018~月星輝くその中で~
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スターチスクラスタの拠点のとある一室。パンドラは6本の短剣をテーブルの上に並べ、呼び出したメンバーが集まるのを待っている。
そこへ腰上までの長い水色の髪と橙色の瞳、そしてエルフ族特有の長めの耳をもった穏やかそうな女性――フィトがやって来た。
「あらパンドラ、えらくご機嫌ね。何か良いことでもあったのかしら?」
「ふふ。今の気分を例えるなら、文通相手に初めて会った気分よ」
入るなりパンドラの様子を見て問いかけたフィトに笑顔のパンドラが答える。
「不思議な言い回しね。それはいいとして、テーブルの上に置いてある短剣はどうしたの? うちのメンバーが作ったものではないわよね?」
パンドラからテーブルの上に置かれた短剣へと視線を移して問いかけたフィト。
「それが今日、あなた達を招集した理由よ。暇なら取り出して見てみれば?」
パンドラの言葉にテーブルの上にある短剣の内、一番左側のものを手に取り、鞘を見つめるフィト。
「簡略化された鷹の絵、もしかしてこれが銘の代わりかしら?」
「よく分かるわね」
「簡略化したイカの絵を銘代わりに使ってるあなたを知っているからね」
「可愛いでしょ?」
笑顔のパンドラを呆れた顔で見つめるフィト。しかし、すぐに視線を短剣に戻し、鞘から抜いて刀身を観察し始めた。
「……良い物だとは思うけど、良い物止まりではないかしら? 私なら品質3を付けるわよ?」
観察を終えて短剣を鞘にしまい、そう告げながら視線を短剣からパンドラへ移したフィト。
「まあ、あなたはこちらの専門じゃないから仕方ないわね」
「あなたも厳密には専門ではないでしょうに。ところで、これの何が気になるのかしら?」
「あなたは何を理由に品質3としたのかしら?」
疑問を表情に浮かべて問いかけてきたフィトに、パンドラは変わらず笑顔で問いかける。
「うちの新入りがギリギリ作成できるレベルだと判断したからよ。おそらく余っていた1・2金属で作成した短剣でしょ、これ。あれを使うなんて、もの好きよね」
「それが答えかもしれないわね」
次の言葉をパンドラが続けようとしたその時、部屋のドアが開いて1人の男性が入ってきた。
鉛色の髪と赤色の瞳をもつ、静かそうなその男性はスターチスクラスタのリーダー――スターチス。
「どうした、パンドラ」
「ちょうどいいわね。リーダー、その短剣を見てちょうだい」
テーブルの前まで移動してきたスターチスはパンドラの言葉に従い、テーブルの上に置いてある短剣を手に取り観察し始める。
「……練習と供給を満たせるいい案、これは盲点だったな」
すぐに観察を終え、鞘に短剣をしまったスターチスは静かに呟く。それを聞いたパンドラは納得の表情を浮かべているが、フィトはスターチスの言葉の意味が分からず疑問の表情を浮かべている。
「パンドラ、お前は売却者から聞いたな?」
「そうですよ。私がそのレベルを分かるわけないじゃないですか」
「パンドラ、あなた自分で見極めたのじゃないの?」
やや怒りを含んだ表情でパンドラに問いかけるフィトだが、パンドラはどこ吹く風といわんばかりに笑顔を浮かべている。
「……まあ、それはいいわ。リーダー、説明してくれますか?」
フィトは諦めた様子で6本の短剣を次々と確認していたスターチスに問いかける。
「これは1・1金属製だ。あとは自分で考えろ」
「……え、さすがに冗談ですよね? 専門外でも魔法無しに魔力武器かどうかを見極める程度はできるつもりですよ?」
驚愕の表情を浮かべたフィトの問いかけに答えたのはスターチスではなく、真剣な表情を浮かべたパンドラだった。
「一番右側、クラゲの銘が入った短剣に魔力を流してみなさい。それは私が個人的に買い取ったものだから問題ないわ」
パンドラの言葉に右端の短剣を手に取り、鞘から抜いて魔力を纏わせたフィト。
「いいな。俺も1つ買っておくか……いや、どうせ売る相手の指定があったんだろう?」
「ありましたよ。私が個人的に購入したもの以外はランク1以下の冒険者が使用できるように販売して欲しい、と」
「仕方ない、諦めるか」
「……これが魔力武器となるはずがない、1・1金属製だというのですか?」
パンドラとスターチスが静かに会話する中、観察を終えたフィトが僅かに震える声で2人に問いかける。
「なぜ1・1素材の右数に『1』が付いているのか知らないのか?」
「右数の1は魔力を内包できる可能性、私は知っていましたけどね。それにあなたは1・1木材で魔力武器の弓を作成できるのですから、金属で同じことができてもとうぜんだと思いませんか?」
