015~堕神~
「ふう」
宿屋の自室に到着し、装備を外して部屋着へ着替えてからベットへ倒れこむ。
希少種の魔物に不思議な少女と未知の魔法、そして希望の光と安らぎの抱擁。今日は色々とあったけど、得られたものがとても大きかったと思う。
……そういえば、アリスは何者なのかしらね。
「やっぱりアリスも神の席と求めてダンジョンへ潜っているのかしら」
口からつい漏れてしまった1つの疑問。
神の席、それは5年前に謎の声から全世界に告げられた言葉の1つであり、多くの人をダンジョンへ向かわせた言葉。
始まりは突如世界に響き渡った1つの言葉だった。
『神ども、堕ちろ』
世界の人々全員に聞こえたとされるこの言葉は青年のような声であり、私には怒りと悲しみが含まれているような気がした。
そしてその直後、言葉通り神への交信が不可能になり、与えられていた加護すべてが消失したことで人々は神が堕ちたと信じ、その出来事をこう呼ぶようになった。
"堕神"、と。
神の加護が消滅したことにより多くの人々が絶望したが、それは仕方のないこと。
信仰する神によって与えられていた加護は違ったのだけど、ほとんどの人が大神と呼ばれていた12柱の神を信仰しており、共通していた加護が2つあった。
<<復活>>と<<成長>>。
それらは人を襲う魔物と戦うための大きな力であり、それなくして人が魔物に勝つのは難しかったのだから。
そのため堕神からしばらくの間、多くの人々は魔物に襲われる恐怖に耐えながら生活していた。
加護がなくなっても魔法は使えるし、今まで存在していた武器もあるので勝てないことはない。それでも『成長』の加護で得ていた能力上昇は消え、『復活』の加護で得ていた"1度なら死んでしまっても問題ない状況"は"死んでしまえばお終い”に変わってしまった。
そんな状況を変えたのは堕神から30日後。なぜか魔物の出現が確認されなくなり、魔物の存在が消滅したのではないかと噂が流れ始めたころ。
『今、この世界に神は存在しない。それは既に皆が知っていることだと思います』
堕神の時と同じく、突如世界に響き渡った言葉。
『これまで神から与えられていた加護がなく、魔物に怯える日々を送っている方もいるでしょう。そこで私達は準備を終え、世界からあなた方へ3つの加護を与えられるようにしました』
<<復活>>、<<成長>>、<<進化>>。
堕神の時とは違い、女性のような声から説明された3つの加護。
<<復活>>は以前までと同じ加護であり、死んでしまっても一定の条件を満たす場所で蘇生できるが再使用まで24時間待つ必要がある。しかし、魔物との戦闘で人々を死の恐怖から解き放つには十分だった。
<<成長>>も以前までと同じく魔物を倒すことで基礎能力が上昇する加護だが、その声は以前とは違うものだと説明した。すぐには分からなかったその違いだが、今は判明している。それはランクによる基礎能力限界の存在。以前までならば『ランク』は存在していなかったので基礎能力限界は確認されていなかった。まあ、誰も能力限界まで到達していなかっただけかもしれないけどね。
<<進化>>は私が知っている限りでは聞いたことのなかった加護であり、<<ランクアップ>>に関して補助を行う加護とのこと。きっと詳細を教えてほしいと思った人は多いはずだけど、5年経過した今でも詳細は伝えられておらず、<<ランクアップ>>が可能になる加護だと考えられている。
その<<ランクアップ>>に関しても<<進化>>と同じく詳細は伝えられていないけど、多く人が<<ランクアップ>>したことから分かったこともある。
まず<<ランクアップ>>の条件だけど、多くの魔物を倒すことは確実だとされている。これはダンジョンに潜り多くの魔物を倒している人は<<ランクアップ>>しており、ダンジョンに潜らず普通に暮らしている人や鍛錬を行っている人は<<ランクアップ>>していないことからの判断らしい。例外としてクラスタメンバーが多くの魔物を倒し、クラスタリーダーはほとんど魔物を倒していない状況での<<ランクアップ>>が確認されているが、その際は<<ギフト>>を取得できなかったらしい。以前からクラスタリーダーは魔物を倒すことなく成長することは確認されていたので、これは予想されていたことでもあるみたい。まあ、<<ギフト>>に関しては自分で頑張れということかしらね。
次に<<ランクアップ>>の影響だけど、一部の例外を除き基礎能力の大幅上昇と<<ギフト>>の取得は確実だとされている。
