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0 始まった時にはすべてが終わっていた。

はじめて投稿します。よろしくお願いいたします。

ストックないのでいつでもイチから頑張ります。

最初が激しい分、徐々に楽になる予定。

世界観は練っているようで練ってないので、いろいろテキトーです。

中世から近世くらいの、魔法があるふわっとした世界だと思っていただけましたら。

「この娘の処遇が決まった。」


壇上に立つ男が叫んでいる。わあわあと周囲からは喝采が湧いていた。轟音にも似た人の悲鳴、悲鳴、悲鳴。うわんうわんと鼓膜が揺らされて、ぼんやりと白んだ視界が一層ぶれた。


エルゼリアード・アルメアは今、玉座の真下に額づいていた。もちろん自発的にではない。手首は後ろ手に鉄の鎖で戒められ、頭上は屈強な騎士に押さえつけられている。なにもこんなことをしなくとも言われたとおりにしてやるのに、と思ったエルゼリだが、その気持ちは一切口からは零れなかった。それはエルゼリの強情をしてそうなったわけでもなんでもなく、単純にエルゼリがあまりにも消耗しきっていたからだ。鎖に繋がれ、必要な時だけ檻から出され、両親に使われて。


(それももう終わったわ……。)


何せエルゼリの目と鼻の先にはすでに物言わぬ躯となった両親が転がっている。エルゼリの目の前で罪人よろしく彼らは首を刎ねられた。その後すぐに彼らと同じように首を刎ねられるのかと思いきや――エルゼリは額を床に擦り付けたまま、無様にもまだ生きている。


両親はこの国、ソドムアの王と妃だった。彼らの死に涙を流すものなどいない。なにせ酷い圧政を敷いていたのだ。誰もかれもが彼らに略奪された。国外、国内。どこにも彼らの味方などいなかった。今玉座の周囲に集まった人々は、もともとは王宮に勤めていた役人や侍女ばかり。王城の周囲には城の中に入ることのできなかった民衆が山と集まっているはずだ。聞こえないはずの彼らの呪詛さえ聞こえてくるようで、エルゼリはこみ上げる吐き気をかみ殺すしかなかった。


それにしても腕が痛い。腰だけが上に上がるような酷い恰好で額づいている体勢はさすがに苦しかった。だがこの腕に絡んだ鎖には感謝せねばなるまい。エルゼリの能力を封じるための、魔封じが施された鎖だそうで、おかげさまで今のエルゼリはただの十二歳の子供でしかなかった。


エルゼリが生まれ持つ能力は音にまつわるものだ。あらゆる音から情報を読み取り、あるいは己が発する音で現象を起こす。単純な仕組みだからこそ強力な能力だ。エルゼリ自身が時に持て余すほど。

もしもこの封じがなかったとしたら、エルゼリは今こうして冷静な気持ちではいられなかっただろう。本来ならば相手に触れ、音を聞かなければ発動しないように制御されている魔法も、これだけ憔悴した状態であればどんなふうに発動するものか、エルゼリ自身にも分からない。


数えきれないほどの人の記憶がもしもエルゼリの意志に関係なく流れ込んで来たら……と考えただけでも怖気がした。もちろんそれ以上に恐ろしいのは目の前の勇者だ。眉ひとつ動かすことなく国王と王妃を弑逆し、しかし至極冷静に王女たるエルゼリの処遇を決めたこの男。数多の記憶を読み取らされ続けてきたエルゼリにも多少の残虐耐性はあるが、彼のような巨大な気を纏った人物の記憶を読んだことはただの一度もなかった。仮にも勇者と呼ばれる男だ、人には過ぎたる神剣を手にしてなお狂わない彼の記憶なんて、きっとまともではない。


「この者、これまでの経緯を考えこの場で首を刎ねる必要もあるまいと判断した。しかしここに置いては皆も心が休まぬだろう。北のマレイグ山脈へ幽閉することに――。」


勇者の言葉の後半は轟音のような喝采に掻き消えた。


ああ、マレイグ山脈ね、とエルゼリは思った。あれはすごい場所だ。荒れ狂う吹雪が一年中隣の国との境を曖昧にする。寒さ厳しく実り少なく、人々が生きるには厳しすぎる極寒の地。


王を弑逆し新たに王となった勇者が今、大歓声の中一人生き残った王女エルゼリアードを見下ろしている――そんな状況で。

……どこからともなく、ファンファーレが聞こえてきた。輝かしく美しい音色のトランペット。人々の狂乱に巻き込まれ、とても届くはずのない音が、なぜかまっすぐ聞こえてくる。


聞き覚えもないはずの、しかしどこか懐かしいメロディー。かすかなその音が耳に飛び込んできた瞬間、エルゼリの心臓は文字通り止まりそうになった。


(あれ――……。)


