――(2)
ああ、また? めんどくさいなあ、と彼は嘆息した――いや、嘆息したつもりになった。肉体を持ち込めないこの世界、己の肉体の、本来あるべき反応が無いというのは非常に奇妙なことだ。だがそのおかげでこちらの感情や思考を読み取られないのだと思えば、やむを得ないといったところか。
カミサマ特有の身勝手と言えばそれまでだが――最近こちらに引き上げられる回数が多い。
理由は果たしてそれだけだろうか。ことこの終局を迎えた今、疑われている可能性は限りなく低いだろうが、慎重になってなりすぎということはない。
何しろ彼らから力を得ているとはいえ、こちらは一介の「駒」の身に過ぎないのだから。
ともあれ彼らは不在の様子だ。気配を感じない。不在を装うことなど彼らには不可能だから、この点は安心していいだろう。……何せ相手はカミサマ。こちらとは存在の質が根本から異なる。ということは今回に限っては単なる混線ということかもしれない。あるいは嫌がらせか。永らくこちらに居すぎた弊害だろうか、そういうことは時々起きる。
気にしたところで今の段階では手を打つこともできないのだから、まあどうでもいいか、と彼は考え――そして心に念じて「目」を開いた。途端に己という個を否定するほどの、情報の渦が目を覚ます。
漆黒の闇は目を凝らせばそのまま、そこに何千何万何億もの可能性の集積体である。時が止まった空間にそれは無限に広がる。それこそ重なり合って、果てが見えなくなるくらいに。
一つ一つのパーツに分解してみたとしても、その情報量はゆうに人の一生分を上回る。それが何千何万何億、あるいはもっと折り重なった結果が、これだ。
すべては「あったかもしれない」可能性。しかし一つの物語を組み立てた、ここに残されているのは不要となったパズルのピースだけだ。
数多あるはずの可能性、その断片。そこから一番実現が難しい「一」を生み出す試みが始まってからどれだけの時間が流れただろうか。
結果はどうか――この世界に対してどうこうと言えるようなことは現時点では何もないが、彼自身のことに限って言えば、ヒトとしてはだいぶ終わったと言わざるを得ない。誰がこれだけの可能性を見せられて、正気でいられるだろう。彼とてもう狂っているのだ。自覚しているだけマシだろうとは思うが。
ここにある可能性は、すべて可能性のままで終わったものだ。次のリセットがかかりさえしなければこのまま捨て置かれる不要品。
だがまだ、この世界は終わっていない。一つに紡がれた物語の終局までにはまだ時間がある。やるべきことも。
彼は駒の身であるので、これから起きうる可能性については感知できない。だがこうして廃棄された可能性を読み取ることは許されているし、己が体験した事実についてもきちんと記憶している。
過去から未来を予測することは、困難だができないわけではない。もちろんはずれを引き当てる可能性も高いが、逆に考えればいい。望む方向に全体を誘導してやれば。予測できる範囲のブレであれば、先に対策を講じておくことも可能なわけだ。―-たとえば前回、エルゼリアードの封印を意図的に緩めてやったように。
彼は笑う。
――まずは。
元王女様には、試練をといったところかな。ここを耐えられなければ先はない。せいぜい頑張っていただこうか。
彼女は小さく稚く、未だに真価を見せてはいない。駒の役割から外れた、しかし規格外の力を持つ彼女を見出すまでに払った犠牲は、この空間を満たす可能性の残骸よりもなお多い。
彼女自身は知らぬことだが――すでにその足元には大量の屍が存在しているのだ。
――結果はどう出るかな。
神々はこの世界を閉じたがっている。彼らが望む展開をようやく引き当てた今、どのようなイレギュラーが発生したとしても介入されるまでに猶予はある。
いずれにしてもこのままおとなしく終わらせてなどやるものか。
今月思ったよりも忙しく(って思っていたら年末なんだから当然ですよね^^;)、更新が滞りがちで申し訳ないです。
次の本編なる早で投稿できるように頑張ります。
なお、冬の童話祭(冬童話2016)に参加しています。ご興味あればぜひご覧いただけると嬉しいです。