この<<ギフト>>とはスキルと同等のものであり、以前より存在していた<<ランクアップ>>以外で発現するスキルと区別するために呼ばれるようになった名称みたい。誰が呼び始めたかは分からないけど、どんな理由からそう呼んだのでしょうね。世界からの贈り物、かしら。
そして一部の例外は頑張らなかったクラスタリーダーが<<ギフト>>を取得できなかった例であり、同じクラスタリーダーでも自らダンジョンに潜り、魔物を倒している人は問題なく<<ギフト>>を取得できたみたい。
これらの加護の説明を聞き、多くの人々に再び魔物と戦う気持ちが蘇り、次に続く言葉でそれは加速する。
そして、それは私がダンジョンへ潜るきっかけとなった言葉でもある。
『ランク6に到達した方には神の席が与えられます』
聞いた時は何とも思わなかったが、今の私は神の席を目指している。神になりたいのではなく、神になることで成し遂げたいことがある。それさえ成し遂げれば神の席は放棄するかもしれないけど、これは実際にランク6へ到達できてから考えればいいことね。今はランク6に到達することを目指せばいい。
神の席について説明を聞き、多くの人がランクアップの方法について考えていた中で次に告げられた言葉は、あの時の私が唯一関心を抱いた内容。いえ、望みを抱いた内容、かしら。
『大きな状況の変化による能力の差を少なくするために、望む方は身体を若返らせます』
そのあとに説明された内容は年齢に応じて限界を定め、こちらが指定した年齢と同等の状態まで身体を若返らせるというもの。期間は1ヶ月以内であり、方法は魔法を書き込む際にも使用する世界に問いかける特殊属性特殊系統情報取得魔法、"ワールドコール"を使用したもの。
その説明を聞き、私はすぐに若返ることを望んだ。若返ることで魔法スロットも戻り、再び魔法が使えるようになるかと望みを抱いて。
しかし、結果は今に繋がる。若返っても今と同じで、魔法は使えなかった。
……いえ、今は新たな希望の光が見えているから違うわね。それもあの時よりも強い光。私の望む幻想ではなく、書物ではあるけど実際に起こった、可能性のあるできごとなのだから。
そして、最後に告げられたのはすべての国を動かした言葉。国が動かないことは許されなかった言葉。
『最後になりますが、各大陸に1つ以上ゲートを設置しました。繋がる先は多くの魔物が闊歩するダンジョンです』
魔物が闊歩するダンジョンの存在を告げたその声に、私は嬉しさが含まれているような気がした。
『探検するも鍛錬の場とするも、放置するも自由ですが、魔物が多くなりすぎると溢れますので気をつけてくださいね』
ダンジョンに関する説明はそれだけであり、ゲートの位置すらも分からない状態から始まった。
すぐに各国は領地内すべてを探索して各大陸にそれぞれ1個のゲートを発見して場所を公開し、さらに魔物を倒してダンジョンを探索する冒険者を補助するため、ゲートの近くにギルドを設置した。
これらの行動が早かったこともあってか現在までに魔物が溢れたダンジョンは確認されていない。
最初はわざわざ魔物が闊歩する危険な場所を探索する冒険者は少なかったが、ダンジョン内で取れる素材や、魔物からドロップする素材に未知の物や希少なものが確認されたこと、何より低階層に自分達が倒せる魔物が出現することが判明して様々な理由からダンジョンへ潜る人が一気に増加したらしい。
まあ堕神前後の世界事情はすべて、この街に来てからダッキさんに教えてもらったことであり、堕神直後の私はダンジョンへ潜ろうとは思わなかった。いえ、思えなかった。以前の私ならば神の席を提示されていなくてもダンジョンへ潜っていたでしょうけどね。
……考えが逸れてしまったわね、今はアリスについて考えましょう。
そうしてダンジョンに繋がるゲートが設置されてから約5年。あれほどの実力をもっているアリスなのだから、神の席を求めていたのなら始めからダンジョンへ潜っていた気がする。そうなると最近になって潜る理由ができたか、なにか潜れない理由があって、それが最近解決したか。
ダンジョンへ潜る理由なんて人それぞれだから普段は気にしないのだけど、助けてもらった恩は返したい。前者ならなにか手伝うことができるかもしれないけど……今の私では難しいかしら。
「……とりあえず、眠りましょう」
明日はダンジョンに潜る予定はないけど、アリスと装備選びですもの。寝坊してはいけないわ。