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20 闇の中の真実

エルゼリアードとシグレアが体と心の傷を癒している間にも、周囲の状況は刻々と変化を続けていた。


まずクルスが行ったのは、破壊されたファルマーナ教会の再建作業と、そこで起きた事件の公表だった。あの場では幸い、死者こそ少なかったものの、決して少なくない人数の怪我人が出ている。結果的にその怪我人らも、エルゼリアードから放出された魔力の余波によって多かれ少なかれ癒しの術を施され、そのほとんどが危険な状態には陥らずに済んだが――逆にそれゆえに、事実の公表を急ぐ必要があった。


「明日の朝にこれを掲示する。」

いつもそこそこ賑やかな執務室には、クルスとマルク以外は誰もいない。差し込む夕日が部屋の中を赤く染めている。

クルスから手渡された紙に目を通しながら、マルクは思わず顔をゆがめた。事件のあらましと反乱軍――現時点では仮政府とでも言った方がいいのかもしれない――による調査結果、今後の対応について書かれた書面だ。一般の市民が確認できるよう、ファルマーナ各所で配布・掲示されることになる。

マルクはあの日、クルスの指示を受けてエルゼリアード王女を視認できる位置につき、常に彼女の身の安全を確認していた。朝からずっとだ。それゆえにあの教会で何が起きたのかもある程度は把握している。……仲間だったはずのジルバが、言い逃れのしようもない状況の中で魔弾を発動させ、礼拝堂を破壊したこと。その後エルゼリアードやシグレアを明確な殺意をもって殺そうとしたこと。結果的にエルゼリアードが放った魔力の奔流によって消し飛んだ場面も、すべて見ていた。

――本来ならばそうなる前にエルゼリアードを助け出さなければならなかったのだが、あの時はどれだけの人員がジルバに従っているのかも分からず、彼の手元にどれほどの魔弾があるのかも判断がつきかね、手を出すことができなかった。火の中に何も考えずに飛び込んでも、犠牲者が一人増えるだけでは意味がない。もう一人二人、誰か仲間を連れていればもう少し立ち回りも違っただろうが……それはもう今更だ。


実際に起きた事実と、こちらの都合とを混ぜ合わせた結果が淡々と書き連ねられた書面に記されるべき名前の一つが見当たらない。すぐにそのことに気が付いて、マルクは口を開いた。


「ジルバのことは、書かないのか。」

「遺体は残っていなかった。武器も衣服も、残っていない。……僕ら以外に『彼』であったことを証明することが出来ないんだ。協力者と思われるメンバーも皆同じだった。ほとんど身元が分からない。

勝手なことかもしれないが……ジルバの名前も、書かずに、済ませてやりたい。」

「魔弾の出どころは? やっぱりキリークか?」

ジルバが放った爆弾は魔弾と呼ばれ、反乱軍が所持・保管している。管理責任者は開発にも携わったキリークだ。基本的にクルスが命じた時以外に保管庫が開かないようになっている。それが流出した、というのもまた問題だった。

マルクの問いかけにクルスがため息をつく。

「いや、彼には無理だろう。鍵はずっと僕が預かっていたしね……キリークの行動も念のために裏を取ったけれど、その範囲では怪しい動きはなかったし。残念ながら、魔弾の出所についてはこれ以上は探れないね。」


たとえば、とマルクは考える。保管庫の鍵に予備があったとしたら? それをジルバがなんらかの形で手に入れていたとしたら? 可能性はゼロとは言えない。だがクルスがこうと決めたからには、出所が明らかになることはないだろう。


紙面の最後には、エルゼリアードのことも書かれていた。彼女が放った力によって炎が消し止められたこと。被害者たちの怪我の程度がある程度軽く済んだこと。……本来であれば封じを施されたエルゼリアードが魔法を使うことはできないはずだった。だがなんらかの理由によって――それが度を超える恐怖によってなのか、封じの要となっていた輪の破損によるものなのかは分からないが――彼女が魔法を発動させた結果、少なくない数の人々が救われることになった。結果として、彼女はあの場において奇跡の体現者となってしまったわけだ。本人の意志とは関係なしに。


これまで、エルゼリアード王女の立場は微妙なものだった。王族としての力が弱いからこそクルスの監視下に置き、生き延びさせることが出来た反面、たった一人残された王の血族という立場上、あらゆる方面からの恨みを引き受ける立場に据え置かれた。激烈な戦闘に巻き込まれて、大切な人を失い、生活の基盤を失った市民は大勢いる。そんな人々から見れば、生活を、命を保障されて生きるエルゼリアードの境遇は妬みの対象にしかなりえない。

だが、これで彼女に対する風当たりもだいぶ変わる可能性が高い。少なくとも今回彼女に命を救われた者は、エルゼリアードをあしざまに罵ることはしないだろう。今回の事件は彼女を引き金に発生したとも受け取れるが、どちらかといえば様相は無差別攻撃に近かった。彼女だけを責める声は落ち着くだろう。クルスが望んだ通りに、つつがなく。

だが。

「……なあ、クルス。」

「うん。」

「これで、いいのかな……。」

首謀者が仲間の中にいたこと。キリークが考案した爆弾が使用されたこと。クルスはこの二点について真実を己の胸に収めておくつもりでいるのだろう。事実を封印することで、エルゼリアードの命を守る。確かにそれが一番効果的な対応であることはマルクにも分かる。

「事実を、全部明かすことで崩れるものが間違いなくある。……都合のいいことを言っているとは自分でも分かっているんだ。今この国は安定を欠いている。この状況で、僕らがばらばらになるような事態は避けたい。人の口には戸が立てられない以上、ジルバの件もどこかで露見するだろうけれど……その結果、同じような行動を起こす人が減るのなら、それでいいと思ってるんだ。」

「まあ、考えたうえでの結論なんだろうし、俺からはこれ以上何か言うこともないけど。でも、これを出すってことは……あの王女様をここに置いておくわけにもいかなくなるんじゃないか?」

「そうだね。そうなる。」

彼女に民の心が集中することも避けなければならない。クルスは明確にこの国から王政を排除するつもりでいる。綱渡り状態の国内情勢をまとめていくためにも、国民の反発をある程度抑えていられるうちに、彼女をファルマーナから連れ出す必要がある。雪深いマレイグへ。

「あの子のこと、結構気に入ってたんだろ。いいのかよ。」

妹のように、とは言わなかった。それはクルスの中に残された消えない傷だ。触れていいものではない。

「いいも悪いもないよ。それに向こうの方が、心安らげる環境である可能性もあるし。」

マルクにしてみれば格別エルゼリアードに思い入れはないが、かといってあのような子供が過酷な環境に置かれているというのも、気分のいいものではない。

この国はこれから我慢の時を迎える。なくなった王政に代わり、市民が参画する政治への変換。今はクルスが勇者の肩書きの許、さまざまな施策を推し進めているが、いつまでもこのまま続けていくことはできない。それでは王政へと逆戻りしかねないからだ。

ソドムアが復興するその日がいつか来るとして。その頃には、彼女もまた王女という肩書きから解放されていればいいなとマルクは思う。


「そうだといいよな。」

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