「金属と木材が違うことはあなたもご存じでしょう。ですが同じ1が冠されているのですから、とうぜん可能でしたのね。そうなると普通1・1金属で魔力装備を作成しても効力が薄すぎて意味が無い。だから誰も試そうとすら思わなかったのですか」
2人の問いに納得顔で答えたフィト。
「ですが、この魔力の流れはどう考えても1・1素材とは思えませんの」
「まあ、そうよね。でも大切なのはそこじゃない」
「そうだな。1・1金属で魔力装備を作り、安値で駆け出し冒険者に供給する。俺達は良い経験を積めるし、駆け出し冒険者は安価な切り札を得られると同時に、魔力武器の練習にもなる」
「確かにその通りですわね。そうなると、今日の招集はそれを検討するためのものでしたか」
「ええ」
フィトの出した答えに笑顔で肯定したパンドラ。
「ところで、これは誰が売っていきましたの? 旅の名匠ですの?」
「誰だろうね~。それはそうと、リーダー。鷹とクラゲ、どちらのできがいいですか? 勝負の判定をリーダーにしてほしいと頼まれまして、受けました。お知り合い、ですよね?」
「鷹だな」
「ありがとうございます。ところでリーダーも作るんですか?」
「とうぜんだろう。まずは俺が作って示さないことには、な。まあ、俺も示されたわけだが」
パンドラの問いかけにスターチスはやや悔しそうな表情を浮かべて答えた。
「あら、リーダーは1・1金属で魔力装備を作れるので?」
「とうぜんだろう。これでもお前らを率いるクラスタリーダー、相応の実力はあるつもりだが?」
パンドラの問いかけに対して静かに答えたスターチス。その様子を見てパンドラとフィトは笑顔を浮かべて見合った。
「ですよね~。暇なので私も作りましょうか」
「私も久しぶりに1・1素材で魔力武器を作りましょうか」
「まずは誰に作らせるか検討してからだ」
「は~い」
やる気に満ちた3人はテーブルを囲んだ椅子に座り、検討を開始する。
「それにしても、アリスちゃんがあんな可愛い少女だったとは、ね。少し驚いたけど、堕神を考えれば納得、なのかな?」
スターチスとフィトが立ち去り、1人残った部屋で嬉しそうに呟くパンドラ。
「まあ、今は知る必要のないことよね。さて、この短剣はどうしましょうか。アリスちゃんと出会えた記念に買わせてもらったけど、私が行く階層では使えないから……うん、お守りにしましょう。これほど心強いお守りはそうないわね」
そう言ったパンドラは嬉しそうに何度か頷く。
「それじゃあ、私も頑張るぞ~! 目指せ、リーダー超え!」
振り上げた手をおろし、意気揚々と部屋から出て行ったパンドラ。とうぜん、その手にはお守りとした短剣を握って。
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月と数多の星が広大な草原を照らす中、購入したばかりの長剣を手に1人の少女がウルフの集団へ切り込む。
飛びかかってきた最も近いウルフを避けつつ長剣を腰溜めにし、次に飛びかかってきたウルフを斬りつける。さらに勢いを殺さずそのまま回転し、次に飛びかかってきたウルフを切りつけた。
その様子を見たウルフ達は少女を脅威だと認識したのか、無闇に飛びかかること無く少女を取り囲むように移動し始めた。しかし、ウルフが取り囲む前に少女はウルフの数が少ない1点に切り込み、2体を切り捨てて囲まれないように移動する。
数分後、少女の周りでは多くの紫が小さく輝いていた。
それらを見渡した少女は肩下まである銀髪を揺らし、金色の瞳で空を見上げて嬉しそうに呟く。
「ふふ、今日は眠る気になれないわね」
月と星達が見守る中、紫色の石を回収した少女は魔物を求めて移動を開始する。
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暗闇が包む森で1体のラビットが倒れる。次の瞬間には音を立ててバットが木に張り付けられ、地面へ落ちる。
音を聞いて脅威を感じ取ったのか、近くを通過していたウルフの小さな群れがその場所へ移動を開始するが、群れの中心に位置していたウルフが吹き飛び、そのまま地面へ倒れる。
何かしらの脅威が存在していると認識した群れの1体が、他のウルフへ伝えるために天仰ぎ大きく吠えた。同種の遠吠えを聞いた森に潜むウルフ達はその力強い遠吠えに、潜むことをやめて移動を開始する。
次の瞬間には地面へ伏した最後の1体の元へ。
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