一生を捧げた恋
春という季節の中のひととき、人々は桜の木の下で宴を催す。
彼もそんな人々の宴に招かれた一人であった。場所は都会とはかけ離れた山奥の小さな村。そこには彼の祖父母が住んでおり、その日は親戚一同が集まっていた。
「おまえも二十歳になったんだから、もっと飲めよ~
桜を見ながら昼間から酒を呑むって最高じゃねぇか~ 」
青年は酒に酔った親戚たちに絡まれていた。彼はこれ以上酒は飲めないと判断し、用事があるから電話をしてくるという嘘をついて宴の席を外れることにした。酒の酔いもあり、気分転換に一人で田舎道を歩いていた彼は周りの景色を見ながら小さかった頃を懐かしんでいた。青年は昔、この村に住んでいたのだ。
「ん? ここは… 」
山へと続く道に差し掛かった時、青年は何かを思い出したように山の方へ進んで行った。
「やっぱり… 」
山の入口まで来ると彼は道を逸れ、普段は誰も通らない様な道を見つけた。それは幼かった頃、村の友達と一緒に遊んだ秘密基地へと繋がる道であった。彼は童心に返り、夢中で秘密基地を目指した。そこは山の中の少し開けた場所、何本かの桜に囲まれた広場のような場所である。
そこには一人の少女が立っていた。透き通るような白い肌に綺麗な長い髪。この世の者とは思えない美しさに彼はしばらく見とれていた。
「久しぶりだね、私のこと覚えてる? 」
少女は穏やかに微笑みながら青年に尋ねた。その言葉を聞いて、彼は昔の事を色々と思い出していたようだ。しばらくすると少女の事を思い出したみたいで、彼は黙って頷いた。
「良かった… 。
いつか君とは、またここで会えると思ってたんだ。」
青年と少女は色々な話をして時を過ごした。それは青年にとって至福の時間であったのだろう。
「ねぇ?
また会えるかなぁ…? 」
少女の問いに対し、青年は少し間を置き、再び黙って頷いた。その後、彼は何度も何度も少女に会いに行った。誰にも邪魔されない二人だけの秘密基地へ。
いつものように、少女に会うため秘密基地へ向かった彼だったが、その日はどこか寂しげな表情をしていた。
「どうしたの?
何かあったの? 」
少女は彼の寂しげな様子が気になったのであろう。
「もしかすると、君に会えるのは今日が最後かもしれない… 。
君のような綺麗な人に、僕なんかが言う資格はないのかもしれないけど… 。
最後に一言だけ言わせて欲しい… 。
僕は君が大好きだった。 」
彼の告白を受けた少女は微笑みながらこう返す。
「私も君の事が好きだよ… 」
少女はそう言うと、彼の頭を膝の上に乗せた。
「そっか… 、良かった… 」
彼は心底安心したようだ。少女に膝枕をしてもらうと眠りについてしまった。
その日、樹齢650年程の桜の木の下には寿命を終えた一人の男の姿があった。その表情はとても幸せそうであった。
ベニシダレザクラ、樹齢千年以上と言われているそうだ。秘密基地にあった桜はおそらくこれであろう。
彼は少女に会う為に60年近くの歳月を費やした。桜の花は開花してから散るまで10日程だそうだ。少女が彼と共に生きた時間は2年にも満たなかった。
春という季節の中のひととき、桜に魅了された人々はこれからも宴を催す。