017~選んだその道は~
リアが移動した先はスターチスクラスタの個室工房の1つで、クラスタメンバー以外に時間単位で貸出している場所。移動中にリアが受付で借りていたから間違いないわね。
「さて、お菓子はいるかしら?」
「いいえ、昼食を食べてきたばかりだから気にしないで」
「そう。それじゃあ早速だけど、アリスのスキルについて詳細を知っているかしら?」
アリスのスキルについて、確かにこれは場所を選ぶ内容ね。
「発現したのは知っているけど、詳細は知らないわね」
「アリスは詳細を伝えようとして、それをダッキが止めたのね?」
アリスから私に伝えたことは聞いていても、その詳細は聞いていないのかしら。
「ええ」
「教えてくれてありがとう。予想はしていたけど気になってね。まあ、本題はそこじゃないわ」
私の答えを聞き、少し嬉しそうな表情を浮かべたリア。
アリスの担当であるダッキさんが良い職員で嬉しかったのかしら。
「あなた、アリスのスキルについて詳細を知っておきたいと思うかしら?」
「機会があれば知りたいけど、ダッキさんが隠すべきだと判断したのなら無理に知りたいとは思わないわね」
ダッキさんの言葉から、知られてしまえばアリスが不利になる内容が含まれているのだと思うもの。そうだとすれば、出会ったばかりの私が知っていい内容じゃないわね。
「あなたの目の前に機会が存在しているわ。あなたが望むのなら、私が教えてあげましょう」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「アリスのためでもあるのだけど、私も楽しみにしているからよ」
そう答えたリアの表情は言葉通り、楽しそうな表情をしている。
アリスのためであり、リアも楽しみにしている……これだけでは、よく分からないわね。
「ごめんなさい、よく分からないわ」
「私が出せる情報はここまでよ。あとはあなたが判断なさい」
ギルドでの行動からアリスは私に教えてもいいと考えているけど、ダッキさんは良くないと判断している。いえ、よくないではなく確実にいけないと判断している。
そして目の前の少女、アリスのお姉さんであるリアは私に教えることがアリスのためにもなると判断している。
……迷うわね。いえ、迷ってはいけないのかしら。
リアは私に、『あなたはアリスを裏切るのか?』と聞いているのだから。
ダッキさんの判断も今の私には教えられない。つまり固定パーティかクラスタを長く組み、アリスと私の信頼関係が築けていれば教えても問題ないのよね。
それなら私が出すべき答えは、私がアリスを裏切る可能性があるのかどうか。
……。
「私はアリスを裏切らないわ。アリスが間違っていると判断すれば、私はその情報を利用してでも止めるつもりだもの」
「そう。それならこれを見なさい」
嬉しそうに微笑むリアが差し出したのは、何かが表示された黒い鉱石でできたような板。それを受け取ってみると、そこにはまるでギルドの情報端末のようにアリスのスキル、乗り越える者<<ブレイブリー・ハート>>の詳細が表示されていた。
◇乗り越える者<<ブレイブリー・ハート>>
1.あらゆる苦難を乗り越える者に下記の影響を及ぼす。
・苦難に陥っている際の成長率が大幅に上昇
2.苦難に心折れた者に下記の影響を及ぼす。
・全ステータス大幅減少
・全スキル封印
・耐性破棄
・五感封印
・治癒不可
・魔力回復不可
・魔法スロットへの干渉不可
・加護無効
・強制気絶
これが、強力とされるランクアップ以外で発現したスキルだというの。
これでは――。
「"1人では"魔物との戦闘で心が折れた瞬間、死ぬわね。とうぜん世界の加護である<<復活>>も無効よ」
「そう、よね」
自らの口から出た声が震えているのがわかる。
私が知ったのは、知られてしまえばアリスが危険になると同時に知った私にアリスを救う機会を与えるもの。
力の無い私だけしかいない状況で、心折れたアリスを……。
「選んだのはあなたよ。さて、そろそろ勝負を始めたいから話は終わりにしましょう。あなたはアリスに言った通り、武器を選んでくるといいわ」
……そう、ね。
「ええ。ありがとう、リア」
震えの無い声と曇り晴れた心でお礼を告げ、迷うこと無く部屋を出る。
まずは武器を選ぶことから"始めましょう"。今の私は武器がなければ魔物と戦うことすら難しいのだから。
2・1金属を使用した長剣を買い終えてアリスが指定した店の奥へやって来たところ、ちょうどアリスが受付に座っている女性と何かを話していた。
もしかして3時間近くも選んでいたから、アリスを待たせてしまったかしら。
「アリス、待たせてしまってごめんなさい」
「ううん、私も今だよ。また来るね、パンドラ」
「ええ、待っているわね」
サイドアップで纏められた腰まである長い金色の髪と紫色の瞳、明るそうな雰囲気をしたヒューマン族の女性――パンドラさん。堕神以前はヒューマン族最高の装備職人と呼ばれた人物であり、現在はスターチスクラスタのサブリーダーをしている。
その技術は単純な武器防具ではなく、魔法装備に秀でていると聞いたことがあるのだけど……アリスに手を振るその姿は、まるで友達に手を振る少女のようね。
「アリスはよくここに来るの?」
「まだ2回目。でも、たまに遊びに来ようと思ってる」
遊びに、となるとパンドラさんと話に来るのかしらね。
そういえばアリスとリアは何で勝負をしていたのかしら。場所からして鍛冶系だとは思うけど、もしかして作成した装備の鑑定額で勝負していたのかな。
まあ、その勝負はアリスとリアのもの。私はこのあとの予定を考えましょう。
「アリス、このあとティアさんのところで夕食を食べないかしら? そのあとはアレにもう一度挑戦しましょう」
「いいの? 昨日は毎日観察したいみたいに言ったけど、エルピスに用事があるならそっちを優先してね。それにあの場所は遠いから、毎日でなくてもいいんだよ?」
優しいのね、アリス。でも、それを望んでいるのは私も同じなのよ。
「いいの。それを理由にアリスと一緒にご飯を食べられるし、あれは私が乗り超えるべき1つの壁よ。何か理由がないと、決心が揺らいでしまいそうなの。だから私からお願いするわね、アリス」
「そう。それなら、今日もお願いするね」
「ええ。それでは夕食を食べに行きましょう」
「うん」
嬉しそうに頷き、薄水色の長い髪を揺らして前を向き直したアリスを見て、私の頬が少し緩んでいるのを感じる。
さて、今日は海鮮丼にしましょうか。