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ネイム

作者: 子月かんろ

 名前を自分で決められないなんておかしい、という意見がある。誰だって、もっと違う名前がよかったな、と思うことがあるだろう。

 

 しかし、そう思った時には、もう名前は定着してしまっていて、変えることはできない。そこで生まれた制度が、ネイムである。


 ネイム、その制度が導入された当初、多くの批判を呼んだ。

 ネイムは、20歳になるまでの好きなタイミングで、自分の名前を決めることができるという制度だ。これだけ聞くと夢のような話だが、問題は名前を決めるまでの期間だった。


 名前が決まっていない子供達を、どのように呼べば良いのか。ネイムが出した答えは、まるで機械のように数字とアルファベットで呼ぶことだった。


 A3925L、それが少女につけられた名前だった。名前を決めること、それは子供達にとって、大人になるということに等しかった。名前を決めることができるのは20歳の誕生日まで。大人になるまでに、決めなければいけないことだった。


 子供達は、名前を決める速さを競った。中学生になる前に、約半数の子供達が、名前を決める。

 中にはよく考えずに、後から自分でつけた名前を後悔する者もいたが、名前を速く決めることはいわゆるイケてるグループに入ることの条件になった。


 周りのクラスメイトが次々と名前を決めていく中で、A3925Lは、全くいい名前が思いつかなかった。


 少女は優柔不断な性格だったのだ。ファミレスのメニューも、メニュー表を3回読まないと決められない。

 欲しいものを買う時も、商品を見た日に買うことは一切なく、何度も店に足を運んでから、やっと決心する。そんな少女に、簡単に名前を決めることなんて、できるのだろうか。


 いや、不可能であった。


 結局、もう少女という呼び方が似合わなくなった19歳最後の日、まだ名前を決められないでいる。

「おーい、A3925L」

 彼女の幼馴染みである元気が、家を訪ねて来たらしい。

「まだ名前、決められないのかよ~」

「うるさい」

 元気なんて、いつも元気でいたいから、という単純な理由で名前を決めたくせに。A3925Lは、唇をとがらせた。

 

 いつだったか、彼に名前を決めた理由を尋ねた時、元気って名前の奴が元気じゃなかったらダメだろ? だからずっと元気でいられるようにつけたんだ、と聞いたときは彼女も少し感心したものだったが。


「決められないならさ、こういうのはどうだ?」

 元気はペン立てからボールペンをサッと取り、ティッシュの箱にこう書いた。『元美』

「これ何て読むの?」

「もとみだよ」

 A3925Lは、眉間にしわを寄せた。中学で一時期、好きな人と名前を1文字交換することが流行っていた。

 彼女は幼馴染みの好意に薄々気づいていたが、こうやってはっきりと好意を示されても、戸惑うばかりなのだった。

「決まらないんだったらさ、元美にしなよ」

「えー、嫌だよ」

 元美になってしまったら、なんだか元気と結婚しなくてはいけない気になって、彼女は気が重かったのである。

 そして、彼女自身、元美という名前があまり気に入らなかったという理由もあった。


 元気はそれでも、元美という名前を推し続け、A3925Lがゆっくりと自分の名前を考える時間を与えなかった。


「それで、おばあちゃんの名前は生まれたときのまんまA3925Lになったのね」

 少女は老人になり、隣には小学生くらいの孫が座っている。

「そうよ。あの時は私も頑固だったからね」

「でも、結局おじいちゃんと結婚するんだから、元美でもよかったんじゃない?」

 A3925Lの夫の名前は、元気という。かつての幼馴染みだ。

「そうだねぇ、それでも私はこの名前が気に入ってはいるんだよ。散々バカにはされたけどね。ずっと付き合ってきた名前だ。愛着がわくんだよ」

 そう言って、彼女は顔をしわくちゃにしながら、笑った。

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