はっ、とエルゼリは目を見開いた。こぼれんばかりに。もちろん目に映るのはただの床だ。これまでも幾度も血を吸ってきたであろう、真紅の絨毯のみ。


ファンファーレは続く。トランペットの旋律にもう一つトランペットが重なって和音に変わる。

と同時に、見開いたままの、確かに真紅の床しか目に入っていないはずのエルゼリの視界に、幾つもの光景が怒涛のようにかぶさった。――聖剣で首を切り飛ばされた父王の姿。泣き叫びながら髪を引きずられ、床に押さえつけられて首を刎ねられた母の姿。ただでさえ不調を訴え、ぐらついていた視界は頭の中身ごと掻き混ぜられたかのようにぐちゃぐちゃになり、すべての境は曖昧になる。


(なに――。)


両手には封じがある。どんなにエルゼリの状態が悪かろうと、魔法が発動するはずがない。それなのに景色はどんどん変わっていく。それも、エルゼリが見たり聞いたりしたものではない、他人の経験そのものの景色が。エルゼリが持つ魔法で人の記憶を「覗く」のとはまた違う、あまりにも暴力的な、膨大な記憶の山、山、山……。


茜色に染まった山を越えていく勇者。彼に従う沢山の仲間達。王都目前、最後の戦いの場面だろうか。まだ存命の父王が汗を垂らしながら指揮をしているのが見えた。だが瓦解しかけた国の騎士など脆いものだ。ただでさえ父王には人望が無かった。勇者の振るう聖剣の眩い輝きが、暮れていく夕焼けの戦場を煌めく黄金で切り裂いていく。


――その場面よりも十数年以上昔。勇者は王都から遠い辺境の地で生まれ、貧しくつつましく生きていた。しかし彼の幸せはある日突然終焉を迎える。突然押しかけた国王軍によって、彼は生まれた村を焼き滅ぼされたのだ。

怒りにまみれた彼は復讐を決意する。滅んだ村の祠に安置されていた剣を手に携え、国を倒すために北へ、北へと向かっていく。彼の背中にはたくさんの悲しい命の気配があった。彼らの気配を追うように、勇者が辿った道すがら、仲間が一人、二人と数を増やす。戦場をひとつ乗り越えるたび、彼らの結束は強まり、士気は高まった。


勇者は希う。彼が手にした剣は、最南の地を守って果てた、伝説の剣豪が遣っていた剣だった。神のごとき優れた使い手を持った剣は、使い手を選ぶ、正真正銘の神剣だった。勇者の成長は神剣の力をさらに増し、彼をどんどんと人ならざる、神のごとき存在へと押し上げていく。


光放つ聖剣を握りしめて勇者は駆けた。あらゆる人の絶望と希望を背負ってなお彼はつぶれない。父を母を妹を村人を殺した王は、今や暴君となって己の国を滅さんとしている。ならば倒す。彼ら彼女らの敵はこの僕が――。


見えざる感情の渦が内側からエルゼリを侵食しようとしていた。いけない、と心のどこかが警鐘を鳴らす。


(飲まれてはだめ。違う、これは私の感情でも記憶でもない……!)


ファンファーレは幾重にも重なって、今や荘厳な交響曲の様相であった。美しいはずの音は、エルゼリの全身を苛むように突き刺さった。ぶわりと噴き出した冷たい汗が、ぼろぼろの着衣に吸い込まれていく。

ぽたりと涙が一粒だけ、床に落ち、ようやくエルゼリは「今額づいている己」を現実と認識した。たったいま落ちた涙を食い入るように見つめる。血のように染みた一滴の涙。睫毛が触れる程近い位置に見えるその色を。


瞬間――すとんと、唐突に、何もかもを理解した。

己の身が置かれた状況も、今目の前で起きていることが「すでに決められた事実」そのままであることも、聞こえてくる音楽も、すべて、すべて。


すべて私は知っている。


「あ――はは、」


掠れた声は頭上をしつこく押さえこんでくる騎士には聞こえていない。聞こえていたとしてもきっとこの状況は変わるまい。好転することもなければ、これ以上悪化することもない。エルゼリは死を賜る事すらできず、生かされる。


「エルゼリアード・アルメア。命を許す代わりに、お前には北の地に赴いてもらう。否はないな。……よし、連れていけ。」


なんてこと。この、もはや何もかも終わってしまったこの瞬間に思い出さなくたって、良かっただろうに。


「勇者万歳!」

「新国王陛下万歳!」

「新たな王に祝福を!」


熱気が広間を満たす。床に額づいたまま、エルゼリは彼らの声を聞いた。ずるりと引きずり起こされて、引きずられるようにして広間を退出する彼女の視界に、悲鳴を上げた表情のままこと切れた二つの首が張り付く。

ひたとこちらを見ている勇者の唇が、音もなく「養生せよ」と動く。エルゼリが、落ちるのではないかと思うほどに眼を見開いた瞬間。分厚い広間の扉が重苦しい音を立てて閉じた。



『フェイタル・フォーマルハウト』。

国王の圧政により傾いた国をたった一人の勇者が転覆させる、戦略型シミュレーションゲーム。

エルゼリが対面しているこの場面は、その、エンディングの一幕。

エルゼリがその記憶を知ったのは、最早なにもかもが手遅れで、取り返しがつかない。舞台の幕がまさに今降りようとしている――そんな場面であった。

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