として己が身を削る決断をしたことを!」


「アヴリルさん、いま本音が少し……」


「つまりですねっ!」


 こちらの言葉は、彼女の大きい声でかき消された。


「シャルラッハさまが参戦するということは、私も同じく参戦するということ。私はシャルラッハさまの護衛として騎士団に入りましたので、これは絶対に譲れませんし、上官らも認めてくださっております」


 うんと頷く。

 それを見て、アヴリルも満足そうに頷いて続きを喋る。


「我々シャルラッハ班には元々伝令の任務がありましたので、シャルラッハさまと私が抜けた場合、これから伝令に行くのがあなた方2人だけになるということです。なので、お断りしたのはお2人を心配したシャルラッハさまのお心遣いなのです!」


 拳を握りしめて、主の精神的な成長を雄弁に語るアヴリル。

 感涙といった様子だ。

 シャルラッハは呆れていた。


「ま……そういうことですわ」


 気の抜けた声で語るシャルラッハ。

 心ここにあらずといった風に、スプーンでスープをくるくると回し続けていた。


「なんだ、そういうことだったんだ」


 思わず笑いが出た。


「な、なんですの! クロ・クロイツァー! 何がおかしいんですの!」


「いや、だって班長。本当は前線に参加したいんでしょ? ムリしなくていいよ」


「そだな。まったく、うちの班長はガキのくせにムリして背伸びをしやがる」


「フランク・ヴェイルまで! この……ッ」


 顔を真っ赤にして、恥ずかしいのか怒っているのか分からないシャルラッハに、クロはハッキリと言ってあげる。


「いいよ、行っておいで。伝令のことなら俺らに任せて。2人とも文字は読めるし、伝令なら班長と一緒に何度もやったから慣れてるし、大丈夫だよ」


「……え」


 シャルラッハがポカーンと口を開けた。


「そういうことだ。シケたツラしてんじゃねェぞ。おら、はやく参加するって伝えてこいや」


「え、え、だって……」


 キョロキョロとクロとヴェイルを見回す。こういうところは本当に子供っぽい。

 最後に、アヴリルに目をやるが、


「…………」


 アヴリルは目をつむって、主の決定を待っている。

 口を挟む気は一切無いという素振りだ。


「だ、だって、これが最後の……わたくしたちの最後の任務になるかもしれないんですわよ?」


 離れがたい仲間との別れ。

 今日不機嫌だったのも、もしかしたらその寂しさを紛らわせるために取り繕ったものだったのかもしれない。それが全部だとは思わないが、要因のひとつではあるだろう。

 でも、彼女は大きな勘違いをしている。


「最後じゃないよ。俺もできるだけすぐに正規兵になってみせるし、ヴェイルも戦闘兵じゃないけど別の道で正規兵になるはずだ。また今と同じように一緒に作戦に参加するようになるさ。

