012~ティアの定食屋~
本日4話目です。
読み飛ばしにご注意ください。
パーティを組み終えて外に出ると、既に太陽が沈みかけていた。
そういえば、お腹が空いたわね。
「アリス、とりあえず夕食を食べないかしら?」
「うん。どこに行くの?」
アリスは私と同じランク1。つまり私と同程度の店で問題ないはずね。
約束のこともあるし、私が使用している宿屋の食堂でもいいのだけど……アリスはティアさんの店を知っているみたいだから、そこがいいかしら。アリサさんとも約束してたみたいだからね。
「ティアの定食屋でどうかしら?」
「うん、ありがとう」
目的地は問題なく決まったので、ティアの定食屋に足を向ける。
今日は何を食べようかしら。
「ティア、ただいま」
「お帰りなさい、アリス。エルピスさんもいらっしゃいませ」
入るなり手を振るアリスに手を振り返す女性。
腰下まである優しい橙色の長い髪と綺麗な赤い瞳から、まるでこちらを温めてくれる火のような印象を受けるこの女性は『ティアの定食屋』の主、ティアさん。
その印象通り滅多に怒らないらしいけど、怒ると手がつけられない上にとても怖いと常連の人から聞いたことがある。
手を振り終えたアリスがカウンター席の1つに座ったのでその隣へ座り、早速メニューに目を向ける。
「アリス、何か食べたいものはありますか?」
「おまかせで」
「はい。エルピスさんもお決まりになりましたら声をかけてくださいね」
「はい」
やはりアリスは常連だったのね。ここの料理は美味しいから、通う気持ちはよく分かる。
中央や宿屋通りから遠いというのにテーブル席の多くは埋まり、カウンターも半分は埋まっている。それだけこの店の料理が美味しいのだ。
それにしても、ティアさんは私の名前を知っていたのね。大抵1人で来るから名前を知ってもらえる機会はなかったと思うのだけど、定食屋をしていると情報網が広いのかしら。
いえ、それよりも夕食よ。海鮮丼も食べたいけど、オムライスも食べたい……。
「オムライスをお願いします」
今日の気分はこちらね、海鮮丼は次回にしましょう。
「はい、承りました」
最後のオムライスを口に入れ、スプーンを置く。やはりここのオムライスは美味しい。
「ティア、美味しかったの」
「うふふ、ありがとう」
アリスが食べていた、おまかせのハンバーグセットもなかなかに魅力的ね。メニューにはないから裏メニュー、あるいはおまかせだけで出しているのかしら。
「エルピス、このあと30分ほど大丈夫?」
「ええ」
きっと約束のことね。
「それじゃあ、5分したら私の部屋に来てね」
「ええ……え?」
聞き返したかったけど、既にアリスは店の外へ出て行ってしまった。
アリスの部屋、とはどこだろうか。宿の場所も聞いていないから分からない。すぐに追いかけないと。
「エルピスさん、大丈夫ですよ。私が案内しますので」
立ち上がろうとしたところでティアさんがそう言ってくれた。
この時間にティアさんが案内できるということは、おそらくこの近くにある宿屋なのだろう。
「ありがとうございます。それでは今のうちに会計をしてきますね」
「はい」
席から立ち上がり、カウンター脇にある黒い板の前へと移動して鞄から金属のカードを取り出す。それを黒い板へ押し当てると、やや上部に『オムライス』の文字と1000カロリー、下部に合計金額の文字と1000カロリーと表示されたので間違っていないことを確認し、手のひらを黒い板へ押し当てる。そして完了の文字が表示されたことを確認して再び席へと戻ってきた。
この街だけで行われている会計方法だけど、やはり便利よね。
この道具はギルドから無料で貸し出されているものであり、客側が使用するカードもギルド登録時に配布されるものなので、店側と客側の両方が安心して利用できる。とうぜんギルドへの信頼が前提になるのだけど、この街のギルドはどの国にも属しておらず、利用者へのサポートも良く、さらにギルド長がランク6でダンジョンへ潜っていることもあって他国からの妨害が及びにくい。そのため僅か数年で"冒険者から"絶対的な信頼を勝ち取ったみたい。
まあ私はギルドというより、ダッキさんが所属するギルドを信頼しているのだけどね。
それに元々この街以外では換金ができないか、できても難しい上に安い魔石の対価を使用するのだから、あまり気にしていない人も多いみたい。
「エルピスさん、アリスはどんな子に見えますか?」
「不思議な少女、でしょうか。あと見てて少し心配なところがあります」
まあ、後半は私が言えたことではないけどね。
「ふふ。不思議、ですか」
私の言葉を聞き終え静かに微笑んだティアさん。
そう言えばティアさんとアリスは常連以上に親しい気がする。アリサさんと同じで元から知り合いであり、この街に来てすぐのアリスの様子が気になったのかな。
「ところでオムライスはどうでしたか?」
「美味しくて安いので嬉しいです。また食べに来ますね」
「それは良かったです」
あの味で1000カロリーは安いと思うの。常連にはランク3以上の人も多いみたいだから2倍どころか3倍の値段でも客足は減らないと思うけど、ランクが低い私としては安いほうが嬉しいから理由は気にしないでおこう。でも、この場所に店を構えている時点で料理で儲けるつもりはないと思うけどね。
……そう言えばアリスは会計をしていない気がする。まあティアさんの前で堂々と出て行ったのだから、事前に払っているか、もしくはティアさんが無料で出しているかのどちらかでしょうね。アリスなら前者かしら。
「ティアさん、来ました。アリスはいますか?」
「あらあら、もうバレちゃった?」
楽しそうに微笑むティアさんの視線の先にいるのはアリサさんとパラスさん。
「おや、エルピスさん。あなたがいるのでしたらアリスもいますね、隠さず出してください」
「隠していませんよ? 先ほど用事で部屋に向かっただけです」
「なぜ、こんなにも間が悪いのでしょうか……」
「日頃の行いでしょう。私のお菓子を食べるからです」
そんな会話をしつつ2人はティアさんの前の席へと座った。
「それじゃあエルピスさん、行きましょうか。アリサちゃん、厨房をお願いね」
「やめてください! 私はお金で苦難を買いに来たのではありませんよ!?」
「酷いですね、パラス。私だって本気を出せば食べられる程度のものは作れます」
本気を出して食べられる程度のものなのね。
構わず移動を開始したティアさんに続き、私も移動を開始する。
「それならレシピ通りに作ってくださいよ。変なアレンジするからダメなんです」
「私は新たな可能性を求めているだけだというのに……」