 何より、同じ班の仲間じゃないか。仲間が待ち焦がれていたチャンスを、自分らのせいで台無しになんてしてほしくないんだ。俺らに遠慮なんてしないでほしい」


 彼女が持ち焦がれていたもの、その想い。

 そう、同じ想いだ。


――英雄になりたい。


 シャルラッハもクロも、同じ夢を追っている。

 クロはエルドアールヴのようになりたいと。

 シャルラッハは父親を超えたいのだと。

 同じ夢を追う者同士だ。


 英雄になるのは並大抵のことじゃない。

 尋常じゃない才能を持つシャルラッハでさえ茨の道だ。

 余計なことを考えてしまっていると、きっとつまずいてしまう。


「君は真っ直ぐ、自分の道を進むべきだ。それこそ、『雷光』のように」


 クロが英雄を目指していることはシャルラッハには言っていない。

 しかし、彼女はもしかしたら薄々と感づいているのかもしれない。


「……」


 じっと見つめてくる。

 困ったような表情が、年頃の女の子らしくていじらしい。


「……いいん、ですの?」


「うん」


 今自分はとんでもなく嬉しそうに微笑んでいるんだろう。

 なにせ、未来の英雄の門出を見ているのだから。

 心底から誇らしい。


「伝令の任務、お願いして……いいんですの?」


「まかせて」


 想いは同じ。

 なら、同じ夢を追う者同士、それを祝福するのは当たり前だ。

 騎士団の正規兵としてはじめての任務。

 彼女にとって、これは英雄になるための一歩だ。

 父親に追いつき、追い越すための一歩だ。


「…………」


 自分よりも何歩も先に行っている少女。

 その小さな背中にいつか追いつけるように。


「大丈夫、すぐに追いつく」


 クロ・クロイツァーは英雄になれないことを自分で知っている。

 才能が無い。

 強さが無い。

 資質が無い。


――それがなんだというのか。


 そんなもの、夢を阻むほどのものじゃない。

 前を進む少女が立ち止まってこちらを振り返っているのを見て、ようやく気づいた。

 歩み続けなければならないんだ。

 立ち止まってはいけない。

 振り返ってもいけない。


「必ず、追いつく」


 この滾るような情熱は、決して消えることは無い。

 誰かにバカにされてもいい。

 世界中の人に笑われたって構わない。


 なりたいんだ、英雄に。

 今はただ、歩むことでしか道は開けない。

 夢破れて絶望に嘆くのは墓のなかでいい。




「……わかりましたわ」


 シャルラッハが困ったように笑いながら言った。


「私たちは、本当にいい仲間に恵まれましたね。シャルラッハさま」


 アヴリルはにこりと優しい笑みを見せた。

 普通にしていればこの人も本当に美人なんだよな、と少し残念な気分になった。いつもがいつもなだけに。


「では詳細を伝えますわ。

 北東の隊へ伝令の任務。内容は『真東の隊は魔物討伐に成功。同時に、魔物に不穏な動きあり。このまま3日間、付近を調べる』ですわ。はい、これが文書」


 筒に入った文書を渡される。

 南東の隊とグレアロス砦にはそれぞれ別の伝令が行くのだろう。


「わかった」


「まかせろ」


 クロとヴェイルが互いに目を合わせて頷いた。

 やがて、いつもの調子を取り戻したシャルラッハが声をかける。


「ただし、絶対に公道を行くこと。寄り道なんかして山や森に入ったらダメですわ。

特に! 間違っても道中の森にあるデオレッサの滝には近づかないように!」


「デオレッサの滝?」


 はじめて聞く地名。

 首をかしげたクロに、アヴリルが補足してくれる。


「この辺境の村や町の人々から天災として恐れられている魔物が住む滝です。おそらく、グレアロス砦の団員すべてを動員しても討伐できない魔物ですので、シャルラッハさまの仰ったとおり、絶対に近づかないようにしてください」


 今、聞き捨てならない言葉が出た。


「ま、まてまて! それは、えっ? あの副団長でも倒せないってことか?」


 ヴェイルが話に食いつく。


「はい。おそらくは不可能かと」


「……いったいどういう魔物だよ」


「水竜です。強大極まるドラゴン種でも数少ない、危険度『特級』に指定されている魔物ですので、何度も言いますが、絶対にデオレッサの滝には近づかないようにしてください」


 人類は魔物を格付けしている。

 基本的には種族ごとのくくりだ。


 魔物は『下級』からはじまり、『中級』・『上級』と順に強くなっていく。

 たとえばオークは中級で、ドラゴンが上級である。

 ひとつひとつの強さの格差は激しく、ひとつ級が上がるごとに危険度は跳ね上がっていく。


 上級のひとつ上。それが『特級』に位置付けされる。

 そして特級のさらに上が『最上級』――対応を間違えれば、たった1体で国家を壊滅させるレベルの魔物である。


 特級・最上級のふたつは種族ではなく、突然変異ともいえる魔物の〝個体〟が指定されている。

 その強さはもはや災害といっても過言では無く、仮にそれらを倒すことができたのならば、間違いなく英雄と讃えられる。

 つまり特級の魔物は、正真正銘の『怪物』なのである。


「おいおい! そんなバケモンが王国内にいるんなら、どうして王国が見逃してるんだよ!? 今日のオークとかよりヤベェじゃねェか!

 方位四騎士団の団長ら……グラデア四大英雄なら束になりゃ何とかできるんじゃねェのか?」


「失礼ですわね! 特級ぐらい父上ならひとりで討伐できますわ!」


 自分の父親を過小評価されたことで、今度はシャルラッハが食いついた。


「ならなんで倒しとかねェんだよ!? 英雄なんだろうが!」


「はぁ!? どうしてあなたが父上に指図をするのかしら!?」


 白熱。

 火花を散らしだしたヴェイルとシャルラッハ。

 それをよそに、アヴリルは冷静な声で淡々と告げていく。


「その水竜は基本的にはおとなしい魔物なんです。デオレッサの滝が気に入ったのか、数百年前から住み着いていまして、滝に近づかない限りはまったく害の無い魔物なんです」


「なるほど、縄張りをつくるタイプの魔物か」


 縄張りをつくる魔物は総じて強い。

 下級の魔物でさえ、手がつけられなくなることもある。

 なぜなら、常に自分の得意な地形で闘うからだ。

 それが特級ときた。

 あまりにも危険過ぎる相手である。


「はい。縄張りを荒らされると怒り狂って人や魔物を見境なく襲うので、害が無い……とは言い過ぎましたが、滝にさえ近づかなければ何をされることも無いので、特級とはいえ、グラデアの王都を守護する四大英雄が出るほどの危機的状況では無いのです」


「父上らは忙しいのですわ。国土拡大を画策する北の帝国『ガレアロスタ』。何を考えてるのか分からない西の聖国『アルア』。王国の敵は魔物だけじゃないの」


 シャルラッハは指を立てて、次々とまくし立てる。


「とにかく、あなた方2人は公道を進めばいいってことですわ。公道なら走りやすいですし、道中で魔物に襲われる心配もありませんし、万が一遭遇しても公道警備の団員がところどころ巡回していますから。絶対に、公道から逸れないで進むのですわ。

 いいですわね!?」


 その剣幕に押されるように、クロが頷いた。

 空を仰ぐと、ひと雨きそうな天気になっていた。



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[一言] 特級の上に最上級がくるなら、特級を上級にして、上級→中級、中級→下級、下級→最下級でもいい気がする。 "特"って特別とかその並びの埒外とかそういう意味で付く漢字だから、どちらかというと、最上…
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